第十四話 縛られた久子! 抗えぬ縄が妹を襲う!
王都ウージェの大通りを一台の馬車が進んでいた。かなり豪華な造りをしており、掲げられた紋章からは、それが王国三大諸侯の一角を占める、シガラ公爵のものだと判別できた。
その馬車に乗る者が二人。シガラ公爵ヒーサと、その専属侍女テアだ。
二人は先程までカウラ伯爵の上屋敷を訪問していた。伯爵家の当主であるティースはヒーサと結婚することになっており、その初顔合わせのためだ。他にもドレスや支度金などの受け渡しもあったが、主目的はそれこそ女伯爵の篭絡であった。
そして、結果は上々といった感じであり、成し遂げたヒーサは上機嫌であった。
「フフフッ、意外とすんなり堕ちたな」
「そのようですね。はっきり言えば、ヒサコへの悪感情以外は、かなりの部分で解れたと見て間違いないわ。特に、ヒーサへの警戒はほぼほぼ薄れた。演技といい、台詞回しといい、《大徳の威》をこうまで使い切るとは恐れ入ったわ」
去り際にティースが見せた顔などは、明らかに好意と思慕と恥じらいが入り混じった表情をしていた。言葉からも最初の壁を作っていた感覚はなくなり、親しみの入った声色に変わっていた。
要は、女としても、領主としても、ヒーサという人物に“堕ちた”のである。
「あの手の女は、恋愛には慣れておらんからな。崖の上から落ちそうになったところを、優しぃ~く手を差し伸べてやれば、すんなりいくものよ」
「なお、崖から突き飛ばした当人が、手を差し伸べている模様」
「あくまで、突き飛ばしたのはヒサコの方よ。突き落とされ、ようやく掴んでいる手をグリグリと踏みにじり、ついでに石をぶつけてやっているところを、ヒーサという男がスッと引き揚げてやっただけのこと。まあ、感謝くらいはするだろう。あとはそれを恋愛感情に変え、最終的に隷属とすればよい」
「バレた後が怖いけどね」
実際、テアの言う通り、正体バレすると崩壊しかねない案件が山積みであった。上手く擬態できているとはいえ、その辺りがさすがに心配でならなかった。
そして、そんな心配など不要と言わんばかりに、あのファンファーレが鳴り響いた。
チャラララッチャッチャッチャ~♪
スキル《大徳の威》のレベルが上昇しました。転生者は所定の手順に従い、カードを引いてください。
前にも聞いたその声は、ヒーサの持つスキルの練度向上を告げた。
「やっぱり来たか・・・。ここ最近で、いったい何人の“被害者”を生んだことやら」
「被害者ではないぞ。要救助者に手を差し伸べただけだ」
要救助者を生み出しておいて、この言い様である。マッチポンプと言う言葉がこれほど似合う人物もなかなかいないであろう。
「救助が必要な人間を生み出して、それを助けて経験値獲得。なんだろう、味方討ちでも経験値入るММО的な・・・」
「なんだ、それは?」
「この世界みたいな御遊戯かな~」
そうこうしているうちに、いつもの箱が現れ、テアの横の席に着地した。
「さて、再び緊張の一瞬がやってきたわね。Sランクカードの派生ないし発展だから、強力なのが結構あるけど・・・」
「ちなみに女神よ、おぬし的に引かれたくないカードは?」
「ぶっちぎりで《破損判定無効》ね。ブレイクカード限定のやつ。文字通り、悪行を積んでも名声が落ちなくなって、《大徳の威》の効力が消えなくなる」
「ほう、それはいいな。面倒な偽装工作の大部分を省略できる」
是非とも欲しいとヒーサは思ったが、テアとしては勘弁してほしかった。ただでさえ悪行三昧を繰り返しながら、《性転換》を利用してすり抜けてきたのである。その制限がなくなったらどうなるか、想像するのも恐ろしい事であった。
「・・・でも、悪行を重ねても名声が残るって、それじゃあまるで」
「魔王ならばそうであろうな」
「でも、あなたは魔王じゃない」
「悪には悪の“かりすま”とか言うのがあるからな。悪名もまた、名声の一つの形態に過ぎん。魔王でなくとも、悪い奴なんぞいくらでもいる。ワシのような凡夫には理解できぬ世界がな」
「はいはい、凡夫凡夫。ほら、さっさと引いて」
テアは箱を差し出し、ヒーサは箱の穴に手を突っ込んだ。
ごそごそまさぐった後、カードを一枚取り出した。
色は銅褐色。ランクはCランクだ。
「あらあら、さすがに連発して高ランク引いてきたから、そろそろ打ち止めかしら?」
