第四十七話 決戦! 剣豪皇帝を打ち倒せ! (13)
ヒーサ他四名は凍り付いた湖の中央に立っていた。
前日の水計で利用したため、湖水の量は減ってはいたが、それでもまだそれなりの水は残っていた。
「ったく、大急ぎで呼び出しておいて、やらせる事が氷の作成なんて、人使いが荒いわね」
先程まで必死で湖を凍らせていたアスティコスは悪態ついた。呼吸は荒く、体力も魔力もほぼ空っぽの状態になっていた。
勝つために必要だからと言われ、どうにか準備を整えたが、精根使い果たしていた。
それは同じく氷結作業を行っていたルルも同様で、こちらも呼吸を整えるのに必死であった。
「まあ、そう言うな。おかげでギリギリ間に合った。あとは三人で終わらせてやるさ。二人とも、のんびり見学していると良い」
「はぁはぁはぁ……。はい、後はお任せします。ですが、気を付けてください。人が歩ける程度の厚みはありますが、あまり激しく動かれると、割れて水の中に落ちますので」
ルルは呼吸を整えながらそう説明するも、意外と自分の実力も上がっている事に今更ながら気付いた。
いくらアスティコスと協力してやったとは言え、湖を凍らせるなど、以前の自分では考えられないほどの魔力であった。
それもこれもシガラ公爵領に移り住み、大っぴらに術を使えるようになったうえに、色々と努力を重ねた結果であるが、想定していたよりも出せるものだと感じ入っていた。
そんな恩人でもあるヒーサはルルの頭を撫で、次いで頬を愛撫してきた。不意に見せた貴公子の優しい振る舞いに、少女は気恥ずかしいのか顔を紅潮させた。
「ルルよ、むしろ、いい塩梅だ。そのくらいで丁度いい」
「えっと……、“あんばい”ってなんですか?」
「ん? ……ああ、そうか。公爵領ではまだ梅干しは珍しいか。塩梅とは、塩と、梅酢のことだ。料理の味加減には、この二つが欠かせぬ。梅酢は梅干しを作る際に生じる酸味のある液の事で……」
「長くなるから、そこまでにして。ほら、来たわよ」
ここでテアの横槍が入り、視線をヨシテルの戻してみると、ゆっくりと慎重であるが、凍った湖に足を踏み入れてきたのが見えた。
なお、シレッとティースがヒーサの足を蹴飛ばしたが、嫉妬なのか、注意を促す為か、判断ができなかったため、無視することにした。
「ルルとアスティコスは下がっていろ。さすがにこれ以上の無茶はさせん」
すでに二人とも湖を凍らせるので消耗しており、さらなる戦闘は不可能だとヒーサは判断して、さっさと下がらせた。
ゆっくりと迫ってくるヨシテルに対して向き合うのは、ヒーサ、ティース、テアの三人だ。
足場が滑る可能性があるため、いきなり踏み込んでくるとは思っていなかったが、それでもヒーサもティースもそれぞれの腰に帯びている剣に、自然と手が伸びていた。
「ねえ、ヒーサ。勝てるの?」
ティースは落ち着かない態度で、ヒーサに尋ねてきた。
近付いてくるヨシテルのデタラメな強さは、城壁の上からテアと一緒にしっかりと観察させてもらっているため、いくらなんでも分が悪すぎると考えていた。
そんな伴侶の不安に対して、ヒーサはニヤリと笑って返した。
「ティース、別に初陣と言うわけではなかろうに、怖いとでもいうのか?」
「人間相手ならともかく、人間とは別次元の存在じゃない。生憎、人間と戦う訓練はしてきたつもりだけど、人外相手の訓練なんて、やった覚えはないわよ」
「ならば問題はない。所詮あやつもちょっと強いだけの人間に過ぎん」
「ちょっと……?」
剣を振る度に衝撃波が飛ぶ人間が、果たして“ちょっと強い”で済ませれる存在なのだろうか、ティースは本気で問い詰めたくなった。
