第十七話 茶番!? 皇帝は何も知らされていない!
“愛”こそすべての光の源。心の闇を払拭する特効薬だ。
今、アスプリクはそれを感じている。一方通行かもしれないとは考えつつも、それでも今は一人の男を愛しているのだ。
それゆえに、その人の役立ちたいがために、来たくもない法衣に身を包み、今再び戦場に立っていた。
狙うは皇帝ヨシテルの首、ただ一つだけ。
「皇帝、さっきも言ったけど、僕は誰からも愛されなかった。愛されようとも努力しなかった。ただ、惰性で流されるままに生きてきた。意思が無い以上、それは存在しているだけで、生きていると言えたかどうかも怪しい。そんな中にあってただ一人、僕に手を差し伸べてくれたのがヒーサだった」
「利用されている。そう自覚して上で、その手を掴んだのか?」
「そうだよ。僕に言わせれば、奇麗事しか言わないお前なんかより、汚れや歪みも含めて、人間の営みを全部肯定するヒーサの方が好ましく思う」
「フンッ! 人間とはな、多少知恵の回る猿に過ぎんのだ。ほんの少し手綱を緩めただけで、その理性なき獣性が顔を出し、世のすべてを食い散らかしてしまう。その醜悪な世こそ、かつて我のいた世界だ。それを正し、秩序を取り戻すのに何の躊躇いがある?」
「その醜い部分も含めて、全てを愛しているのが、マツナガ=ヒサヒデだと思うんだよね、僕は。手綱を引いて締め付けるだけなんて、はっきり言って芸がないよ。流れや感情のままに生きていくのが、そんなに悪い事なのかい!?」
「醜悪! その自由気ままに欲望をさらけ出した結果、多くの血が流れ、奪い合う事になる。そんな無様すら許容すると言うのか!?」
「奪い合う必要がいらない位に皆が豊かになればいいだけでは? 人が争うのは満たされていないと感じているからだ。ならば、みんなが腹を膨れるくらいに実らせればいい。畑を広げ、お腹いっぱいに食べれるようにすればいい。少なくとも、この世界でヒーサは特権階級にひびを入れ、富の再分配を志していたよ」
無論、その最大利益を享受していたのは他でもない、当人自身だ。
そんな邪な感情を抱きつつも、結果として教団の特権は大きく崩れ、弾圧されてきた人々を救った。
あるいは漆器や陶磁器などの新技術を確立し、また術士による生産力向上にも努め、物流を活発化させることにも成功した。
一連の動きによって富の循環が活性化し、物資に溢れ、人々は職にもありつけるようになった。
割を食ったのはかつての特権階級であり、それについては割を食った当人ら以外はザマァ見ろとしか思わなかったので、人々は改革をすんなりと受け入れた。
アスプリク自身、王女と言う身でありながら割を食ってきた側なので、ヒーサには恩義を感じこそすれ、恨みに思う事など一切なかった。
「ヒーサは僕に示してくれた。良いも悪いも全部ひっくるめて、世の中の人の営みだって。奇麗事じゃ済まされなことだってあるし、その際には手を汚すことだってある。みんながみんな、お前みたいに品行方正ないい子ちゃんじゃないからね」
「人は学び、経験することにより成長していく。だが、戦乱の世にあっては、その正しき道を知る経験を積む事が出来ぬ。ゆえに、まずは乱を収める。それのどこが悪いのか?」
「決まってる。お前には“実績”がないからさ。だから誰も耳を傾けない。何より僕が気に入らないのは、口では乱を否定しながら、こうして軍勢を率いて攻めかかるようなバカ野郎だからだよ! そんな二重基準かましてる奴に、誰が心絆されるって言うんだい? 言っている事とやっている事がが矛盾しているんだよ、皇帝ヨシテル!」
アスプリクの激しい口調からは偽りなき本心が吐き出されており、それに連動するかのように法衣からほれ出た魔力が火の粉を散らしていた。
ヨシテルもまた、苛立ちを感じつつも抑え込んではいるようで、手で軽く愛刀を撫でるに止めた。
「少なくとも、この世界ではね、ヒーサは示してくれたさ。どうすれば豊かになれるか、どうすれば心を満たしていけるのか」
「奴はその“満たす”事への際限がないぞ。底なしの穴に物を放り込むようなものだ」
「それでも、だ! 僕はヒーサが聖人君子だなんて、これっぽっちも思っちゃいない! 悪辣な策士だし、好色だし、自分の道楽のために集落一つ丸焼きにしても平然としている、そんな大悪党だ! でも、僕はあの人に救われたんだ!」
「愚かなり。奴は常に己が欲望を満たすように動き、結果として利用できる手駒として、汝を飼っているだけだというのに……。それを理解していながら、なぜ寄り添えると言うのだ?」
「お前みたいな“格下”には分からないだろうね! 復讐のためだけに剣を握り、ただ暴れるだけのお前にはさ!」
「ああ、何しろ、今の私は“魔王”だからな。世界をどうするかは、まずは己の心の隙間を埋めてから考えるとしよう」
この時、アスプリクは怒りをあらわにしながらも冷静に分析していた。そして、ピンときた。
(こいつ、カシンの目的を聞いていない、もしくは理解していない!? 世界を破壊するのに、今後の世界についてどうこうだって!? 完全に茶番だ!)
