第二十話 激突! 火の大神官 vs 剣豪皇帝!(3)
二つの竜巻が唸りを上げ、小さな火の鳥が渦を取り巻き、これもまた甲高い鳴き声を上げていた。
アスティコスとライタンが用意した風の術式〈竜巻〉はそれぞれが逆回転に渦を形成しており、その衝突する接触点に皇帝ヨシテルを飲み込んだ。
だが、アスプリクは念を入れて、この渦に火の術式を加えていた。
「さながら、天へ捧げる送り火ってところかしらね~」
豪快にぶつかる渦は、すでに熱と炎を帯びて赤く色づいており、渦の中を飛び交う小さな火の鳥は、まるで火の粉のようであった。
その光景は当然、三名だけのものではなく、周囲全員、城砦に籠る王国軍からも、皇帝の戦いぶりを見ていた帝国軍にも見えていた。
双方にどよめきが起こり、いったいどうなるのかと見守っていた。
「現状、これがこちらの繰り出せる最大火力ですが、これで効果なしだと、後が続きませんな」
ライタンはあくまで慎重であり、この状況にあってなおも警戒を解いていなかった。
そんな心配性のライタンに対して、アスティコスが笑いながら肩を叩いてきた。
「んなわきゃないでしょ! 普通、渦に巻き込まれた段階で、体はズタボロにされるわよ。逆回転の渦の力に体が割かれ、バラバラの肉片になっているわ。それにアスプリクの炎まで混ぜたんだし、こんがり焼けたハンバーグにでもなっているって!」
アスティコスの意見には、ライタンも賛同していた。二発の〈竜巻〉に加え、必中の一射〈不死鳥の飛翔〉まで撃ち込んであるし、まずそういう結果になるはずだ。
そう、“普通”であれば、だ。
そして、皇帝にして転生魔王のヨシテルは“普通”ではなかった。
「〈秘剣・一之太刀〉!」
まさに閃光のような一撃であった。
光のような柱が天に向かって伸びたかと思うと、そのまま豪快に地面に向かって一直線の大上段からの振り下ろしだ。
二つの竜巻はあっさり吹っ飛び、舞い飛ぶ火の鳥の群れもまた、消滅した。
ただ、生温い風だけがその場を吹き抜け、それに反比例するかのように近場で見ていた三名の肝を冷やし凍り付かせた。
「おいおいおいおいおい、マジですか……」
さすがにそれ相応のダメージは通せるだろうと考えていたアスプリクは、五体満足のまま姿を現したヨシテルに目を丸くして驚いた。
確かにあの竜巻と火の鳥はダメージを通していた。実際、先程まで着込んでいた鎧はバラバラになっており、ぼろ切れ同然の肌着が僅かに残る程度であった。
体はあちこち確実に損傷している。打撲、裂傷は言うに及ばず、酷い火傷や、あるいは骨折しているであろう妙な方向に曲がった足や腕も見受けられた。
だが、ヨシテルはその状態のまま、刀を握って振り下ろし、竜巻も火の鳥も文字通り一刀のもとに消し飛ばした。
「再生、するの、あれで……!?」
アスティコスも姪と同じような顔で驚き、ヨシテルの姿を凝視していた。
常人ならばまず死ぬであろう状況にあって、みるみるうちに傷が回復しているのが見えた。
火傷も裂傷もまるでなかったかのように消えていき、骨折箇所もしっかりと修復されていた。
鎧が元通りにでもなっていれば、それこそ“巻き戻した”としか思えないほどの再生能力の高さだ。
「先程の一撃が効かないとなると、アスプリク様、あなたがまずもって大火力をぶつける必要がありそうですが、可能ですか?」
あくまでも、ライタンは冷静であり、一応の次善策を打ち出した。
はっきり言えば、アスティコスとライタンの二人がかりの火力よりも、アスプリク一人の火力の方が上である。
先程の一撃で倒せなかった以上、より強大な火力を用意する必要があり、今度はアスプリクを起点として、別の攻撃を加えねばならないのが理屈だ。
それが“可能かどうか”は別にして。
実際、アスプリクは首を横に振った。
「手段としては道理でも、準備ができないね。ライタン、あれとやり合って、時間稼ぎできるかい?」
「無理ですな」
「だよね。なら、次善策は机上の空論ってわけ」
強力の術式を展開するには、魔力の収束が不可欠である。そのためのいわゆる“溜め”の時間や、詠唱を必要とする。
先程はアスプリクが前に出てヨシテルと斬り合い、アスティコスやライタンが強力な術式を用意するための時間を稼いだのだ。
だが、その逆はできない。
なぜなら、ライタンもアスティコスも、近接戦をできる技術がないからだ。
ここにいる三名は王国内では、文句なしの最上位の戦力と言っても過言ではない。アスプリクは間違いなく最強の術士であるし、他二名も十指に入るほどの腕前の持ち主だ。
だが、近接戦を執り行えるのが、アスプリクしかいないという弱点が今回の編成であった。
本来なら、これは問題にすらならない。なにしろ、今回は“戦”であり、大規模集団戦を想定しての編成であるからだ。
集団戦であれば“壁役”となる兵士がいくらでもいるし、それの後ろから術式を相手陣営に叩き込むと言うのが想定されていたやり方だ。
もちろん、皇帝が前に出て来た際には、これを仕留めるために突貫することも考えていたが、皇帝の実力がその想定をすべて吹き飛ばしてしまっていた。
