第十二話 飴と鞭! ならば、今度は飴の出番だ!
王都ウージェにあるカウラ伯爵家の上屋敷は、蜂の巣を突いたような大騒ぎであった。
御前聴取であーだこーだと言われるだけならば、まだ救いはあった。だが、散々やり込められた挙げ句、あろうことか三日で結婚式の準備をしろという王命が下されたのだ。
王宮から引き揚げたカウラ伯爵ティースは、屋敷の者達に王宮での出来事を伝えると、早速準備に取り掛かった。
だが、何もかもが足りていなかった。
いきなり挙式になるなど考えてもいなかったので、それに対応できる人数を上屋敷に置いておらず、誰もが忙しなく何役もこなさねばならない事態となった。知人縁者への手紙や招待状、衣装や馬車の手配など、やるべきことが多すぎるのだ。
特に致命傷であったのは、何と言っても花嫁衣裳だ。こうなることを考えていなかったため、式の衣裳を用意していなかったのだ。
そもそも、三日という期限自体が狂っていると言わざるを得ない。《六星派》への牽制が必要とはいえ、いくらなんでも短すぎた。
日付を跨いでからもその忙しさは変わらず、皆が追われに追われていた。
「ダメです! こちらの服飾店も断られました。期間が短すぎると」
飛び込んでくるのは、お断りの報告だ。どうにかドレスを用意しようと、王都中の服飾店に掛け合ってみたのだが、結果は全滅であった。上質の絹布を用意し、艶やかに染め上げ、それから採寸、仮縫い、仕上げと続く工程を今日中に終わらせろなど、さすがに無理がありすぎたのだ。
「まあ、当然の反応よね」
「一応、手元にある品で、一番良い物に多少の装飾を施してお渡しできるとは申していましたが」
「……それは最後の手段だけど、もう最後の手段に訴える段階よね」
そう、もう時間がないのだ。華やかさに欠けるドレスとはいえ、ティースの手元にあるまともな衣装は御前聴取で着た黒一色の喪服のみだ。
宴席などには出席せず、さっさと領地に帰ることだけを考えていたため、凝った衣装を用意しなかったのが仇となった。
そうなると、途端に頭の中に嫌なイメージが浮かんできた。
「あ~ら、お姉様、今日は一段とみすぼらしい格好ですこと。いくらお似合いの衣裳とはいえ、そのような姿でお兄様の隣には立ってほしくありませんわ」
数日後には“妹”になっているであろうヒサコの声と嘲る顔が、しっかりとしたイメージとして頭の中に浮かび上がってきた。絶対にこう言ってくるであろう、と。
それだけは何としても回避せねばならなかった。個人的な尊厳のためにも、伯爵家の名誉のためにも、絶対に阻止せねばならなかった。
だが、時間も金もないのが現状であった。
どうしたものかと悩んでいると、侍女が一人、駆け込んできた。
「お嬢さ……、じゃなかった、伯爵様、お客様が参られています」
「この忙しい時に!?」
勘弁してほしかった。先触れもなしにいきなり現れるなど、まして多忙を極めているこの状況下での来客など、腹立たしいことこの上なかった。
「どこの誰よ、こんな時に!」
「ええと、それが、シガラ公爵ヒーサ様です」
現れたのは、数日後に自分の夫となる男であった。
実のところ、ヒーサとティースは面識がなかったのだ。貴族の婚儀ではありがちな話であるのだが、この手の話は親や家長が勝手に決めてしまうことがままあり、挙式まで顔を会わせたことがない新郎新婦も珍しくなかった。
ヒーサとティースはまさにその典型で、先頃の御前聴取が実のところ二人の初顔合わせとなる予定だったのだ。もっとも、ヒーサが体調を崩して、妹のヒサコを代理人として出席させたため、それは叶わなかったのであるが。
どうしようかと少し考え込んだ後、ティースは侍女に向かって口を開いた。
「ドレスの仮縫い中だから、時間がかかるのでお引き取りください、とでも言っておいて」
ティースはヒーサと会わないことを選択した。おそらくは、式前に顔合わせをしておこうという腹積もりなのだろうが、こちらの窮状を知られて、無様を晒すのは好ましくなかった。
それゆえの面会拒否であった。
承った侍女はそそくさと玄関の方へ早足で向かった。
そして、すぐ戻ってきた。
「公爵様が『ならば仕方あるまい。仮縫いが終わるまで、このまま玄関にて待たせてもらおう』と申されて、玄関前で待機されております」
「空気読んでよ、新郎ぅぅぅ!」
天然なのか、計算ずくなのか、判断に悩むところであったが、一番やって欲しくない選択肢を取ってきた。いくらなんでも、“夫となる男性を門前払いにした上に玄関先で晒し者にした”などと噂されては、体裁が悪すぎるのだ。
