第三十八話 決戦! 剣豪皇帝を打ち倒せ!(4)
「一向に燃え尽きんな~。大人しく荼毘に付されて欲しいものなのだが」
ヒーサは手に持つ炎の剣『松明丸』で皇帝ヨシテルに炎を当て続けていた。
本来ならば、とっくに消し炭になって可笑しくないほど焼いているのだが、燃え尽きる気配は一切ない。
それどころか、銃撃でグチャグチャにしたはずの顔面すら治ってくる有様だ。
「とんでもない再生能力だとは聞いていたが、実際目の当たりにするとデタラメもいいところだ。公方様よ、さっさとあの世へ旅立って、この続きは煉獄にてお楽しみ願いたいのですが、いかがか?」
何度も何度も炎をぶつけ、それでも倒れない相手に、さすがのヒーサも焦りを覚えていた。
だが、これも作戦の内。今のところはほぼ事前に描いた絵図の通りに動いていた。
自分がヨシテルを抑え込み、他が動揺する帝国軍に打撃を与え、返す一撃で全戦力をヨシテルに叩き込んで仕留める。
これがおおよその流れだ。
そして、“ヨシテルを抑える”が成功し、“帝国軍に打撃を与える”の段階に移行していた。
アスプリクとマークの合成術式〈隕石落とし〉が炸裂し、天から降り注ぐいくつもの燃える岩が、帝国軍を吹き飛ばしていた。
更に、アスティコスとライタンの〈竜巻〉も程よい添え物となり、爆炎を吸収しつつ、炎の渦が更に被害を拡大させていた。
(だが、まだ弱い。さらなる一撃が必要だ)
ヨシテルを一人で抑え込むのも限度があり、次々と手を打たねば帝国軍が反撃に出てくる危険もあった。
そして、それは思わぬ形で現れた。
皇帝の従卒として帯同してきた牛頭人が、雄叫びを上げながらヒーサに突っ込んできたのだ。
「一騎討ちの最中に横槍を入れるとは、所詮は獣の類よ! 作法を知らぬと見える!」
実際、ヒーサはヨシテルしか攻撃していないし、他の者も控えていた帝国軍にしか攻撃していない。あくまで、“大将同士の一騎討ちをして、周囲はその熱に当てられてつい攻撃しちゃった”という体裁なのだ。
ただ、ルルの水柱での注意逸らしと、暗器として偽装銃を用いたくらいなのだが、これはヒーサの中では許容できる範囲であり、一騎討ちは絶賛継続中であった。
牛頭人の行動は、明らかな一騎討ちへの横槍であり、その非を鳴らしたが、そんなものは頭に血が上る猛牛には通用しなかった。
「ブモォォォ!」
巨大な斧を振り上げ、皇帝への炎を継続するヒーサに振り下ろさんとした。
そこへいくつかの石礫が飛んできて、まさに振り下ろされようとする斧の一撃を防いだ。顔面や、あるいは手元に命中し、振り下ろす斧の位置を逸らすことに成功した。
ヒーサはさっと位置取りを変えつつ、ヨシテルへの攻撃を続け、不意な投石に怯んだ牛頭人との間に、一人の少年が割って入った。
城壁から飛び降り、急いで駆けつけてきたマークだ。
「公爵様、お届け物です」
マークは小剣で目の前の猛牛に牽制を入れつつ、持ってきた鍋、神造法具『不捨礼子』を投げ渡した。
ヒーサはそれを受け取り、次いで控えていた黒犬が駆け寄ってきた。
「その牛は、任せてもいいか?」
「問題なく。今夜はステーキですか?」
「やめろ。二足歩行の牛なんぞ、食う気が湧かん」
軽口を叩いた二人は、すぐに自分の仕事に取りかかった。
マークは怒れる牛の攻撃をかわしつつ、巧みにヒーサの邪魔にならない位置にまで誘導した。
一方のヒーサもヨシテルへの攻撃を続けつつ、最後の切り札を投入した。
「《スキル転写》、我が忠実なる僕に《焦げ付き防止》を付与」
ここでヒーサは《スキル転写》を用いて、黒犬に鍋を装備する事によって得ていた火属性への完全耐性を付与した。
