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第十二話  出撃! 氷の乙女は奮戦す!

「ここ最近で一番、急成長した者は誰か?」


 この問いかけに対して、シガラ公爵家に仕えるの者ならばこう答えるであろう。

 “術司所うらのつかさ”のルル、だと。

 シガラ公爵領に移住してからというもの、この少女はとにかく働きまくったのだ。

 周囲からは働き過ぎオーバーワークだと心配される事も多々あり、実際に何度か倒れる事もあった。

 ところが、倒れる度に術の腕前も身体的強靭さも増していき、目に見えて成長していた。

 今まではすぐに燃料切れを起こしていた魔力も、その絶対量が膨れ上がり、同時に工房での緻密な作業が技術力をも高める結果にも繋がった。名実ともに術士の組合である“術司所うらのつかさ”の指導的立場となっていた。


「ルルに足りないものがあるとすれば、それは実戦経験だね。それさえ積めば、僕の次くらいの術士にはなれると思うよ」


 これはアスプリクの言であるが、そのルルはいままさに久方ぶりの“実戦”に赴こうとしていた。

 目の前にいるのはジルゴ帝国の皇帝。《六星派シクスス》の頂点とも目されている、“魔王”を名乗る存在がいるのだ。

 これを討たずに、勝利は有り得ない。

 なにより、ルルにとってこれは“仇討ち”でもあるのだ。


「魔に属する者よ! ヤノシュ様の仇、ここで取らせてもらうから!」


 ルルはさらに魔力を活性化させ、それに合わせて泥で作り出した竜も、更に巨大化していった。

 苦い思い出が、ルルの頭の中を駆け巡っていた。

 かつて起こったアーソでの動乱の際、辺境伯家の若殿ヤノシュは黒衣の司祭リーベの手によって殺害され、その首は晒し者にされた。

 少女の抱いた淡い恋心は、死別という最悪な形で終焉を迎え、心に深い傷を残していた。

 それを払拭するためか、ひたすら働き、そして、鍛え上げていった。

 それでも、首だけになったヤノシュの姿が脳裏から離れない。何度となく悪夢にうなされ、その都度涙を流した。


「でも、それも今日で終わる! 魔王を倒し、以てヤノシュ様の墓前に供える花とします!」


「復讐か。まあ、それもよかろう。恨みで腹は満たせぬが、前へと踏み出す原動力にはなる。我もまた、心に復讐の炎を宿し、前へと進む者だ」


 怒りを隠さぬルルを見て、ヨシテルその姿を自分に重ねてしまった。

 なにしろ、今こうして異世界の地に立ち、カシンなどという得体の知れぬ輩の口車に乗っているのも、すべてはかつての屈辱を払拭し、復讐を果たすためだからだ。


「ルルと申したか、娘御よ。その怒り、存分に我にぶつけてみせよ」


「言われるまでもないわよ!」


「アルベールよ、汝もかかってくるがいい。見事、その剣をこの皇帝の身に突き入れてみせよ」


「無論、そのつもりだ!」


 兄妹肩を並べ、睨み付けるのは帝国の皇帝・ヨシテル。その実力は飛び抜けていると、二人とも肌で感じ取っていた。

 だが、恐怖はない。倒すべき相手を見定めたがゆえに高揚し、なにより自身の隣には頼りになり、かけがえのない家族がいるのだ。

 自然と力が湧いてくるかのように、二人の気迫は高まる一方であった。

 その光景を、ヨシテルは満足そうに眺め、そして、改めて刀を握り直した。


「さあ来い、猛る兄と妹よ。ジルゴ帝国皇帝・ヨシテルが相手をしよう。そして、“格”の違いをその身で感じよ! 血の一滴、一欠片の肉、その隅々に至るまで、“魔王”の重みを感じ取れぇい!」


