第十四話 抜刀! 剣豪皇帝の一閃!
「いざ尋常に勝負!」
皇帝ヨシテルの一声により、最後の激突が開始された。
居合の構えで微動だにしないヨシテルに対して、まず突っ込むのはルル、次いでアルベールだ。
ヨシテルには桁外れの再生能力が備わっていると、二人は確認した。氷の弾で吹き飛ばした耳が、時間を逆行させたかと思うほどの速さで寸分違わず元通りになった。
そんな能力の持ち主相手に、ちまちま遠距離戦を挑むのは愚の骨頂と言うべき事だ。
削りが効かない相手であるならば、近接戦で一気に決めに行かざるを得ない。と言うのが二人の結論であり、そのために“返し技”を予期しながら、前へと出て行った。
(長期戦は不利! ならば、一気に決めに行くわ!)
(渾身の一撃を叩き込んでやる!)
兄妹の息はピッタリであり、術士のルルがまず全力で相手の一撃を止め、技後の硬直を狙ってアルベールが斬り込む。これが基本姿勢だ。
ゆえに、まずはルルがヨシテルの一撃をいなす事が大前提であった。
(あの強烈な一撃、えっと《秘剣・一之太刀》だっけ? あれはさすがに防ぎ切る自信がない。でも、あれは大上段からの渾身の振り下ろしだから、軌道が読める。空振りを誘う事はできる。でも、今は……)
ヨシテルの刀は鞘に収まっており、構えも初めて見る“居合”の構えのため、“間合い”がどの程度なのか掴めていなかった。
それゆえに、ルルはこの一撃をかわせないと判断した。
(だったら! 受けて、耐える!)
これがルルの選択、文字通りの“盾役”だ。
ヨシテルに向かって走り、そして、展開した。
それは“分厚い氷の盾”と評すべき物だ。
飛び込む自身に攻撃しようとした場合、必ず盾に当たる。それほど大きな盾であった。
(間合いが掴めない以上、回避は無理! 受けて、耐える! 大質量に体当たりされて、体勢が崩れれば、なおヨシ! あとはお兄様が決める!)
重厚な氷を精製し、さらにいくつもの術式を編み上げて徹底的に強度を上げた。
“大質量かつ硬度強化した氷塊による盾突撃”
これこそルルが、この状況における最適解だとして導き出した解答だ。
アルベールもルルが氷塊を、走りながら精製した段階でこれに気づいた。
(あとは、どのパターンかだ!)
アルベールも魔力のこもった剣を握り、ヨシテルの一挙手一投足に意識を集中させた。
氷塊に斬撃するのか、それによって体勢が崩れるのか、あるいは構えを解いて回避するのか、いくつものパターンが考える事ができた。
“どれ”なのか、それは開けてみねば分からない。分からないからこそ、意識を集中させる。
突っ込む二人は、どのパターンが来てもいいように、更に集中力を高めた。
それに対するヨシテルの選択、それは紛れもない“真っ向勝負”であった。
構えはそのまま。眼前に現れた氷塊にも臆する事なく、それは放たれた。
((正面からの斬撃!))
二人は動いたヨシテルを見てそう判断した。
だが、それは二人の予想を遥かに上回る、“正面からの斬撃”であった。
間合いを掴ませぬ居合の技は、まさに“神速”と称すべき斬撃だ。
鞘から抜き放ち、横一閃の薙ぎ払い。一連の動作があまりに滑らかで、無駄のない洗練された動きであった。
文字通りの意味で目に止まらず、初めから盾を構えていなければ、決して受けられない程に速かった。
だが、その斬撃は速さ、鋭さは文句のつけようもない一撃であったが、氷の盾に止められた。
大質量かつ硬度強化がなされた氷塊は、ヨシテルの居合と『鬼丸国綱』に勝ったのだ。
(よし、勝った! あとはお兄様が決める!)
