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第三十二話 邂逅! 因縁深き二人の転生者!(1)

 その日は朝からどんよりとした曇り空であった。

 まるでこれから始まるであろう戦いに、天が気重になっているかのように空気が澱んでいた。

 そして、約定通り、帝国軍は軍を進めつつも、城砦とは一定の距離を開けて停止した。

 その中央から皇帝ヨシテルが姿を現した。

 馬には乗らず、徒歩にて悠然と進み、その圧倒的強者の佇まいを見て、帝国軍は歓声を上げた。

 雄叫びを上げる者、あるいは武器で盾を打ち鳴らす者、笛や太鼓で鼓舞する者など、それは様々であったが、士気の高さ、あるいは皇帝への期待度の高さをうかがう事が出来た。

 供廻り、旗持ちとして、近侍の牛頭人ミノタウロスを伴っていた。

 そして、近侍が持つ旗は、ヒーサの、松永久秀の見慣れている旗であった。


「ククク……、こちらの“蔦紋”に対抗して、あちらは“足利二つ引き”か。あくまで、松永久秀、足利義輝として、決着を望むと言うわけか」


 円に太めの“二”を言れた家紋・“足利二つ引き”。かつて足利家で使用されていた家紋だ。

 懐かしい物を見たと感じ入り、同時に“また”燃やしてやるぞ意気込んだ。


「おい、出てきてやったぞ! さっさと姿を現せぃ!」


 進み出たヨシテルの声には、明確な怒気が含まれていた。

 なにしろ、ヒーサはマークを使いに出し、これでもかと言うほどに挑発したのだ。

 “足利義輝あしかがよしてる”は自分を弑逆しいぎゃくしたのみならず、母や妻、弟まで手にかけたと聞かされたのだ。

 そう、“松永久秀”の手管によってである。


「フンッ! 愚か者め、バカ将軍が。この世界に転生し、第二の人生を謳歌できるのだぞ? これを楽しまんで如何すると言うのか」


 復讐に燃え、刀を握って暴れ回るなど、到底理解しえない事だと、ヒーサは鼻で笑った。

 この世界に転生し、好き放題やって来た身の上である。過去に捉われず、自由気ままに過ごすことを何よりも楽しんでいた。

 それができずに、どこまでも前世の因縁、過去の復讐に拘り続けて何を生み出すと言うのかと、ヒーサにはヨシテルに対して軽蔑の念しか生じなかった。

 ヒーサの視線の先にいるヨシテルは、怒りがすでに頂点に達しており、その手はいつでも斬りかかれるように、愛刀『鬼丸国綱おにまるくにつな』を掴んでいた。

 そんな怒り狂うをヨシテルを、ヒーサは銃眼狭間から少し眺めて挑発は上手くいったと確認した。


「さて、つまらん男に引導とやらを渡しに行くとするか。黒犬つくもん、出るぞ!」


「アンッ!」


 ヒーサの供廻りは黒い仔犬だ。見た目は随分と可愛らしいが、その姿は擬態であり、本来の姿は軍馬をも超える巨大な犬であり、悪霊黒犬ブラックドッグと呼ばれる恐るべき怪物なのだ。

