第四話 急報! 出陣の準備を急ぎ進めよ!
ジルゴ帝国皇帝、ついに出陣す!
その報告は偵察隊の唯一の生き残りから、アーソに駐留するアルベール将軍の下へもたらされ、即座に王都ウージェへと早馬により伝えられた。
現在、王都ではシガラ公爵家のヒーサ・ヒサコ兄妹を中心にして、急速に改革がなされていた。
新国王マチャシュは、なにしろ生後半年もたっていない乳飲み子であり、当然ながら政務を執り行う事が出来ない。その代理人として二人が中心となって動いているのだ。
なお、ヒーサの中身は戦国日本の梟雄・松永久秀であり、女神テアニンの導きによりこの世界に異世界転生してきたのだ。
ヒサコもまた、スキル《投影》によってヒーサに生み出された分身体であり、現在の宮中は実質一人が強力な権限を有する状態になっていた。
数多の謀略の果てに手にした地位であり、下剋上を成した乱世の梟雄、その面目躍如といった感じであったが、それを破壊する者が早速現れた格好だ。
緊急事態という事もあって大急ぎで会議の場が設けられ、国の重鎮達が顔を揃えていた。
「さて、皆様方、お忙しい中、お集まりいただき感謝いたします」
上座に座るのは、今や“国母”となったヒサコであった。
新国王マチャシュはまだ言葉すら喋れない乳幼児であり、その代理として母親であるヒサコが政務を代行していた。
国母にして摂政、それが今のヒサコの肩書だ。
女性、それも二十歳にすらなっていない若者ではあるが、その実力は方々に響き渡っていた。勇猛果敢さに加え、冠絶する知略の持ち主であり、数多の敵を屠って来た天才軍略家として名高く、その名声は畏怖されるに十分であった。
その若き国母を支える三名の重鎮が、ヒーサ、マリュー、スーラだ。
ヒーサはシガラ公爵として自領を経営する傍ら、今や『全軍統括大元帥』に任命されていた。この大元帥は国王からの全権委任を受けた者にのみ与えられる称号であり、軍務に関しては文字通り全てを統括する立場にあり、巨大な権限が付与されていた。
帝国との決戦に備え、ヒサコが最も頼りとする兄に任じた格好であるが、茶番も茶番である。なにしろ、この兄妹、中身が同じであるため、政務と軍務を“実質一人”でガッチリ握っている状態なのだ。
そして、それを補佐するのがマリュー、スーラの両名だ。
この兄弟は長くシガラ公爵家と表に裏に関係を持ち、持ちつ持たれつの間柄になっていた。
その最終段階として、現在の地位にあった。
「両大臣はそれぞれの大臣職を留任のまま、執政官の職に就いていただきます」
これがヒサコから下された辞令であり、二人は平静を装いつつもいよいよ登り詰めたと、心の中では諸手を上げて喝采していた。
執政官は政務に携わる者としては、ほぼ最高位である。なにしろ、その上には、国王ないし、摂政・宰相しかいないのだ。
摂政・宰相の在任時は空席となるが、国王親政の時には実質的に実務の最高位となる。
今回の場合、ヒサコが摂政であるので、本来なら執政官は空席となるのだが、色々と骨を折ってくれた二人への“報酬”という意味合いがあった。
なにより、本体がこれから帝国軍討伐に出掛けるため、分身体をあれこれ操作している余裕がなくなる可能性があるため、体調不良を理由に政務を丸投げできる人物を欲したというのも大きかった。
「それで、前線からの方向はどんな様子でしょうか?」
すでに内容は知っているが、ヒーサは編成のために郊外の練兵場に出掛けていたため、その整合性を取るために敢えて尋ねた。
なお、ヒサコが国母になったため、ヒーサも人前では妹であっても敬語に切り替わっていた。
「皇帝が出てきたそうですよ。偵察部隊が仕掛けて、皇帝一人に返り討ちにあったと」
「何をやっているのだ。偵察隊なら、情報を持ち帰るのが優先だろうに。下手に仕掛けて返り討ちなど、貴重な兵力をなんと心得ているのか」
「まあまあ、おにい……、元帥も落ち着いてください。相手は一人であったようですし、欲をかきたくもなりますよ。何しろ、皇帝一人仕留めれば、それで片付くんですから」
「ま、あちらは個々の能力は高いが、結束力が無いからな。皇帝という中心点があってこそ、どうにか結着しているようなものだ。目の前にいれば、討ち取りたくもなるか」
実に自然な兄妹のやり取りであるが、すでに熟練の域に達している一人芝居である。
ただ、この会議室には、兄妹、兄弟に加えて、将軍のコルネスと、ヒーサの侍女の女神しかいないため、一人芝居である事を知っているのは半分しかいないのだ。
「しかし、アルベール殿の麾下は精鋭揃い。特に騎兵は精強も精強。それを小部隊とは言え、たった一人で蹴散らすなど、噂通りの剣豪というわけですか」
コルネスとしても、その武芸の冴えは見過ごせなかった。
実際、たった一人の活躍で、戦場の流れを変えてしまう、そういう類の存在がいることを知っており、皇帝もまたそうなのだろうと認識した。
王国側の人材で言えば、この場にいないアスプリクなどがその好例だ。一人で千人分の働きをすると言われる天才術士であり、決戦となれば間違いなく主力となるだろう。
「だが、所詮は一人。囲んで、袋叩きにしてやればいいさ」
