第九十八話 面罵! 王子であろうと容赦はしない!
ヒサコとマチャシュの親子関係は証明された。(実はしてない)
そうなると、もはやこの親子と玉座の間にある障壁は、たったの一つしかない。
それはサーディクだ。
サーディクは第三王子であり、亡くなったフェリク王の血を引く嫡出子である。上二人の兄、すなわち第一王子のアイクと、第二王子のジェイクが亡くなっている以上、順当ならば王位継承はサーディクになされるはずなのだ。
むしろ、それに異を唱えているシガラ公爵家の方が、問題とさえ言えた。
それでも、王位継承に関して公爵家の意向がここまで働くのか。それは公爵家自身の“力”と、アイクとの“血縁”にあるからだ。
シガラ公爵家は数ある貴族の中でも特に力を有し、三大諸侯の一角を占めている。
ヒーサが当主になってからというもの、シガラ公爵家は数々の事業を手掛けて勢力を増し、しかも、アーソでの動乱や帝国領への逆侵攻を経て、武名すら轟かせるに至った。
下手な反発は自家の盛衰に影響が出るため、多くの貴族は口を噤んでいた。
そこに王位に関して口を挟む正統性、すなわち“アイクとの血縁”がこの場で明らかとなった。
先程の答弁の結果、ヒサコが抱えるマチャシュは、アイクとの間に生まれたと皆が知る事となった。
事実はまた異なるのであるが、法王ヨハネスがそれを認めてしまったため、表面的にはそうなってしまった。異論は挟めない。
(実力、正統性は揃った。後は自分達以外の後継者を蹴落としてしまえばいい。さあ、取り掛かるぞ)
これで最後だとばかりに意気込み、ヒーサは堂々と前に進み出て、サーディクの前に立った。
戦の趨勢は決してはいるが、まだ玉座に腰かけたわけではない。最後まで気を抜くつもりはないと、ヒーサは戸惑うサーディクに冷ややかな視線を送った。
「殿下、よろしいですね?」
何がよろしいのか聞くまでもない事だが、きっちりと当人に認めさせねばならない。完全なる敗北と、王位への野心を砕くためには。
「だ、だが、公爵、やはり性急すぎやしないか?」
「殿下、“現実”を見ていただきたい。もう“決した”のですよ」
ヒーサは腕を大きく開き、サーディクに周囲を見渡す様に促した。
サーディクが見た周囲の人々の目は、蔑みか、哀れみか、あるいは無念と思えるしょぼくれた顔しかそこにはなかった。
誰しもが、サーディクの“負け”を認識していると言ってよかった。
もし、この場にロドリゲスか、あるいはブルザーでもいればサーディクを擁護し、場をかき乱して先送りにできたかもしれない。
だが、ロドリゲスは血だまりに沈み、冷たい床に転がっている状態で、ブルザーは“偽者”がいなくなり、本物がどこにいるのか分からない有様だ。
つまり、もう誰も味方をしてくれない。先程までシガラ公爵家を非難していた連中も、その多くはマチャシュの王位継承に関する“正統性”が証明された以上、もう引っ込んでしまっていた。
孤立無援、完全包囲、サーディクにできることはもう、玉砕して華々しく散るか、あるいは諸手を上げて全面降伏するか、その二択しかないのだ。
「残念ですが、殿下、あなたの出る幕はもう終わってしまったのです」
サーディクにとどめを刺すべく、ヒーサが動いた。さらに距離を詰め、手を伸ばし、指で相手の心臓の部分を軽く突き刺した。
王子に対してするべきではない、明らかに礼を失した行動ではあるが、それを咎めれる者もなく、サーディク自身もヒーサの気迫に圧されてたじろぐだけであった。
「私は……、いや、シガラ公爵家としては、別に王位を狙うつもりはないのですよ。ですが、あなたのような愚物に王位を任せることはできない。それが我ら兄妹の最終的な判断なのです!」
「な、なにを……!」
「あなたが王位に相応しくない理由、それはヒサコを始めとするアーソの軍勢が帝国領で悪戦苦闘を繰り広げていた際、その援兵としてやって来なかった! この一事に集約されています!」
ヒーサは眉を吊り上げ、指先の圧も上げていき、いかにも激怒しているという雰囲気を出した。
「帝国において皇帝が即位し、王国への侵攻が取り沙汰される中、この防衛のために必死で働いたのは、前線であるアーソ辺境伯領の人々であり、我らシガラ公爵家からの派遣兵だ。出費はかさむが、王国と言う大事な“器”を壊されないようにするためには、当然の必要経費と考えておりました。ところがどっこい、蓋を開けてみれば、アーソに兵を供出したり、あるいは物資を供与したのは誰でしたかな? あなたか? それとも、そちらの方かな?」
サーディクを指で突き刺したまま、周囲をぐるりと見回すヒーサ。後ろめたさから視線を逸らす者が続出し、気まずい雰囲気が醸された。
なにしろ、アーソの地に馳せ参じたのは、シガラ公爵家、ジェイクが派遣した宰相府管轄の部隊、それと付近の貴族からの派兵であり、到底“挙国一致”で帝国と向き合おうという状態ではなかった。
ヒサコの策がピシャリとハマり、帝国軍に打撃を与えたからよかったものの、その奮戦が無ければ、王国領内が戦場になっていてもおかしくはないのだ。
「こちらが必死こいて戦っていたと言うのに、お前らは何をしていたのか?」
これをヒーサは視線で問いかけたのだ。