「……馬鹿を言うな。女神よ、はっきり言って、ランクを間違えているぞ。こんな強力なカードがCランクとか、見る目がなさすぎる。……いや、そもそもワシ自身もCランクであったのだ。案外そうした“曲者”がひそんでいるのやもしれんな、Cには」
珍しくヒーサが焦りの色を表情に出していた。いったいどんなカードを引いたのか、テアはそれを覗き込むと、そこには《手懐ける者》と書かれていた。
「ああ、それか。動物を手懐けて、使役するスキルね。遠隔操作と視界共有とかも出きるから、偵察用としては悪くないスキルだけど、言う程強力かな~?」
「……使役する動物の制限はあるか?」
「小動物みたいな、明らかな格下とか自我の薄いのとかなら、簡単に使役できるわよ。理論上は魔獣とかも使役できるようになるけど、そういう強力な奴はボコボコに倒して、どちらが上位者か分からせてからなら、手懐けることはできるわね」
「やはり破格の性能ではないか!」
ヒーサはパシンと膝を叩き、してやったりと喜びを表した。
そんなヒーサの態度に、テアは混乱した。やり方次第では強力ではあるが、はっきり言って、これ単体では使い道が乏しいのだ。
「まあ、確かに別の世界で、ドラゴンとか手懐けた人もいたけど、あなた、戦闘系スキルないじゃない。ボコってから手懐ける以上、手懐けれる相手なんて、そんな強力なのいないよ」
「いるではないか、強力無比な被使役者が」
ヒーサがパチンと指を鳴らすと、自信のすぐ横にヒサコを作り出した。《性転換》の派生スキル《投影》による、分身体の作成だ。
「ていっ!」
ヒーサは作り出したヒサコの額にデコピンをお見舞いした。痛くないほどの、軽い一発だ。
だが、それはすぐに効果が現れた。ヒサコの体が光だし、細い縄のような物が現れたかと思うと、それがヒサコとヒーサの体を結びつけた。
それは《手懐ける者》が発動した証であった。
「よし、ヒサコを手懐けたぞ」
「自分で自分を手懐けた!?」
まさかの自分縛りであった。
スキルの発動条件としては、確かに可能であった。意思を持たない人形である分身体は、分からせるまでもなく本体の支配下に入る。そして、手懐けられた者は支配者に完全に従い、遠隔操作と視界共有も付与される。
はっきり言えば、《投影》の分身体への強化付与であった。
「こんな使い方があるとは……」
「確かに、《手懐ける者》単体では、いまいち使い勝手が悪い。まあ、偵察用としては優秀だがな。しかし、他のスキルと組み合わせることにより、無限の可能性を得た」
「視界共有できるから、離れた場所にいても動かせる。何よりこれ!」
テアは二人を繋ぐ縄を注目した。常人には決して見えない支配者と隷属者を繋ぐものだが、スキルを付与した女神だからこそ捉えることができるのだ。
「これを伝って、魔力供給もできるから、どこまでも遠くまで移動させることができるわ。《投影》が更に使いやすくなったってところか」
「結構なことだ。ヒサコを別行動で使役し、面倒な偽装工作や裏工作も、更にやり易くなった」
なにしろ、今まではすぐ近くにいなくては使えなかった分身体が、遥か多くまで送り出すことができるようになったからだ。今までの比ではないレベルで、分身体を使えるようになったことを意味していた。
「そうね。しかし、こういう使い方を瞬時に思いつく当たり、やっぱあなた、頭がいいわ」
「それもまた、戦国の倣いよ。強くて賢くなければ、他人の食い物になるだけだ」
弱肉強食、下剋上、そんな世界を闊歩してきたのが、松永久秀である。この程度の機転を利かせられぬようでは、戦国では生き残れなかったのだ。
この世界はそれよりかは遥かに温いが、かと言って手を抜くつもりもない。むしろ全力で頭を使い、自己の優位性を高めることに躊躇はない。
「それと、同時に二体まで支配下に置いて、操作できるからね」
「そうか。ヒサコ用に一枠確保するとして、あともう一体分使えるか」
「偵察用に鳥とかでも使役したら?」
「いや、暗殺用に、毒虫か毒蛇でも仕込んでおこう」
「うん、それは言うと思った」
発想に一切のブレを感じない。慣れてきたとはいえ、テアも苦笑いせざるを得なかった。
やはり、松永久秀と言う男は、どこまでいっても松永久秀なのだ。
「まあ、術を解けば枠は空くし、好きにすればいいわよ。あ、でも、制約に関しては、前のままだからね。遠出させるのはいいにしても、分身体が怪我したら、本体も同様の傷を受けるから、その点は注意してね」
