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第九十九話  完遂! 国盗り、ここに成れり!

 すべての障害を取り除き、自身の正当性を確保しつつ、競争相手もそのすべてが脱落。もはやマチャシュを抱えたヒサコを阻む者は、ただの一人もいなくなった。

 ゆったりと、それでいて威厳と風格をまとい、“国母”として新国王たる息子マチャシュの代理人を務める、その意気込みをヒサコは身に着けていた。


「聖下、なんでしたら、今、この流れを止めることはできますよ? いかがいたします?」


 低く、それでいて周囲に聞こえにくい声でヒーサがヨハネスに囁いた。

 その二人が見つめる先は、まだ床に転がったままのロドリゲスがいた。ティースに勢い任せに刺殺されたまま、床に打ち捨てられたままであった。

 国母の兄が言わんとすることは、ヨハネスもすぐに理解した。


「公平性に欠くから、ロドリゲスに《蘇生リザレクション》を使い、もう一度審議をし直せ、と?」


「ご賢察、恐れ入ります。その決定権を持つのは、聖下、あなたお一人でございます」


 妙に復活を進めるヒーサに、ヨハネスは怪訝な感情を抱いた。

 このまま話を進めておいた方が、面倒事が無くていいのは明白であるし、口やかましい政敵など死んだままの方が断然よかった。


(だが、これは……。そう、私に選択権を付与し、敢えてを試しているな?)


 やはり目の前の男はとんでもない嫌らしい性格をしていると、ヨハネスは再認識させられた。

 世間では名君だの信義の人だとの呼ばれているが、それは奥底に潜む悪辣さを覆うための上着に過ぎないと感じ取れてしまった。


(はっきり言って、ロドリゲスは目障りな存在だ。ヒーサにとっても、私にとっても。ならば、このまま死んでくれていた方がいい。だが、私には死者を復活させる術式《蘇生リザレクション》がある。ゆえに、選択権は私にある。“個人の利益”を優先し、“公平性のある審議”を取りやめるかどうか、それを私に迫るか、公爵は!)


 ずっと審議が続いていたため常時【真実の耳】を発動しており、かなり疲労はしているが、《蘇生リザレクション》が使えないほど消耗はしていない。

 条件的にも、ロドリゲスは先程刺殺されたため、時間の経過と言う点では問題もなく、死体の損壊も腹に穴が開いているだけで軽微である。

 その気になれば、復活させることは可能であった。

 それを踏まえた上で、ヒーサはヨハネスに迫っているのだ。


「個人の利益、社会的な公平性、どちらを優先するのか?」


 そう考えると、ヨハネスはゾクリと背筋に寒いものを感じた。

 すでに状況は決している。どう足掻こうとも、マチャシュが新国王に、ヒサコが国母に、こうなる事が定められていると言っても良かった。

 たとえロドリゲスが復活し、難癖を入れてきたとしても、この流れは変わらない。

 なにしろ、王位を争うサーディクが公衆の面前でヒーサに面罵され、その正当性や人間性を完全否定された後だからだ。

 あそこまで言われ、大功あるヒサコと、王族の責務を放棄したサーディクでは、はっきり言えば格が違うのだ。

 サーディクが勝っている点があるとすれば、それは血統による正統性くらいだが、それはマチャシュにアイクの血が流れている点によって、有利とは言えなくなっている。

 長子相続の点で言えば、アイクが正当な王位継承者ではあるが、自身の才覚の無さと病弱な身ということで、ジェイクにその立場を譲ったという経緯がある。


(だが、その約束はあくまでアイク殿下と宰相閣下の間での取り決め。宰相閣下が亡くなったからと言って、それがそのままサーディク殿下に適応されるわけではない。そういう意味においては、王位継承の流れはヒサコの腕の中にいる、アイク殿下の子こそ正統と言えるのではないか)


 理屈の上では、ヨハネスのこの考えは正しかった。

 だが、問題があるとすれば、帝国との全面対決が差し迫る中で、言葉を発する事さえできぬ幼子を、国王に据えても問題はないのか、という点に尽きた。


(この流れであれば、幼王を補佐する立場として、ヒサコか、あるいはヒーサが摂政になるだろう。そして、“自分の利益”のために全力で王国を守り、そして、乗っ取る事だろう。もうその道筋はできているし、これに抗おうとすれば、全力でサーディク殿下を推さねばならない)


 マチャシュの即位は、それと同時にシガラ公爵家の覇権と、事実上の簒奪を認める事となる。少なくとも、ヨハネスにはそう思えてならない。

 目下に転がる政敵を復活させれば、あるいはその流れを壊せるかもしれないが、今となってはもはや手遅れのきらいが強い。


(むしろ、そうするかどうかの見極めか、この提案は!)


