第九話 異端審問!? 邪悪な異端者には神の裁きを!
「どういうつもりだ! これを私に見せつけるなど!」
《五星教》の教団幹部である枢機卿ヨハネスの怒声が広間に響き渡った。ドンッと勢いよく拳を振り下ろし、机の上に置かれていた“六芒星のお守り”が勢いで吹き飛んで床に転がり落ちた。
ヒサコはそれを拾い上げ、周囲の人々にも見えるように掲げた。
そして、人々は察した。六芒星は《五星教》が異端認定する《六星派》の聖印であるからだ。
近頃、《六星派》の勢いが増してきており、教団はこれを抑えるのに躍起になっていた。そんな面倒な連中の象徴をいきなり見せつけられたのである。怒るのも無理はなかった。
「失礼いたしました、枢機卿猊下。ですが、これの存在をしっかりと明らかにしなければならないため、あえてお見せいたしました。御不快に思われたことに関しては、お詫び申し上げます」
ヒサコは丁寧に謝し、頭を下げた。
「・・・で、まずは理由を聞こうか」
まだ不機嫌さが直り切ってはいなかったが、ヨハネスはヒサコに話を続けるよう促した。
「はい、猊下。先程述べましたが、キッシュ殿の死因は落石による圧死でございます。ですが、それは不幸な事故ではなく、石を落として殺したという他殺なのだということでございます」
「ふむ・・・。で、それが六芒星となんの関係が?」
「現場となりました崖に程近い森の中、そこに六名分の遺体がございました。そして、その中にこの六芒星を懐に忍ばせている者が含まれていたのでございます」
「なにぃ!?」
ヒサコの言が正しいならば、今回の一件に《六星派》が関わっている可能性があるのだ。そして、ヨハネスの耳には、それが真実であると神の囁きが届いていた。
「なんと! では、今回の犯人は《六星派》だとでも言うのか!」
「それが事実であるならば、由々しき事態ですぞ!」
叫んだのは、マリューとスーラの二人であった。二人は事前にこの件を知らされており、今の状況を予想していたのだが、まるで初めて聞いたかのように驚き、そして、誤誘導を繰り出した。
二人はこの“六芒星”のことが、ヒーサの仕込みではないかと予想していた。それどころか、今回の一件がすべてヒーサの謀略ではないかとも疑っていた。
だが、証拠は一切なく、証人も悉く死んでおり、詰めることが難しかった。
《真実の耳》を利用して吐かせることもできなくもないが、残念なことにこの兄弟はすでに公爵家側から“二度も”賄賂を受け取っていた。一度目は事件直後に王都へ通報した際に有力者にバラまかれた物で、二度目はつい先日の会見の際にである。
もしここで公爵家を潰すような真似をしてしまうと、“共犯者”として裁かれてしまう危険があった。
ならばいっそのこと開き直り、ヒーサの用意した舞台に乗り、役者として出演して、“おひねり”でも貰った方がいいかと考えたのだ。
ヒサコとしては、二人の援護が入ったことを感じ取り、御前聴取における勝利を確信した。罪は《六星派》に被ってもらえることになりそうだからだ。
あとはいかにして、ヒーサとティースの婚姻を成立させるか、というところまできていた。
そして、さらなる一手を加えることにした。
「それと皆様、今一つ告げておかねばならないことがございます」
まだあるのか、と再びヒサコに視線が集中した。これ以上何を告げるのかと、皆が高る気持ちを抑えつつ、次なる言葉を待った。
「先程、六人の遺体と申し上げましたが、争った形跡がございましたし、爆薬が爆ぜた跡もございました。刃物で刺された死体もありました」
ヒサコは慎重に言葉を選びつつ、嘘の内容にならないよう言葉を発した。都合の良い事実や、晒しても問題ない情報を表に出していった。
「なんだろう、仲間割れか?」
「あるいは、暗殺に成功して用済みになった駒を口封じにでもしたのかもしれませんな」