「ちっ、やはり自爆特攻はダメか。損耗しない分身体は、さすがに虫が良すぎるか」
「そこまで行くと、《人体錬成》のスキルがいるから、完全に別系統の術式になるわ。諦めることね。てか、自爆特攻可能な分身体の生成って、軽くホラー入るわよ。怖すぎる」
とはいえ、十分すぎる技術を手にしたことはかわらないのだ。これを使って何をするのか、テアとしてはやはり心配であった。
「まあ、ヒサコを遠出させる事ができるなら、是非探し出してもらいたいものがあるからな。それの探査並びに獲得を目指そう。そちらの方が重要だ」
「探し物ねえ・・・。何を入手したいの?」
「茶の木」
短いが、力のこもった一言であった。ヒーサの目も真剣そのものだ。今まで見た中でも、特に強い意志を感じるほどに欲しているようであった。
「この世界に飛ばされて一番気に入らぬのは、もちろんあの作法のなっていない食事風景だが、それと同等に嘆かわしいのは、この国には喫茶の文化がないことだ」
「あぁ~、そう言えばそうね。この国で飲み物って言えば、水、酒、果汁とかかな」
「うむ。見事に“茶”がないのだよ」
ヒーサの中身は茶人である。茶を立て、風情を感じ、あるがままを楽しむことを何よりの至福と感じる者だ。それが、この世界に来てからというもの、一切の茶を飲むことができないでいた。
茶の禁断症状とも言うべき、イライラも感じ始めていた。あの濃い緑色の液体で喉と心を潤し、安らぎを感じたいのだ。
「でも、この世界に茶の木があったかな~」
「分からんが、せめて何かしらの代替品でもよいのだがな。何か良案か、探すあてはあるか?」
「探すなら、ネヴァ評議国かな。森に住まうエルフ族なら、植物に関しては誰よりも詳しいし、そこを当たってみるのが無難かな」
ネヴァ評議国はエルフを始めとする妖精種が多く住んでいる国である。一応、カンバー王国との交流はあるのだが、活発と言うほどでもなく、不干渉なお隣さん程度の存在であった。
だが、植物に詳しいのであれば、茶の木についての情報を得られるかもしれないので、まずはそこを目指すべきだと、ヒーサは判断した。
「ときに、茶の木って何に使うの? 魔王探索の何かに使うの?」
「いいや。普通に飲むためだが?」
「……は?」
テアは驚き、絶句した。数々のスキルを使用し、更には女神の魔力を消費し、やりたいことが「お茶を飲みたい」だという。欲望丸出し、我が道を行く、ここに極まれりであった。
「貴重なスキルを使って、しかも不安定な遠隔操作までやって、やりたいことがそれ!?」
「これ以上にない重要な案件だぞ。そもそも、茶は薬用として飲用されたもの。医者として、皆の健康に気を遣っているのだ」
「絶対こじ付けだわ、今の理由」
みんなのために、などと殊勝な心掛けは絶対にこの男からは出てこない発想だ。自分本位をどこまでも通すはずで、本当にただ茶が飲みたいのであろう。
テアとしては、さっさと魔王探索という本来の仕事に戻って欲しかった。なにしろ、あれほど凄惨な簒奪劇をやり遂げたのである。これで仕事をほっぽり出して、お茶でほっこりなんぞされては、嫌々ながら簒奪に付き合った自分がバカみたいだ。
「ヒーサさぁ、真面目に魔王探査やる気あるの?」
「あるぞ。一応確認を取っておきたいのだが、女神よ、術の使い手は大半が《五星教》に属しているので間違いないな?」
「ええ、それは確実。この世界の術士の八割九割が教団の関係者。教団関係者以外が術を使用することは異端認定されかねないから、術士は教団に入るか、もしくは在家の協力者にさせられる。それ以外は、異端の《六星派》に走るか、隠棲して身を隠しているかのどれかね」
神の奇跡の代行者たる術士は、同じく神の地上における代理人たる教団のみ。それ以外は魔に魅入られし異端の存在。それが《五星教》の考え方だ。
これについては徹底されており、術の才能を持っていた貴族が教団への隷属と言う名の協力を拒んで、異端認定からの討伐の憂き目にあったことすらあった。
それゆえに、密かに《六星派》に走る者が後を絶たず、教団側も頭を抱えている状態なのだ。魔王誕生が囁かれている以上、闇の神を奉じる異端派に対する締め付けや、自身の強化を緩めるわけにはいかなかった。
自業自得とはいえ、敵を締め上げるつもりで、敵を作り出しているのだ。間抜けな話である。
