第二十七話 有言実行! 公爵様は一騎討ちに臨む! (イラスト有)
マークが先触れとしてイルド城塞にやって来た翌日、予定通りヒーサが到着した。
軍勢を率いての堂々たる陣容であり、その数は一万を超えており、それを出迎える城砦の将兵は、歓呼を以て出迎えた。
(まあ、どちらかと言うと、空元気と言うか、無理やり士気の高さを維持しようとする、演技じみたものを感じるな)
出迎える人々に応じるヒーサであったが、演技の達人であるヒーサの視点からは、そうした見えざる感情が透けて見えていた。
余程、皇帝に痛い目に合わされたようであり、手早く片付けねばという決意を新たにすることとなった。
そして、早速会議の場が設けられたが、揃った顔触れは一様に不安や苛立ちを隠せないでいた。
「どうやら、こっぴどくやられたようだな」
上座に腰を下ろしたヒーサは、席に着くなり開口一番にそう述べた。
言い返せないだけに、集まった幹部達の表情は苦渋に満ちていた。
ちなみに、会議の席に集まった顔触れは長机の上座にヒーサ、その両脇に伴侶と侍女を侍らせた。
その右手側に城砦指揮官のアルベールと、シガラ公爵家の武官サーム、上級司祭のライタンと並び、左手側に火の大神官アスプリク、その叔母アスティコス、術士のルルが座していた。
マークは出席者に飲み物を用意した後、そのまま主人の側に待機した。
「ヒーサ、申し訳ないね。ありゃ完全に手に余る存在だよ。こっちの攻撃がことごとく空振りに終わって、士気が下がる一方だ」
アスプリクは本当に申し訳なさそうに謝罪し、これまでの経緯をヒーサに伝えた。
ヒーサは特に表情を変えることなく、それでいて一言一句を聞き逃すまいと意識を集中させていた。
「なるほどな。執着、そう、私への復讐を果たすまでは、何が何でも滅びぬと言う覚悟を感じる」
下らない事だと、ヒーサは吐き捨てた。
かつての“足利義輝”は失われた室町幕府の威光を取り戻し、天下を秩序の下に統べようとしていた。
だが、志半ばで敗れ、松永久秀の一党に討ち取られてしまった。
御所が襲撃され、将軍が討ち取られるという一大事件の勃発により、幕府の威信は更なる低下を見せ、もはやそれは完全な名ばかりの存在に成り果てた。
当事者である松永久秀はその事をよく覚えており、復讐されて当然だなと不敵な笑みを浮かべた。
「公爵様、一つよろしいでしょうか?」
「なんだ、マーク?」
「頼まれていた皇帝への言伝、一言一句違わずに伝えましたが、その直後に暴走としか思えぬほどに怒り狂っていました。あれはいったい何なのですか?」
「ああ。何のことはない。皇帝を名乗るヨシテルとか言う男な、かつて私が殺した男なのだよ。で、その殺した後に、生母と寵姫を火の中へ放り込み、出家していた二人の弟も始末した。それを教えてやったまでの話だよ」
何の抑揚もなくシレッと言ってのけるヒーサであったが、その口から飛び出た言葉は衝撃的であった。
ヒーサが“転生者”だと知っている者からすれば、まあそれくらいやるだろうと思ったが、そうでない者からすれば天地がひっくり返ったような驚くべき話であった。
スキル【大徳の威】が失われて仁君のふりをする必要がなくなったため、徐々にだが松永久秀としての“素”が出始めていた。
なお、足利将軍家に関する話には嘘も混じっていた。
義輝の二人の弟、覚慶と周暠と言うが、周暠は手勢を差し向けて斬殺したが、覚慶の方は幽閉に留めていた。
と言うのも、覚慶は事件当時、大和国で大きく勢力を張っていた大寺院・興福寺の別当(寺務を統括する長官)に内定しており、これを切り捨ててしまうと興福寺と対立して、大和の統治が危ぶむと考えたためだ。
なお、この覚慶が後に幽閉先からの逃亡を果たし、還俗して足利義秋を名乗り、後に将軍位に登り詰める事となる。
(いや~、あの時は情勢が混沌としていたからな~。裏切り、寝返り、騙し討ち、昨日の敵は今日の友、今日の友は明日にはこの手で死体に変える。袂を別った三好三人衆の布陣していた東大寺に奇襲を仕掛け、三倍する敵方を打ち破ったものだ。“うっかり”大仏殿を焼いてしまったのも、まあご愛嬌と言うやつだよ。村田朱光殿の茶室は事前に解体して避難させたし、問題なし!)
かつての記憶を呼び起こし、ヒーサは不敵な笑みを浮かべた。
ただ、ヒーサの笑みはその場にますます恐怖を撒き散らす事となった。
(こいつ……、王国を実質手に入れたようなもんだから、もう“仁君”の仮面を被っている必要がないとはいえ、軽々とよくもまあ言い放てるわね!)
