第四十話 決戦! 剣豪皇帝を打ち倒せ!(6)
少し離れた城壁の上から、テアは戦いの光景を眺めていた。間近では戦闘の邪魔になりかねないし、何より全体像を把握するには少し距離を空けた方が観察しやすいのだ。
(状況はヒーサの思い描いたとおりになっている。仕込み銃での不意討ちは相変わらずだけど、その後の足止めと帝国軍への攻撃は完璧。皇帝ヨシテルをこちらの懐で孤立化させた。そう、ここまでは完璧なのよ)
事前にある程度の説明を受けていたため、こういう状況になると言う事は知っていた。
あの化物相手に、ここまで有利な条件を作り、その上で集中砲火を加えているのだ。その点ではヒーサの手腕は冴えているし、さすがと言わざるを得ない。
だが、それでも予想を超えられてしまうと言う事もある。
それは、ヨシテルの“再生能力”だ。
(異常すぎる! 何なのよ、あれは!? “再生”って言うより、“巻き戻し”じゃない、これ!?)
女神の視点であっても、ヨシテルの再生能力は異常なのだ。
事前に話を聞いて理解していたつもりであったが、実際に目の当たりにしてその目算が甘かったことを思い知らされていた。
(そう、とっくに死んでいてもおかしくないだけのダメージは通している。頭を潰し、心臓を穿ち、腕をもぎ取り、足を潰す。体と言う体に矢弾で撃ち抜き、丸焦げにしては、岩や風圧で圧し潰す。攻撃として苛烈だし、適格だわ。でも……)
これだけの攻撃を加えながら、ヨシテルはなおも倒れないのだ。
ダメージは通せているし、体もズタボロになる。だが、ダメージを与えたと思ったら、すぐに傷口が塞がっては起き上がり、刀を振るって反撃をしてきた。
距離を空けて見ている分、相手の異常性と味方の動揺ぶりが、テアには良く見えていた。
(再生なんて、生易しいもんじゃない。あれは“時間回帰”しているか、そもそも“事象の拒絶”によりなかったことにしているかのいずれかしかない。そんな事って有り得る!?)
それは有り得ないはずだ。そこまで行くと神の領域であり、いくら魔王の力を下ろしているとは言え、明らかにその枠組みを逸脱していた。
(治癒系の術式を使っている痕跡もないし、そもそもそんな魔力も感じない。完全に自分の力、あるいは肉体に備わっているスキルか何かの効果よね。でも、そんな強力な再生能力を得られるスキル、心当たりがないんだけど!?)
今のテアは情報のみが武器である。神としての力が封じられているため、経験や知識と言う名の情報こそ、この場で使える武器なのだ。
そして、それに賭けているのが相方のヒーサだ。
あのデタラメな再生能力の秘密を解き明かさない事には、いずれは消耗してやられるだけであり、それだけは避けなばならなかった。
(この世界に降臨して、初めてまともに任された仕事! 頼られた案件! でも、ほんと、見えてこない、答えが全然!)
テアの頭の中にある情報には、該当する能力がない。
どんなスキルでも、あるいは術式か、もしくは神の加護か、様々な可能性が頭の中で検討されたが、いずれも確信のいくようなものはない。
(これを用意した奴、相当性格が歪んでいるでしょうね。どんな祝福を与えたら、あんな無敵じみた再生能力を得られるのよ! ……お?)
必死で考えながらも状況確認を怠らないテアは、ヒーサが新たな指示を飛ばしたことに気付いた。
銃や弓で遠巻きに射撃を浴びせつつ、そこから槍衾を組んだ一団がヨシテル目がけて突っ込んでいった。
そして、十数本もの槍がヨシテルの体を貫いた。
頭、首、腕や肩、あるいは心臓や腹など、容赦なく突き立てられた。
突っ込んだ勢いそのままに、槍に刺さった義輝が天に向かって持ち上げられるほどだ。
槍を伝って滴り落ちる鮮血は大地を染め上げ、確実に死を届けるに値する一撃である事を示していた。
だが、これもまた無意味となった。
突き上げられたヨシテルは刀でそれらを払い、槍が全て切断されてしまった。
地面に着地と同時に斬り込み、槍兵を一人また一人と確実に屠っていった。
剣を抜き、勇敢に立ち向かう兵士もいたが、かわされ、防がれ、反撃の一刀で切り捨てられた。
(うっわ、近接戦でも無理か!?)
術もダメ、銃や弓もダメ、近接戦も効果なし。もうこれでどこにも穴が無くなった。
だが、前線にいる者は諦めが悪かった。
アスティコスは水の精霊を呼び出し、それをヨシテルにまとわり付かせ、ずぶ濡れの状態にした。
そこに間髪入れずにルルが冷気を当て、みるみるうちに氷を作り出し、そこにヨシテルが包まれていった。
倒せないなら、いっそガチガチに凍らせて動きを封じようと言う意図があった。
だが、これもまた無意味になった。
完全に氷中へと封じられたかと思ったら、氷の中から響く大絶叫によって氷にひびが入り、氷塊が粉々に砕け散ってしまった。
(これもダメなの!? 動きを止める事さえできない!)
打つ手が全て通じない。ヨシテルを取り囲んで集中砲火を浴びせている面々も、完全に動揺していた。
ヒーサの思い描いた有利な状況を作りながら、決定打となる一撃が未だに見いだせず、無駄に消耗させられるのであった。
(これじゃ、どっちが攻めてるのか分からないわよ!)
