第十一話 梟雄の願い! 言うことを聞かない奴は鉱山送りだ!
様々な思惑が交差する御前聴取も終わり、ヒサコとトウは王都ウージェにあるシガラ公爵家の上屋敷に戻っていた。
結果を端的に言えば、大成功である。
騒動の原因、犯人を異端宗派『六星派』に押し付け、そちらに注意を向けさせる事ができた。
しかも、カウラ伯爵ティースをとことんいじめ抜き、その策を握り潰した。
そして、ヒーサとティースの婚儀が決まり、これで実質、カウラ伯爵家の吸収合併が決まったようなものである。
あとはティースの財産を吸い上げ、もののついでにあの見目麗しい女領主を貪り食らうだけ。
まさに完全勝利であった。
出迎えた上屋敷の管理者たるゼクトにその一部始終を伝えると、当然ながら驚かれた。
「三日!? 三日後に挙式ですと!? それはいくらなんでも……!」
当然の反応であった。期間が短すぎる、それがゼクトの偽らざる本音であった。
なにより場所の問題だ。
公爵家領内であれば色々と融通が利くし、人も道具も揃っているから突貫で進めても、どうにかなるかもしれない。
しかし、ここは王都の上屋敷。なにもかも自由というわけにはいかない。
式場は枢機卿のヨハネスの計らいで大聖堂を使わせてもらえることとはなったが、人員配備はどうするのか、招待客は誰にするのか、式の段取りはどうなのか、それを三日でやり切れなどというのは、いくら何でも無茶苦茶であった。
「ふふふ、宰相閣下もあなたと同じ顔をしていたわね」
「それはそうでしょうな。あちらも準備で大慌てとなるでしょうし。ああ、ともかく急がねば!」
ゼクトは慌てて屋敷の中へと戻っていき、あれやこれやと指示を飛ばしていた。焦ってはいるが、それでも必死でこなそうとする様には好感が持てた。
「あ~らら、大変ね~」
「誰のせいよ、誰の。身内だけのこじんまりとした挙式ならともかく、国を挙げての華燭の典を、三日で用意しろだなんて無茶ぶりもいいところだわ」
「もちろん、頑張ってもらわないとね。何しろ、お兄様の挙式なんですから、皆に盛大に祝っていただかないと」
などと宣うヒサコではあったが、それは一人芝居以外の何ものでもなかった。
そもそも、ヒサコなる人物は始めからいない。ヒーサこと、松永久秀によって生み出された“影”でしかないのだ。
そんな影相手に、先程の御前聴取の席では皆が騙されたのだ。
生きているのか、存在しているのか、それすらあやふやな人形に、誰も彼もが騙されたのだ。
しかも、それはこれから起こる事の前振り程度でしかない。
虚実を織り交ぜた兄妹の動きは、まだまだこれからなのである。
「んじゃま、お兄様のお見舞いに参るとしますか」
「ええ、そうですわね」
ヒサコはトウを連れ立って、ヒーサが休んでいる寝室へと向かった。
もちろん、それは茶番でしかない。なにしろ寝室には、誰もいないからだ。
***
自室に戻り、扉の鍵をしっかりと駆けたところで、ヒサコはそそくさと服を脱ぎ始めた。全裸になったところで《性転換》のスキルを使用し、その姿をヒーサへと変じた。
「人前で当たり前の用に脱ぐな。スケベ公爵、ハレンチ令嬢!」
当たり前のように自分の前で全裸になる相棒に対して、女神を抗議の声を上げた。なお、こちらもトウからテアの姿へと戻っており、いそいそと脱ぎ捨てたヒサコのドレスを片付けていた。
「どうせ見慣れておるから、別に構わんだろう。あと、人前ではなく、神前だな」
「余計に悪いわよ! 神前で素っ裸って、生贄じゃあるまし」
「まあ、生贄になるのは、あの愛らしい嫁御だがな」
そう言うと、ヒーサは置いてあった水差しから二つの盃に水を注ぎ、片方をテアに手渡し、杯を軽く掲げた。
「まずは満足。ククク・・・、あの高慢ちきな女の顔を、女としても、領主としても歪めてやるのが、今から楽しみで仕方がないわ」
