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第二十六話  敗北必至!? あんな化物相手にどう勝つのか!?

 怒り狂う皇帝ヨシテルを背に、一目散に逃げだしたマークは器用に石垣や壁に指を引っかけ、軽々と城壁をよじ登ってしまった。

 ヒーサが掛け値なしに評価するマークの実力であり、工作員としては極めて優秀であった。

 この程度の城壁であれば、軽々と登攀とうはんしてしまえるほどに身体能力は高かった。


「危ないなぁ~。まったく、なんて伝言頼むんだ、あの人は」


 主人ティースの許可を得た上でヒーサに頼まれて使い番となり、ヨシテルに伝言を伝えに行ったのだが、怒り狂う先方に危うく殺されかけたのである。

 予想していた事とは言え、文句の一つも言いたい気分であった。


「マーク、お疲れ。よく生きて帰ってこれたね」


 ある程度調子が戻って来たアスプリクは、若干息切れしているマークをからかうように話しかけてきた。

 シガラ公爵領にいた頃には、頻繁に顔を合わせてきた中であり、歳も近い事もあってか、弟分のように扱ってきた。

 なお、マークからすれば、自分よりも背格好の小さいアスプリクが、姉貴風を吹かしていることに若干不満を抱いていたりするのだが。


「単独で魔王相手に喧嘩を吹っかけるなんて、もう二度とごめんだね。命がいくつあっても足りやしない」


「それは同感。まったく……、こっちが撃ち込んだ術式を、意味不明な再生能力で回復されたんじゃ、やってらんないわよ。まあ、さっきの伝言とやらで導火線にはがっつり着火したんだし、そうするように命じたヒーサに任せるとしようよ」


「だね。責任は取っていただかないと」


 この点では、アスプリクもマークも互いに同意していた。

 そして、二人が城壁上から見下ろすヨシテルは、なにやら無秩序に暴れていた。

 刀を振るうたびに衝撃波が走り、あるいは大地が裂け、轟音を響かせていた。同時に怒号も発せられ、手が付けられないほどに怒りをあらわにし、それを空虚に発散しているように見受けられた。


「冗談じゃないわよね、あれ。あんな破壊力抜群な攻撃力を有している上に、強力な再生能力まであるのよ。どうしろって言うのよ」


「まあ、俺は実際に戦ってないんで、なんとも言えませんが、間近で怒りは感じ取りましたから、戦うのは危険だと感覚として分かりますね」


「嫌でも向き合うことになるわよ。あいつと戦う事になるときは」


「あ~、でも、公爵様は皇帝に対して“一騎討ち”を申し入れしましたよ?」


 マークはヒーサからの言伝の中で、確かにヨシテルにそう伝えた。

 “一騎討ち”を申し入れて、その上で勝つと宣言したのだ。

 その言葉通りにアスプリクは受け取り、そして、目を丸くして驚いた。


「え!? マジ!? ヒーサ、あんなのと一騎討ちする気なの!?」


「いくつか頼まれていた伝言には、あちらさんと一騎討ちするってのも含まれてましたから。どう攻略するかは知りませんが、やると言ったらやるでしょうよ」


「いや、どう考えても無理でしょ!? 冗談か、もしくはなにかの策なの!?」


「そこまでは伺ってませんよ。当人が到着してから、どういうことなのかと問いただしてください」


「マジか……」


 別に冗談で言っているようではなさそうで、アスプリクはマークの言葉にただただ驚愕した。

 皇帝ヨシテルは強い。それも規格外に強い。“もどき”とは言え、魔王を名乗るだけの力は持っていると断じざるを得ない。

 アスプリクも戦ってそれは実感しているし、自分の術式がことごとく意味をなしていないことも理解していた。

 ダメージは通していても、立ちどころに治ってしまう。その桁外れの再生能力こそ、皇帝の攻略を困難極まるものに変えていた。

 それを一騎討ち、すなわち単独で対処しようと言うのが、ヒーサであった。


「あ、でもヒーサって、皇帝の再生能力、知らないはずよね?」


「でしょうね。俺もここへ来て初めて知ったくらいですから」


「それを計算に入れずに、一騎討ちするなんて宣言しちゃったの!?」


「どのみち、あのデタラメな剣技を考えただけでも、明らかに公爵様の手に余りますね。公爵様、確かに剣技の修練は積んでいますが、あくまで“普通の腕利き”くらいですから。あんな“人外の領域”に到達している相手は、どう考えても敗北必至ですね」