スーラの発した言が正解だった。ただし、口封じを実行したのは《六星派》ではなく、目の前にいるヒサコであった。
「さらにもう一つ。公爵家の恥を晒すようで、口に出すのも恥ずかしいことなのですが、その六名の遺体のうちの一名、女性が含まれておりました。そして、その女性は公爵家の屋敷にて勤めております侍女、しかもヒーサお兄様の専属侍女をございました」
ヒサコの言う侍女とはリリンのことだ。ヒーサにとっては“人形”に過ぎない存在であり、割りとどうでもいい存在であった。生き残る機会を与えたにも拘わらず、結局はその命を散らせてしまった、その程度の存在だ。
(本気でリリンに全部おっ被せるとはね~)
トウとしては、ウザいとは言え、同僚に対する多少の同情心もあったのだが、ヒサコにはそうした感情が一切ないようであった。道具として使い、そして使い潰す。本当に“人形”であったのだと、思い知らされた。
「ヒーサ殿の専属侍女が《六星派》であっただと?」
「情報はそこから漏れていた、ということか」
またしてもマリュー、スーラからの援護射撃。悪い印象はとにかく《六星派》に押し付けてしまえ、という感じで周囲を誘導していった。
「ヒーサお兄様には専属侍女が二人おりまして、一人は当時は純粋な医者でありましたので、往診や薬草採取で出かけることも多く、外向きの仕事の補佐をしておりました。で、問題の侍女は、屋敷内の仕事を任されておりました。出かけることも多かったお兄様で、留守の間は時間や行動の余裕があったものと思われます」
ヒサコの説明も都合のいい部分を切り出したものだ。屋敷内を誰にも怪しまれることもなく動き回れる身分と時間的余裕、人々の疑惑はリリンの方へと向いていった。
「う~ん、情報収集しやすい位置に、《六星派》がいたわけか」
マリューは腕を組み、わざとらしく唸ったが、それを演技だと気付ける者はほとんどいなかった。
「ヒサコ殿、その侍女とやらは勤めが長いのか?」
「いえ、スーラ大臣、その者は屋敷で働くようになってから、まだ半年も経っておりません」
「では、今回の一件の仕込みとして、急に紛れ込んだ可能性もあるか・・・。内通者がいれば、手引きする者がいれば、策を実行するのに易くなるしな」
スーラの言葉を聞き、ヒサコは心の中でガッツポーズを取った。
この大臣兄弟の援護射撃は実に的確であった。自分で口にすると嘘になる部分があるため、《真実の耳》が発動している今の状態では言葉として出せないのだ。しかし、それを補完し、周囲を誤誘導してくれているのがマリューとスーラだ。
(いや、ほんと、こちら側に引き込んでおいて正解だったわ。あとでお礼を奮発しないとね)
無論、先方もそれを期待しての沈黙の連携である。報酬は惜しむべきではない。
そして、ヒサコは“とどめ”の一撃を入れにいった。
「皆様、私の方からは最後となりますが、一つだけ疑念がございます」
またもヒサコからの発言があると、皆が一斉に押し黙った。なにしろ、ヒサコが重要な発言をするたびに、秘密が暴かれ、事件の裏が見えてくるのだ。聞き逃してはならないと、誰しもが考えていた。
そして、静まったのを確認してから、ヒサコは再び口を開いた。
「伯爵が美物として持ち込んだ毒キノコなのですが、植物学にも精通されているお兄様が言うには、そのキノコは『一夜茸』というキノコなのだそうです。毒の効果は、どんな酒豪でもたちどころに下戸になる、とのことです」
「それはなんとも面妖なキノコだな」
「マリュー大臣の仰る通りです。面妖なキノコなのです。ですが、同時に美味しいキノコでもありまして、食べることは可能なのです」
そう言うと、ヒサコは身を翻し、再びティースの側まで歩み寄った。
また何か言ってくる気かと、ティースは身構え、それを見たヒサコはニヤリと笑いながら、質問をぶつけた。