 ロドリゲスを復活させろとは、ヨハネスへの問いかけなのだ。


「お前は私に、逆らうつもりなのか? 我らを“敵”にしてもよいのか?」


 平穏な表情の下から、途端に刃物を突き出されたような感覚に襲われた。

 ヨハネスには、もはや抗する気力が失われていた。ジェイクが死に、三頭政治の構想が崩壊した瞬間から、これはむしろ既定の流れとすら言えた。

 力があり、正統性も自分自身が証明してしまった。しかも、すでに“武”による脅迫か、“財”による懐柔まで抜かりなく、周囲の貴族もまた頭を垂れ始めている有様だ。

 一人抗ったとて、いかに法王と言えども分が悪すぎる。

 ゆえに、行きつく答えは一つしかない。


「……公爵、残念だが、すでに力の多くを使い果たしてしまった。審議中ずっと〈真実の耳〉を使っていたのでな。正直、今すぐ横になって睡眠を貪りたい気分だ」


 そう言って、ヨハネスはさも力尽きたかのように、〈真実の耳〉の効力を消し去った。わざとらしく汗を拭く仕草を見せ、もう限界ですという芝居を打った。

 それは嘘、偽りで固められた動作であり、見る者が見ればかなりぎこちない。

 それもそのはず。ヨハネスは神職に就いてより、初めて“嘘”を付いたのだ。それも誰かを庇うためだとかそういうものではなく、自己の保身のために、である。

 それを感じ取ったからこそ、ヒーサは軽くだがニヤリと笑った。


(折れたな、ヨハネス。それでいい。人間誰しも自分が可愛いからな。命懸けで自分の政敵を復活させ、今や国内最大勢力となったシガラ公爵家と事を構えるのは、物理的にも心理的にも厳しかろう)


 一度嘘をつけば、もうこれ以降も嘘を付くことに躊躇いはなくなる。人間、何事にも慣れてしまうものであるからだ。


(まあ、初陣などというものは、誰しも怖いものだ。だが、じきに慣れる。だから、ヨハネス、お前も我が身可愛さに嘘を付いたことを気に病むことはない。誰もがやっている事なのだからな。だが、安心しろ。折れさせた事についてはちゃんと報酬は渡す。そう、“安全”という保障をな)


 法王の権威はまだまだ利用できる。決して無碍には扱うまいとヒーサは心に決めた。

 世俗の権力はこれから王家を実質乗っ取ったシガラ公爵家が拡張していき、宗教的な権威をヨハネスが高めていけばいいと考えた。

 人心の掌握と言う点で、宗教と言うものは都合がいいのだ。改革を推し進め、教団の力を削ぎつつ、その功績と名声を戴く。

 その見返りとして、教団を“保護”する。最終的には王家に依存させ、優劣をはっきりさせるためだ。

 

(ああ、長かった。だが、“成った”ぞ、下剋上が! 私の国盗り物語が!)


 ヒサコが“新国王”マチャシュ抱きながら、玉座に腰を下ろした。

 その瞬間こそ、転生者・松永久秀の下剋上が完遂した瞬間でもあった。

 炎上する信貴山城より女神に連れ出され、異世界カメリアへと飛ばされた。

 医者から始まり、父兄を殺害して公爵家を乗っ取り、嫁とその実家を貶めて全てを奪った。

 その後も数多の出会いとその都度の裏切りと収奪を繰り返し、その集大成としてついに王家を乗っ取り、王国を奪い取った。

 ヒサコの視線より眺める世界は、実に壮観であった。

 一つ不満があるとすれば、“本体”の方でこの光景を眺めたかったということだ。

 当初はそのつもりであったが、黒衣の司祭の横槍を排除するため、《入替キャスリング》を使ってしまった事だ。

 再装填時間リキャストタイムは丸一日かかるため、再使用はできない。

 そのため、分身体ヒサコが赤ん坊を抱えての登壇となった。

 その点では不満はあるものの、目の前の光景は“松永久秀”の望んだそれであり、不問にすることとした。

 心より心中する者から、嫌々ながらも頭を下げる者、あるいは抗う術を失い、力なく項垂れる者、それは様々だ。

 だが、全員の心まで奪うつもりはない。単一な世界など面白味に欠けるし、歪みもまた愛でるのが数奇者の嗜みであるのだ。


(だが、差し当たっては、帝国の連中をどうにかしなくてはな。逃げたカシンの動向も気になるし、ドキドキ異世界のんびり生活は、その辺りを片付けてからだな)


 国盗り物語は完遂すれど、まだ物語は終わりではない。女神との約定である魔王への対処、これが残っているのだ。

 無論、相手には好き放題はさせるつもりはない。世界の破滅が目的である以上、決して相容れない存在であるからだ。

 折角手に入れた“大名物”を壊されてなるものかと、戦国の梟雄は更なる思案を巡らせるのであった。



             ~ 第百話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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[良い点] 九十九話で天下簒奪、流石ですね笑
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