テアは顔を引きつらせながらヒーサを睨んだが、それに気付いたヒーサがニヤリと笑って応じ、何事もなかったかのように皆の方へと向き直った。
当然、その反応は全員が驚愕。何か恐ろしいものが駆け抜けたような、背筋に寒気を覚える者ばかりだ。
「あ~、それでヒーサ、一騎討ちを仕掛けると言いましたが、本当ですか?」
ここで凍り付く周囲をよそに質問を投げかけたのは、側にいたティースであった。
こういう場面でのティースは、実に“手慣れた”感があった。すっかり夫の毒気に耐性が出来上がっており、どんなあくどい事を口にしようが、流せるほどに肝が練り上げられていたのだ。
「もちろんだ。私は宣言したことは必ず実行するぞ。私は正直者で、嘘は苦手だからな」
もうその時点で嘘じゃん、と複数名そう思ったが、ヒーサは構わず会話を続けた。
「だがな、私が倒したいのは、皇帝の方ではない。奴が率いてきた軍勢の方だ」
「確かに、あの数は脅威ですが、帝国は皇帝の存在あってこそまとまりが生じるはず。皇帝一人を相手にする方が良いのでは?」
「それでは“削り切れん”ではないか。ティースよ、皇帝と戦った者の話では、いくら傷つけようが再生する力を持っている。だが、それにも限度があるとのことだ。もし、その限度が近付いた段階で逃亡し、あの軍勢に逃げ込まれたらば如何する?」
「つまり、まずは敵軍勢を追い散らして皇帝を孤立化させ、返す一撃でこれを屠る、と?」
「然り。“一騎討ち”はそのための方便だ」
結局のところ、この目の前の男はやはり大嘘付きだと多くの者は思った。
だが、実際のところ、嘘はついていないのである。
ヒーサの良くやるやり口は、“嘘は言わないが情報を隠匿する”であった。重要な情報は伏せ、頃合いを見てそれを暴露し、混乱を呼び込んでは誤誘導を行う。
これが基本姿勢であり、よくやる手口だ。
今回もまた、それで通そうとしているというわけだ。
「作戦のあらましを言うとだな、まず私が城から討って出て、皇帝と対峙する。奴は既にマークのおかげで怒り心頭の忘我状態。そこに付け込んで動きを封じる」
「俺は何もしてないんですけどね。甚だ迷惑」
マークとしては伝令として、言われるままの言葉を伝えただけであり、あそこまで怒らせるつもりは一切なかったのだ。
マークが選ばれたのは、あくまで“生還”できそうなのが、他にいなかったからである。
怒りに狂ったヨシテルは方々に当たり散らし、マークですら危うかったのだ。一目散に逃げだしたからよかったものの、もし逃げ遅れていれば命はなかったとさえ考えていた。
「で、動きを封じている間に、呑気に皇帝の一騎討ちを観戦しているアホ面に一発かます。壊走したのを確認してから、皇帝一人に“全軍”で当たる。追い散らした敵軍が態勢を立て直して、戻ってくる可能性もある。ゆえに、手短に片付けるぞ」
「言うは易し、の典型ですね。あなたはいつもそう軽く物事を言う」
「だが、達成しなかった事はないぞ。最後には必ず目当てのものを手に入れてきた。お前も含めてな」
「……はぁ~、私、なんでこんなのと結婚したんだろう」
「したのではなく、させられたんだぞ。なにしろ、“親同士”が決めた政略結婚だからな」
この点では嘘はない。
そもそも、ヒーサとティースの結婚を決めたのは、それぞれの親である。シガラ公爵家とカウラ伯爵家の結びつきを強めるための、典型的な政略結婚だった。
ただ思惑と違うのは、親兄弟が殺され、新郎新婦が家督を継ぐこととなり、公爵家が伯爵家を吸収合併してしまったことだろう。
もちろん、それを仕組んだのはヒーサこと松永久秀である。
「ああ、そうでした。今すぐ人生やり直したいです」
「やり直しが利かないからこその人生だぞ。もっと楽しめ」
「では、楽しむ余地を与えていただきたいものですね」
「おお、そうだな。では、今宵は閨を共にして、存分に語らおうではないか」
「おや? 戦の前は女ではなく、剣と添い寝するのではなかったですか?」
なんとも微妙な夫婦のやり取りに、周囲もどう声を駆けるべきか分からず、互いに顔を見やるばかりであった。
なお、アスプリクは、羨ましいなぁ~、とズレた感想を抱いており、信頼とも愛情とも言えない、表現しづらい二人の絶妙な間柄に嫉妬さえ覚える始末であった。
「それで、一騎討ちには供廻りでも連れますか? さすがに総大将同士の一騎討ちともなると、形の上では神聖な儀式のようなものですから、近侍を置いておくのが妥当かと」
「そうだな。んじゃ、こいつを連れて行こう」
そう言うと、ヒーサは少し前屈みとなり、足元から何かを拾い上げた。
それは黒い毛玉、ではなく、仔犬であった。
それを見るなり、アスティコスはビクリと体を跳ね上げ、少し震えながら視線を外した。
彼女にとっては、拭い去れぬ傷跡を残した相手。すなわち、悪霊黒犬のつくもんだ。
「アンッ!」
「では黒犬、明日はお前が供廻りだ。しっかり励め!」
「アンッ! アンッ!」
ヒーサの腕に抱えられながら威勢良くなく仔犬に、ある者は和み、ある者は震え、またある者はまたかと頭を抱えた。
ヒーサ、もしくはヒサコがこの黒い仔犬を抱えて動き出す時、大抵ろくでもない事が起こるのだ。
この中ではアスティコスが最大の被害者であり、故郷の村を潰されたのは、この黒犬の力とヒサコの謀略が原因であった。
時折、その事を思い出せと言わんばかりに黒い仔犬を見せびらかしており、その都度アスティコスは忌まわしい記憶を呼び起こされ、姪のアスプリクに無様を晒すことになるのだ。
とはいえ、今回はその牙の向かう先は自分ではないし、面倒事が起こりませんようにと祈るばかりであった。
~ 第二十八話に続く ~
今回はイラスト付きです。
四則 さんよりいただきました。感謝!
主人公のヒーサが、本作のマスコット(?)である黒犬“つくもん”を抱えている場面です。
カワイイ(*^▽^*)♪
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ヾ(*´∀`*)ノ