「伯爵、御父君は下戸であったと聞いておりますが、間違いございませんね?」
「ええ。父は酒を飲めない体質のようで、いつも湯冷ましの水を飲んでいましたわ」
ティースの答えを聞き、列席者の何人かも頷いた。ボースンが下戸で酒が飲めないことを、何人かは知っているようであった。
「それゆえに、お兄様はこう疑っておいででした、『宴の席では酒精を取り込まぬよう、水でも飲んでいましょう。そして、このキノコを食べさせた後、適当な場面で酒を勧め、それを飲ませる。そうすれば、事情を知らぬ者の目からは、酒毒にて二人が倒れたように映りましょう。キノコを食べても平然としていれば、まず安全と思うでしょうから』とね」
「・・・! その言い方では、父を疑っているようではありませんか!」
ティースはまたしても激高し、ヒサコを睨みつけた。こうも父の尊厳を踏みにじられて何もできない自分が腹立たしいが、とことんまで愚弄してくる目の前の女が特に許せなかった。もし、剣でも帯びていれば、間違いなく斬りかかっていたであろうほど、ティースは怒りに支配されていた。
そんな態度を無視して、ヒサコは話を続けた。
「考えてもごらんなさい。公爵家の中にバカがいたのですから、伯爵家の方にいたかもしれませんよ」
「父が《六星派》と繋がっていたと言いたいのですか!?」
いよいよ我慢ができなくなって、ティースは再びヒサコに掴みかかろうとしたが、互いの従者が割って入り、どうにか押しとどめた。
(どこまで挑発したら気が済むのよ、あんたは!)
激発する度に割って入るトウとしては、さっさと決着付けて帰りたいと考え始めていた。
「だが、ヒサコ殿の言にも一理ある。ボースン殿が酒を飲めないのは、この場にいる何人もの列席者も知っている。酒を飲まないのであれば、例の毒キノコも害はない。一方で、マイス殿やセイン殿は酒を飲まれる。キノコの件が表に出なければ、バレずに暗殺成功となったかもしれん」
「実際、お二人は死んでしまいましたからな。まあ、ヒーサ殿が毒物に詳しく、そのまま見破られたのは御粗末ですが」
マリューもスーラも、伯爵家側を完全に犯人扱いをしていた。周囲の聴衆もそれに賛同する者も出始めており、ティースの立場はますます悪くなった。
だが、ここで引いていては本当に伯爵家が汚名の沼に沈んでしまうため、ティースも必死で頭を働かせて反撃を試みた。
「それだと、兄の死に矛盾が生じます! 仮に父が《六星派》と繋がっていたのであれば、なぜ兄を殺すような真似をしなければならないのですか! 明らかに矛盾します!」
「公爵家に仕掛け、バレずに引き上げることができればよかったのですが、ヒーサ殿に見破られて、ボースン殿は捕らわれの身。存在を知られたくなかった《六星派》がキッシュ殿を謀殺。息子の死を知ったボースン殿は、策の完全な失敗を知って自殺。矛盾はしておりませんぞ」
「まさに! 策が失敗したことによって、《六星派》が無能な協力者の口封じに動いた、とも考えられますな」
ここぞとばかりに攻め込むマリューとスーラであった。どのみち、勝ちは動かないであるのであるから、すでにさっさと引導を渡そうする段階に入ったのだ。
「待って欲しい、お二人とも。あくまで推察の域を出ていない。ティース殿にしろ、ヒサコ殿にしろ、どちらも“嘘”をついていないのだ。もう少し冷静になっていただきたい」
決めつけに入った二人と宥めたのは、ヨハネスであった。ヨハネスとしても、仇敵たる《六星派》が噛んでいる以上、徹底的に叩き潰したいと考えているのだが、今は事件の双方の言い分から客観的な結論を出すのが先決であった。
確たる証拠もなしに、印象だけ先行してはならないと、硬く戒めたのだ。