 だが、ヒーサ(正確にはヒサコ)が手懐けており、スキル《手懐ける者テイマー》によって、誰よりも忠実な従者兼愛玩犬になっていた。

 ここで黒犬つくもんは旗を咥えた。仔犬でも口に咥えて運べるほどの、手旗と呼べるほどの小さな旗だ。

 もちろん、それはかつて松永久秀が使っていた“蔦紋”だ。

 条件は同じ。それぞれが総大将と旗持ちの供廻りのみ。

 違いがあるとすれば、ヨシテルは愛刀一本であるのに対し、ヒーサは“二本”得物を用意していたことであろう。

 一本は愛用の品である炎の剣『松明丸ティソーナ』であり、今一つはかなり大振りな直剣であった。

 吊り橋が下ろされ、門が開き、ヒーサと黒犬つくもんはゆっくりと前に進んだ。

 これから決闘が始まると言うのに、緊張した素振りは一切なく、可愛がっている愛玩犬と散歩をしている雰囲気すらあった。


「ようやく出てきたか、痴れ者めが……!」


 そんあヒーサの余裕な態度が癪に障ったのか、ヨシテルは即座に斬りかかりそうになったが、ギリギリで踏みとどまる事が出来た。

 そして、互いに二十歩ほどの距離まで詰めると、改めてこれから倒すべき相手の姿を確認した。

 ヒーサ、ヨシテルともに軽装だ。どちらも防具を身に着けておらず、動きやすい平服と言った装いだ。


「鎧もなしに我の前に立つとは、その驕りが身を亡ぼす元となるぞ」


 開口一番の煽りはヨシテルから始められた。いきなり刀を抜いて斬りかかろうかとも考えたが、場の雰囲気がそれを許さなかった。

 なにしろ、互いの軍の総大将が顔をまみえ、一騎討ちに臨もうと言うのである。

 それは神聖なる儀式にも等しく、いきなりの斬り合いは相応しくないとヨシテルは考えた。

 なお、ヒーサはそんな考えを洞察しつつ、挑発のために鼻で笑った。


「相も変わらずお行儀のいい事で。育ちの良さが出ておりますぞ。下賤な商人の出である私とは、一味も二味も違いますな、公方様」


 ヒーサの発した言葉は、露骨なまでの慇懃無礼。表向きは丁寧を装いつつも、その口調から相手を小馬鹿にしている感じがあふれ出ていた。

 かつての世界では、片や商人から身を立てて下剋上を成した梟雄、片や名門足利家の嫡男として生まれてそのまま将軍職に就いた生粋の貴人。

 生まれながらの“格”が違うのだが、勝ったのは松永久秀であった。足利義輝を襲撃して殺害し、その身内も始末した。

 戦国の倣いとは言え、文字通りの一族皆殺しだ。

 それをあえて告げてしまうところに、松永久秀の計算高さがあった。


(ククク……。怒りによる視野狭窄。そのまま私だけを見続けろ、バカ将軍)


 挑発とは、相手を怒らせる事にある。怒りは冷静さを欠かせ、視野も思考も鈍らせる。

 ヨシテルはヒーサの挑発にすでに引っかかっており、まんまと冷静さを放り投げていた。

 怒りが心を支配し、すぐにでも斬り捨ててやりたいとう衝動があふれ出ていた。

 それが“罠”であるとも認識してはいたが、一刀の下に斬り伏せれば問題ないとも考えており、すでに距離はかなり詰まっていた。

 今の実力であれば、二十歩の距離などないに等しく、横槍を入れて来てもその前に目の前の仇敵を真っ二つにできる。

 それほどまでにヨシテルには自信があった。

 ならばやってみろよ、そう言わんばかりにヒーサも畳み掛けた。


「そう言えば、私は公方様が寂しくないようにと、御母堂と局様、ついでに弟もあの世に送り出して差し上げましたが、お会いにはなられませなんだか?」


「……貴様ぁ!」


 ヨシテルはとうとう我慢できなくなり、鞘から刀を抜いた。

 怒りに打ち震えながらも、その切っ先をヒーサに向けて威圧した。


「この外道めが! 我欲に溺れ、秩序を破壊し、安寧を妨げる愚物めが! ただでは済まさぬぞ!」


「フンッ! お前の築く秩序とやらに興味はない。“ワシ”が描く、“ワシ”の楽しい世界。それが欲しいだけだ」


 かつての感覚が思い起こされ、つい松永久秀としての“素”が出てしまった。

 どうにも血が滾って仕方がなく、演技をつい忘れてしまうほどだ。


「奸賊めが! それが戦乱を招く源だ! 応仁の乱より数えて百年、未だにまとまる事が出来ぬのは、貴様のような俗物が跋扈しているからだ!」


「御所の無力さを棚に上げ、己だけでは何もできぬ者が粋がるな。あのまま、お飾りのままでおればいいものを、余計な“欲”を出すから狩られるのだぞ」


「“欲”ではない! “願い”だ! 乱れた世を正し、平静の世を作り出すのに何の躊躇いがあるか!?」


「言い換えたとて、本質は同じだ。言葉で遊ぶな、バカ公方。“欲”をさらけ出してよいのは、それに見合うだけの実力を持つ者だけだ。天下安寧などと言う“願い”、それを叶えるにはお前の器では矮小に過ぎる。だから、私ごときになす術もなく殺されたのだぞ」


 ここまでくると、売り言葉に買い言葉。互いに罵詈雑言を繰り出しては返し、交差する言葉は聞くに堪えないものが多い。

 だが、それもすべては“演技”だ。

 ヒーサは全て計算ずくでやっていた。

 ヨシテルは警戒すべき相手を、頭の中に入れていた。カシン=コジからの事前情報や、あるいは実際に戦ってみて、その実力を認めた者もいた。

 そして今、目の前にいるのは仇敵とその飼い犬。どちらも警戒するべき相手だ。

 その向こう側、城壁の上には警戒すべき相手が、ずらりと並び、これから始まるであろう決闘の行く末を見守っていた。

 そして、ここで抜け落ちた。

 ヒーサが求めた挑発からの視野狭窄。罵詈雑言と言う名の毒がヨシテルの目を曇らせ、“それ”に気付かせなかった。

 城壁上から先程までずらりと並び、状況を見守っていた王国側の幹部達。その中から“ルル”がいつの間にかいなくなっていることに、ヨシテルは全く気付いていなかった。



          ~ 第三十三話に続く ~

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