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第三話  久子誕生! ワシは女になる!

 先行き不安な状況に戦慄しつつも、テアニンとしては話を進める以外に道はなかった。


「んじゃ、ヒサヒデ、もう一枚引いちゃってください」


「うむ。では、参ろうか」


 久秀は差し出された箱の穴に手を突っ込み、ゴソゴソと引き出すカードを選んだ。


(どうか、妙なカードを引きませんように)


 そう思うテニアンをよそに、ヒサヒデはスッとカードを引いた。

 白地に輝きのないカード。外れかな、と思いつつ久秀はカードを見つめると、そこには『もう一回遊べるドン!』と書かれていた。


「なんだこれは?」


 意味が分からず、久秀は首を傾げた。しかし、テアニンの方は目を丸くして驚いていた。


「ここでそれを引く!? ここで!? どういう剛運なのよ、ヒサヒデ、あんたは!」


「よく分からんが、いいカードなのか。ふふ、ワシ自身の人徳が怖い。廬舎那仏と毘沙門天と薬師如来の加護のおかげか」


「増やすな! 微妙に巻き込む仏を増やすな!」


 やりたい放題のこの男をどうにかしたい、そうテアニンは強く思うのであった。


「で、このカードの効果は?」


「もう一回カードを引き直す権限が貰えるの。手にしたカードをそのままに。つまりね、ヒサヒデ、あなたはスキルカードを三枚持って行けるってこと。まさか、ランダム限定カードまで引き当てるなんて思わなかったわよ!」


 実際、ランダム限定カードを引く可能性はかなり低い。おおよそ、万分の一の確率だ。それを引き当てたのだから、大したものであった。


「ふむ……。では、もう一度始めから二枚を選び直せる、ということか?」


「ええ、その通りよ」


「では、ランダム解除。二十枚からの選別に切り替える」


「んな!?」


「当然であろう。ワシにとっては強力極まるカードが手に入った。ならば、それを強化する方向でカード選びをした方が良い。そうなると、ランダムで引くより、二十枚から選別した方が賢い判断。そうは思わんか?」


 一点強化を狙うのであれば、ランダムで引くよりも二十枚選別の方がいいカードが出る可能性はある。


(こいつ、本当に抜け目がないと言うか、どこまでも効率的というか……。もしこれで《透明化》なんてスキルでも引こうもんなら、暗殺者アサシンとして手が付けられなくなるわよ)


 どうか出ませんようにと思いつつ、箱をブンブン振り回し、そして横っ腹を叩いた。ブワッとカードが箱から二十枚飛び出した。

 そして、またしても虹色のカードが混じっていた。ただし、今回は一枚だけであったが。


「なんでまた、Sランクが入ってるのよ!」


「廬舎那仏と毘沙門天と薬師如来の加護が」


「もういいから! 分かったから黙ってて!」


 本当に御三方が加護を与えているのかと思うほどの剛運である。

 しかし、その虹色のカードの中身を覗いたとき、テアニンはプフ~ッ噴き出してしまった。なぜなら、そのカードは絶対に久秀が扱えないスキルであったからだ。


「こりゃ傑作! いいカード引けても、使い物にならなきゃ意味ないわね~」


「ええっと、《大徳の威》か。三国時代の劉玄徳の力だな」


「そう。魅力値にとんでもないブーストが入って、人々を惹きつける力を得られるわ。でもさ、札の端っこの方を見て」


 テアニンが指さすカードの端には“B”と“×”が重なって書かれていた。先程手に入れた《本草学を極めし者》の札にはなかった印だ。


「この印はなんだ?」


「これはブレイクカードの印。まあ、平たく言うと、カードに書かれたことに反する行動を取り続けると、カードが壊れてスキルが失われるってこと」


「なるほど。つまり、《大徳の威》であれば、普段から徳のある行動を心掛けねばならず、悪行を重ねて悪名を轟かせればご破算になる、ということか」


「そうそう」


 テアニンはニヤニヤ笑いながら頷いた。どうあがいても、目の前の男には似つかわしくなく、扱いきれないスキルであったからだ。ざまあみろ、と叫びたくなるくらいに笑った。


「まあ、強力な組み合わせではあるわね。どこにでも呼び出される医者に、大徳の力まで上乗せされたら、どこへ行こうにも顔パスみたいになるんじゃないかな。でも、使えないんじゃ仕方がないわよね。裏の顔で暗殺者やってますは、無理筋もいいところよ。バレた瞬間に即ブレイク! てなるのがオチでしょうしね」