 横一線の衝撃波が、振るわれた刀より生じた。《秘剣・浮舟うきふね》だ。

 水面を割く船を思わせる衝撃波が二人に襲い掛かるが、アルベールはその衝撃波を打ち下ろした。自らの剣を振り下ろし、剣の威力で相殺したのだ。

 本来なら、それは不可能な技だ。威力に圧され、剣が吹き飛ばされるか、折れるかだ。

 だが、そうはならない。すでにルルが兄の剣に魔力を施していたのだ。

 《氷属性付与エンチャント・フリーズ》によってアルベールの剣は氷の刃となり、魔王の放つ衝撃波に耐え得るほどの強度を得ていた。


「ほう! 楽しませてくれる!」


「涼しい顔していられるのも、今だけですよ!」


 次に仕掛けたのはルルだ。

 泥の竜をけしかけ、ヨシテルを押し潰そうと、その巨体をのしかからせた。

 唸り声を上げつつ突っ込んでくる竜の攻撃を、ヨシテルはひょいと軽く跳躍してかわし、そのまま空中で一回転して刀を振るった。

 狙い違わず竜の首を切り落とし、頭部が泥に戻ってしまった。


「無駄です! “材料”には事欠きませんから!」


 ルルの言う通り、周囲は水と泥で溢れかえっている。泥でできた竜の体、再構築するための材料は、そこら中に満たされていた。

 切り落とした頭部はすぐに生え変わり、再びヨシテルに襲い掛かった。

 それにも、一つ二つと斬撃を加えて切断するが、たちまち元通りだ。


「刃物で泥は斬れませんよ! すぐに元に戻ります!」


「なるほど。これではキリがないな。ならば!」


 ヨシテルは刀を両手持ちの大上段で構えた。

 足を止め、意識を刀に集中し、間合いに泥の竜が飛び込むのを待った。

 そして、泥の竜もまた、真正面から大口を開けて飲み込もうと突っ込んできた。


「《秘剣・一之太刀いちのたち》!」


 全身全霊を込めた、大上段からの振り下ろし。狙い違わず泥の竜の頭に命中した。

 凄まじい轟音と共に振り下ろされた刀は竜を真っ二つにし、地面に大穴を空けるほどの衝撃を生み出した。

 まさにそれこそ、ヨシテルの狙いであった。頭部を斬り割き、追撃の衝撃波で吹き散らされ、泥の竜は跡形もなく消し飛んでしまった。

 それは“斬る”ではなく、“吹き飛ばす”斬撃であり、これには魔力以外の決着力を持たない泥の体では、防ぐことなどできなかった。


「隙ありぃ!」


 技を繰り出した硬直を見逃さず、いつの間にか間合いを詰めていたアルベールは、手に持つ氷の刃をヨシテルに振り下ろした。

 だが、その斬撃は空を切った。まるで煙でも斬ったかのように跡形もなく消えてしまった。


「そこです! 《氷の弾丸フリーズブレット》!」


 ルルの指先から氷で生成した銃弾が放たれた。誰もいないあらぬ方向に撃ち出されたかと思いきや、それは指で摘まんで止められてしまった。

 誰もいなかったはずの空間にはヨシテルが現れ、顔に命中する寸前だった弾丸を止め、したり顔でルルを見つめた。


「やるではないか、娘! よもや《秘剣・神集かすみ》すら見破るとは!」


「刃に映し出された自分の姿を、周囲に投影し、相手の空振りを誘う技ではありませんか?」


「おお、《秘剣・神集かすみ》のからくりもしっかり見抜くか! いやぁ、見事見事! 幻に騙されて、命を散らせる者も多いと言うのに、初見で見破るとは大したものだ」


 ヨシテルは素直に感心し、拍手でルルを称賛した。初見殺しの技を見破られたと言うのに上機嫌で、本当に楽しそうに褒め称えていた。


「ちなみに、どうやって見破った?」


「泥の竜はあたしの術式で編み込まれた人形。その泥には魔力の残滓があります。先程、豪快に吹っ飛ばした際、その飛沫が鎧に付着していますよ」


「おお、そうであったな! それが見破った理由か。なかなかに目聡いではないか!」


 咄嗟の判断力と言い、目よりも感覚を信じる感性と言い、この世界で出会ったどの術士よりも優れているのではないかと思ったほどだ。


「良い腕だ。しかも、伸びしろがある。今少し研鑽を積めば、カシンに並ぶほどの腕前になるやもしれん」


「それはどうも。では、お礼として、その首を頂戴いたしましょうか!」


「その意気、ますます結構! まだまだ楽しめそうだ」


 ヨシテルは思いがけない高揚感に満たされ、ついつい笑みがこぼれてしまった。

 復讐のためにこの地に立っているというのに、どうにも“武人”としての自分が、目の前の敵と戯れるべしと囁いて来ていた。

 実際、戦闘の高揚感は心地の良いものであるし、長く続けと願ってしまうどうしようもない自分を自覚しているヨシテルであった。



            ~ 第十三話に続く ~

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