第三十話 連鎖!? まさに造反のドミノ倒しだ!
「でもさ、アーソの前領主カインがサーディク兄を担ぐとしても、それで情勢がひっくり返るほどの、大事になるの?」
アスプリクとしては、その疑問の答えがなく、ヒーサに回答を求めた。
現状、カインは“元”辺境伯ということで、一切の領地もなく、財も乏しい状況だ。
とても国の情勢をひっくり返すだけの有力者とは言い難い。それゆえに、カイン一人が寝返っただけで状況が動くのか、分からないのだ。
「カインは呼び水に過ぎん。重要なのは、先程も言ったエレナ姫の身柄だ」
「あのちびっこがそこまで重要なの?」
「重要極まる。本来、王位はジェイクが就任するはずだった。だが、暗殺と言う形でそれが損なわれ、王位の行方がどうなるのかという議論が湧き起こった」
「まあ、その混乱に乗じて、今の王様が就いたんだもんね。零歳児の王様はどうかと思うけど」
「あの場はティースとヒサコが武装して王宮に乱入し、無理やり従わせ、勢いのままに今に至っているに過ぎん。何かの拍子にひっくり返るほど、マチャシュの立場は弱い。それの御守りをしているヒサコもな」
「……ああ、そっか。状況次第では、エレナにも王位が回ってくる可能性もあったんだ」
「そうだ。王位を弟に譲った第一王子の忘れ形見マチャシュ、本来の王位継承者の遺児エレナ、末の弟で運よく生き残りつつも自派閥が崩壊しているサーディク。さて、三者を並べて見た場合、誰の継承権を優先すべきか、色々と議論百出するとは思わんか?」
ヒーサが投げかけた問いかけに、これは確かに混乱する、とその場の全員が思った。
本来はジェイクが王位に就くはずであった。だが、謀略によって暗殺され、その後を追うように国王フェリクも死んでしまった。
明確な順番で行けば、三男のサーディクが継ぐのが妥当であったが、彼を担いでいたブルザーとロドリゲスが相次いで亡くなり、サーディクは面目と勢力を同時に失った。
そこの不安定さに付け込み、王位に滑り込んだのがシガラ公爵家であり、ヒサコとアイクの間に生まれた(ということになっている)マチャシュなのだ。
「継承権の順番で言えばサーディク殿下が順当。でも、“後ろ盾”の事を考えると、マチャシュが安定、ってところかしら?」
ティースは若干願望の入った言葉を発して周囲の反応を見てみると、まあそうなるな、と言いたげな顔ばかりとなった。
なにしろ、王国内の勢力を見た場合、一番安定していて力を持っているのは、誰の目から見てもシガラ公爵家なのだ。
王家は国王、宰相の相次ぐ死去により混乱の中にあり、勢力が落ち込んでいる状態であった。
他の三大諸侯、セティ公爵家は当主ブルザーの死去で立て直しができておらず、ウージェ公爵家も教団における勢力減衰による回復ができていない。
そのため、王家を半ば取り込んだシガラ公爵家が、圧倒的優位な立場にあった。
「だが、その状況をひっくり返すのが、“カインの寝返り”なのだ」
ヒーサにはそれが見えており、自分が黒衣の司祭の立場であっても、カインを焚き付ける事を考えたはずであった。
「まず、カインとクレミアは親子関係にあり、カインがサーディクと引っ付くということは、クレミア、エレナ姫もそちらに移るということだ。これでジェイクの派閥もそちらに流れる。ジェイク派の貴族がこちらに靡いているのは、あくまでジェイクの血を引く遺児とこちらが握手をしているからで、袂を別てばそっぽを向く可能性が高い」
今でこそまとまりを欠いているジェイクと親しかった貴族組であるが、確固たる柱が現れれば、糾合する可能性が考えられた。
その柱とは、ジェイクの血を引くエレナであり、エレナの立場を補填するのがサーディクと言うもう一人の王族なのだ。
「で、サーディクは反シガラ公爵派の貴族を糾合する旗頭となり、その正統性として、エレナ姫との同盟構築となる。まあ、実際のところは、カイン・クレミア親子との同盟となるがな」
「そして、そこにカインの家臣団、つまり、アーソの面々も加わると」
「そう、それなのだよ、ティース。アーソの面々の奮戦ぶりは目の当たりにしているだろうし、それがそっくりそのままこちらに向けられるのだ。たまったものではない。アルベールやルルを失うのも痛すぎる」
「つまり、カインが反旗を翻すと、旧宰相派、反シガラ公爵派、アーソ辺境伯領の面々、これらが同時にこちらに襲い掛かって来るというわけですか!?」
面倒ではあるが、十分に考えられる可能性であり、ティースも渋い顔になった。
それはアスプリクも同様で、こちらも苛立ちを隠せないでいた。なにしろ、その起こって欲しくない可能性を引っ張り出すのが、仇敵である黒衣の司祭であるからだ。
