第三十五話 決戦! 剣豪皇帝を打ち倒せ!(1)
状況は整った。密かにルルの所定の位置に移動しており、あとは合図一つで作戦決行だ。
だが、ヒーサはどこまでも慎重だった。
(女神、聞こえるか?)
テアとは現在、〈念話〉で意思疎通を思うだけで伝えることができた。
(なに?)
(アスプリク、マーク、アスティコス、ライタン、その他術士の準備は万全か?)
(そちらの準備はできているわ。合図一つで動ける。城門前には、アルベールがすぐに突撃できるよう、騎兵の部隊と待機中。門を開けば、いつでも行けるわよ)
(重畳。皇帝の動きはこちらで封じる。封じると同時に、ぶちかませ)
準備が整ったことに満足し、ヒーサはいよいよ次は自分の番だと滾らせつつ、表面的には平静を装った。
事情を知らぬ者には、一騎討ち前の精神統一とでも言うべき、深呼吸でもしているようにしか見えない。
だが、ヒーサは違う。端から一騎討ちをするつもりなどなかった。
(そう、バカ将軍よ、お前がノコノコ前に出てきてもらうための芝居だ。案の定、供廻り一人だけで前に出てくるとは、間抜けな事よ)
圧倒的な力に驕り、何か仕掛けられても対処できるであろうという、傲慢さが透けて見えていた。
知恵を絞って戦う者からすれば、何と浅慮な行動かと吐き捨てたくなる気分であった。
(そして、貴人特有の“お行儀の良さ”というものがある。口では過激な事を言い放てど、根の分が抜け切っておらん。お前の曾祖父の兄、足利義政がやらかした御霊合戦の事を忘れておるな)
歴史を紐解けば、御行儀よくやった側が狡猾な相手にハメられて失敗する、そんな例などいくらでも存在しており、その中でも御霊合戦はその後の被害も含めて最たるものだと、ヒーサは頭の中で考えていた。
応仁元年(一四六七年)、この当時の室町将軍・足利義政は幕府の重臣である畠山家における内紛に頭を痛めていた。
畠山家では長らく家督相続でもめていた。畠山義就と政長両名の間で争われており、一向に決着がつかなかった。
更に山名氏、細川氏などの大大名まで首を突っ込んで収拾がつかなくなり、義政は将軍としての調停を放棄し、とんでもない提案を布告した。
すなわち、義就・政長両名は合戦にて決着を付けよ、という一種の決闘裁判を命じた。
勝った方が畠山家の家督を相続するという、ある意味で分かりやすい決着と言えるが、大名間の調停という将軍としての職責を投げ捨てる行為であり、無責任との謗りを受ける事となった。
だが、義政も一応考えてはいたようで、両名及びその後援者にきつく言い渡した事があった。
「義就・政長は必ず己の郎党・手勢のみで戦う事。他のいかなる者も手出し無用」
畠山以外の大名が参加する事によって、方々に飛び火するのを恐れたための措置であり、最悪の犠牲は回避できる。義政はそう考えたのだ。
だが、この決闘、御霊合戦は義就方の勝利に終わったのだが、実はこれには裏があった。
と言うのも、義就の後ろ盾であった山名宗全が密かに援兵を送り、孫の政豊と越前の名将・朝倉英林まで密かに配していたのだ。
一方、政長の後ろ盾であった細川勝元は将軍からの指示とあって、政長に援兵を出すのを控えていた。
それにより勝敗を決したと言える。
しかし、それが最大の禍根を残す事となった。
約定を違えた件に激怒し、失った武士の面目を取り戻すため、細川勝元は息のかかった諸大名を招集し、京に戦力を集中させた。
これに対して山名宗全もまた兵を掻き集め、一触即発の状態となった。
そして、両者は激突し、“応仁の乱”が始まった。百年続いてもなお終わりの見えぬ、この世の地獄が姿を見せたのだ。
(あのとき、義政と勝元は読み違えた。人間と言うものを。自分が礼に則り、お行儀良くすれば相手もそれに合わせると。……バカが、そんな事があるものか! そもそも、御霊合戦を、決闘裁判を許容した時点で大間違いだ。言い分の良し悪しではなく、どんな理論理屈より力こそ優先すると、将軍自身が述べたに等しいのだ。ならば、狡い輩の裏からの一手が起こって当然! なんの保証もなしに、人間を信用しすぎだ!)