「その袋叩きを返り討ちにされたのですが?」
「なぁに、十人で囲んで返されたのなら、百人で囲めばいい。それでダメなら、千人用意すればいい」
ヒーサはニヤリと笑い、少し焦り気味なコルネスを窘めた。
なにしろ、“前世”ではそれで足利義輝を始末しているのである。数百名しかいない御所目がけて一万人で攻め込み、名刀を惜しげもなく振るう剣豪将軍も数の前には押し切られ、ついには力尽きて討ち取られたのだ。
(剣豪将軍が、剣豪皇帝に変わっただけの事。魔王の力が上乗せされていようが、こちらもこちらで強力な手駒を揃えている)
すでにヒーサは前線であるアーソに向けて、戦力を集中させつつあった。
準備が整い次第、兵員を送り出しており、最終的には二万を超える軍勢に膨れ上がる。
それに加えて、アスプリクとアスティコス、ライタンなどの腕利きの術士もすでに進発させていた。
また、自領であるシガラ公爵領にも使い番を出し、ルルを始めとする術士の出撃も要請していた。
まさに総力戦であり、自分もそろそろアーソに向けて出発しようとしていたため、予定より早めの皇帝出現に前倒しの必要性を考えた。
「マリュー殿、スーラ殿、物資の方は予定通り、前線に運ばれているか?」
「その点は抜かりなく。矢弾に玉薬、その他武具一式、予定通り前線に向かっています」
「兵糧も問題ありません」
さすがに手慣れた者であり、二人の報告はヒーサを満足させるのに十分であった。
「それで、元帥、そろそろ前線に向かわれると思われますが、なぜ私が留守居を?」
コルネスはそれが不満であった。
アーソの地では一大決戦が繰り広げられることになり、両軍が戦力を集めつつあるのだ。そんな場面であるのに、ヒーサには前々からコルネスには王都に残るように要請されていた。
武人として、国家存亡の決戦に馳せ参じれないのは、やはり不満であった。
「まあ、言ってしまえば、カシンの動向だよ。もし、私があいつの立場なら、前線で激闘を繰り広げているその後ろで火を着ける。王都が盛大に燃え上がってみろ。戦どころではなくなる」
「その抑えとして、私に残れと?」
「そういうことだ。留守を任せれる人物がコルネス、お前しかいないというのが実情なのだがな。あとはお前の奥方の件もあるし、そちらもしっかり頼むぞ」
「そうまで言われるのでしたらば、止むを得ません。陛下も、国母様も、お守りいたします」
不満は残るが、こちらも重要な任務であるため引き受けざるを得なかった。
コルネスの妻は現在、マチャシュの世話係を受け持っていた。同時に亡き宰相ジェイクの妻クレミアの相談役を務めるなど、夫婦揃って多忙であった。
そちらも頼むとは、すなわちコルネスは新国王と国母の警護、王都のおける軍務の統括を任されたことを意味し、黒衣の司祭カシンの襲撃を防げというわけだ。
カシンの手管の巧みさは先頃の王都騒乱でしっかりと見せつけられており、そう言う意味においても今度はやられはしないと意気込むコルネスであった。
「それで、元帥、いつ出立なさるので?」
「招集をかけていた兵が揃ったから、明日にでも出立するよ。ティースとマークも帯同するが、あの二人こそ意気込んでいるからな」
ヒーサの妻とその従者は今現在、かなり立場が危うい状態になっていた。
マークこそ魔王ではないか、【真実の耳】による審問において、そう疑惑を持たれるようになり、事実の如何に関わりなくさっさと処分しろという声がかなり多い。
それをティースは必至で庇っているが、勢い任せに枢機卿を殺しており、こちらもまたヒーサの擁護が無ければ牢に入れられているはずであった。
そのため、二人揃って前線送りが決まってしまった。
「お姉様、せいぜい手柄を立てて、罪を帳消しにしてくださいな。従者もそのつもりで」
これがヒサコからティースに示された“温情”なのだ。
帝国との決戦では、一人でも戦力が欲しいので、武芸に覚えのあるティースや、術士でもあるマークは欲しい人材であった。
本来なら極刑も有り得る二人だが、それを手柄で罪状を消してしまえ、というわけだ。
(どのみち、決戦には欠かせん二人だ。アスプリク同様、前線に飛ばす理由付けとしてはこれくらいで丁度よかろう)
アスプリクもまた、宰相ジェイクを殺した罪がある。故意ではなかったとはいえ、仕込まれた酒を気付かずに奨めたのは事実であり、その罪は容易く消えることはない。
アスプリクも、マークも、魔王の苗床であり、魔王を倒してその疑念を払拭させよう。
これがヒーサの考えであり、続々と前線に向かっていた。
(さあ、じきに始まる決戦、まずは勝ちに行くぞ)
ヒーサの頭の中には、すでに勝利への絵図が仕上がっていた。
問題があるとすれば、それは“魔王”がどの程度の実力か、まだ図りかねていると言う事だ。
どの程度予想を上回って来るのか、実際に刃を交えてみなければわからない事もある。
ままならない歯痒さを感じつつも、それすら楽しむのもまた興であると感じてしまうのは、数奇者の救い難い性質かと自嘲するヒーサであった。
~ 第五話に続く ~
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