(時間稼ぎが出来なとなると、僕の持つ“最強の術式”を放つのは不可能! ああ、手詰まりだ、これは)
もし、アスプリクが術の詠唱を始めた場合、ヨシテルは確実に斬り込んでくる。悠長に待ってくれるほど、目の前の皇帝はお人好しではない。
そうなると、今度の壁役はアスティコスとライタンの二人で行うが、まず不可能だ。
ライタンは術士であって戦士ではない。
アスティコスに至っては、素手のヒサコに一方的にボコボコにされるほどに、近接戦が苦手だ。術士や弓手としては優秀でも、距離の詰まった戦い方はからっきしだ。
そんな二人では、剣豪ヨシテルの猛攻を防ぐことができない。
本来なら、小規模の術式や回避に専念し、時間を稼ぐことができるかもしれないが、それを無視して突っ込める桁外れの再生能力が厄介であった。
多少の損傷を無視し、そのまま詠唱中で無防備になっているアスプリクを斬れば終わる話であるからだ。
今回の場合、時間稼ぎとはヨシテルと斬り合う事を意味しており、それができない以上、アスプリクを守る壁役としては失格なのだ。
(つまり、どう足掻いても勝ち目がない! 壁役がいれば、あるいはだけど)
だが、アルベールは傷ついたルルを連れて城砦に引き上げていた。
現状の戦力ではどう足掻こうとも、ヨシテルの再生能力を超えた一撃を叩き込むことができない。それがアスプリクの結論であった。
もちろん、他二名もその結論には異論なかった。
ゆえに、すぐに行動に移った。
すなわち、“撤退”である。
三人はすぐに〈飛行〉の術式を展開し、ふわりと宙に浮いた。
「おや? 尻尾を撒いて逃げるのかね? 三対一という優位性がありながら、敵に背を見せるか、火の大神官よ」
ヨシテルは宙に浮かぶ三人を見上げながら、挑発的な笑みを浮かべた。
ヨシテル自身は術士ではなく、地べたで戦うしかないため、刃の届かない位置にいる相手には近付くか、あるいは逆に近付いて貰わなくてはならなかった。
それが分かっているからこそ、逃げるに際してはまず宙に浮いたのが三人であった。
「生憎だけどさぁ、皇帝のその再生能力、そいつを突破する方法が現状ないわけなのよ」
「そうかね? あるいは一発叩き込めば、解決する問題やもしれんぞ?」
「その一発が果てしなく遠いんだよ。ったく、さっきの攻撃で涼しい顔して立っているなんて、どんな肉体してんだよ」
アスプリクが悪態付いている間に傷は完全に癒え、刀を握ったまま棒立ち状態であった。
強烈な一撃を浴びたにもかかわらず、その痕跡は一切見受けることができない。壊れて散らばった鎧の欠片だけがそれを伝えていた。
「それほどでもない。何しろ、今の我は“魔王”なのだからな。常人のそれと一緒にされるのは、安く見られているようでいささか不愉快だ」
「ええ、そうだね。そっちを安く見ていたのは事実だよ。でも、その認識が甘かったと理解したからこそ、こうして“逃げ”を打ったってわけ」
「三十六計逃げるに如かず、か。まあ、勝てぬ相手に無理に突っ込んで、被害を拡大させるのは愚の骨頂ではあるな。だが、王国最強の汝が三対一で戦い、なお逃げ出したとあれば、そちらの士気に影響すると思うが、それでも引くかね?」
ヨシテルの指摘と挑発は続いた。その点はアスプリクも思い至らないでもなかったが、それよりも自分自身が死の危険に晒され、かつ勝てる見込みがない事の方が問題であった。
士気低下も止む無し。今は増援を待ち、相手の攻めを凌ぐのが最良だと考えた結果だ。
「そこまで心配してもらうほど、落ちぶれちゃいないわよ」
「そうか。では、その内に再戦と行こう」
「今度はヒーサも連れて来るよ」
何気ない一言であったが、ヨシテルには苛立ちをさらに高める結果になった。
なにしろ、今こうして復讐の炎を燃やし、刀を握っているのは、ヒーサこと松永久秀への報復以外のなにものでもないからだ。
「さっさとあやつに来るように伝えろ! なます切りでは済まさんくらいに細かく切り刻んでやるから、事前に墓穴でも掘っておけとな!」
「ん~、ヒーサなら、こう言うんじゃないかな? 『墓穴は掘るが、墓標にはお前の名前を書いておく』ってな感じで」
「ああ、いかにもな台詞だ。だが、減らず口を叩けるのも今だけだ、とも伝えておけ!」
「はいはい。んじゃ、また会う日まで~」
アスプリクは手をヒラヒラさせて更に上空へと飛び上がり、一目散に城砦へと戻っていった。
他の二人もこれに続行し、飛んでいった。
こうして、王国、帝国双方の最高戦力同士の激突は、帝国側が圧倒する結果に終わった。
兵数の被害であれば帝国側が大きいが、それ以上に皇帝の実力を双方に陣営の兵士に至るまで知らしめた点は大きかった。
「皇帝陛下万歳! 我らの最強の戦士よ!」
最強であることこそ、帝国の皇帝の証であり、それを再び示した。我らの皇帝こそ、まさに最強である、と。
帝国側の将兵の喝采がどこまでも響くのであった。
~ 第二十一話に続く ~
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