第四十三話 決戦! 剣豪皇帝を打ち倒せ!(9)
テアの立てた仮説が、正しい可能性が出てきた。
ヒーサはそれに応じた戦術の変更を余儀なくされたが、同時にかなり困難であることも予想できた。
(だが、どうやってそれを実行に移す!? 数に任せて状況を押し込むか? ……いや、ダメだ。弱点に気付いた事を気付かれては、最悪撤収する可能性がある。そうなれば、奴は陣頭に出てこないかもしれない。今後、前に出て来なくなると、討ち取れる可能性がグッと落ちる。今日この場で仕留める事を考えねば!)
ヒーサは今手持ちの戦力と地形的要素を再計算して、ヨシテルに致命の一打を加えるための戦術を組み上げていった。
はっきり言って、ヨシテルの再生能力のからくりはかなりリスクが高く、もしヒーサ自身が使えるとしても、まず使わないほどのバカげた内容だ。
だが、“剣豪将軍・足利義輝”と“異世界の魔王・皇帝ヨシテル”が重なり合う今だからこそ、目の前の怪物はまさに最強の存在となり得るのだ。
リスクは大きいが、それに見合うだけのリターンのあるやり方であり、真似はできないし、真似をしたくもないというのが、ヒーサの率直な感想であった。
(そうなると、やはり少数精鋭で事を成すのが一番か。軍を動かしながらでは、機敏に対応し辛い。ここは一つ、いつもの顔触れと行きたいところだが、アスプリクが抜けてしまったからな~)
ヒーサは手痛い穴に思わず舌打ちした。
アスプリクは高度の術式を連発し、さすがに疲労してアスティコスと共に後退してしまった。
これからの戦闘にはその力を使えないため、他の手駒を使い、ヨシテルを仕留めねばならなかった。
(とはいえ、先程と違い、テアが導き出した攻略法がある。あとはその状況に持って行くためには……)
ヒーサは周囲を見回し、誰が、何が必要なのか、急ぎながらもじっくり検討した。
(必要なのは、いかに隙を突くか、奇襲するか、だ。当然そうなると……)
自然と目が向いたのは、マークであった。
暗殺者としての技術を持ち、しかも使い勝手のいい地属性の術式を修めている。
そして何より、ヨシテルに決定打を撃ち込める条件まで持ち合わせていた。
「マーク! こっちに来てくれ! ライタンとルルも!」
少数精鋭となると、当然声をかけるのはこの三人だ。
三人はヨシテルを遠巻きに取り囲むように立ち、術で牽制を入れていたが、戦果のあがらない事に苛立ちや焦りを覚えていた。
そこにヒーサの呼び出しがあったため、ようやく何かの打開策が出来上がったのかと考え、心なしか軽い足取りで近寄ってきた。
「時間がないから、手短に話す。あの化物に決定打を浴びせる手段を見出したぞ」
期待していた言葉がヒーサの口から飛び出し、普段は表情の乏しいマークでさえ、思わずニヤリと笑ってしまう程であった。
それ程まで追い詰められていたと言う事であり、その心情はヒーサも十分に理解していた。
「で、公爵様、その手段とは!?」
ルルは前のめりにヒーサに尋ねた。
こちらももううんざりと言った感じがありありと出ており、早く教えてくれとせがんできた。
「ああ、その方法なのだがな……」
ヒーサはテアからの指摘を披露し、そこから導き出された答えを三人に伝えた。
そして、揃いも揃って目を丸くして驚いた。
「そ、そんな単純な事だったのですか!?」
ライタンは信じられないと思いつつも、真面目に教えてもらった答えを検討した。
その結果は、“十分考えられる”という肯定的な感情が湧き上がってきた。
他の二人も同様の結論のようで、まさかの“答え”にどう反応していいか分からず、悩ましくも複雑な表情を浮かべた。
「まあ、テアの指摘されて、ようやく気付いたのだがな、私も。これは“祝福”ではなく、“呪詛”だと、な」
「よくもまあ、そんな博打じみた手段を用いますね。私だったら、絶対やらないです」
「ルルの意見には、私も賛成だ。あれは奴だからこそ、絶対に“有効打になり得る一撃”を食わらないという自信があるからこそ、出来る芸当だ。真似しようとは思わん。問題は、奴にその一撃を叩き込めるかどうか、だ」
攻略方法は分かった。その方法でヨシテルに一発入れれば有効打となるのだ。
だが、一同の顔は全員揃って難しい表情をしていた。
「その状況を作り出し、かつ一撃を入れる事が出来るのか?」
しかし、問題はそれを達成できるのかどうか、これに尽きた。
「正直言って、難しいと言う言葉では生温いですな。まあ、だからこそ、あちらもこんなバカげた手段を用いたのでしょうが」
「ライタンの言う事はもっともだ。バレてしまえば、致命的だからな。もっとも、その一撃を入れるまでがこれまた長い。真正面からでは無理だ。不意を打たねば、絶対にかわされるか防がれる」
そのように言葉を交わしていると、やはり自然とマークに視線が移ってしまった。
なにしろ、条件を満たしていて、一番可能性が高そうなのが、マークに他ならないからだ。
「まあ、その条件だと、俺になりますよね」
「と言うわけだ。よろしく頼むぞ、マーク」
「……で、作戦はあるのですか?」
「ある。アスプリクが戦線離脱したとなると、主力はやはりお前の一発だけとなる。ゆえに、お前が奴に一発入れるための、奇襲の条件を整える」
ヒーサは作戦のあらましをマークに説明すると、マークは不機嫌そうに睨んだ。
やりたくない、という無言の抗議であった。
