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第十三話  全力!? 皇帝、本気になる!

 ジルゴ帝国皇帝・ヨシテルとアルベール・ルル兄妹の激突は、両陣営が見守る中、繰り広げられていた。

 互いの技や術を惜しげもなく使い、ぶつかる度に激しく轟音が鳴り響いた。

 王国側が静かに見守るのに対し、帝国側は歓声が飛び交っていた。

 力こそ正義の気風が徹底されている帝国の住人にとって、強者とは絶対であり、そうでなければ皇帝と名乗ることなどできはしないのだ。

 そして今、まさに最強の存在が戦っており、その力をまざまざと見せつけていた。

 ニ対一という不利な状況にありながら、一切焦りも見せず、それどころか余裕すら伺える自分達の皇帝の姿に、興奮のしっぱなしであった。


「盛り上がってきたな。まあ、これで下がった士気は戻ったかな?」


「死んだ戦士は戻って来ないがな」


「それはそうだ。死者はあの世から戻っては来ない。そう、我のような例外を除いてな」


 ヨシテル自身、すでに死んだ身である。かつての世界では、戦国日本では御所を襲撃され、衆寡敵せず、奮戦するも討死の結果となった。

 恨みを抱え、冥府魔道を彷徨っていたところに、カシンを名乗る者よりこの世界に召喚されたのだ。

 しかも、恨みの根源である“松永久秀”もまた、この世界に流れ着いているのだと知った時には、いきり立ち、興奮したものだ。

 報復の機会を得た。それが今のヨシテルのすべてである。

 だが、そこは根の部分にある武人としての気概もまた、同時に持ち合わせていた。

 やはり、正々堂々たる真剣勝負は心が震える。互いの技を競い合うのは、実に心地よいのだ。

 目の前の兄妹は全力でこちらを討ち取りにきており、それに応えている自分に酔っていると言えなくもないが、それでもやはり“楽しい”のだ。


「アルベール、それにルルよ、よくぞそこまで練り上げたものだ。兄妹仲良く、我に立ち向かい、見事なる連携も見せてもらった。ゆえに今一度問おう。我に仕える気はないか?」


