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第三十四話  邂逅! 因縁深き二人の転生者! (3)

 普段冷静かつ余裕ある態度を崩さないヒーサであったが、それにも限度と言うものがあった。

 室町将軍という目の前にいる旧時代の遺物に、いい加減辟易としてきたのだ。

 同じく異世界に飛ばされながら、今なおかつての妄執に捉われるなど、苛立ちしか感じなった。


「公方様、あなたにはほとほと愛想が付きました。そう、あなたには情熱が足りない! 情熱とは、すなわち“生み出す事”だ。時代遅れの将軍として時の流れを逆行させ、今また魔王として世界を壊さんと試みる。これのどこに秩序と安寧があると言うのか!?」


「うるさい! 黙れ!」


「結局、屁理屈ごねても、やりたい事は“復讐”ということだ。異世界に身を置こうともなお変われず、かつての弱かった自分を忘れるため、“ワシ”を殺して色々と払拭したいだけの、どうしようもないクズですなぁ。見下げ果てたバカ将軍よ!」


「貴様を殺さねば、次に進めない! そう思えばこそだ!」


「それが浅はかだというのだ。刀で斬って解決するわけでもない。肝要なのは、消去ではなく、上書きであろうに。かつてどれほど辛酸を舐めようが、肝心なのは今をどうするか。それすら理解できぬほどに、黒衣の司祭の甘言に惑わされたのですかな?」


「うるさい、うるさい!」


 図星を指されたのか、ヨシテルは無駄に刀で空を切り、その虚しき様をヒーサに晒した。

 落ちるところまで落ちたものだと、ヒーサはもう一度ため息を吐いた。


「“ワシ”の下に、アスプリクと言う少女がいる。生まれてこの方、誰からも愛されず、ただその力を利用されるだけの哀れな娘であった。だが、今は生きる意味と希望を見出し、前に進み出そうとしている。“ワシ”はそれをほんの少し手助けしただけ。出会ったばかりのあの少女は俯いていた。だが、今は前を向いている。公方様もそれに倣い、少しは曇り眼を除かれよ」


「我は曇ってなどおらん! 眼も、心も、晴れやいでいる!」


「愚劣……。何たる愚劣か。刀を握るその姿では、何を言おうと空虚でありますな。刀のみで解決を図るなど、血に植えた獣と相違ありませんぞ。“哀”と“怒”に捉われ、自身も周囲も不幸にするだけだと言うのに、その事にお気付きになりませぬか?」


「己自身の“喜”と“楽”のみで動く貴様に言われる筋合いはない!」


「それが人として正しい姿勢だと認識するがゆえですよ。喜びも楽しみもない人生に、何の価値がありましょうか。世の人々が笑って暮らせるようにするには、今の私と今の公方様、どちらが良いでしょうな」


 ヒーサこと松永久秀は、この世界に飛んできてからと言うもの、元いた世界の文化を流入させ、世界をほんの僅かだが改変させてきた。

 漆器、歌詠み、そして、茶の湯。この世界にはなかったものだ。

 自分が楽しみたいと言うのもあるが、人々を驚かせ、これまた楽しませることを考えていた。

 それこそ、ヒーサの、松永久秀にとっての王道なのだ。


「“ワシ”も楽しみ、周囲も楽しむ。これこそ、“ワシ”の目指す世界。復讐にのみ頭をやられた公方様には理解できぬでしょうがな」


「何が楽しむだ! 貴様のこの世界での有様は、おおよそ把握しておるわ! この世界の親兄弟を殺して家督を奪い、正室の実家を強掠し、奸計を用いては人々を陥れ、果ては茶が飲みたいからと、里を一つ丸焼きにするだと!? その強欲、その無道、それが騒乱の種となるのだ!」


「その通り。己が欲する事を成す。それのどこが悪い? “ワシ”も、公方様も、そうした世界で生きてきて、共により強大な力の前に滅んだだけではないか」


 かつての世界のことを残念に思う事はあれど、後悔は決してしていない。やりたいようにやって、そして、滅んだ。

 松永久秀にとっては、本当にただそれだけなのだ。

 後悔がないからこそ、罪の意識もない。そうなのだと、そう言う世界のなのだと、割り切っていた。

 だからこそ、この世界においても、そうしよう。好きな事をして、好きなように楽しみ、そして、いずれは果てよう。

 それだけなのだ。 

 少なくとも、目の前の奇麗ごとを抜かしながら、憂さ晴らしに耽るバカ将軍よりかはマシだと考えた。


「生憎と、私は千里先を見通す目もなければ、那由他の果てに届く手も持ち合わせておらん。ゆえに、自分の見える範囲、手の届く範囲こそ、自分の世界であり、その世界でのみ安寧と享楽を求める。その外側の世界など、知った事ではない」