「茶の木の件だが、シガラ公爵の領地では、少し寒い気がしてな。栽培するのに、少し暖かくしたいのだよ。ゆえに、火や熱を操るのに長けた術士が欲しい」
「温室の茶栽培!? あなたのいた時代の遥か先の話じゃない!」
「茶人ゆえ、致し方なし。茶の安定供給なくして、喫茶の文化は生まれぬ」
「うん、そこまで考えるとか、お茶バカだわ、あなた」
「誉め言葉として、受けておこうか」
やはり一切ぶれない。自分がやりたいようにやる。目の前の男はそれなのだと、テアは改めて見せつけられた格好だ。
「それにな、術士が教団関係者というのが、逆に利用できる」
「というと?」
「初めは茶栽培なんかで協力させ、その利益を還元する。富と名声には誰しも釣られるものであるから、喜んで協力するであろう。そこから少しずつ深みにはめていき、気付いた時には《六星派》に半分突っ込んでいる状態に持っていけば、あら不思議。“内通者”と言う名の“共犯者”の完成である。フフフ……」
「また、なんということを……」
共犯者は自身を守るために、絶対に裏切らないものである。まして、教団関係者であればこそ、異端認定の危うさは身に染みているはずだ。ヒーサに協力し続けなければ身の破滅。となれば、嫌々でも従わざるを得なくなる。
実に理に適った裏切り者の作り方である。
「同盟というものはな、“いずれは裏切る”ことを前提とした、期間限定のお仲間のことを言うのだ。逆に言えば、利益の共有、秘密の共有、これらがあるうちは絶対に裏切らないものだ。裏切れないとも言えるがな」
「つまり、それらがなくなったら、裏切ってしまうと」
「何か問題かな? 遊びで国盗りをやっていたわけではないのだぞ」
テアの背筋に何かが走り、ぞくりと寒気が走り抜けた。
その正体は目の前の男が放った気配だ。姿形は変わろうとも、やはり目の前の“共犯者”は、どこまで行っても戦国を駆け抜けた梟雄だ。“盗る”ことに命を懸ける、下剋上の申し子なのだ。
「気に入らないかね、女神よ」
「うん、気に入らない。人間って、もう少し理性的に動けると思っていたから」
「理性なんぞ、所詮は人間関係を維持するための、仮面に過ぎん。剥ぎ取ってしまえば、そこにいるのは欲望に支配された猿しかおらん。人も獣も大差ないわ」
「それは戦国の生きた人間の感想?」
「いいや、人間そのものへの感想よ。いや、ワシの感性とも言えるか。戦に明け暮れれば、平穏を求める。平和に浸れば、刺激が欲しくなる。どこまで行こうと、人間とは“わがまま”なのだ」
そして、誰よりもわがままな男が、女神の目の前にいる。奪って、奪われた、どこまでもわがままな男だ。
少しばかり戸惑う女神であったが、そんな気持ちを察してか、ヒーサはテアに笑顔を向けた。
「まあ、堅苦しい話はここらで終わろう。ようやく手に入った地位と領地だ。存分に活用させてもらおうではなか。仕事にも、道楽にも、な」
「真面目なのか、不真面目なのか」
「ワシはどこまでも大真面目だぞ。ああ、楽しいな、領地経営。箸の普及に、茶の栽培。あとはカウラ伯爵家から奪うつもりでいる鵞鳥の肥育も面白そうじゃな。あとは、嫁も“開墾”してやらねばならぬし、なんと忙しい事か!」
「うん、頑張って。最後の以外は手伝えるから。新郎の務めはしっかり果たしなさい」
さすがに、新妻をどうこうするのに、女神の加護も手管も必要ない。というか、立ち入りたくないというのがテアの本音であった。
ただでさえ、あんなひどい兄妹共作のマッチポンプを見せられたのだ。ティースに対しては同情心を覚えるし、これ以上は干渉したくなかった。
「え? ティースの開墾、手伝ってくれないのか?」
「私じゃなくて、“妹”に手伝ってもらいなさい!」
「……おお、なるほど。それ、採用! やはり新技術の“動作確認”は必須であるからな」
「おいぃぃぃ!」
またしても良からぬことを思いついたらしく、ヒーサはニヤリと笑い、女神は余計な一言を発したことを後悔した。
態勢は整った。あとは自分好みに染め上げるのみ。領地も、領民も、そして、新妻も、である。
ヒーサは今、戦利品から漂う香しい雰囲気に、ただただ酔いしれるのであった。
~ 第十五話に続く ~
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ヾ(*´∀`*)ノ