なにしろ、これから目の前で繰り広げられている阿鼻叫喚の世界に飛び込ませるのだ。これくらいしなくては、さすがにもたないと判断したためだ。
「行け、黒犬! でかいのを一発かましてこい!」
「アンッ!」
命を下された黒犬はマークと牛頭人が戦っている横をすり抜け、さらに燃えているヨシテルも素通りし、絶賛混乱中の帝国軍の中に駆け込んでいった。
帝国軍は現在、何をどうするべきか分からず、右往左往している有様だ。
なにしろ、絶対的存在であった皇帝ヨシテルが殺され(まだ死んでない)、そうかと思えば上空から燃え盛る岩が次々と降り注ぎ、さらに竜巻まで荒れ狂う始末だ。
これを統率する者はなく、混乱が増すばかりであった。
そんな中に黒犬が飛び込んだのだ。
黒犬は幽体化して物理攻撃をすり抜ける事が出来たが、それでも危険が多すぎた。
特にアスプリクが撃ち込んだ炎は強烈であり、身を焦がす危険があった。
そのため、ヒーサはマークが『不捨礼子』を届けるのを待ってから、《スキル転写》にて《焦げ付き防止》を黒犬に移し、火属性への耐性を備えてから突っ込ませたのだ。
そして、程々に突っ込んだところで、不意にその正体を表した。先程までの軽く抱きかかえられる仔犬の姿から、軍馬をも超える程の巨体へと変じた。
紅玉をはめ込んだかのような赤い眼は周囲を睨み付けて威圧し、口からは鋭い牙をチラつかせ、呻き声はより一層の恐怖を駆り立てた。
「ぐがぁぁぁああ!」
そして、放たれた。死を招く咆哮が、これでもかと言うほどの力いっぱいにその口より飛び出し、帝国軍の先鋒中央を駆け巡った。
悪霊黒犬の切り札、〈嘆きの奔流〉だ。
溜めに溜めた魔力を咆哮と共に放出し、範囲内の相手の精神を破壊する黒犬最強の一撃で、それを帝国軍のど真ん中で放出したのだ。
その威力は絶大であり、混乱中の帝国軍にあって動揺している中で、さらなる一撃が加えられたのだ。その威力たるや、一気に陣列が崩壊するのに十分であった。
この咆哮をまともに食らえば精神崩壊からの即死、よくて恐慌状態、それが《嘆きの奔流》の威力だ。
その一撃を受けた帝国軍の中央にいた将兵はバタバタと倒れ、その犠牲者は千や二千では済まない程だ。
「皇帝陛下討死! 皇帝陛下討死! このままでは全滅! 全滅! 撤退! 撤退せよ! 速やかに撤退せよ!」
そして、図ったかのようにティースの絶叫が帝国軍に響き渡った。
テアの用意した拡声術式に声を乗せ、帝国軍に欺瞞情報を流していた。
銃で撃ち抜かれた皇帝、降り注ぐ火の塊、荒れ狂う竜巻、響き渡る絶叫とバタバタと倒れる帝国軍兵士。これだけ条件が揃えば、もう十分であった。
ティースが発した声が最後の引き金となり、慌てふためいて逃げようとする者が現れ始めた。
部族単位での編成であったため、一つが逃げ出すと自分の部族もと、次々と逃げ出したのだ。
指揮統率を回復させれる指揮官はなく、一つ崩れると一斉に崩壊が始まった。
「頃合いだな」
ヒーサは先程まで黒犬が咥えていた旗を拾い上げ、それを城砦の方に向かって振った。
一気に決める。その合図だ。
合図を見た城塞側も即座に反応し、閉じていた城門が開けられ、同時に騎馬の集団が我先にと飛び出してきた。
壊走中の敵部隊への追撃は、足の速い騎兵の仕事である。
さあとどめだと言わんばかりに、飛び出した騎兵部隊の戦闘にはアルベールの姿があった。
そして、馬蹄を地響きに変え、敵軍目がけて突っ込んでいった。
~ 第三十九話に続く ~
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