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第三十一話  御指名!? 明日の主役は女神様!

 まさかの御指名に、テアは呆けた顔をしながらヒーサを見つめた。よくよく考えてみれば、“知識”以外の点で頼られるなど、ほぼ初めての事だ。

 大抵はろくでもない雑用や、エロいいたずらばかりであった。

 それがはっきりとそのクズな性格と三枚舌の先から、女神が主役と言い切ったのだ。


「ほ、本当の本当に、本気なの!?」


「当然であろう。何を呆けた顔をしておる。やっと出番が回ってのだぞ、英雄の腰巾着」


「腰巾着違うし! なんつ~言い回しなのよ!?」


「なら、約定通り、私の情婦イロにでもなるか?」


「はい、すいません。精一杯働かせていただきます」


 女神は英雄の威圧に屈し、頭を下げて了承を伝えた。

 少々情けない姿ではあるが、実のところ、内心では結構驚きつつも喜んでいた。


(よくよく考えてみたら、この世界に来てから、バカみたいな事しかやってなかったからな~。未遂とは言え性的に襲われたり、黒犬つくもんと戦った時は危うく生餌にされかかったり)


 神に対する敬意も信仰もなく、本当に利用するだけの存在。それが目の前の男の性根だ。

 もちろんその逆もある。松永久秀と言う男を選び、この世界に召喚したのも自分自身である。

 “利用”と言う点で言えば、互いが互いを利用し合っているとも言え、まさに対等であり、共犯者でもあるのだ。

 並の人間では思い至らない発想であり、胆力だ。そういう点は感心するし、目の前の男は常人とはかけ離れた“英雄”に他ならないと言えよう。

 そんな思考を巡らせていると、テアも急にやる気が出てきた。

 ようやく、この異世界『カメリア』を舞台とした、女神と英雄が織り成す物語、それが最終局面に来て、いよいよ動き始めたのだと感じたからだ。


「んでさ、具体的には私に何をしろと?」


「はっきり言うと、本当に今回の決戦はお前頼りだ。お前はロクな術式を使えんが、“探知”に関しては本物だからな。その目でいかに手早くヨシテルの弱点や癖を見抜くか、それにかかっていると言っても良い。削り切るのが勝利の道筋ならば、それの情報あるなしで大きく難易度が変わって来る」


「確かに。弱点の情報があるかないかで、攻略の難易度が変わるのは良くある話だもの。ふ~ん、まあ、妥当と言えば妥当かしら。フフフ~ン、お任せあれとでも言っておくわ」


 テアとしては、内心ガッツポーズである。ようやく力の使いどころが出てきたと喝采の拍手だ。

 そもそも、女神は英雄と共に行動し、それを導くのが本来の役目なのだ。

 そのため、神の力はほぼ封じられ、直接的な攻撃は禁止となっているが、情報を収集してそれを英雄に伝え、指示を飛ばすと言う事に関しては認められていた。

 情報系の術式が使用できるのも、この役回りがあるからだ。

 あくまで主役は英雄。神(見習い)はその導き手であり、補佐役なのだ。


(なのにこいつときたら、好き放題、勝手放題だったからな~)


 やり方は任せるなどと、最初の最初に口走った結果、本当に好き放題をやったのが目の前の男だ。

 当初の計画では、医者に身をやつしながら旅をして、魔王を見つけると言う話であった。

 ところが何をどうとち狂ったのか、初手から暗殺と簒奪により、身内を始末して家督を奪い取るという暴挙に出た。


(あそこからだったわよね~。それから、ティースと結婚して財産を実質的に強奪し、手にした財で陶磁器や漆器なんかの魔王とは無関係の事に精を出し、領地欲しさに王族まで巻き込んで謀殺や騙し討ちを繰り出して、挙げ句に茶葉欲しさにエルフの里まで襲撃。今から思うと、よく生きているわね、こいつ)


 生に対する強さもあるが、それ以上に欲望が強すぎるのだ。

 本当にやりたい事をやって、欲しいものを手に入れる。それに精神も肉体も研磨されているのではないか。そう考えるくらいだ。

 しかし、今回ばかりはさすがに“戦”に全力を出さねばならない。

 そう考えたゆえに、いよいよ女神としての出陣と言うわけであった。


「ようやく出番ってわけね。まあ、大船に乗った気でいるといいわ」


「やる気が出てきたのは結構結構。なお、ちゃんと寄港する前に船が沈んだら、寝台ベッドという別の沼に引きずり込まれるから、そのつもりでいるように」


「それしかないの!?」


 やっぱりクズはクズであると、改めて思い知らされた。

 真面目に動きになったかと思えばこれである。やっぱりこの男の原動力は、誰よりも強く、誰よりも正直な“欲”なのだと、テアは再認識させられた。


「ああ。お前をモノにするのが、私のやりたい事でもあるからな」


「なんという不遜……! 人が神を手籠めにしようなどと……!」


「平蜘蛛……」


「はい、すいません! 全力で励まさせていただきます!」


 まだ『平蜘蛛茶釜』の件を根に持っているヒーサであり、これについては何も言い返せないテアであった。

 結果として、『不捨礼子すてんれいす』という神造法具をバグで持ち込めたと言う点では怪我の功名であったが、それでもやはり愛着のある大名物を捨てられたことは怒っているのだ。

 ヘコヘコ頭を下げる女神テアと、それをなんとなしにご満悦な表情で眺める英雄ヒーサ。相も変わらず奇妙な関係だと、アスプリクは思わずにはいられなかった。


「ねえ、ティース、あれ、いいの?」


「良いも悪いもないわよ。美人の侍女を“お手付き”するなんて、特に珍しくもないし」


「う~ん、正妻の余裕ってやつだね~」


「違う。ヒーサに一欠片の愛情もないからよ。共犯者、利益共同体、そう割り切っているわ。だから、妾や愛人を囲おうが、好きにすればとしか思わない」


「そんなもんかね~」


 そうは言いつつも、なんやかんやでヒーサの側にいて、ヒーサの事を理解できているのもティースであり、その点では所詮“おともだち”感覚がまだまだ抜け切っていない自分とは違うなと、アスプリクは羨望と僅かな嫉妬の混じる感情をティースに向けていた。

 ちゃんと“女”として見てもらえるのはいつになるか、アスプリクは自分の貧相な体付きを、これほど恨めしく思ったこともなかった。

 ヘコヘコ頭を下げている女神の艶めかしい肉体の、何と羨ましい事かと思わずにはいられなかった。

 とはいえ、今は目の前の難問に集中だと気持ちを切り替え、意気込みを新たにするのであった。



            ~ 第三十二話に続く ~

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