今回の要だと情報分析を任されても、テアには全然有効な手段が浮かんでこなかった。
一旦引かせようかとも考えたが、そもそもこんな有利な条件でヨシテルと戦える機会は今後有り得ないのだ。
一騎討ちを餌に誘い込み、孤立無援の状態にして取り囲んだのだ。
二番煎じは通用しないであろうし、今後はさらに慎重に行動するようになるであろうから、騙し討ちもまず防がれることは間違いなかった。
(結局、今この瞬間に倒さないと、永遠に機会が回ってこない事もあるって話! ええい、考えろ、考えろ、私)
ヨシテルの動き、ヒーサを始めとする攻め立てる側の動き、それらすべてを観察し、手早く有効打を見つけなくてはならない。
だが、テアの焦りをよそに、ヨシテルは次々と繰り出される攻撃を受けながらも、なおも立ち上がって反撃を試みていた。
普通ならば、一方的な嬲り殺しにも見えるが、その実態は無敵の力を持つ魔王に、人間が懸命に立ち向かっていると言う構図であった。
「ねえ、テア、ちょっといい?」
不意に声をかけてきたのは、同じく横で激闘を観戦していたティースであった。
今回、専属侍女と公爵夫人はコンビを組んでいた。拡声術式で欺瞞情報を流すなどの仕事を与えられてはいたが、この二人は基本後方支援が主働きであった。
テアは女神として直接対象攻撃できないからであり、ティースは“普通の腕利き”であるからだ。
術を用いての遠距離攻撃もできないうえに、銃や弓による射撃も今は代わりが大量にいるため出番がない。
そのための後方待機となっていた。
「あれさ、削り切れるの?」
「自信がない。絶対どこかに穴や限度ってものがあるんだろうけど、それが見えてこない」
「だよね。ヒーサが焦っているのは見ものだけど、マークがいるからそうも呑気な事は言ってられないのよね。早く何とかしないと」
ティースも割と冷静を装ってはいたが、それでもかなり気をもんでいるのは間違いなかった。
そのとき、猛烈な勢いで火柱が立ち上がり、天を衝かんとする勢いで燃え盛った。
その中心にはヨシテルがおり、それを放ったのは先程からずっと詠唱していたアスプリクであることは、離れた位置から見ていた二人には一目瞭然だった。
「さすがの大火力! これなら……」
「ん~、ダメみたいよ」
実際、ティースの言葉通り、ダメであった。
火の柱が真っ二つに斬り割かれ、姿を現したヨシテルはやはり傷が塞がりつつあった。
「あの火力でもダメなの!?」
「燃やしても、凍らせても、銃で顔面を潰しても、弓矢で針山にしても、槍で心臓を穿っても、全部ダメ。どうなってんのよ」
本当に打つ手が見えてこない二人の声色も、いよいよ余裕が一切なくなってきており、得体の知れない相手への不気味さが震えとなって出て来ていた。
怪物と必死で戦う者もまた動揺してはいるが、それでも勇猛果敢に攻め込もうとしていた。
槍を手にして突き入れんとする者、あるいは剣を携えて斬りかからんとする者、様々だ。
だが、そのことごとくが意味をなしていなかった。
槍を突き入れても、そのまま反撃の一撃を食らい、剣で斬りかかろうとも防がれ、これもまた反撃の一撃で命を散らせてった。
どんな攻撃もやはり意味を成しておらず、無駄に命を消耗している状態だ。
すでに軽く百名以上が討死しており、たった一人を相手にするには代償が多きに過ぎた。
「いったいどんな加護を受けたら、あんな状態に出来るのよ!? 魔王の力を付与しているにしても、やっぱり異常だわ!」
「“加護”じゃなくて、“呪詛”じゃないの、あれ?」
「……え?」
考えもしなかったことに、テアはティースの指摘に目を丸くした。
神として祝福を与える事ばかりに気を向けていて、逆に呪いを与えると言う行為を見落としていたのだ。
「いや、だってさ、あんなズタボロになってまで戦う事を強制されるなんて、そんなの呪いでしょ?」
「呪い……」
思わぬティースからの指摘に、テアは発想と思考の方向性に変化を加えた。
テアは術式による強化や、スキルによる特殊能力付与の真逆の方向、すなわち“呪い”によるマイナス方向への付与を検討した。
すなわち、足し算・掛け算による強化ではなく、引き算・割り算による弱体化という逆転の発想だ。
普段なら絶対に使わないような、そんな類のやり方だ。
しかし、そこに取っ掛かりが存在した。
(いや、でも、待って。それって事は)
テアはすぐに計算をやり直した。
あまりに馬鹿げた、それでいて“足利義輝”と言う剣豪ならば、あるいは有効とも思える手段に行き着いた。
(でも、それって有り得るの!? リスクが余りにも大きい。下手すると、小鬼にすらやられるわよ、それ!)
仮説を立て、それが正しいとした場合、ヨシテルは最強にして最弱の存在になる。
あまりに極端すぎるやり方なのだ。
(でも、いくつかの事象が、それが正解だと示している。なら、試してみるしかない!)
迷っている時間はなかった。
テアは意識を集中させ、〈念話〉で声を相方に送り届けるのであった。
〜 第四十一話に続く 〜
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