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第二十八話  裏工作!? 肝心なあいつが不在です!

「一騎討ちをすると見せかけて、まずは帝国軍に打撃を与え、反転し、皇帝を討つ」


 これがヒーサの示した作戦の基本骨子である。

 これは理には適っていた。

 そもそも、桁外れの再生能力を持つ皇帝ヨシテルを削り切るには、全戦力をぶつけて再生が追い付かない、あるいは限界に達する必要があった。

 そうなると、邪魔で仕方がないのが帝国軍の存在だ。

 数の上では帝国側が圧倒的に有利であり、攻城戦ではなく、野戦で戦うとなると、その数の差が厄介極まるのだ。

 皇帝ヨシテルを集中攻撃しようにも、帝国軍に対処しながらだと、どうしても中途半端な対応になり、帝国軍に数で押し切られるか、ヨシテルへの攻撃が火力不足になるかのいずれかが懸念された。


「結局のところ、まずは帝国軍をどうにかしないと話にならないって事か」


 アスプリクも頭の中で色々と策を模索したが、帝国軍の存在が邪魔過ぎた。


「僕の大火力でさ、帝国軍を吹っ飛ばすことはできる。それこそ、この前やったみたいにさ、叔母上やライタンだっているんだし、強烈な術式を叩き込んでやればいい」


「でも、それだと、皇帝への攻撃をする際に、魔力不足になる可能性があるわよ?」


「それなんだよ、叔母上。できる限り魔力を温存しながらでないと、皇帝にとどめをさせるがどうかっていう懸念がある」


「それだと、今度は帝国軍に対処できなくなる」


「あ~、うざったいな~!」


 どちらかを取れば、もう片方が疎かになる。面倒な葛藤ジレンマに陥り、アスプリクは頭を抱えた。


「ならばいっその事、一騎討ちを反故にして、籠城を決め込むというのはどうでしょうか?」


 そう述べたのは、サームであった。

 戦いたくないのであれば、戦わないという選択肢を選ぶ。むしろ、籠城戦の方が数の不利を補えるので、戦いとしてはまだ楽な方だと主張した。


「サーム殿、そんな消極的な姿勢でどうされる!? 約束を反故にしては、敵はますます図に乗って、こちらの士気も危うくなる」


「だが、どちらも立たずで野戦を挑むよりかはマシであろう。アルベール殿も、皇帝の強さは身に染みているはず。あれと真っ向勝負しなくていいのであれば、それでよいではないか」


「む……」


 積極的に仕掛けたいアルベールであったが、さすがに皇帝とまた真っ向斬り合うのか問われれば、たじろいでしまった。

 ふと末席に座る妹ルルを見ると、こちらも渋い顔をしていた。兄妹二人がかりで軽くいなされたので、皇帝と戦う事には必要以上に慎重になっていた。


「サームよ、籠城策は捨てろ。今回はそれが使えない」


「なんですと!?」


 ヒーサからの予想外の横槍に、サームは目を丸くして驚いた。

 数の多い相手に野戦を挑むのは無謀であり、しかもヒサコが以前の戦いで行ったような、罠を張っての待ち伏せではなく、真っ向勝負となるとあまりに厳しいのだ。

 一方籠城戦であれば、城壁が守ってくれる上に、設置された大砲までも使えるのだ。

 これほど有利な条件を揃えながら、籠城策を捨てろなど、とても信じられないのだ。

 そんな焦るサームをよそに、ヒーサは抱えている黒犬つくもんの毛並みを撫で、その艶やかな感触を楽しんでいた。


「サームよ、籠城策を用いたい理由はなんだ?」


「当然、数の不利を補う上で、城壁などの防衛施設が使えるからです。また、相手の“弱点”を突く意味においても、野戦での短期決戦よりも、籠城による長期化を具申いたします」


「長期戦による利点は?」


「敵は数が多いですが、兵站線は脆弱そのものです。しかも、かつての戦でこの国境付近は、ヒサコ様が強掠し尽くして、物資を徴発する事すらできない有様。つまり、時間が長引けばあちらが勝手に弱体化し、より有利に戦局を動かす事ができます」


 さすがに手堅さに定評のあるサームの提案であり、理路整然としていて皆が納得のいくところであった。


「私もサーム殿の意見に賛成です。一騎討ちの申し入れをしていて反故にしたらば、向こうが更にいきり立つやもしれませんが、やはり短期決戦ではどのみち被害が大きくなりすぎます。籠城策を主軸に戦術を組み上げた方がよろしいかと」