「心配はいらん。策は先程述べた通りだ。ティースはそれに沿って、奴の首を狩ればいい」
「簡単に言ってくれますね」
「実際、簡単な事だからな。ちょっと前のティースならば難しかったかもしれんが、今のティースならば、簡単にできる」
「そう言える根拠は?」
「すでにお前は人を殺している。しかも、我欲と激情に身を任せ、スパッと命を奪い取った。ゆえにお前は“戦争処女”ではない」
その言葉は、ティースの心にグサリと突き刺さった。
ティースもすでに戦場を経験している。王宮に殴り込み、玉座を制圧するという特殊な状況下ではあったが、兵を率いて奇襲を仕掛けた。
しかも、その際にマークが殺されかけていると勘違いをして、枢機卿のロドリゲスを勢い任せに殺害してしまった。
今こうして戦地に赴いているのも、手柄を立ててその際の罪を帳消しにするためであった。
「ティースよ、嫋やかな淑女としてではなく、一人の武者としてこの場にいる。その自覚はあるのだろう?」
「当然です! 今更、泣き言も弱腰もなしです。ただ、手柄首を頂戴するだけです」
見事な勇ましい返しに、ヒーサは大いに満足した。
(なんと魅力的な女子になったことか! ティースよ、お前がワシがこの世界で手にしたものの中で、一番の“大名物”ぞ! よくぞここまで化けてくれた!)
それでこそ自分の伴侶に相応しいと、何度も頷いてみせた。
実のところ、ヒーサとティースが肩を並べて戦うのは初めてであった。
結婚してからと言うもの、幾度か戦はあったが、ティースは基本的に留守居であり、鎧と剣を携えて戦場に馳せ参じるということはなかった。
先頃の武装蜂起にしても、ティースは勢い任せにロドリゲスを殺害しただけで、ヒーサと協力して戦ったと言うわけではない。
今この瞬間こそ、“夫婦初めての共同作業”とも言えた。
「成長したな、ティース。実に結構! 気が強いだけのお嬢様が、今やこの私と肩を並べ、魔王に挑みかかろうというのだ。実に微笑ましい」
「頼もしいではなく、微笑ましいですか」
「ああ。人はな、誰しも遥かなる高みを求め、届かぬ天の頂に向かって手を伸ばし、それを掴もうとする。煌めく星々か、あるいは燦々と輝く太陽か、掴めぬ夢を求めて、足掻き、もがき、そして、死ぬ。掴めないからこそ、求めるのだ」
「もがいている私が、そんなに滑稽ですか!?」
ティースはキッとヒーサを睨み付け、危うく剣を鞘から抜いてしまいそうになった。
誰のせいでこうなったというのか、その怒りが顕著に出てきた行動だ。
だが、ヒーサはあくまで不敵な笑みを浮かべるだけであり、剣で脅される事など微塵も恐怖を感じてはいなかった。
「人間は大きく分けて、おおよそ三種類に分けられる。すなわち、勝者、敗者、逃亡者、だ」
「……私が敗者だとでも言いたいのですか!?」
「まさか! 逆転の機会があるうちは、勝ち負けの定めはない。今こうして、圧倒的な力を持つ存在と対峙しながらも、お前は逃げずにいる。勝者、敗者のいずれかになるかは分からんが、少なくとも逃亡者でないことは確かだ」
「焚き付けて、退路を断って、その上で選択を迫っておきながら、よくもまあそんな口を聞けますね!」
「だが、“逃げる”選択肢も与えたはずだぞ。伯爵家当主としての矜持を捨て、公爵夫人として生きる道をな。だが、お前は敢えて安全な道を捨て、危険極まる道を選んだ。状況を操作したのは私だが、それでもなお危ない道をあえて選んだのはお前だ。逃げずに、戦う道を選んだ。勝ち負けは別として、逃げなかった点は褒めおこう。実に微笑ましく、愛い奴よ」
なおも不敵な笑みを崩さず、圧倒的な力を持つ敵が迫りながらも、ヒーサは伴侶との会話を楽しんだ。