 ここで再びヨシテルは勧誘を試みた。

 すでに愛刀は鞘に収まっており、闘争から会話へと気を切り替えていた。

 無論、そんなものに応じるつもりもなく、アルベールは剣の先端をヨシテルに向け、威圧した。


「くどいと言ったはずだ。魔に属した者に、頭を下げるつもりは毛ほどもない」


「ましてや、帝国はお父様の仇! そんな相手に下れるとでも?」


「なるほど。それは道理ではあるな」


 惜しくは感じるが、説得は無理だとヨシテルは判断した。

 無理強いによって忠義の士の“心”を汚す行為は、戒められるべきだと思い至ったのだ。

 そして、ヨシテルは構えた。腰を深く落とし、刀は鞘に納めたまま、左手は鞘を握り、右手は柄をしっかりと握った。


「なんだ、その構えは?」


「なに、汝らの忠義と兄妹愛に敬意を表し、“本気”にならせてもらうだけだ」


 静かに、それでいて威圧だけはビリビリ感じるのその構え。

 アルベールにも、ルルにも、未知なる構えだ。

 それもそのはず。そもそもこの異世界『カメリア』では、“剣”と言えば直剣が主流である。“刀”のような反りのある剣は少数派なのだ。

 ゆえに、ヨシテルの構えは、“居合”の技は未知の領域であった。

 未知であるがゆえにアルベールは警戒したが、ルルはお構いなしに攻撃を加えた。アルベールと違い、武人の心など、持ち合わせてはいなかったのだ。


「穿て、《氷の弾丸フリーズブレット》!」


 指先に収束させた氷の弾を放った。相手の意図を探るために敢えて急所を狙わず、耳に当てる軌道をその弾丸は飛んだ。

 そして、“命中”した。

 ヨシテルの右耳に命中し、耳の上半分が吹っ飛んだ。体勢を崩す意味もあって、あえてかわしやすい弾道で放ったのだが、予想に反しての命中にルルは目を丸くして驚いた。

 だが、それ以上に驚くべき事態となった。


「嘘……、でしょ!?」


 ルルの目に飛び込んできたあまりに異常な相手の姿。それは氷の弾で消し飛んだはずの耳が、瞬く間に再生していく光景だ。

 それこそ“再生”と言うよりは、“時間の逆行”と見間違うほどの完璧な復元であった。


「言ったはずだ。“本気”で行くぞ、と。生半可の攻撃は通用せんぞ」


 居合の構えを解かず、二人を凝視しながらの威圧。その圧倒的な存在感と、あまりに不気味な光景を目の当たりにしたことにより、兄妹揃って背筋に寒気が走った。

 先程までのやりとりもただの前置き。皇帝が“本気”になった、そういうことなのだと認識した。

 二人の警戒度、緊張度は天井知らずに上がっていった。


「どう思う、ルル?」


「あの再生能力は脅威です。おそらくは、一撃で急所を撃ち抜くか、あるいは全部を吹っ飛ばせるほどの威力のある攻撃でなければ、徒労に終わるでしょう」


「となると、直接斬り込んでの近接戦か」


「ですが、おそらくあの構え、“返し技カウンターアタック”だと思います」


「だな。刃に意識を集中させ、間合いに飛び込んできた相手を斬り割くのだろう。直剣では、素早く鞘から抜き去ることはできんが、あの反り返った剣であれば、それが可能かもしれん」


 二人はここで手詰まりとなった。

 それこそ、間合いに入らず、ちまちま相手の体力を遠距離戦で削る、という戦法が封じられた。桁外れの再生力を持っている相手には、ちまちま削ると言う行為自体が無意味になったのだ。

 必要なのはすべてを吹き飛ばす大火力、あるいは一撃で急所を射抜ける技巧、いずれかが必要だ。

 そして、それを可能にするのは、二人の手札の中では“近接戦”しかない。膨大な魔力をアルベールの剣に注ぎ込み、それを皇帝に叩き込む。

 これが唯一の勝ち筋だ。

 それは同時に、待ち構えている相手の懐に飛び込むことを意味していた。相手が“返し技カウンターアタック”を用意しているのを知った上で、あえてその懐に飛び込まねばならないのだ。

 危険極まる事ではあるが、同時に兄妹には“二人”という優位性が存在していた。


「まず、一人が突っ込んで相手の空振りを誘う、あるいは一撃を防ぎ切る。しかる後、もう一人がその横をすり抜けて、皇帝を斬る。これが最も妥当な戦術だ」


「でしたらば、盾役はあたしが引き受けます」


「しかし、お前では……」


「選択の余地はありません。あたしは術士ではありますが、アスプリク様ほどの大火力を持ち合わせてはいません。とどめを刺すなら、お兄様の剣技こそ有効」


 そう言うと、ルルは魔力付与エンチャントの術式を展開し、アルベールが持つ剣をできる限りの強化を施した。

 剣が輝きを増していき、それを施したルルの腕前がどれほどのものかを見せ付けるかのようであった。


「あたしが突っ込み、次いでお兄様も突っ込む。あたしの“盾”で皇帝の剣技を止めますから、その一瞬の隙に心臓を貫くなり、脳天をかち割るなりしてください」


「……分かった」


 正直に言えば、妹を囮にするなど気が引けるアルベールであったが、少し見ない間に妹がすっかりとたくましくなり、少し前までの引っ込み思案な性格が嘘のようであった。


(それだけ、ここ一年で変わってしまったということなのだろうな)


 なにしろ、この一年は激動に次ぐ激動で、のんびりと落ち着く暇がなかったのも事実だ。兄妹が離れて暮らさざるを得なかったのも、その流れの一環に過ぎない。

 その激流に呑まれた結果、妹もまた変わらざるを得なかったのだろうと、アルベールは結論付けた。

 同時に、妹をここまで鍛え上げ、一人前にしてくれたシガラ公爵家の人々には、感謝の言葉もなかった。


(すでにルルは自分の手から離れた。一人前になったのであれば、今更兄貴面してどうこうするのは、妹ではなく、一人の人間、一人の戦う者に対して、礼を失するというものだ)


 アルベールはそう考え、妹の成長を何より喜んだ。


「ならば、ルル、行くぞ!」


「はい!」


 作戦は決まった。あとは、あの強烈な圧を放ってくる、剣豪の皇帝に一発お見舞いしてやるだけだと、二人は駆け出す体勢を取った。

 無論、それはヨシテルの見るところであり、口の端を吊り上げてニヤリと笑った。


「意は決したか、忠に篤き、勇に富む、戦場の兄妹よ。汝らの覚悟、敬意を以て相手しよう」


 ヨシテルもまた、更に一段“気”を膨らませ、突っ込んでくるであろう二人を迎え撃つべく、意識を集中させた。


「さあ、来るがいい! 汝らの絆の力が我が魂と身を貫くか、あるいは我が愛刀にて、汝らの絆を死によって別つるのか、いざ、尋常に勝負!」


「語るに及ばず!」


「皇帝、覚悟!」


 吸い寄せられるように、まずは盾役のルルが駆け出し、僅かに遅れてアルベールが動いた。

 互いに全身全霊を以て、その命を穿たんとついに最後の激突が始まった。



            ~ 第十四話に続く ~

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