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第九十五話  百家争鳴! 馬鹿は踊りて議論は進まず!

 ヒサコの腕の中には、この喧噪の中においてもなおスヤスヤと眠る赤ん坊がいた。

 名をマチャシュと言い、“表向き”はヒサコとアイクの息子となっていた。

 だが、その本当の親はヒーサとティースであり、すべては国盗りのための道具と演出のために、親子の縁を捨て去っていた。


(そう、全てはこの時のためだ!)


 自分の子供をヒサコとアイクの間に生まれた子供とし、王家の血を継いでいるように偽装した上で、輝ける玉座に座らせる。

 ヒーサにとっては、これぞ私の国盗り物語だと言わんばかりであった。


「待っていただきたい! 新国王の即位など、話が大きすぎます! そもそも、この場は陛下や宰相閣下の殺害に関する審議を行っていたのです。話が飛躍しすぎです!」


 そう言って場の混乱を鎮めようとしたのは、警備主任のコルネスであった。

 コルネスはすでにヒーサに通じており、王宮の警備を手薄にしたり、事前に配備状況や城内の情報を流したりと、完璧な裏切り者として暗躍していた。

 先程のカシンの介入に際しても、まんまと気絶を装って城内の混乱に拍車をかけるなど、見事な役者ぶりだとヒーサも感心したほどだ。


(だが、ここまでだろうな。そもそも、コルネスは台本を失った状態だ。あまり芝居を続けると、ボロが出てしまうな)


 コルネスはどちらかと言うと、臨機応変に動くことが苦手な方だと認識していた。

 ヒサコとして彼を麾下に加え、共に数多の戦いを経験してきた上での評価だ。

 ただし、入念に準備をして、手堅く戦う事に関しては非常に有能であり、その堅牢さに助けられたことは一度や二度ではなく、評価はむしろ高い方だ。

 ただ、今回は急な台本書き換えと言う、事前の通告なしの状況はコルネスが苦手とする場面であり、アドリブで長く演じさせるわけにはいかなかった。

 そこでヒーサは、チラッとマリューの方を見て、その視線を合わせた。

 こういう口八丁な場面こそ、マリューやスーラの活躍の場だと感じたからだ。

 特に言葉を交わすまでもなく、兄弟はヒーサの言わんとすることを察し、ヒサコに歩み寄った。


「お待ち下さいませ、公爵閣下にヒサコ殿。話が飛躍しすぎて、皆が混乱しております」


「左様。王位云々について、臣下が口を挟むなど、越権行為でありますぞ」


 兄弟揃って、ヒーサの対応を制する発言をした。


(よしよし、それでいい。銃口だけで政権を打ち立てると、反発もまた大きいからな。“形だけ”とは言え議論を挟み、“表向き”はやむを得ないという雰囲気を作っておかなくてはな)


 さあ、ここからだぞとヒーサは更に気合を入れた。


「すでに、王都騒乱に関しては、いくつかの証言に加え、実際に黒衣の司祭が乱入してくるというのを、この場の全員が目撃している。つまり、これに対抗するには、結束が必要でありましょう。帝国……、《六星派シクスス》に対抗するには、王国に新たな国王と、教団には新たな法王を、とな。法王は先の法王選挙コンカラーベにてすでに選出された。次は、王位について論ずるべき時だ」