誰も答えられない。それは恥や後ろめたさしか浮かんでこないからだ。
前線が踏ん張ってくれているのだから、特に動きもなく高みの見物。それこそ、帝国とシガラ公爵家が削り合ってくれれば御の字。
こう考えていた者も少なくはないのだ。
だが、それが回り回って、現在の不利な状況を生み出していた。
「殿下、あなたは来なかった。ヒサコを始め、コルネス殿、それにアルベール、サーム、他にもアーソの兵士達は実によく働いてくれた。その武功は揺るぎなく、見事に王国の壁として、外敵を防いでくれました。しかし、そこにあなたの姿はなかった。なぜですかな?」
「そ、それは……」
「言わずとも結構! 大方、ブルザーに唆されたか、あるいは忖度したか、いずれかでありましょうな。ですが、どちらであろうとも、あなたは“王国の存亡に際して、王子の責務を放棄した”という事実は残ります」
ズバッと言い切るヒーサに、サーディクは返す言葉もなかった。
サーディクは将軍として前線付近に駐留し、アーソとは別の場所ではあるが、時折略奪に来る帝国側からの侵入者の対処をこなしてきた。
そのため、前線の将兵からは人気があり、王族としての責務を果たしてきたと言っても良かった。
しかし、今回ばかりは間が悪すぎた。
アーソでの動乱の際、ブルザー率いるセティ公爵軍と帯同して進軍した際に、黒衣の司祭リーベの襲撃を受け、それなりの損害をこむった。
サーディクの部隊はすぐに再編できたが、ブルザーの方は損害が深刻であり、乱後もその再建には時間を要した。
その最中に、ヒサコによる帝国領への逆侵攻が敢行されたのだ。
サーディクも当初は馳せ参じるつもりでいたが、これに待ったをかけたのがブルザーであった。
「どうせあのような小勢では、ロクな戦功など上げれませんし、最悪すり潰されるオチです。こちらがその列に加わる必要もありますまい」
これがブルザーのサーディクに対しての耳打ちであり、親しい付き合いのある者の発言として、これを受けてしまった。
実際、たった五千程度の兵で、十万はいるとされる帝国軍に突っ込むなど、正気の沙汰ではなかった。
負ける可能性の方が遥かに高いし、破れた際はアーソで戦線を引き直す必要があるため、自身の兵力を無駄に出すわけにはいかないと言う判断もあった。
だが、その判断が裏目に出た。
なにしろ、負けると思っていたヒサコの軍勢が大勝利を収め、完全に面目を失ったのだ。
「まあ、最初からいきなり参陣するというのは、アーソでの被害の件もありますし、難しいと言えば難しいでしょう。ですが、その後の援軍要請にも応じず、引き籠ったままというのはいただけませんな。私からすれば、妹も、前線の将兵も、“見殺し”にされたも同然なのですから。兵も出さない、物資も出さないで、どう取り繕われるおつもりかな?」
嫌味ったらしいヒーサの台詞が、一々癇に障り、サーディクを苛立たせた。
だが、反論はできない。どれほど苛立たせる言葉であろうとも、それは正論に他ならないからだ。
「殿下、たとえ兵を率いずとも、単身で参陣なさっても良かった。王族としての責務を全うするという意気込みだけでも十分だったのです。それが一時の感情と“外戚”の意に従い、王族の責務を蔑ろにし、国家存亡の危機に際して傍観と言う、最悪の選択をなされた。ゆえに、はっきりと申し上げよう。そんな下衆な男に王位に就く資格なし! とっとと失せろ、痴れ者が!」
ヒーサはこれでもかと怒りを込めて、サーディクを面罵した。
彼を良く知る面々ですら、完全に騙された怒り。演技でもなんでもなく、珍しくも“本気”で怒っているのだ。
ヒサコによる帝国への逆侵攻も、本来ならもう少し楽になる予定であった。
だが、そうはならなかった。原因は“増援の少なさ”に起因していた。
軍の衝突とはまさに数の戦いであり、より多くの兵士を揃え、数で圧倒するのが本来の用兵なのだ。
ところが、アーソの地にはその兵が一向に到着せず、手持ちの兵だけでやりくりする事を強いられた。
その可能性は憂慮していたが、十万相手に五千で戦うなど、今にして思えばかなりの冒険であり、同時に暴挙とも言えた。
もう一度やれと言われても、俄然拒否する話だ。
サーディクが小部隊であっても参戦さえしてくれれば、その看板を利用して兵をより多く集めることが叶ったとヒーサは見ていた。
だが、サーディクは来なかった。届けられた物資は、一握りの小麦すら届くとはなった。すべてが、シガラ公爵家からの持ち出しか、あるいはジェイクのそれなのだ。
サーディクは一切関わっていない。自身が参列することも、あるいは物資を送り届けると言う事もなく、身内の心情を慮って、王族の責務を放棄した。
これで怒るなと言うのが無理であり、ヒーサの怒りは当然だと周囲も納得せざるを得なかった。
これで決着はついた。玉座への道程、もう遮る者も、競争相手も、すべて排除された。
こうして皆が見守る中、ヒサコは“新国王マチャシュ”を腕に抱き、ゆっくりとした足取りで上座にある飾り立てられた玉座に向かって歩き始めた。
~ 九十九話に続く ~
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