ヒーサは悪そうな笑顔を浮かべ、注がれた水をグイっと一飲みにした。テアもそれに合わせて、同じく水を飲み干した。
「あぁ~、仕事の後の一杯は格別。これが酒や茶でないのが、いささか不満ではあるが」
「酒は飲まないの?」
「まだ、キノコの毒が抜けておらん。キノコをムシャムシャしてから、十日も経っておらんからな」
「おおぅ、まだそんな日数か。濃いな~」
もう半年以上過ぎ去っていた気でいたが、まだ十日も経過していないことを知り、テアは唖然とした。どれほど濃い時間を過ごしてきたか、思い知らされたのだ。
そして、その共犯者はまだ悪そうな笑みを浮かべながら、水を飲んでいた。
「・・・なんで、こんな悪そうな奴が、欠片も魔王じゃないのよ」
「ワシが凡夫に納まるほど、この世界の魔王はひねた奴なのだろうて」
「これで凡夫て・・・」
想像したくもないことなのだが、これよりひどい奴が存在することにテアは戦慄した。長らく神(見習い)としてあちこちの世界を見て回り、中には確かに擦れた性格の者もいたし、著しい破綻者も見てきた。
だが、どうも今回相方に選んだ日ノ本の戦国武将は、今までにないタイプであり、未だにその言動に慣れていなかった。
「それで、このまま公爵位を継承し、伯爵領も吸収合併して、ついでに新しい抱き枕も手にして、次はどうするの?」
「箸を普及させる」
「・・・は?」
耳が拾った言葉の意味を理解できず、テアの目が点になった。
「公爵家当主に正式就任に加え、新領地が加わるからな。しばらくは内政に専念せねばなるまい」
「いや、まあ、それは分かるわよ。領地が広がったら、土地にも人にも手を入れるってのは基本だもの。それにしても、箸って・・・」
「手掴みで物を食うのが許せん。ゆえに、我が領内では箸を普及させる。従わぬ者は鉱山送りだ」
「うぉ~い」
なにやら物騒な言葉が飛び出してきて、テアはますます混乱した。
「にしても、おかしいって! 魔王探索のファンタジーな世界なのに、いきなり昼ドラばりのドロドロ恋愛劇を見せられ、それから陰惨な謀略劇かと思ったら、今度はまさかのマナー講座!? どんだけ路線変更する気よ、あんたは!」
「戦国ゆえ、致し方なし」
「今度という今度こそ戦国関係ないじゃん!」
「いや、そもそも室町期に成立した本膳料理というものがあってだな。それはまた雅な膳で、特に足利将軍家に仕えておった大草公廣殿は・・・」
「もういい、分かった」
話が長くなりそうなので、さすがにばっさりと切った。外道ではあるが、風流な文化人でもあるのが、目の前の梟雄の侮れないところだ。
「何より不浄なのだよ、素手で物を食らうというのは。病を腹に入れるようなものだ」
「・・・その発想はどこから?」
「大昔からよ。聖域に“ケガレ”を持ち込まぬように、手や口を清めるのは日ノ本では当たり前のようにやってきた。たしか、崇神天皇の御世から続けられてきたはずだ。ゆえに、野外という外の世界と、屋内という内の世界を跨ぐ際には、“ケガレ”を入れぬよう清めるのだ」
大真面目に答えるヒーサに、テアは少し驚いた。
(たしかあの世界では“細菌”の概念が出来上がるのは、もっと後の時代だったはず。経験則から、清めるという概念を先取りしてたんだ、日ノ本は。それに着目して推し進めるっていうのは、獲得したスキル《本草学を極めし者》で医者になったせいかな)
もし、手洗いやうがい、さらに食事道具を普及させることができれば、それだけで病気や食中毒の確率を落とすことができる。領地の強化としては悪くない発想だ。
「でも、それだと《五星教》と対立することになるかも」
「箸を普及することが教団の意に添わぬと?」
「ええ、教義に反することだから」
テアの回答にヒーサは目を丸くして驚いた。たかが箸一つで教義に反するからと、責め立てられてはたまったものではなかった。