少しは緊張感を持て、とティースは思わなくもなかったが、それが演技なのか素なのか判別しかねたため、口に出すのは止めておいた。
「少し前だがな、お前が嫁いでくる前にリリンと言う侍女を、側女として囲っていたことがある。過ぎたる野心を抱き、私に対して邪な感情を抱いていた」
「それは聞きました。あなたの罪を全部被せて、用無しとばかりに始末したんでしょう?」
「生き残る道は与えた。だが、最初の一歩で踏み間違えた。それだけだ」
「よくもまあ、そんな下衆は行いを、仮にも妻である私に臆面もなく言えますね!」
「妻だからこそ、こうして話しているのだ。ティース、お前は本当にいい女だ。私が用意した試験をことごとく切り抜け、それどころかこちらの予想を上回る動きと思考の冴えを見せてくれた。ゆえに、伴侶として丁重に扱う事を決めた。その点は間違いないし、称賛に能う存在に成長したと考えている」
「別にあなたに褒められたくてやったんじゃないわよ。全部取り戻すのには戦うしかない。そして、死んでいったみんなの墓前に、ヒーサの首でも供えれば、少しは留飲を下げられるんじゃないかしらね?」
「おおう、怖い怖い」
ヒーサはティースの脅しにわざとらしく肩を竦め、そして、笑った。
虚勢を張って強がっているのがひしひしと感じ取れ、それがなんともいじましいのだ。
成長もしているが、やはり化かし合いではまだまだだと感じる点も多々あり、その背伸びをしているティースの振る舞いが、どうにも愛らしく感じるヒーサであった。
そんな二人のやり取りに食傷気味なテアは、二人の方にポンと手を置き、大きなため息を吐いた。
「あの、お二人さん、夫婦としてイチャイチャするのはいいんですけど、まずは目の前の厄介事をどうにかしましょうね。明日を生きる権利は、今日を生き延びた者にだけ与えられるのよ。刀を握った暴漢をどうにかしないと、その権利を失うからね」
「おお、まさにその通りだ。テアよ、たまには良い事を口にするではないか」
「たまにはって何よ。まあ、ためになる良い事を一切口にしない奴よりはマシってもんよ」
「何を言う。良い事を口にするぞ、私は」
「ヒーサの場合は、“自分に都合の良い事”を、でしょ!?」
ここでティースのつっこみが入り、そうだそうだとテアも頷いた。
それもそうかと思い直し、ヒーサはまた不敵な笑みを浮かべた。
「さて……、では、可愛いらしい女房と、いじり甲斐のある相方との楽しいひとときのため、修羅とならねばならんな」
ヒーサから一切の笑みが消え、いよいよすぐ近くまで迫ってきたヨシテルに意識を集中させ始めた。
すでに相手は急ごしらえとは言え、自分が仕込んだ罠の中に入ってはいるが、まだ完全に絡み付いたわけではない。
一手一手慎重に事を運び、そして、裏をかいて奇襲を成功させなければ、無限の再生力を突破する一撃を叩き込むことはできないのだ。
(いよいよ決着のときだ。さあ、我が安寧のひとときのため、礎になっていただこうか!)
ヒーサは改めて腰に帯びた愛剣『松明丸』に手をやり、相手を威圧した。
すでにヨシテルは抜身の刀を持っているが、すぐに仕掛けてくる様子もない。
距離にして僅かに三十歩ほどだが、その間には千尋の谷でもあるかのように感じていた。
勝負は一瞬で決まる。ここからは一手の失策も許されない。そう思えばこそ、最後の最後は両者共に、慎重になって相手の出方を伺うのであった。
~ 第四十八話に続く ~
気に入っていただけたなら、↓にありますいいねボタンをポチっとしていただくか、☆の評価を押していってください。
感想等も大歓迎でございます。
ヾ(*´∀`*)ノ