「う~ん、なら、挑発しまくって怒りで忘我状態にした後、何かしらの仕掛けをってとこじゃない?」


「それが唯一、有り得そうな可能性ですね。先程の伝言も、耳に入るなり、あの有様ですから」


 二人の視線の先には、なお怒りをあらわにして暴れているヨシテルの姿があった。

 時折、衝撃波が城壁まで届いており、その都度、身を屈めねばならないほどだ。


「策の一環、にしても、あそこまで怒らせるなんて、いったい何を伝えたさ?」


「内容に関しては推察になりますが、始末したと連呼したので、おそらくは皇帝の身内を公爵様……、の前世が殺したと言う事ではないかと」


「前世からの因縁、ね。しかもあそこまで狂うほどの。ヒーサも今まで悪行をいくら続けてきたのよ」


「俺が見てきた公爵様の悪辣な策の数々が、“当たり前”のように繰り広げられる世界が、かつて身を置いた世界なのでしょう」


「どんだけ~」


 想像するだけで身震いを覚えるアスプリクであったが、今はその知恵だけが頼りであった。

 武の力はあの剣技の前に全て弾かれ、術の力も桁外れの再生能力の前に意味をなさなくなっている。

 今、このイルド城塞には数多の精兵が立て籠もり、それを率いる将もまた一級品だ。添えられた術士もまた屈指の連中が揃い、これ以上に無い布陣と言えよう。

 それでも、今目の前で暴れるあの男一人を制する事が出来ず、指を咥えて暴れっぷりを眺めるより他にないのだ。

 それは屈辱であり、同時に無力感に苛まれるが、それでも相手が帝国最強の存在である皇帝だと言う点が、幾分かの慰めにはなっていた。


「さて、本当にヒーサのやつ、どうやってあんなのと一騎打ちで勝つつもりなんだろう」


「これ以上にない程の挑発をした。あとはその“狂奔”をいかに自分に利する状態にするか、そこが知恵の見せ所ですね」


「どのみち、ロクなやり方じゃないだろうな~」


「そんな手段を用いても、勝てばいい。とでもお考えなのでしょう」


 二人の推察は可能性としてはあり得た。なにしろ、“あの”ヒーサのやり口である。

 どんな外道な事すら平然と実行し、しれっと面倒事は他人に押し付け、美味しいところだけ掻っ攫う。

 そう言う悪辣なやり方が、ヒーサのやり方だ。

 表向きは慈悲深く聡明な公爵家の若き当主なのだが、その実態は戦国乱世を駆け抜けた抜け目のない老獪な梟雄だ。

 この世界に転生してからというもの、幾人もの人々がその奸計によって貶められ、奪い尽くされ、あげくに殺されたか、数えるのも億劫になるほどだ。

 それを最も間近で見てきたのが、アスプリクとマークである。

 魔王をどうやって陥れるのか、その点だけは興味に尽きないのだ。


「でもさ、厄介なのは皇帝だけじゃないよ。ほれ、あれあれ」


 アスプリクが指さしたのは、ヨシテルの更に向こう側。帝国軍が待機している場所だ。

 当初の地点から動いてはいないが、隊列は乱れに乱れていた。

 理由は実に単純。ヨシテルの力に惚れ込んでいるのだ。

 なぜそうなっているのかでは理解していなさそうだが、あちら側の視点で見た場合、無礼な使者を追い返し、そのまま圧倒的な武威を示して、城方を威圧しているとも取れるのだ。

 現に刀より発せられた怒り任せの衝撃波が、何度も城壁に命中しており、守備兵も動揺していた。

 つまり、「いいぞ皇帝陛下! もっとやちゃってください!」と騒ぎ立て、喝采しているというわけだ。


「なぁ~んか、あっちの士気もメチャクチャ上がっているし、あれもどうにかしながら、皇帝に致命の一打を浴びせるなんてできるの?」


「そのための一騎討ちかもしれませんよ」


「そりゃ一騎討ちなら、他にも邪魔はされないけどさ。こっちも投入できる戦力はヒーサ一人だよ? 事前に補助術式を重ね掛けして送り出しても、なんて言うか、勝てる気がしない」


 衝撃波と、歓声が交互に入り乱れ、城壁前の空間はさながら賑やか師のお祭り騒ぎであった。

 これからどうなるのであろうか。将も兵もただただ茫然の目の前の光景をながめながら、漠然とした不安に駆られた。



           ~ 第二十七話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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