「その救いなき我欲が、天下万民のために戦った我を殺した!」


「違うな。己の弱さを棚に上げ、他者に責を負わせるなど、無様と言う他なし! ゆえに、“情熱”が足りないと言ったのだ!」


 作る事を至上とする者と、取り戻すことを優先する者の、思想の差異だ。

 両者の隔たりはあまりの大きく、底の見えない千尋の谷があった。

 埋める事もなく、橋をかける事もしない。ただ、相手を落とす事しか考えてはいなかった。


(あ~、もしもし?)


 不意にヒーサの頭の中に聞き慣れた声が響いてきた。

 共犯者にして、この世界に松永久秀を呼び込んだ張本人、女神テアだ。

 〈念話テレパシー〉を用いて、直接頭の中に声を届けていた。


(女神、お前が話しかけてきたと言う事は、ルルが所定の位置に着いたか?)


 ヒーサは気取られぬため、ヨシテルから視線も意識も逸らしてはいなかった。

 気を散らせては、万一にもルルの不在を気取られかねず、一度しか作り出せない好機を潰してしまいかねないのだ。

 まだまだ綱渡りは続いていた。


(ええ、到着したわ。望遠鏡も持たせているし、そちらの様子をしっかりと伺えている。合図を送れば、すぐにでも行動可能よ)


(やれやれ、やっとか。公方様の御守りは毎度毎度面倒であったが、今回のは極め付けよ)


(いや~、目の前にさ、自分のみならず、家族まとめてぶち殺した相手がいるのなら、怒り狂って当然じゃない?) 


(え? そうなのか?)


(……聞いた私が馬鹿だった)


 かつて孫を犠牲にして謀反を企てた、筋金入りの男である。どうしようもないクズ人間であり、なんでこいつを相方に選んでしまったのか、ちょっと前の自分自身に問いただしたいテアであった。

 しかし、魔王に(半分だけ)なっている皇帝ヨシテルを放置はできず、それを倒すにはそれ以上に悪辣な策士の知恵を借りねばならなかった。


(んで、本当にやるの?)


(当然。そして、事が開始されたら、お前は皇帝から一切目を離すなよ。恐らく、初撃は命中するが、仕留めるには不十分であろう。いかに早く奴の弱点を見つけるか、それが勝負の鍵だ)


(犠牲は出る、か)


(それもまた、戦国の倣いよ。お行儀よく評定を開いて解決するような、そう言った話ではないからな。刃と刃が交差し、矢弾が飛び交うのが戦場。そして、今よりその地獄が始まるのだ。女神よ、念を押す。決して目を逸らすことなく、皇帝ヨシテルだけを見続けよ)


(了解。そっちも死なないでよね。状況がどうあれ、あなたが死んだら全部終了なんだから)


(心得ている。まだ、折角栽培した茶を飲んでおらんからな。死ぬなら一服した先の話だ)


(筋金入りの茶狂いね、あなた)


 エルフの里より持ち帰った茶の木は、いよいよ初収穫の時期を迎えようとしていた。

 かつての世界では、“末期の茶”を飲めなかったので、それが数少ない心残りとなっていた。

 折角異世界の地にも茶葉があるのであれば、今度こそそれを飲んで“ケジメ”を付けたい。そう思うヒーサであった。

 そして、その最大の障壁を取り除くべく、いよいよ決戦の時が迫って来た。


「過去に固執し、未来を作ろとしない公方様には、やはりここで果てていただきましょうかな。どうせ女神よりの依頼の件もあるし、いずれは激突するというもの。ならば、さっさと厄介事は片付けておきたい」


「できるかな? かつての我とは、文字通り“段違い”になっておるぞ?」


「それでも滅んでいただきます。所詮この世は弱肉強食。戦国の倣いに従い、武を以て今一度、滅して差し上げましょう」


「是非もなし!」


「さあ、始めましょう。私の奉ずる“楽”の意志が、公方様の“怒”に勝ると信じて」


「結局、これで決せねばならんようだな」


 もう二人の間には、余計な言葉など必要ではなかった。

 ヨシテルは愛刀をしっかりと握り、ヒーサは鞘から抜かず、そのまま“居合い”の構えでそれに応じた。

 いよいよ始まると、遠巻きに眺める両陣営の将兵も固唾をのんで見守った。



           ~ 第三十五話に続く ~

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