ヒーサはそう考えると、なんとも言い表せぬ複雑な気分になった。
目の前の皇帝ヨシテルはヒーサの提案を受け、一騎討ちに臨もうとしていた。本来ならば、数々の罵詈雑言を浴びせた相手に対して、仮にも“魔王”が礼に則って決闘に応じたのである。
自身の実力に絶対的自負を抱いているというのもあるが、あまりに隙だらけなのだ。物理的にではなく、内面的な部分が、である。
(フンッ! よもや、御霊合戦の真似事を、私が実践する事になるとはな。やはり、世の中、面白いし、楽しい)
善悪の是非はともかく、この戦いに勝ち、彷徨えるバカ将軍を仕留めぬ限り、自分もその周囲にも明日はないのである。
ギリギリの駆け引き、命がけの演技、魂がすり減るような感覚ではあるが、それでも強大な相手に戦いを挑み、己の知略でこれを制することに喜びや楽しさを覚えてもいた。
英雄が魔王を相手に戦いに挑む。字面だけ見れば格好の良さげなものであるが、英雄の中身は戦国の梟雄・松永久秀である。
勝つためには手段を選ばず、如何なる外道外法も許容する。
策士としての、救い難い性質とも言えよう。
だが、結局はこれに集約される。
「勝てば官軍、負ければ賊軍。正義とは、勝った側の理屈であり、言い分なのだ」
これを理解すればこそ、勝たねばならぬとヒーサは考えていた。
彷徨う“上様”を倒し、成仏させてやることこそ、せめてもの供養だ。
例え“勝つ”までの道筋が外道であろうとも、だ。
「さて、では始めよう」
ヒーサは腰に帯びていた二本の剣の内、普段使いしている愛剣『松明丸』を抜いた。
魔力を込めると闇を照らす松明のごとく炎が宿り、相手を焼き尽くす力を持つ剣だ。
現したその姿には、常人であれば腰を抜かす事だろう。ほとばしる炎の輝きとその熱量は、それを十分になし得るほどに強烈な印象を対峙する者に与えるのだ。
だが今、これと対峙するのは常人ではない。力こそ正義のジルゴ帝国皇帝にして、魔王を名乗る最強の戦士、ヨシテルであった。
その炎こそ開戦の狼煙とでも言わんばかりに、手に持っていた刀を改めて握り直した。
「それが話に聞く炎の剣か。随分と面妖な武器であるな」
「公方様の刀こそ、そうでありましょうな。天下五剣の内、随一の名刀の中の名刀『鬼丸国綱』が哀れでなりませんな。かかる妖気をまとい、落ちるところまで落ちた主に帯同せねばならんとは」
「いちいち癪に障る奴よ。汝の血肉を以てその呪いを振り払い、もって数多の英霊の供養とする!」
「生憎と、こちらは聖者、高僧にあらず。血肉を浴びたとて、ケガレが増すだけの梟雄でございますぞ」
互いに得物を握り、僅かに二十歩ほどの距離を間に挟み、牽制し合った。
剣の腕前には絶対の自信があり、当然斬り合えば勝つとヨシテルは考えていた。現に目の前にいる男とは歴然とした差がある。
まずは体躯。自身は身の丈は六尺を優に超える偉丈夫であり、そこより繰り出される剛腕の一撃は並の者ならば受けきれずに崩される。
ヒーサもどちらかと言うと体躯には恵まれているほうではあるが、ヨシテルのそれと比較すると、どうしても一回り見劣りしてしまう。
そして、剣技は最強。戦国の剣豪・塚原卜伝より奥義を伝授されるほどに熟達しており、それに“魔王”としての異能も加わって、もはや人外の領域の飛び出している。
一方、ヒーサはせいぜい“腕の立つ”剣士に過ぎない。構えや気迫から、ある程度の力量を推し量れるが、ヨシテルから見たヒーサは、本当にその程度でしかないのだ。
(ならば、何故に一騎討ちなどという申し出をしてきたのか?)
情報がないなどと言う事は有り得ない。ヒーサこと、松永久秀の狡猾さ、慎重さを最もよく知り、かつ被害を受けたのは自分自身であるからだ。
ゆえに、それが不気味でならず、一足飛びに斬りかかるのを躊躇わせていた。
(ならば、考えられるのであれば、この決闘の場で“暗殺”を用いてくる、ということか。ならば、奴めはどこかに、“毒”か“暗器”でも仕込んでいるはずだ)
どちらかで仕掛けられたとしても、強力な再生能力があるため、とどめをさすには力不足だ。
“弱点”を突かない限りは、決して致命傷とはなり得ないのだ。
(ならば、この状況をどうみる? 奴の読み違えか? 否! それならばわざわざ一騎討ちなどという、危険を冒すとは思えぬ。何が狙いだ?)
ヨシテルはいまいち考えがまとまらず、積極性に欠いた受けの状態になっていた。
「迷っておられますな~、公方様」
見透かしたように、ヒーサがニヤリと笑いつつ話しかけてきた。
「それは正しいですよ。こちらもほら、天下に名高き剣豪を相手に、“たった一人”で斬り合うつもりはございませんので!」
まさにそう言い放った瞬間であった。
ヒーサがおもむろに拳を振り上げたのだ。
一瞬の失策によって命を散らせる決闘でありながら、“拳を振り上げる”という明らかな隙が生じた。
ここで飛び込めばよかったのだが、ヨシテルは慎重に慎重を重ねていたため、“攻”より“見”に回り、身構えた。
そして、それはまず耳に、次いで目に映った。
少し離れた山手の方から、まずは大きな水柱が、ついでその水が傾斜を下って来ている場面が視界に入ってきた。
「…………! また水攻め!?」
即座にヨシテルの脳裏にはそれが思い浮かんだ。
なにしろ、イルド要塞攻略戦の初日、仕掛けられていた大水の罠にハマり、生じた濁流によって数千と言う帝国軍の兵士が押し流されたのだ。
一騎討ちに託けて、また大水にて損害を与えに来た。しかも、今は一騎討ちという“儀式”の真っ最中であり、帝国軍将兵は密集して待機している。
あそこに濁流が流れ込んでは、先日の比ではない大損害が生じるのは明らかであった。
そう考えると、ヨシテルの意識と注目は水が流れてくるに向いてしまった。
総大将として率いる将兵の事が頭をよぎり、“うっかり”ヒーサから視線と注意を外してしまった。
むしろ、外されてしまったのだ。
ズガァン!
まさにその意識が逸れた一瞬であった。
突如として鳴り響く轟音。火薬が爆ぜる、まさにその音だ。
水音に注目が集まっていたため、多くの者は決闘者の二人ではなく、山手の方に向いていたので、その瞬間を見逃していた。
だが、爆音で意識を再び決闘者に向けると、信じられない光景が広がっていた。
皇帝ヨシテルの首から上、すなわち頭部がグチャグチャに潰れていたのだ。
そして、ヒーサは硝煙を立たせる“剣”を握り、顔面がほぼなくなったヨシテルを見て不敵な笑みを浮かべていた。
~ 第三十六話に続く ~
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