「厄介な時に、一番やって欲しくない事をするな、あいつめ!」
「それが“策士”という者の存在意義だ」
さすがに数々の謀略を駆使して、国盗り物語を完遂させた者の発言は違う。
その言葉には一家言あった。
「それにもう一つ、厄介な点がある。むしろ、これが一番重要かもしれん」
「まだあるんですか!? どれだけ案件溜め込んでいたの!?」
ティースとしては、夫にそう突っ込まざるを得なかった。
いかにヒーサが強引な手法で抑え込み、下剋上を成したかが分かると言うものであった。その反動が、一番出て欲しくない時に、一気に噴き出したのだ。
「現状、後方の留守居の鎮護は、ヒサコとコルネスに任せている」
「不穏分子に目を光らせつつ、中央政府の切り盛りをして、幼い王様の御守りまでしてますからね」
「そう。で、そのコルネスが寝返る可能性だ」
「コルネス将軍が!? ……あ、そうか。コルネス将軍の奥方は少し前まで、クレミア様の近侍だったわね。今はマチャシュ陛下の世話係で、ヒサコとクレミア様の間を走る伝奏役でもある。情報を抜いたり、あるいは偽情報を拡散させるのに都合のいい位置にいる!」
思わぬ落とし穴があった事に、ティースは顔を更にしかめた。
一つ崩れれば、次々と崩れる。まるでドミノ倒しだと、無作法ながら頭を掻きむしった。
「コルネスはヒサコを守る盾だ。だが、その盾がいきなり剝がされたら?」
「丸裸ですよね。となると、ヒサコが動かせるのは実質、自分の手勢だけ。それじゃあ、どう考えても反乱が起きたら守り切れない!」
「そういうことだ。エレナ姫に加えて、カイン・クレミア親子がこちらから離れるだけで、ここまで崩壊するんだよ、現状は」
「ツケ払いは一気に来るんですね」
「ジェイクの派閥をかなり強引に取り込んだからな。何かの拍子にそれがひっくり返される。そこに大きな穴が生じて、こちらも危うくなるんだ」
そこまで読み切っているのはさすがだとその場の面々は感心したが、読んだところでそれに対処する人手が全然足りていないのは厳しい現実であった。
しかも、強引に推し進めてきた“下剋上”の歪である事を考えると、素直に褒めれなかった。
「なるほど。ヒーサが短期決戦に拘るのは、理解したよ。カシンが後方を扼してくるのは分かっていたけど、そんな大掛かりな事になるとはね。ジェイク兄がなんやかんやで上手く切り盛りして、まとめていたって事だよね~」
「そうだな。調停役が消えるとだいたいこう言う事になる。時間が経てばたつほど、実はあちらが有利というわけだ。本来の籠城戦であれば、攻め手が諦めるのを待てばいいが、今回に限って言えばそうした事情があるため、まずは速攻で前面の敵を叩き、疾風のごとく引き返して反乱軍も鎮圧せねばならん」
「忙しいね~」
「同感だ。だが、これを凌げば、魔王の件も一応の落ち着きは見せるはずだ」
むしろ、そこが本命だと言わんばかりに、ヒーサはアスプリクとマークを見つめた。
なにしろ、この少年少女のいずれかが“真なる魔王”であり、目の前の皇帝など、所詮は魔王を演じさせられている“魔王もどき”に過ぎないのだ。
「黒衣の司祭はどういうわけか、私の生け捕りを狙っている。まあ、世界破壊までの時間稼ぎの意味もあるのだろうが、とにかくこれを防がねばならん。皇帝ヨシテルを用いて私を拘束し、同時に自分はヒサコに仕掛けて、こちらも捉える。これでスキル《入替》を使う間もなく、生け捕りと言うわけだ」
「つまり、皇帝を始末しさえすれば、今回みたいな危機的状況を回避できる、と?」
「いくら奴が厄介な相手とは言え、一人ではどうにもならんからな。皇帝と言う強力な手駒があればこそ、同時攻撃を企図できるのだ。これと同等の駒を用意するなど、さすがに難しかろうて」
結局のところ、いかに手早く皇帝ヨシテルを撃破できるのか、これに尽きると言うわけであった。
しかし、最大の難点がある。
それは“倒せるかどうか”と言う話だ。
「ヒーサ、勝てるの? あいつ、メチャクチャ強いよ。僕の術式が全然ダメだったんだ」
「なぁに、心配することはない。今回の要は私ではない、そう、お前が主役だ」
そう言ってヒーサが視線を向けたのは、すぐ横に侍っていたテアであった。
「ほへ? 私!?」
「そうだ、お前だよ」
「あなたが、私を頼る、と!?」
まさかの不意な御指名にテアは目を丸くした。
同時に嫌な予感もしてきて、ろくでもない“共犯者”に対して身構える女神であった。
~ 第三十一話に続く ~
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