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第四十一話  決戦! 剣豪皇帝を打ち倒せ!(7)

「神々の魂すらも焼き尽くす、原初の炎を今ここに! 〈火神降臨オーティアズフレイム〉」


 アスプリクの詠唱が完成し、ヨシテルを中心にしてすさまじい勢いで炎の柱が形成された。

 あまりの威力と熱量に、離れていた兵士すら勢いに押されて尻もちをつくほどだ。

 だが、その対価はかなり重かった。術を放ったアスプリク自身も度重なる術の使用に疲れ切り、足元がおぼつかなくなっていた。


「ヒーサ、悪いけど今ので打ち止めだよ。これでダメなら、もう僕の持っている手札じゃあどうしようもないって事だ」


 アスプリクはすでに息絶え絶えであり、アスティコスに支えられてようやく立っている状態だ。

 〈隕石落としフォール・オブ・メテオ〉を帝国軍にぶちかまし、その後はヨシテルに何度も仕掛け、そして今、最大火力を放った。

 魔力も体力も空っぽで、自身が放った炎の柱を見る目も、どこかぼやけていた。

 しかし、そんな努力と献身をなかった事にしてしまうのが、目の前にいる理不尽極まる相手だ。


「〈秘剣・一之太刀いちのたち〉!」


 大上段から振り下ろされた刀と共に、炎の柱は吹き飛ばされ、またしてもヨシテルの無事な姿が現れた。

 各所に火傷を負ってはいるが、すでに修復されており、あっさりと再生してしまった。


「クッソ……、これでもダメか」


 ある程度は予想出来ていたとは言え、やはり大火力を食らわせたのに平然としている様は、術士にとっては屈辱以外の何ものでもなかった。

 いかに魔王の力が付与された、人の形をしていながら人外の領域に踏み入れた存在が、どれほど常道を逸脱しているのか、その深ささえ見極めることが困難であった。

 アスプリクは己の不甲斐なさを恥じ入るばかりで、もはや空っぽの自分では睨み返すのがせいぜいだと詳しがった。。


「アスティコス、一端アスプリクを城砦に連れて戻れ。その状態では継戦は不可能であるし、ふらついた体では足手まといだ」


「ごめん、ヒーサ。役に立てなくて」


「構わん。あとはこちらでどうにかする。それに働きとしては十分だ」


 申し訳なさそうにしているアスプリクに、ヒーサは頭を撫でて指で髪を梳き、その労をねぎらった。

 実際、アスプリクがマークと合作した〈隕石落としフォール・オブ・メテオ〉で帝国軍に大打撃を与えたし、ヨシテルを孤立させると言う条件を作り出すために貢献していた。

 もちろん、自慢の火力でヨシテルに有効打を与えれたらば、なお良かったのだが、さすがにそれは贅沢であり求めすぎとも言えた。


「まあ、ゆっくり休め。お前にはまだ役目があるから、ここで倒れられても困る」


「うん、そうだね。それじゃ、後ろで吉報を待っているよ」


 アスプリクは疲労困憊ながらもどうにか笑顔を作り、ヒーサもまた不敵な笑みで応じた。

 そして、アスティコスはアスプリクを抱えて〈飛行フライ〉で浮かび上がり、城砦の方へと飛んでいった。

 それを見送りつつも、ヒーサは完全回復したヨシテルの方へと再び視線を戻した。

 周囲の動揺も更に酷くなっており、王国側の切り札であるアスプリクの攻撃が、ことごとく失敗に終わった事が大きな原因だ。

 本当に目の前の化物に勝てるのか、その場の全員の頭の中によぎっていた。


(しかし、本当に参ったな。本気で倒せるのか心配になってきた)


 ヒーサの眼前では、まだヨシテルへの攻撃が続けられていた。

 矢弾を撃ち込み、術での攻撃も試みられ、何度も何度も穴だらけにしていると言うのに、一向に再生の鈍りを見ることはない。

 最初から変わる事のない、超速度による再生だ。

 そして、装填等の時間があるため、時折攻撃が緩む場面があり、そこにヨシテルの反撃が入った。

 刀を振るうたびに衝撃波が走り、誰彼構わず吹き飛ばし、あるいは凄まじい脚力で近付いては、次々と愛刀の餌食にしていった。


(物理的には倒せないのか? ならば、精神を弱らせてとなるが、今は完全に火が付いた状態であるからな。その点では失敗か?)


 なにしろ、ヨシテルを挑発しては激怒させ、怒りでこれでもかと言うほどに滾らせたのは、他でもないヒーサ自身であった。

 今もヒーサに斬りかからん勢いで迫っているが、ヒーサは部隊を巧みに動かし、斬り込む道を塞いで、“自分の安全”だけはしっかりと確保していた。


(精神への攻撃となると、黒犬つくもんを呼び戻す必要があるが、今は無理だな。あっちもあっちで忙しい)


 黒犬つくもんは現在、壊走している帝国軍相手に牽制を続けていた。

 切り札である〈嘆きの奔流バンシースクリーム〉を放った後、即座に撤退を開始した帝国軍の後部に食らいつき、まるで羊の群れを追い立てる牧羊犬のごとく、吠えかかったり、あるいは実際に軽く攻撃を仕掛けたりと、逃げ出すように誘導しているのだ。

 アルベール率いる騎兵部隊とかち合わないよう、その反対側から圧をかけるようにしており、無駄な同士討ちは回避していた。

 こちらも重要な役目であり、少しでも壊走状態が長引くようにして、間違っても反転攻勢してこないよう牽制を入れておく必要があった。

 これを中断して、効くかどうか分からない精神面への攻撃を従事させるのは、ヒーサも思案のしどころで、最適解はどれかと悩みに悩んだ。


(ちょっと聞こえる!?)


 そんな悩んでいるヒーサの頭の中に、聞き慣れたテアの声が響き渡った。

 〈念話テレパシー〉による遠隔通信だ。


(む、女神か。やっと何か掴んだか!?)


 ヒーサとしても、打開策はそこにしかなかった。

 ヨシテルには一切の攻撃が利かず、有効打を与えられないでいた。集中砲火を浴びせれる状況を作ったはいいものの、逆に弾切れの危険性すら見えている状況なのだ。

 そうなると、頼りになるのは状況をしっかり観察していた、女神テアの眼と頭となるのだ。

 テアもそれは理解しており、心の声だと言うのに、珍しくも期待と不安を抱くヒーサの声を聞き、その点を認識した。


(ええ、まあ、そんなところ)


(はっきりせんな)


(仕方ないでしょ! こっちもあくまで“仮説”なんだから、ちゃんと有効打になるのかどうか、試したわけじゃないんだから)


(まあ、そりゃそうだ)


 なにしろ、倒すべき相手であるヨシテルは、今も絶賛大暴れをしているのだ。少しでも攻撃を緩めれば猛烈な反撃が飛んで来るのだ。

 あれに対して、試すと言うのも酷な話であり、ひ弱な女神がやったところでこま切れ肉にされるのがいいところであった。


(……で、お前の考え付いた“仮説”とやらを聞かせてもらおうか)


(えっと、それはねぇ……)


 テアも半信半疑の自身の仮説ではあったが、それを説明するより他になかった。

 なにしろ、今は指の掴まれる窪みや出っ張りすらない、完全なる断崖絶壁を登っているような状態だ。

 掴むことができる場所があれば、すぐにでも手を伸ばしたくなる。

 どうにか状況を打開したいヒーサは、静かにテアの言葉に耳を傾けるのであった。



            ~ 四十二話に続く ~

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