このまま重量で押し切れればヨシ。そこまで行かずとも動きが硬直してくれれば十分。
それ故の勝利の確信であった。
だが、今のヨシテルは仮にも“魔王”を名乗っているのだ。それほど甘くはなかった。
刀と氷の衝突点、そこより眩い電光が走ったのだ。
氷塊を貫き、ルルを絡め取って、そのまま意識を断ち切った。
そして、持ち手の力を失った氷の盾は、再び力の戻った斬撃によって押し切られ、形そのままにルル共々ふっ飛ばされた。
アルベールはルルの横をすり抜けて、走る勢いそのままに、ヨシテルに剣を突き入れるつもりでいたが、それが破綻した瞬間でもあった。
盾が相手の斬撃を止めたと思ったら、電撃による第二撃が加わり、考えていた盤面を崩壊させた。
しかも、吹き飛んだルルと氷塊がアルベールにかすめるように吹き飛んだため、斬り込もうとする意識もそちらに取られた。
ほんの一瞬の迷い。しかし、アルベールは妹の作った好機が損なわれると考え、構わずに前へと踏み出した。
その僅かな思考時間ではあったが、ヨシテルには十分過ぎるほどの時間となった。
居合からの横薙ぎ一閃、そこから踏み込んでの突きを放った。
そして、激突。互いの突きと突きがぶつかった。
剣先同士が衝突したが、結果はすぐに出た。
アルベールの剣が粉々に砕けたのだ。
しかも帯びていた氷の魔力が跳ね返り、持っていた腕は酷い凍傷にみまわれた。
そこに更なる追撃が入る。
武器が失われ、凍傷に顔を歪めるアルベールに、ヨシテルは突進する勢いのまま、前蹴りを入れたのだ。
鎧がへしゃげ、足形が付くほどの威力があり、アルベールはふっ飛ばされた。
鎧のおかげで命拾いしたが、なければ臓物がグチャグチャにされていたであろう程の蹴りだ。
もはやまともに、立つことすらできない程の重症であり、根性で意識をギリギリ保っている状態であった。
その横には意識を絶たれたままのルルが転がっており、どうにか生きているのを確認できた。
「ぐ……。これほどとは! あの状態からひっくり返すか、魔王め」
もはや戦うべき力はアルベールには残されてはいなかった。
腕は凍傷と痺れ、腹には蹴りによるダメージ、しかも補助術式をかけてくれていたルルは気絶している。
完全に手詰まりだ。
そんなアルベールに対し、ヨシテルは勝者の余裕と、魔王としての器量を示してきた。
刀は握ったままであったが、その表情は倒れる二人に敬意を払う穏やかなものであった。
「見事だ、アルベール、そして、ルルよ。汝ら兄妹は本当に称賛に値する。我に奥の手、《居合の秘剣・御雷》まで使わせたのだからな」
そして、ヨシテルはゆっくりと足を踏み出し、倒れている二人に近付き始めた。
「汝らの予想通り、《居合の秘剣・御雷》は“返し”でな。足を止めて刀に意識と魔力を集中させねばならん。いわゆる“溜め”の時間も必要なため、技としては欠陥もいいところだ。相手が踏み込んでくることを前提とした技だからな」
楽しそうに説明するヨシテルであったが、アルベールにはもはやそれは死出の誘い文句にしか聞こえなかった。
「だが、今の我には、強力な再生力がある。飛得物でちまちま削るのが不可能だ。ならば、危険を承知で突っ込まざるを得ない。ゆえに、この欠陥技が必殺の一撃へと昇華する」
ゆっくりと近付くヨシテルに、もはやアルベールは抗う術を持たない。今となっては、気絶しているルルを抱えて、下がる事すらできないのだ。
「《居合の秘剣・御雷》の特色は、斬撃と電撃の合わせ技だ。居合による神速の斬撃、そこからの電撃による第二撃。仮に斬撃を止めても、第二撃で打ち据えられる。空振りを誘ったとしても、荒れ狂う電流に巻き込まれて動きを制され、第二動作の“突き”が飛んでくる。決して防げんぞ」
丁寧に読み上げられる先程のやり取りに、やはり魔王は桁外れに強いと、認識させられたアルベールであった。
まるで死刑宣告文でも、読み上げられているかの様に感じた。