「では、これを選択しよう」


「話聞いてる!?」


 絶対潰れると言っているのに、あえて選ぶ暴挙。ますます目の前の男の事が分からなくなってきた。


「何を言うか。お前自身、言ったではないか。バレたらブレイク、と。ならば、話は簡単なこと。バレなければ、悪名には結びつかんということだ」


「そこで“悪行を積まない”って選択肢は出ないの!?」


「出ない」


 きっぱりと言い切る久秀に、テアニンは強烈な脱力感に襲われた。このままあっちの世界に飛んだら、どんな悪行三昧な日々を送る事か、考えただけでも冷や汗ものである。しかも、自分はその側にいなくてはならないから、その“悪行”の数々を見せつけられることを意味していた。

 どうにかしてこの男を真人間にできないものか、テアニンは本気で考え始めた。


「一応確認しておくが、あちらの世界において、善行悪行の判断は誰がするのだ?」


業値カルマは現地民の反応が判断材料になったはずよ」


「では、やり様はいくらでもある。もし、天から見張られていれば、どうあがいたとしても目撃されて、悪行と判断されればおしまいであるからな。“人間”ならば、騙しや誤魔化しは可能だ」


「暗殺に加えて、騙し討ちとか、詐欺まで、全部やる気だわ」


「戦国の作法ゆえ、致し方なし」


 さも当然と言わんばかりの久秀の態度に、テアニンは益々不安になってきた。


「しかし、念には念を入れて、“保険”を用意しておこうと思う。これを使ってな」


 久秀は周囲に浮かんでいたカードの内、銀色に輝いてカードを手に取った。銀色の輝きはBランクの色であった。

 どんなカードを選んだかとテアニンが覗き込むと、カードには《性転換》と書かれていた。


「また意外な選択を」


「残りのカードを見回すと、恐らくこれが一番有用なはず。効果を説明しろ」


「文字通り、性別を入れ替えれるスキルよ。手鏡でテクマクマヤコンとかする必要もないし、『変・身!』とか叫びながらジャンプしてベルトをグルグルする必要もないし、水とかお湯とぶっかける必要もない。念じればもののニ、三秒で男女の入れ替えができるわ。ただし、変身しているところを見られていると効果がないから、人目のない所でっていう制限はあるけど」


「ほほう、念じるだけで入れ替われるか。思った以上に高性能だな。だが、それならこれを選んで間違いなさそうだ」


 久秀は《性転換》のカードに加え、すでに手に入れていた《本草学を極めし者》と《大徳の威》のカードも握り、三枚の札をまだ持っていたステンレス鍋に入れて、テアニンに見せつけた。


「女神よ、これがワシの選択だ」


「すんごいチョイスだわ。運も絡んでくるけど、ここまで尖ったスキル編成は見たことないわ。特に、戦闘系のスキルを一切取らなかったのは初めてかも」


 何度となくやって来た転生とスキル授与の流れであるが、目の前の男以上に変わった者などいなかった。本当に変わり者なのだ。


「ちなみに、《性転換》はどう使うつもり」


「言ってしまえば“すけえぷごおと”と言うやつよ」


「……つまり、悪事は全部、“女”にやらせると」


「うむ、その通り」


 久秀はコクリと頷き、そして、視線を自身の体となる少年に向けた。二人から少し離れた場所に立っているそれは、金髪のスラリとした体付きをしており、異世界での久秀の体となるのであった。