 ヒーサはそう自論を述べ、同意を求めるべく周囲を見回した。

 スジとしては悪くはないが、強引過ぎるきらいがあり、素直にこれに同調する者は少数であった。

 それでも露骨な反対意見がでないのは、あくまで広間の中にいつ自分に向くとも限らない銃口がずらりと並んでいるからだ。


「公爵閣下の仰りようも分かります。ですが、それはあまりに性急!」


「せめて、サーディク殿下も輪に加えるべきでしょう」


 そう言って、二人はかなり強引にサーディクをヒサコの前に立たせた。

 現状、王位を継ぐ者があるとすれば、ヒサコの腕の中で眠るマチャシュか、サーディク以外に有り得ないのだ。

 サーディクは亡くなった国王フェリクの三男であり、上二人の兄が揃って亡くなっているので、“血筋”で言えば継承するのに問題はなかった。

 一方、マチャシュは亡くなった第一王子アイクの息子、と言う事になっている。

 だが、これは露骨に怪しい上に、ヒサコ、さらに言えばシガラ公爵家にとって、あまりに都合の良すぎるあやふやな情報であった。


「公爵、両大臣の言う通り、いくらなんでも性急すぎやせんか?」


 会話の輪に入って来たサーディクであったが、その姿勢はいかにも及び腰と言った雰囲気であった。

 はっきりと自身の危うさを自覚しているからこその、腰の引けた態度なのだ。

 サーディクの妻はセティ公爵家の出身であり、それを挟んでブルザーとは親戚関係にあった。

 実際、ブルザーは今回の動乱を気にサーディクを王位に推し、自身は外戚として権勢を振るう気でいたのは、周囲の人間ならば誰でも知っているところだ。

 本来ならば第二王子にして宰相であったジェイクが次期国王だったのだが、それが思わぬ形で退場となり、お鉢がサーディクに回って来たがゆえの行動であった。

 しかし、ここへ来てさらに事態が急変した。

 あろうことか、そのブルザーが黒衣の司祭だったというのだ。

 もちろん、ただ単にその姿を借り、何食わぬ顔で裁判の席にやって来たというのが真相なのだろうが、それでも周囲の人々の心象と言うものがある。

 ブルザーの弟であったリーベが《六星派シクスス》に属する黒衣の司祭となり、アーソの地で陰謀を巡らせていたという“事実”が周知されていた。

 そして、今回のブルザーの件である。

 やはりセティ公爵家は敵方に内通しているのでは、という印象が強くなってしまった。

 サーディクもまた、親戚関係にあるため、連座する形で心象を落としていた。

 これで新国王になったとしても、国内の結束と言うわけにはいかないのが現状だ。

 そんな混迷とした状況にあって、ただ一人冷静な者が一人。

 言わずと知れた戦国の梟雄・松永久秀である。

 聖人君子の兄ヒーサと悪役令嬢の妹ヒサコの顔を使い分け、ついに玉座に手をかけるところまでやって来た。

 さあ、最後の締めだぞと感情を抑えつつも、それは口から飛び出した。


「さて諸君、“議論”を始めようか。誰が志尊の冠を戴くべきか、とな」


 躊躇しがちな者達が多い中、ヒーサは事も無げにそう告げた。

 だが、躊躇している理由は他でもない。ヒサコとティースが率いていたシガラ公爵軍がいるからだ。

 広間の中から廊下に至るまで、あちこちにずらりと並び、その数、実に三百名。しかも、その半数以上が銃器を持っており、下手な行動は自身の体に風穴が空くことを意味していた。


「議論を始めようにも、そもそもの話が付いておりません」


「まとまりを欠くと言われますが、それならば、“まだ”分裂状態の教団の方はいかがされるのか!?」


 マリュー、スーラのこの言葉が開始の合図となった。


「大臣の仰りようも分かるが、教団のことは後だ。というか、私は僭称した法王の椅子に何の未練もないし、さっさと手放したいくらいだ」


「それでは、なんのための僭称だったのか!」


「教団の風通しを良くするために、あえて悪役を買って出た。まあ、実際のところは公爵閣下に押し付けられたと言うべきか」


「随分とまあ、回りくどい事を。こっちは財務を預かる身として、税制の変更の手続きに、どれほどの労力を割かねばならなかったのか、考えて欲しいものですな。経費も手間もバカになりません!」


「金! 金! 金! いっつもそれだね! もう少し大胆に生きてもいいんじゃない?」


「それを言えるのは、金のある者と、余裕のある者だけです。皆が皆、アスプリク殿のような生き方をできるわけではないのですよ。まして、無限に金貨が出てくる財布はないのです。一晩寝れば魔力が回復する術士のようにはいかないのですよ、財務を預かる者は!」


 議論の中心はアスプリク、ライタン、マリュー、スーラの四名であるが、次第にその熱に当てられてか、議論に加わろうとする者が増えてきた。

 その議論ははっきり言えば無軌道だ。まとめ役もなく、ただただ飛び出した言葉に対しての返答や異論をぶつけ、また別の言葉が飛び交う。

 財政に関する話、教団に関する話、王位に関する話、実に様々だ。

 ただ、国王、宰相の殺害に関することだけは、“きれいに”外されており、もうヒーサやアスプリクの非を鳴らそうと言う者はほぼいなくなっていた。

 ここでヒーサは一歩引き、議論に敢えて加わらず、全体を見渡せる位置に立った。


(フフフ……、まさに“馬鹿”だな。趙高の視点はこんな感じだったのだろうな)


 鹿を献じて馬と成し、馬と述べるは味方、鹿と述べるは敵とする。

 古代中国の秦において、重臣の趙高は皇帝に馬を献じると申し出て、あえて鹿を献じた。その鹿を見て、馬だと言う者、鹿だと言う者、それぞれ現れた。

 鹿を見て馬だと述べた者は、自分の権威を恐れて事実を捻じ曲げ、そうでない者は自分にへつらわない者だと判断した。

 今まさに、ヒーサの目の前では似たようなことが繰り広げられていた。


(マリュー、スーラの呼び水にまんまと誘われ、議論の輪に加わる。それはいい。問題はシガラ公爵家に敵意が向いているかどうか、だ)


 ヒーサが議論に加わらず、聞き手に専念しているのはこれを見極めるためだ。

 なにしろ、この空間にはシガラ公爵家の武装した兵がわんさといるのだ。それにも関わらず、公爵家に反発する意見を述べる者は、筋金入りの敵というわけだ。

 及び腰で批判的な態度の者もいるが、そうした者には、“脅迫”や“買収”の余地がある。

 多くの貴族や教団関係者が集まっているため、そうした“顔色”を見ておくことは、今後の政権運営を考えるに際しては、かなり有益な情報と言えた。


(誰を登用し、誰を廃するか、今しばらく“馬鹿の狂宴”を続けてくれ)


 議論はますます熱を帯びていくが、ヒーサは逆にどんどん冷めていき、じっくりとその光景を眺めることができた。

 そして、後はヒサコの腕の中にいるマチャシュを玉座に座らせるだけ。

 その“機”はもうすぐそこまでやって来ていた。



           ~ 第九十六話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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