「しかしですな、枢機卿。ボースン殿が美物に毒キノコを忍ばせたという事実があります。異端共に協力したか、あるいは独自に動いたのかは分かりかねますがね」
「ですから、誤解だと言っているではありませんか、マリュー大臣! どこぞの村娘が父に毒キノコを掴ませたのです!」
「では、その村娘をさっさと連れてきてくださいな」
ここぞとばかりにヒサコが飛び出してきた。ニヤニヤ笑い、連れてこれるものなら連れてきてみろと言わんばかりの態度だ。
実際のところ、連れてくる必要もない至近距離に“村娘”がいるのだが、それに気付いている者は、この場にはいなかった。
なにより、村娘云々より、すでに《六星派》の方へ疑惑が向けられ、思考もそれに引っ張られている状態であり、興味を引く材料足り得なかったのだ。
「我が公爵領の人口はおおよそ二十万。そのうちの半分が女性で、さらに“娘”という縛りから、四分の一ほどが除かれたとしても、高々二万五千人程度でございますわ。存分にお探しあれ。協力は惜しみませんわよ」
しらみつぶしなら万単位の人間の調査をしなくてはならないが、それも不可能であった。なにしろ、“村娘”の目撃者が死んでおり、正確な容姿の判別ができないからだ。
ヒサコがおちょくるように述べているのも、それを熟知してのことであった。
ティースは結局、何も言い返せずに苦悶の表情を浮かべるだけであった。
「宰相殿、そろそろ結論を出してもよろしいのでは?」
議論はし尽くした、ヒサコは宰相のジェイクに結論を促した。
ジェイクとしてもそろそろ煮詰まってきており、結論を出したいところであったが、気がかりな点があったため、視線をヨハネスに向けた。《六星派》に絡む案件であるならば、教団の意向が強く働くため、意見を求めたのだ。
それを察して、ヨハネスも頷いて応じた。
「あの異端共がどこまで関与していたかは調査せねば分からぬが、この案件はすぐに本部の方へ送らせていただこう。後日それはお伝えいたします」
もはや《六星派》の関与を疑う者はいなくなっていた。それほどまでに、異端の浸透が問題視されており、影響拡大阻止に躍起になっているということだ。
ジェイクはその言を以て、まずは収められると判断した。
「陛下、議論、意見は出尽くしたようですが、いかがいたしましょうか?」
ジェイクは父王に対して採決を促した。御前聴取であるため、やはり国王自らの結論を述べてもらわねば、やはり締まらないのだ。
フェリク王は顎に手をやり、色々と考え込んで、そして、結論を口にした。
「此度の一件は大変痛ましいものであり、まずは犠牲者の冥福を祈りたい。そして、国内の不和が残らぬよう、シガラ公爵家、カウラ伯爵家は、手を取り合って和解いたすようにな」
どうとでも取れる内容の結論であった。なにしろ、《六星派》の動向が掴めぬ以上は、ズバッとした結論を言いにくいということでもあった。
とにかく、国内の騒乱は困るから、それだけはなんとかしてくれ、と当事者と各大臣に申し付けた格好となった。
そのとき、マリューが手を上げ、発言許可を求めた。
「陛下! その件につきまして、私に妙案がございます」
「うむ、申してみよ」
フェリク王に促され、マリューは席から立ち上がって国王に拝礼し、それからヒサコ、ティースの方を振り向いた。
「痛ましい事件であり、両家の和解こそ最重要であると、陛下が仰せられた。そこで、ヒーサ殿と、ティース殿の婚姻を行うべきだと提案したいのだが、どうであろうか?」
かくして、マリューの手によって、最後の札が場に登場する格好となった。
さあ、いよいよ総仕上げだ。ヒサコはいよいよ獲物に喰らい付く時が来たと、思わずペロリと舌なめずりをした。
~ 第十話に続く ~
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