「まず、あれを表の顔とする。徳のある医者として振舞い、皆の信頼を勝ち得る。で、暗殺すべき者が見つかり次第、女に変身して標的を始末する」


「つまり、自分は善人として良いとこ取りしつつ、悪名は女性体に押し付ける、と」


「話が早くて助かる。女の自分は悪役を演じてもらう。大徳の医師、その闇を覆い隠すとばりとしてな」


「あ、悪役令嬢!? あなた自身が!?」


 控えめに言っても、外道の発想であった。あまりにぶっ飛んだ発想に、テアニンとしては、開いた口が塞がらない状態になった。


 男の自分の真意を隠すため、女に化けて悪を成す。


 スキル《性転換》を手に入れたとはいえ、はっきり言って、とんでもない発想であった。



「ヒサヒデ、あんた、よくそんな考えが思いつくわね」


「戦国ゆえ、致し方なし」


「“戦国”って言えば何でも許される魔法の言葉じゃないのよ!」


「それでも許されるのが、戦国乱世というものだ。最後に立っていた者が勝ちだ」


 そう言うと久秀は歩き出し、自分の体となる少年の前に立った。金髪で眉目秀麗というべき整った容姿、その点では満足すべきであった。あとは、身体能力がどの程度なのかというところであるが、こればかりは実際に動かしてみないと分からないことであった。


「女神よ、この体の“すぺっく”はどの程度だ?」


「基本的には中身の人間に合わせることになるわ。ただ、ヒサヒデは老人だったんだし、体だけ昔の状態に戻るって感じになるかしら」


「ほう、頭脳はそのままに、体は若返るのか。それはいい。女とまぐわるのも、いささか疲れるようになっていたからな」


「あんたはそれしかないんか、スケベ爺!」


「女を抱かぬようになると、男は途端に老け込むからな。健康のためにも、女は抱かねばならん」


 きっぱりと言い切る久秀に、テアニンはため息しか出なかった。なにしろ、これからしばらくはこのスケベ爺と同行することになるのであるからだ。


「で、この体はどうやれば女体になるのだ?」


「今はまだ体と魂が連結してないけど、体に触れて『女になれ』と念じればいけるはずよ」


「そうかそうか。では……」


 久秀は目の前の体の腹の辺りに手を触れ、そして、念じた。女になれ、と。

 すると、すぐに体に変化が生じた。髪がブワッと伸びて背中の半ばまで届くほどの長い髪になり、乳房も膨らんだ。背丈は少しだけ縮み、股座のイチモツも消え失せていた。


「おお、本当に女になったな。うむ、なかなかにそそられる容姿に体付きだ。“妹”でなければ、手籠めにしておったところよ」


「妹?」 


「うむ。こやつは“久子”と名付けておく。松永久秀の双子の妹の久子、という設定にしておく」


「うっわ、安直なネーミング」


「分身体に奇をてらった名前なんぞ不要だ」


 久秀は“久子”の出来栄えに満足し、ニヤリと笑った。


「さて、女神よ、これで劉玄徳の人徳と曲直瀬道三の医術を“いんすとおる”して、さらに性転換までできるようになった新生・松永久秀の出来上がりというわけだな」


「字面ぇ……」


「何を呆けておる。ワシを呼び出し、ワシに力を与え、仕事をさせようとしているのはおぬしだぞ」


「うん、そうね。あなたを選んだ事、思い切り後悔している。こんなめちゃくちゃな事になるなんて、スペックよりも性格を重視しておくべきだったわ」


 高性能ではあるが、全然言うことを聞かないうえに、次に何をするか分からない危険性を孕んでいる。はっきり言って、部下にも、上司にも、同僚にもしたくない。つまり、できればお近付きになりたくない人物なのだ。