カシンは世界の意志を受け、世界そのものの破壊を望んでいると語っていた。
そのためには“魔王の力”と“世界の傷跡”が必要であるとも聞いていた。
しかし、ヨシテルからはそうした雰囲気は感じられない。この世界を舞台にした、陣取り合戦でもやっているかのようだ。
(カシン、あんた、呼び出すだけ呼び出して、本当の事を何も教えず、ただ従順な臣下になったフリして、皇帝をいい様に誘導しているな。いい面の皮だな、こいつも!)
復讐心を利用されただけの、哀れな駒が目の前の皇帝だと確信した。
アスプリクが知っている情報として、かつての世界において国を主導する立場にあるが、実質は権力を奪われた傀儡に近い状態にあり、それに抗う過程でかつてのヒーサ、すなわち松永久秀と対立。最終的に滅ぼされてしまったのだと言う。
それゆえに松永久秀への恨みは一入であり、その感情が心の闇を生み出し、魔王の因子を持ちえたのだと考えた。
だが、それはまやかしに過ぎなかった。
魔王を名乗るように誘導され、魔王のように振る舞うよう言いくるめられ、ただ何も知らずに復讐の先に新たな世界が開けると思い込まされているだけの、自律しているつもりでいるとんだ操り人形であった。
少なくとも、数々の情報と目の前の実物をすり合わせた結果として、アスプリクはそう感じた。
(本当にこいつは魔王でもなんでもない! それっぽいだけの“もどき”なんだ! 半覚醒とか言っていたけど、これで魔王としては半人前なのか。だとしたら、“真なる魔王”の実力ってどうなんだろうか)
そう考えただけで、自分自身を恐ろしく感じるアスプリクであった。
なにしろ、その“真なる魔王”が自分かもしれないのだ。カシンの言だけならば半信半疑でいられたかもしれないが、この世で一番頼りにしているヒーサもそうだとお墨付きを与えていた。
自分かマークのいずれかがそうなる。魔王に覚醒する。そう伝えてきた。
(落ち着け、落ち着くんだ。魔王に覚醒するには、魔王たるに相応しい“心の闇”が必要なんだ。だけど、僕の心には光が差し込んでいる。闇に呑まれてなるものか)
かつてならばいざ知らず、今のアスプリクは“心の闇”を払拭していた。
苦痛と屈辱以外の感情しか湧いてこなかった男に抱かれると言う行為も、今では恋することを覚え、思慕する人に抱き締めて欲しいと思えるようになっていた。
血の繋がりを有しながら、優しさも温もりも与えてくれず、恨みと軽蔑を向けていた家族と言う存在も、今では何よりも愛おしく感じるようになっていた。
恋人のヒーサと叔母のアスティコス、この二人がいるからこそ、アスプリクは変わる事ができた。
この二人がいる限り、心に闇が満たされる事はない。
(むしろ、心配なのはマークの方か。まあ、あっちはティースがいれば大丈夫だろうけど、そう考えると、狙いはティースに向けられないだろうか?)
よくよく考えてみれば、ティースが下手なやり方で死んでしまうと、マークが暴走する可能性が高い。そうなると、あちらが魔王として覚醒する事の方が有り得た。
もう少し深く付き合っていれば、なにかしらの防護策もとれたかもしれないが、それはさすがに手を広げ過ぎかと考え直した。
(まあ、僕程度が考えている事なんだし、ヒーサが手を打ってくれていると信じよう。なにより、目の前の、クソむかつくバカ野郎をどうにかするのが先だ!)
世に絶望し、復讐を志すだけの空っぽの存在。まさにかつての自分自身だと、同属嫌悪を覚えるアスプリクは、ヨシテルを睨み付けた。
こんなふざけた茶番はさっさと終わらせる。そう意は決され、迷いも後悔もなくなった。
「じゃあ、消えてもらおうか。ヒーサのため、なにより僕自身の未来のために」
「騙される事をよしとする愚か者め! 奴に与したことをあの世で後悔するがいい」
「あの世に行くのはお前の方だよ、皇帝! いや、魔王! 消し炭にしてやるから、安心して風に吹かれて消え去ってくれ!」
「手加減も遠慮もなしだ。我が愛刀の錆にしてくれる!」
アスプリクから豪快に火が噴き上がり、ヨシテルもまた鞘から刀を抜いた。
“魔王候補”と“魔王もどき”による対決がいよいよ始まりの時を告げようとしていた。
~ 第十八話に続く ~
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