「まあ、お前の気持ちは分からんでもないが、正直、それが一番可能性が高いのも事実だ。悪いが、泥を被ってもらうぞ」
「……確かに、奇襲という一点で考えれば、それが一番かもしれませんが、それまでの準備がかなり面倒ですが、間に合いますか?」
「なんとか間に合わせるさ。ほれ、さっさと移動しろ。時間は有限だ。それと、万一があるから、これも持って行け」
そう言って、ヒーサは神造法具の鍋『不捨礼子』をマークに手渡した。
現状、最強の武器であり、防具である。これを渡すことのできるマークへの信頼の表れでもあった。
これがあれば色々と付与される力がある事は認識しているため、マークにとっては頼りになる一品であると同時に、自分にかかる責任の重さが尋常でない事も認識させられた。
なにしろ、首尾よく有効打を皇帝に叩き込まねば、自分の命どころか、主人の身にも危険が及ぶのだ。
失敗は許されない。鍋を受け取った手が更にしっかりと取っ手を握り、決意を固めた。
「……了解」
マークはヒーサの指示に従う事にして、一目散に山の方へと駆けて行った。
「さて、こちらも動かねばな。ルル、お前もマークの後を追って、準備を整えていくれ。ライタンは少しの間、皇帝の足止めを頼む」
「無茶ぶりですなぁ」
ライタンはもはや笑うしかなかった。
アスプリクが抜け、マークも抜け、更にルルも抜けるとなると、もうこの場にいる術士の頭立つ者が自分一人になるため、自然と“殿軍”を務める事になるのだ。
相手を罠にハメるための時間稼ぎであり、誰かがやらねばならなかった。
しかも、相手は目の前でなおも暴れ回っている皇帝ヨシテルだ。
命がいくつ有っても足りない。そう思わずにはいられないライタンであった。
ちなみにルルは事の重大さを理解して、すでにマークを追っかける形で離れていった。
「まあ、無茶なのは承知だ。どのみち、まともな手段では倒せるとは思っていない。こちらもあのふざけた皇帝を打ち倒すために、これまた奇抜な一手で奇襲を仕掛けねばならんのだ。ライタンよ、お前が時間を稼ぎ、ある程度準備が整ったら、私が囮になって山手に誘導する」
「公爵様ご自身が餌ですか」
「何が何でも食らいたい生餌だからな。絶対に誘導できる。あとは機を逸せぬ事だ」
準備の手早さとタイミング次第。それで成さねば、明日生きる資格を失うのだ。
そう思えばこそ、命を張って切り抜けねばと、無理やり気張る事となった。
ライタンも時間稼ぎのため、再び舞台の士気に戻っていった。
(女神、聞こえるか? と言うか、さっきの話は聞いていたろうな?)
ヒーサは相方の女神に〈念話〉を飛ばした。
(もちろん聞いているわよ。んで、こっちの準備は何がいる?)
(話が早くて助かる。アスティコスに、急いで山の方に向かうように言ってくれ。準備がルル一人だと、時間がかかり過ぎる)
(了解。今、アスプリクを医務室に運び込んでいるところだから、伝えておくわ)
(うむ。それと、ティースもいるか?)
(私の隣にいるわ。と言うか、さっきの仮説も、本当はティースからの指摘があって、気付いたようなもんだからね)
(ほ~う、それはそれは。相変わらず目聡くて愛い奴だな。後でたっぷり可愛がってやると伝えてくれ)
(……後で殴り飛ばされるわよ)
どうにも、ヒーサのティースへの感情がいまいち掴みどころがなく、テアを混乱させていた。
ティースはヒーサの事を嫌っている。なにしろ、自分の身に降りかかってきた案件のほぼすべてにヒーサが係わり、実家も自分自身も滅茶苦茶にされたから、当然と言えば当然であった。
一応、形の上では夫婦であるが、ティースの中では完全に破綻しており、一片の愛情も抱いておらず、あくま共犯者や利益共有者としての付き合いと割り切っていた。
一方のヒーサはと言うと、ティースのことを気にかけており、夫婦である事を楽しんでいるかのようだ。
何がどう琴線に触れたのか、寵をかけ、溺愛していると言ってもいい言動が目立つようになっていた。
互いの気持ちがかみ合わない、なんとも歪な関係の二人であった。
(テアよ、勘違いしているようだが、私はこう見えて愛妻家なのだぞ)
(本人が聞いたら、殴られるだけじゃ済まないわよ。愛し方がい歪んでいるのよ、あんたの場合は!)
(戦国ゆえ、致し方なし。やはり梟雄の伴侶となるのであれば、それ相応に強かでなくてはならんからな)
(あ~。そういう意味じゃ、ティースは強かになったか)
(そう言う事だ。結婚前は鼻っ柱が高いだけのお嬢様であったが、今や私の寝首をかかんとするくらいに気の強く、それでいて抜け目がなくなってきた。なんと言うか、こう、ゾクゾク来るとでも言えばいいか?)
(やっぱあんた、変わっているわ)
(よく言われる。っと、それより、ティースにも、山の方に移動するように伝えろ)
(え? 彼女も参戦!?)
(手数が欲しい。マーク一人ではダメかもしれんから、その保険としてな)
あくまでも慎重なヒーサであったが、自分の妻すら武器と認識してぶつけようとする姿勢には、毎度のことながらテアもため息を吐きたくもなった。
とはいえ、ティースも条件としては、ヨシテルへの決定打を撃ち込む事が出来るので、出番があるかもしれない。
そう考えて、テアは状況をティースに説明するのであった。
~ 第四十四話に続く ~
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