「教義としては、『神の慈悲により授かりし食物は、直接手に取りて直にその恩寵を感じるべし』て感じかな。だから、みんな素手で食べる。さすがに汁物だと素手は無理だから、匙はあるけど、他は焼き物だろうが、揚げ物だろうが、麺とかでも素手ね」
「フンッ! なんとも非合理的なことよ。これだから宗教というものは」
ヒーサは吐き捨てるように言い放ち、教団へ悪態付いた。
だが、それもすぐに終わった。みるみるうちに悪い笑顔に変わっていき、口が吊り上がっていった。
「うっわ、また悪巧み思い付いちゃってるわよ、この顔」
「うむ、閃いた。箸の普及は絶対にやろう。教団をイライラさせるためにな」
「どういうこと?」
「シガラ公爵領を《六星派》の巣窟にする」
サラッと言ったが、それはとんでもない話であった。下手をしなくても、確実に教団が怒り狂い、カンバー王国総出で討伐などという話になりかねないからだ。
「どういうつもりよ!? 異端宗派の取り込みなんてやったら、確実に戦争ものよ!?」
「さすがに、大々的にはやらんよ。少しずつ静かに広めていく。まあ、言ってしまえば、箸の普及は教団との対立を演出する分かりやすい理由とでも言っておこうか」
まだ悪い笑みを崩さないヒーサ。こういう笑顔の時は、あとでとんでもない状況に追い込まれることを何度も経験しており、テアとしても警戒せざるを得なかった。
「女神よ、もしお前が《六星派》の一味として、とある大貴族が教団を対立し、事を構えようとしていたとする。お前ならどうする?」
「そりゃ、その貴族と接触するわね。あわよくば、その貴族と握手して、肩を並べて教団をぶっ飛ばす。・・・あ、そういうことか。あなたが教団との仲がこじれたら、それを利用するために《六星派》が接触を持とうとするってことか」
「そういうことだ。箸を普及させれば、そういう流れになる可能性が高い。地下に潜んでいる異端どもが、大挙して公爵領にやってくるだろう」
自信満々に断言するヒーサに、テアも説明を聞いて納得した。だが、まだ理解の及ばない点もあった。
「でも、《六星派》を呼び込む理由は?」
「魔王を見つけるためだ」
「魔王を!?」
この世界にやって来た根幹の話であり、テアとしてもさっさと片付けたい目標であった。やり方は任せると言った手前、どうなるか心配であったが、ちゃんと仕事はこなしてくれるようで安心した。
「確か魔王とは、闇の神の落とし子であっただろう? ならば、闇の神を奉じる《六星派》の中に紛れている可能性が高い。流入してくる連中に潜んでいるとは思わんか?」
「そうか! 魔王を“探す”んじゃなくて、“呼び出す”のね!」
驚くべき発想の転換であった。闇雲に探し回るよりも、遥かに効率のいいやり方で、試してみる価値は大いにあった。
「まあ、どこかの誰かさんが三回しか使えない《魔王カウンター》を浪費したために、あと二回しか使えないから、より慎重に精査する必要はあるがな」
「はい、すいませんでした。てか、あなたの言動見てて、魔王と判断しない方がおかしいわよ」
「ワシのような凡夫が魔王なわけなかろう」
「絶対、凡夫じゃないでしょ。ステータスの数値がそう告げてるわ」
「光栄だな。して、次は誰を殺るかな・・・」
「物騒過ぎるわ! 箸普及させるのに、殺しまでやる気!? 消す以外の方法でお願いします!」
こうして、梟雄と女神のイチャイチャピロートークはもうしばらく続き、今後の方針を固めていった。
まずはなにより、近日中に執り行われる結婚式が最重要案件だ。これをきっちりこなせば、一応の平穏は戻ってくる。公爵家の跡を継ぎ、嫁から引き出物代わりに領地を接収できるのだ。
もっとも、その公爵家当主自らが、新たな火種を呼び込もうとしているのは、女神以外の誰も知りようもなかった。
~ 第十二話に続く ~
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