 ライタンも籠城策に賛意を示し、他の面々もそれがいいかもしれんと納得し始めた。

 だが、ヒーサは首を横に振った。


「皆、肝心な事を、最も厄介極まる事が抜け落ちている」


「その肝心な事とは?」


「アルベール、お前がアーソに、このイルド要塞に最初からいるから尋ねてみるが、今回の戦が始まってから、一度でも“黒衣の司祭カシン”の姿を見たか?」


 ヒーサの投げかけた言葉に、アルベールのみならず、全員がハッとなった。

 指摘されてみれば、まさにその通り。皇帝ヨシテルの圧倒的な強さに目を惹かれていたが、もう一人、厄介極まる相手を確認できていなかったのだ。

 カシンに対して恨み辛みのあるアスプリクとアスティコスは、露骨に顔をしかめる程だ。


「じゃあ、カシンはこの戦場にいないって事かい?」


「そう考えるのが自然だろうな。もし、私が先方の立場なら、前線は皇帝に任せ、自分は後方を扼する役目を負う。あやつめ、戦場での駆け引きは抜けが多いが、情報操作や扇動などの裏工作をやらせれば、文句なしの最高の逸材であるからな」


 なにしろ、カシンは優れた幻術の使い手であるのみならず、頭も切れて弁も立つ工作員向けの人材なのだ。それが主戦線に一度も顔を見せていない以上、どこかで何かしらの工作に勤しんでいると考えるのが自然であった。


「ああ、もう! あいつめ、忌々しいな!」


「まったくね! 次に会った時はどうしてくれようかしら!」


 アスプリクもアスティコスもかつて受けた屈辱の数々を思い出し、ドンッと机に拳を振り下ろした。


「となると、その工作とやらが終わる前に帝国軍を退け、返す一撃でカシンの方も撃破する、と言う流れになりますか?」


「そう言う事だ、ティース。かなり微妙な差だろうがな。各個撃破になるか、あるいは逆に挟撃されるか、ここは時間との勝負だ」


「籠城策を捨て、短期決戦に拘るのはそういうことですか」


 夫が普段に無く前に出ようとする理由をティースは理解した。

 カシンに扇動されて、王国領内で反乱が発生しようものなら、このアーソ辺境伯領は孤立無援の状態となる危険性があり、兵站線が崩壊するのだ。

 それを理解すればこそ、目の前の敵を迅速に処理し、後方の反乱に備えねばならなかった。


「でも、後方で反乱を起こすって、どうやってそんなことを?」


 挙手して発言をしたのは、ルルであった。


「ん~、そうだな。ルル、もしお前が反乱を企図した場合、“誰”を旗頭にする?」


「サーディク殿下。選択の余地なんてないですよ」


「まあ、そう判断するわな」


 王族のサーディクは現状、立場的には完全に隅に追いやられていた。

 第三王子として、上二人の兄、アイクとジェイクが亡くなったため、順当に行けば王位を継ぐ立場にあったはずなのだ。

 ところが、アイクの忘れ形見と称して、ヒサコがマチャシュを連れて王宮に乱入。まんまと王位を横から掠め取った格好となった。

 しかも、その騒乱のどさくさの中で、サーディクを持ち上げていた枢機卿のロドリゲスとセティ公爵ブルザーが亡くなっており、その勢力を大きく後退させる結果となった。

 これを不満に思い、“正統なる王位継承”を成すために旗揚げする、と言う事が十分に考えられた。


「旗揚げするにしても、時間も人材もないでしょうし、杞憂に終わるのではないでしょうか?」


 そう言ったのはアルベールだ。

 妹ルルの意見に賛同しつつも、やはり状況的には難しいと感じたのだ。


「後方には、ヒサコ様に加え、コルネス殿もおられる。仮に挙兵したとしても、鎮圧される方が可能性として高いでしょう。旗頭は存在しても、勢力として人々を糾合し、戦力と成す実戦指揮官がいません。サーディク殿下自身、前線で戦っていた将であるため、戦場での駆け引きは心得ているでしょうが、兵站の維持など、細々とした仕事まで手が回りません」


「ならば、向こうも短期決戦で、いきなり王宮を強襲してくるかもしれんぞ。現に“こちら”もその手でいったのだからな」


「なおの事、ヒサコ様が警戒なさるでしょう。王宮は守りが硬く、奇襲が成功しない限りはまず落ちません。ヒサコ様であれば、そんなヘマはなさいますまい」


 アルベールのヒサコへの信頼は厚い。誰よりも抜け目なく、それでいて決断と行動も迅速であり、うら若き女性とは思えぬほどの傑物だと考えていた。

 それがみすみす謀反を見逃すとは思えないし、仮に旗揚げされても、こちらが引き返すまでは十分に持ちこたえると予想していた。


「まあ、アルベールとルルが言ったように、謀反は難しいとは思う。だが、“黒衣の司祭カシン”が機を伺っているのも事実。油断はできん。短期決戦の方針は変わらん。それでいいか?」


 ヒーサは自分の意志をし通しつつ、確認のために居並ぶ顔を見回した。

 どの顔も安全な籠城策を取りたい、と表情で語っていたが、行動が予測不可能なカシンが後方を扼そうとしている以上、時間的な制約があり、短期決戦も止む無しだ、と結論に至っていた。

 消極的賛成、これによりヒーサの意見が通る事となった。


「よろしい! 明日は決戦だ! 各自、準備を怠らぬように!」


 方針は決まった。

 明日、いよいよ皇帝ヨシテルとの決戦となる。それぞれの準備のために部屋を飛び出していった。



            ~ 第二十九話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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