そして、もはやまともに動けないアルベールと、気絶したルルの前に魔王が立った。
二人を見下ろす視線はどこか物憂げであり、そこには魔王と言うべき気配が微塵も感じることは出来なかった。
刀もいつの間にか鞘に納まっていた。
「粉々に砕けた剣もまた、汝の腕前の証。並の腕ならば、剣は弾き飛ばされていたであろう。砕けたのは、あの激突の衝撃にあって、なおも最後まで握り続けていたと言う事。見事だ、アルベールよ」
磨いてきた剣技を、混じり気のない純真な評価を受けたのだ。武人としては誉以外の何ものでもなかった。
それを成したのが、“敵”である事を除けば。
「さて、アルベールよ。二対一で完膚なきまでに打ちのめされたのだ。彼我の戦力差は歴然。ゆえに、今一度尋ねよう。我に下れ。悪いようにはせん」
皇帝にして魔王たるヨシテルに、再び手を差し伸べられた。
だが、アルベールの答えは先程と変わらない。ただ、忠義に尽くすのみであった。
心残りがあるとすれば、それは妹の事であるが、それもまた詮無き事であった。
仮にルルだけの助命を乞うたとしても、聞き入れるとも思えないし、何より兄の仇討ちと称して、暴走する危険もあった。
この後に及んで、離別を望むつもりもまたなかった。
「断る! 私の答えは決して変わらん! さあ、二人まとめて首を刎ね、以て皇帝の武威とやらを示すがいい!」
「変わらぬか?」
「くどい、と言ったはずだが?」
やはり変わらぬ回答に、ヨシテルは空を見上げ、どこかを虚ろに見ながらため息を吐くだけであった。
「ああ、誰も彼もするりとこぼれ落ちる。なぜ、生きようとしない。なぜ、死をこうも素直に受け入れる。生を掴もうとしない。矜持か、生き様か、美しくはあるが、あまりにつまらぬ。これもまた、戦国の倣いか。致し方ないことなのか」
ヨシテルもまた、かつては戦国の世にあって、切った張ったを繰り返してきた男である。
応仁の乱より百年の時を数え、なおも収まらない血で血を洗う戦国の世。幕府を復権させ、世に秩序をもたらそうと血眼になるも、より強大な“我欲”の前に倒れることになった。
その醜悪さたるや、ヨシテルの頭の中に言葉で綴らる字句を持ち合わせてはいなかった。
「桜の花はな、散るからこそに美しい。だが、それを語り継ぐ者なくば、その美しさを知る者はいなくなる。誰も彼もも死に急ぎ、あるいは花を踏み躙っても、心を揺り動かさぬ粗忽者ばかりが残る。嗚呼、世の無常を正し、戦国を終わらせる事が、いつ叶うのであろうな、アルベールよ?」
「無学ゆえ、お答えしかねる。されど、それは剣以外のやり方でこそ、なされるべきではないでしょうかな?」
「それもまた、道理であるな。剣によって生み出されし者は、剣によって倒れるものだ。ならば、平和な世にあっては、夢を、楽を、与えねばならんか」
数奇者が必要だが、それは断固として拒絕せねばならない事でもあった。
何しろこれから戦うべき“あの男”は、天下に名の知れた数奇者ではあるが、醜悪極まる我欲の権化でもあるのだ。
決して相容れないし、受け入れてはならない諸悪の根源でもあるのだ。
(あれは、人間の醜さをそのままさらけ出した存在だ。決して認めてはならん!)
危うくアルベールとの問答で、忘れかけていたそれを思い出した。
そして、ヨシテルは柄に手をかけ、ゆっくりと名残惜しむかのように刀を抜いた。
「では、さらばだ。忠義と勇気を体現せし者よ。汝の尊き意志は、長く語られていこう。せめて苦しまず、妹共々一刀のもとに葬ろう」
ヨシテルは愛刀を握る手に力を込めた。
深く呼吸をして、愛しむべき“大名物”を自らの手で損なう事を、僅かばかり躊躇いながらも、握る手の力はまさに本物であった。
世の無常を嘆きながらも、それもまた戦国の倣いであると言い聞かせ、自分を奮い立たせるのであった。
〜 第十五話に続く 〜
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