第六話 同衾拒絶!? というわけで今夜の相手は仔犬です!
“真なる魔王”はアスプリクもしくはマーク。
そう知ってからというもの、マークはそれをティースにも秘して過ごしてきた。
カシンにハメられ、迂闊な一言を発してその疑惑が表に出た際、当然ながらティースにもその事を話さざるを得なくなった。
最初は秘していた件を咎められ、次いで問題があれば主人にすぐ話せと窘められ、最後は義姉のように優しく抱きしめてくれた。
それがマークにとっては嬉しくもあり、同時に自身の無力さと不甲斐なさを恥じ入ることになった。
ヒーサの言うように、手柄を立てて悪名と疑念を払拭しなくては、ますますティースに迷惑をかける事になりかねない。
工作要員として、暗闘する事が多かったので、マークもまた戦場は初陣でもある。
ティース同様、人を殺したことはあるが、あくまで陰でこっそり、というのが今までのやり方だ。
今回は正面きって戦うという、今までにないやり方での殺し方になるだろう。そう考えると、少しばかり身震いする思いであった。
そんな少年を見透かしてか、ヒーサはニヤリと笑い、顔をグイッっと近付けてきた。
「マーク、殺しが別に初めてというわけではあるまいに。怯える必要などないのだぞ。いつも通り、サクッと鎧の隙間に剣を刺し入れるだけでいい。得意の地の術式で、礫をぶつけるのも有効だ。強固な金属鎧には、剣での斬撃よりも、鈍器での殴打の方が有効だからな」
「知っています。実践する機会がなかっただけです」
「ならばよし。今回で“童貞”卒業というわけだ。これはめでたい。と言うか、本当に女を宛がっても良いのだが、生き残った“どう”だ?」
「何が“どう”なのですか?」
「ほれ、前に渡したあの本みたいにな」
以前、自作の“性の手引書”を報酬と銘打って渡しており、当然中身を熟読しているはずであった。
まだ十二歳の少年ではあるが、男女が何をどうするかについてはすでに自らの知識の内にあり、なんとなしに想像できてしまっていた。
なお、その件で初耳であったティースは、大きくため息をはいた。
「はぁ~。マーク、あんないかがわしい本を、密かに手にしていたのですか!?」
「も、申し訳ありません!」
「まだ早いと、ナルにも言われたでしょ? 没収しますので、すぐに持ってきなさい」
「と言いつつ、自分が読みたいんだな?」
にやつくヒーサにティースは顔を真っ赤にした。実際、その通りであったからだ。
「か、確認です! 少年の情操教育上、不適切かどうかの!」
「まあ、そう言う事にしておくか」
「それ以上の意味はありません!」
「知的好奇心があるのは結構。なんなら、今夜あたりで実践しとくか?」
馴れ馴れしく抱き寄せようとするヒーサに対し、ティースは思い切り顔面を殴り付けた。しかも、平手打ちではなく、握り拳でだ。
パシィィィンといい音が鳴り響いたが、ヒーサの掌で止められてしまった。
「いい拳打だ。その調子で、皇帝にも一発ぶちかましてほしいものだ」
「そのつもりですが、その前にヒーサを一発殴らせてください。あと、戦の前なのですから、女ではなく、剣と抱き合っててください。寝台の広さを再確認しておいてください」
「そうするか。やれやれ、我が妻は気難しくていかんな」
軽くからかっただけなのだが、どうにも気に障ったらしく、今夜は一人で就寝することが決まってしまったヒーサであった。
しかし、ヒーサは笑うだけで、特に残念そうにも感じていないようであった。
そういう態度がより一層、ティースの気に触ってしまった。
「まったく……。それに、じゃじゃ馬を乗りこなすのが男子の嗜みだったのでは?」
「たまには気性の大人しい馬にも乗りたくなると言うものだ」
「アスプリクはもうお出かけですもんね」
「言っておくが、あいつは私にとって仔犬とさほど変わらん。なあ?」
ヒーサの呼びかけに応じてか、物陰からヒョコッと黒毛に仔犬が顔を出してきた。
“つくもん”と名付けられた仔犬であり、艶やかな混じりけのない黒一色の毛並みに、赤い眼が特徴的な犬だ。
なお、その正体は王侯級悪霊黒犬という怪物であり、スキル《手懐ける者》によって飼い慣らされているのであった。
トコトコ駆け寄って来た仔犬を抱き上げ、ヒーサはその顔を見つめた。
「ティースが相手してくれないし、今夜は一緒に寝るか?」
「アンッ!」
威勢よく吠えた黒犬は舌を出して、ペロリとヒーサの頬を嘗めた。
普通に見れば主人と飼い犬の微笑ましい一幕なのだが、外道極まる飼い主と、その飼い主の先兵として暴れ回る怪物であり、事情を知るテアには地獄のような光景であった。
「なるほど。アスプリクはそういう感じなのですね」
「可愛がり方は、相手によるからな。ティースに対してはティースに対しての、アスプリクに対してはアスプリクに対しての、黒犬に対しては黒犬に対しての、それぞれの接し方と言うものがある」
愛で方は人(犬)それぞれ。十人十色、千差万別、一つとして同じ物が無いように、接し方などいくらでも変わると、ヒーサは笑って答えた。
間違ってはいないのだが、犬と同列に扱われるのには少々癪に障る答えであり、ティースはヒーサを睨み付けた。
「私、ヒーサに可愛がられた記憶が無いのですが、記憶違いでしょうか?」
「何を言う。いつも可愛がっているではないか」
「どうやら“可愛がる”という言葉の意味において、夫婦の間に重大な齟齬があるようだと認識いたしました」
「そのようだな。では、今夜あたり、その齟齬とやらを解消するべく、摺り合わせしとくか?」
「結構です! 犬とじゃれ合っててください!」
「いつでも加わって構わんぞ」
こうしたやり取りもまたヒーサなりの愛情表現なのだが、当然ながらティースには全然伝わっていなかった。
とてもこれから皇帝と雌雄を決しようとする一団とは思えぬ緩い感覚であるが、“初陣”に気を張っている二人を気遣ってのバカ騒ぎでもあることを、テアは感じ取っていた。
(まあ、意図を伝えないし、伝わりもしないし、それも認識している上でなお“おふざけ”が過ぎるのが、こいつの癖の強いところよね~)
“共犯者”として、その心情はなんとなく読めるテアであるが、これから起こるであろう一大決戦のその作戦はどうなるのか、それはさすがに察しようもなかった。
とはいえ、ティースからは完全に緊張の文字が消え失せており、そう言う意味においてはヒーサの対応は見事としか言えなかった。
(これで決戦の舞台は整ったし、舞台に上がる役者も調子が上がって来た。問題があるとすれば、裏方の暗躍かな)
最大の懸案事項は、再びカシンの足取りが消えてしまったことだ。
王都での騒乱後、暴れるだけ暴れ、騒動の種を撒き、そして、消えた黒衣の司祭の動向が、まったく掴めないことだ。
(あるとすれば、主力が前線に張り付いたときに、後方を攪乱してしまうこと。まあ、そのための対処として、王宮にヒサコを留め置き、動かせる手駒としてコルネスまで残すんだし、さてどうなるやら)
一抹の不安を残す出征に、テアは不穏な空気を感じていた。
そんなテアの心配をよそに、ヒーサは余裕の態度を崩さない。また奇想天外な策を披露してくれるだろうと期待と不安を重ね、一行は準備に勤しむのであった。
~ 第七話に続く ~
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