ヒーサは温厚かつ理知的で、慈悲にあふれる貴公子、という触れ込みを聞いていた。だが、ここ最近の怪しすぎる事件の連発から、その評判に疑問を感じていた。一連の不幸は、その慈悲深い貴公子がもたらしたのでは、評判は嘘っぱちで、冠絶するほどの陰謀家ではないか、とティースは疑っていた。
「会いたくはないけど、やむを得ませんか。公爵を応接室にお通しして」
ティースの指示を受けた侍女が再び玄関へと向かい、ティースもまた少し間を置いてから応接室へと足を運んだ。
***
ティースが応接室に入ると、そこには二人の人物がいた。
一人は金髪碧眼の貴公子。もう一人は緑髪の侍女。公爵とそのお付きの侍女か、とティースは判断し、机を挟んだ反対側に立った。
なお、その机の上には少し大きめの木箱が置かれており、なにかしらの進物だろうかと気になった。
「やあやあ、お初にお目にかかる、麗しの花嫁ティース殿」
随分と馴れ馴れしく話しかけてくるが、不思議と嫌悪感は湧かず、むしろ親しみすら感じていた。今までにない不思議な感覚を覚えつつも、ティースもそれに応じた。
「シガラ公爵ヒーサ様、初めまして。カウラ伯爵ティースにございます。先日、お会いする機会を逸して、いつお会いできるのかと気を揉んでおりましたら、わざわざご足労いただき、恐縮でございます」
もちろん、今この場で会いたいなどとは思っていなかったが、そこは貴族の社交辞令である。裏に敵意があろうとも、それを感じさせず、にこやかな笑みを浮かべるくらい造作もないことであった。
「ドレスの仮縫い中だというのに、申し訳ないね」
「いえ、ほぼ終わっておりましたから」
「と言うのは嘘八百で、本当はドレスが手に入らなった、と」
ヒーサはニヤリと笑い、ティースは心の中で舌打ちした。
「あと数分、こちらを待たせた方がよかったよ。仮縫いから服を着替えて、ここに来るのにはいくらなんでも早すぎる。焦って事を仕損じる、ということだ」
「……それで、本日はどういったご用件でしょうか?」
さっさと話を切り上げて欲しいと、ティースは言葉の中に棘を含ませ、心の壁を作った。
だが、ヒーサは特段気にもかけず、話を続けた。
「まあ、いくつか話をしておきたいこともあるが、まずは君を安心させたいから、こちらを先に渡しておこうかな」
そう言うとヒーサは机の上に載せておいた木箱の蓋を開け、中身をティースに見せた。
それは“ドレス”であった。
赤を基調とする艶やかなドレスで、金の刺繍を始めとする様々な装飾も施されていた。これほど見事な逸品など、なかなかお目にかかれないであろう。
「こ、これは・・・?」
「御父君の置き土産だよ。我が屋敷に運び込んだ荷の中に、それがあった。おそらくは君のために密かに設え、結婚式の際に着てもらうつもりだったのではないかな」
そう説明されると、ティースは箱からドレスを取り出し、それをじっくりと眺めた。丈などから、自分のために用意されていたことは間違いなさそうだ。
「……ヒーサ様、お聞きしても?」
「なんなりと」
ティースは自分の心が洗われていくような、そんな不思議な感覚を感じていた。優しげな笑顔と声が心に直接響き、ヒーサに対する疑心が薄れていくような、そんな感覚だ。
そして、これこそヒーサの持つスキル《大徳の威》の力であった。魅力値に大きなブーストが入り、どんな人間に対しても初対面で好印象を植え付けることができた。
ティースの場合、最初から大きくマイナス方向に振り切れていたが、こうして直に会ったことにより、それが消された格好となったのだ。
(おっそろしい効果よね。さすがSランクカードのスキル)
後ろに控えていたテアが、ティースの心境の変化を感じ取り、しみじみと思った。
初対面で好感度プラス補正、事前の悪評も帳消し、これさえあればどんな人間とでも仲良くなるのは難しくはない。
しかも、このスキルを持つのは口八丁の梟雄である。相性があまりにも良すぎるのだ。
早くも術中にはまっていく新たな“抱き枕”に対して、テアは同情を禁じ得なかった。
だが、手加減も手心もなしだ。共犯者と話し合い、今後の方針はすでに決まっているからだ。手を抜くわけにはいかないと、テアは表情を動かさずに、推移を見守った。
これから始まる茶番劇。先日は鞭が振るわれた。そして、今日は飴が振る舞われる日だ。
さてさてどうなることやらと、テアはジッとティースを見つめるのであった。
~ 第十三話に続く ~
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