第十一話 降伏勧告!? 皇帝は忠義の士を惜しむ!
思いがけず皇帝・足利義輝と対峙する事となったアルベールだが、実のところほぼ進退は極まっていると言ってよかった。
(一対一の勝負では、話にならないほどの実力差がある。剣で銃撃を弾くなど、常人の業では不可能だ。だが、目の前の皇帝はそれを涼し気にやってのけた。剣技の差は歴然! ならば、ここは時間稼ぎがやはり有効か)
単独で勝てないなら、友軍が再びやって来ることを期待しつつ、そのための時を稼ぐ必要性に迫られたアルベールは、意を決して下馬した。
ガチャリという甲冑の金属が摩れる音とともに地面に降り立ち、手にしていた剣をあえて地面に突き刺した。徒手空拳となり、まずは語り合おうと言う催促だ。
もちろん、相手がそれに乗って来なければすぐに剣を握り直して構えるつもりだったが、それは無用の心配であった。
ヨシテルは手に持つ愛刀『鬼丸国綱』を鞘に納め、すんなりと語り合いに応じる姿勢を示した。
(まずは第一段階を突破。しかし、“魔王”を名乗り、王国への武力侵攻を企図する割には、何と言うか、えらく礼儀正しいな。むしろ、ヒサコ様の方が余程……)
ここでアルベールは慌てて首を振り、不遜な考えを頭から追い出した。
なにしろ、アルベールの見てきたヒサコは、紛れもない“外道”なのだ。
アルベールは辺境伯家に仕える武官として幾度となく戦場を駆け巡り、敵を屠って来た。剣で、槍で、あるいは弓でと、武器は様々だが、その数は百を下る事はない。
しかし、ヒサコはどうか。直接戦うこともあるが、どちらかと言うと頭脳で戦い、策を用いて相手をハメることに特化していると言っても良かった。
しかも、その策の多くは“外道”なのだ。裏切りを悟らせないために味方すら殺し、ずらりと人質を並べてはその首を刎ねて挑発し、解放した人質諸共、敵兵を撃ち殺す。
常道より外れた悪辣なる策士、それがアルベールの見てきたヒサコなのだ。
それのことを思えば、目の前の魔王の方が遥かに礼に則った対応をしているとさえ思った。
「それで、名を聞いておこうか。恐らくは、守備隊の頭と思われるが、いかがか?」
ヨシテルの問いかけは平穏そのもの。先程まで刀で斬りかかって来たとは思えぬほどに落ち着き、それだけにアルベールもまた驚いた。
とても亜人の軍団を率いる魔王、悪の帝国の皇帝とは思えないのだ。
ゆえにアルベールも“蛮族の王”に対してではなく、“伝統ある貴人”に対しての礼で応じる事にした。
「私の名はアルベール。アーソ辺境伯に仕える者だが、今は故あってこの地の守護を任されている」
「つまり守護代か。若いながらそれだけの実力はあるし、登用した者も中々の眼力だ」
ちなみに、守護代とは、京都に出向している守護大名に成り代わり、領地の管理運営を行う有力家臣のことである。室町期には“応仁の乱勃発前”までは守護大名が京に在住するのが決まりであり、そのため守護代が領地の管理をしているのが当たり前であった。
しかし、応仁の乱以降は“守護大名在京制”が崩壊し、各地の大名は荒廃した京と御所を捨てて領国へと戻っていった。
その過程で現地で勢力を張っていた守護代が主家を下剋上で乗っ取り、戦国大名に変貌する者もかなりの数存在した。
ヨシテルのよく知る状況であり、なんとなく懐かしく感じたが、目の前の青年からはそうした下剋上の気風が一切感じられないので、まさに忠義の士かと好感を持った。
「アルベールとやら、先程の戦ぶり、見事であったぞ。手堅い防戦かと思いきや、大水を用いての計略に加え、積極的に敵を追撃して戦果を増大させる。見事としか言いようがない」
ヨシテルは素直に感心しており、手を叩いてアルベールの事を称賛した。
敵の総大将から褒められるのは、なんとも奇妙な感覚を覚えるアルベールであったが、素直に嬉しく感じるのであった。
ただ、実際のところはヒサコが用意した策に乗っかっていることも否めず、全面的に喜べない複雑な心境も内包していた。
「皇帝より賛辞をいただけるとは、光栄の極みですな。そちらの先程の一撃も手がしびれて、槍を落としてしまいましたぞ」
「おお、あれもなかなかであったぞ。咄嗟に斬りかかったというのに素早く反応し、槍の一撃まで加えてきおった。並の腕前なら、槍ごと腕を斬られていたか、あるいは首が飛んでおった。こうして我と話しているだけでも、貴様の実力が高い事が分かる」
「重ねて、恐悦至極」
「しかも、こうして話しているうちに、手勢が戻ってくるのも期待しているな。まあ、戻っては来るだろうが、それまでに片を付けるか」
そう言うと、ヨシテルは刀に手を伸ばし、それをしっかりと掴んだ。
徒手の状態で鎮めていた気が一気に噴き出し、ゆっくりと鞘から抜かれるも、嵐のごとく噴き荒れてアルベールを威圧した。