 しかし、テアニンは選んでしまった。スペックの高さに惹かれ、他の項目に目もくれず、目の前の松永久秀という男を選んでしまった。

 もうこうなっては仕方ない。腹をくくって、やり遂げるしかないのだ。


「まあ、ワシはワシのやり方でいき、ワシの計画を進めるとしよう」


「転生したら、何かやりたいことでもあるの?」


「茶でも飲みながら、のんびりしたい」


「随分と大人しい願い事ね」


 野心溢れる男にしてはささやかに過ぎるとテアニンは感じたが、途端に口を噤んだ。久秀から鋭い視線をぶつけられたからだ。


「おぬしには分かるまい。ワシがおったのは切った張ったの戦国乱世。裏切り、騙し、殺し合う下剋上の世界であった。その世界にあって、“のんびり茶を飲める”時間がどれほど貴重であったのかをな」


「ヒサヒデ……」


 すさんだ世に生きてきたからこそ、心身ともにすさんだ男になってしまったのかもしれない。テアニンはそう考えを改めた。もし、平和な時代に生まれていたのなら、本当に風流を愛でる文化人として名を残していたのかもしれない。

 そして、これから転生する世界で、かつての成し得なかった平和な世界での暮らし、それが実現できるかもしれないのだ。


「安心せい。仕事はする。ワシのやり方でな。こんな楽しい余興に呼ばれたのだ。囃して盛り上げねば、数奇者としての名が廃るというものよ」


「そう……、ね。うん、これからよろしく頼むわよ、ヒサヒデ」


「おぬしの合格点を稼ぐためにな」


「えへへ。いっぱしの女神になったら、あなたを私の世界の正式な住人にしてあげるからね」


 癖は強いが、優秀なのは間違いない。ならば、その癖の強さを扱いきってこそ、女神として箔が付くというものだ。Cランクの人物なら、このくらいの面倒な状況に追い込まれて当然だ。

 そう、これは一種の縛りプレイ。難易度を上げて挑むやり方だ。始める前からくじけるな。やり切るつもりで知恵を絞れ。そうテアニンは自分に言い聞かせた。


「ところで、女神よ。転生先でのワシの身分はどうなっておるのか? 身を置く場所や身分によって、動ける範囲に差が出てくるぞ」


「それは完全にランダム。転生してみないと分からない事になってるわ。でも、低ランクほどいい場所に落ちるように調整されているから、多分良さげな所にいけると思うわ。落ちた先が農民とかじゃ、村から出るのすら大変だからね」


「そうでもないぞ。登る奴は、登って来るものよ」


 そう、あの燃え盛る信貴山の城、天守閣より見下ろした場所にあの男が立っていた。あの“サル”は元々は農民。己の才覚と運気によって、軍団長にまで登り詰めたのだ。しかも、まだ登れる余地もあったし、さらなる高みへと行ったかもしれない。

 才ある者が登っていけるのが乱世というものだ。

 逆に固定化されて登りにくいのが平和な世だ。なにしろ、無能が悪徳とされないからだ。乱世にあっては無能などはとっとと排除されるのが常だ。

 

「では、とっととやってくれ。松永弾正久秀の異世界転生、始めよう」


「了解。んじゃ、行きましょうか、異世界カメリアに」


 テアニンは久秀の手を掴み、そして目を閉じて意識を集中させた。


「見習い女神テアニンの名において命じる。世界よ、世界よ、世界よ、道を開けよ。扉を開けよ。我、松永久秀と共に世界を超えるなり。いざ、飛べ。いざ、羽ばたけ。行く先はカメリアなり!」


 複雑な文様が地面を埋め尽くし、光の柱が天に向かって飛んでいった。そして、飛んだ。女神が、梟雄が、分身体が、ついでにステンレス鍋が、異世界カメリアへと飛んでいった。



            ~ 第四話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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[一言] 武器を揃えて現実をクリアしていく感じの話ですかね。 面白かったです。
[良い点] 転生準備パートでここまで面白いとは!完成された設定も興味深いですが、それよりも何よりも、軽妙でどこか上品さもある会話を描くのが非常に巧みで感服いたしました。 実在の人物を主人公に据える以上…
[良い点] 久秀、なんという計画犯。 表と裏の顔を使い分ける気満々。 準備は整った、さあ異世界転生の始まり! さあどんな物語になるか、ワクテカが止まりません!
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