アルベールもまたその気配に恐怖しつつも奮い立ち、無意識に剣を手にしていた。
「さて、始める前に聞いておこう。騎士アルベールよ、我に下る気はないか? 貴様ほどの腕前だ。安く見積もるつもりはない。待遇は応相談だ」
実質、脅迫にも等しい降伏勧告であった。
いきなり斬りかかるよりかはマシとは言え、“魔王”を名乗るに相応しい気配を漂わせながら刀の切っ先を向けての言葉だ。
アルベールを冷やすのには十分すぎるが、そこは歴戦の騎士である。気圧されまいと、精神を奮い立たせた。
「断る。私はこの地を守護する者。真の主君がご帰還なさるその日まで、帝国の有象無象に好き放題させるつもりはない!」
「その意気や、よし。忠義厚く、それでいて勇猛果敢。ますます気に入った! 殺すには忍びない。今一度聞こう。下れ、アルベールよ」
「くどい! 忠臣は二君に仕えず! カイン様以外の方を主とするつもりはない!」
アルベールはきっぱりとヨシテルの誘いを拒絶した。
前回のアーソでの騒乱の際、辺境伯の地位より退く形となったカインであるが、今はシガラ公爵領にて隠棲していた。
いつかは辺境伯に返り咲けると考える元家臣も多く、アルベールもそんな中の一人だ。
ヒサコに対してはその才覚に敬服しているし、その兄ヒーサに対しては数々の恩義があるため従順にしてはいるが、あくまで忠義の向かう先はカインに対してのみであった。
ヒーサ・ヒサコ兄妹への敬服は本物であるが、だからと言ってカインへの忠義は決して忘れてはいない。いつか本当の主人が帰着できると信じて、この地を守り抜くのが自分の仕事だと自負していた。
ゆえに、相手がどれほど強大な相手だろうと、アルベールには逃げると言う選択肢はない。
まして降伏など論外であった。
「よかろう。これ以上の問答は無粋であるな。敬意を表し、全霊を以て、騎士アルベール、貴様を葬ってやろう」
「タダで命をくれてやるつもりはない! お前も一緒に道連れだ!」
「やってみるがいい。見事、我の首級、取って見せよ、忠勇の士よ!」
ヨシテルの意識が刀に集約され、まさにアルベールに斬りかかろうとした。まさにその時だ。
周辺の水たまりが蠢いたかと思うと、そこから“氷の矢”がいくつも飛び出し、ヨシテルに襲い掛かったのだ。
不意な攻撃ではあったが、ヨシテルは冷静に対処し、飛んできた矢を全て刀で叩き落とした。
アルベールは一瞬、何が起こったのか分からなかったが、自分のすぐ横に着地してきた少女の姿を目に捉え、そして、驚きと喜びを同時に受けた。
「ルル!」
「お兄様、遅くなりました!」
現れたのはアルベールの妹のルルであった。
ルルは現在、シガラ公爵領にて術士の管理組合“術司所”の幹部になっていた。
今回の帝国との決戦に際して、さすがに温存していた術士を前線に出さざるを得なくなり、ヒーサが増援を出すように要請していたのだ。
それに応える形でルルを始めとするアーソ出身の術士は出陣し、急いでここにまで駆け付けたと言うわけだ。
「息災で何よりだ。だが、思い出語りは後でゆっくりとしよう」
「ですわね。なるほど、目の前にいるのが、噂に聞く皇帝ですか」
ルルも風の噂で皇帝の事を聞いており、その噂が決して実物と遜色ない並ならぬ実力者であることが読み取れた。
その体から、あるいは手に持つ刀剣からも、尋常でない気を放っており、術士であるルルには、アルベール以上にそれを感じていた。
「ふむ……。口ぶりから察するに、兄妹か。仲の良さそうなのは結構な事だ。我にも弟が二人いたのだが、さて、どうなっていることやら」
「軽口を叩けるのも今の内ですよ、皇帝」
「ほう、これは……」
ひんやりと、それでいて肌がチクチクする感覚をヨシテルは覚えた。
まるで冬がいきなりやって来たかのような、凍てつく風がルルを中心に吹き始めていた。
「娘よ、貴様の術式は氷を操るか?」
「正確には“水”です。まあ、氷を好んで使っているのはたしかですが、その限りではありません。さあ、起き上がりなさい、形を持たぬ竜よ!」
ルルの言葉に応じてか、日本の巨大な水柱が立ち上がった。周辺の泥水が寄り集まり、豪快に動いたかと思うと、その顔の先をヨシテルへと向けた。
「ここは私の世界。水で満たされた場所。さあ、皇帝、押し潰されなさい」
ルルも、アルベールも、いつでもヨシテルに仕掛けられるように構え、ヨシテルもまた目の前の兄弟を迎え撃つべく、今一度、愛刀を握り直した。
少しは楽しめそうな兄妹だと、その顔はニヤリと笑っていた。
~ 第十二話に続く ~
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