第九十四話 颯爽登場!? 国王陛下の御入来!
激高するティースの剣で貫かれ、訳の分からぬままに絶命したロドリゲスは、無残な姿を大広間の床に血をぶちまけながら晒すこととなった。
あまりのあまりの出来事に呆気にとられ、周囲はシーンと静まり返った。
だが、その状況下で冷静に動ける者がいた。
他でもない。ティースの伴侶たるヒーサだ。
「この愚か者が!」
愛する妻に向かって剣を振るうヒーサ。
これは台本にはない行動であり、ティースは不意を打たれる形となった。
ロドリゲスを刺し殺して、気が落ち着いていた事もあってヒーサの一撃に反応できず、その斬撃によって自分が持っていた剣を叩き落とされてしまった。
さらにヒーサはそのまま体当たりを食らわせ、ティースを吹き飛ばした。
ティースは床に転がされ、それが“たまたま”マークが倒れているところであった。
「……っぅ! 何をするのよ!?」
「馬鹿者! 周りをよく見てみろ!」
ヒーサは倒れ込んだ妻を見下ろす様に激高し、これを大いに叱り飛ばした。
ティースはこれを睨み返したが、それ以上叫び返すのは止めた。というのも、ヒーサが自身の口にサッと指を当て、それから何事もなかったかのように、再び睨み返してきたからだ。
つまり、“黙っていろ”という事であり、ティースはそれを察して口を紡いだ。
そもそも、広間への突入前から、用意していた台本は破綻していた。マークとは一緒に突入する予定が、ヨハネスの誘拐の件で別行動を取る事となり、しかも何かしらの事情で殺されかける事態にまで発展したのだ。
(そう考えると、ヒーサの演技に合わせるのがいいわよね。なにより、〈真実の耳〉を持つ法王の前で下手に喋る方が危険だし)
ヒーサからの一撃くらいはまあ水に流そうと、落ち着きを取り戻すティースであった。
「さて、聖下、私の妻がとんだ粗相をしてしまいまして、まずはその点をお詫び申し上げる」
などと言いながら頭を下げてきたヒーサであったが、その顔は露骨に笑っていた。
状況を見れば、ヒーサに突っかかって来ていたロドリゲス、ブルザーの二人がまんまといなくなったのである。
むしろ、望ましいくらいであった。
ヒーサが不敵な笑みを浮かべるのもある意味で理解できたが、それを言葉や態度で表すとなるとまた別である。
真面目なヨハネスからすれば、当然これは糾弾すべき案件であった。
「公爵! これはいくらなんでもやり過ぎだ! 勢い任せに枢機卿を殺傷するなど、とてもではないが擁護はできんぞ!?」
「擁護も何も、降りかかる火の粉を払い退けただけで、その手がたまたま枢機卿の心臓を握り潰しただけですよ」
「過剰防衛にも程がある!」
「我が愛する妻の心中を察していただきたいものですな」
そう言うと、ヒーサは倒れ込むティースに歩み寄り、跪いてこれをそっと抱き締めた。
随分と芝居がかった仕草であり、ヒーサを良く知る面々からは、まぁ~た始まったよ、としか思われなかった。
「妻は我が子を抱き締める事ができず、幼き頃より側にいて全幅の信頼を置く侍女も、邪なる策謀によって失う事となった。今また残された弟のような従者を失っていい道理など、一片たりとてありません!」
ここの辺りの言葉選びも、ヒーサは慎重であった。
なにしろ、がっつり自分のやらかした案件が混じっているため、うっかり嘘の発言をしないようにする必要があった。
足りない言葉は相手の想像で補ってもらうという手口であり、優れた知性のあるヨハネスだからこそできる芸当なのだ。
なお、肝心のティースは、ほぼほぼお前のせいだろ、と夫の腹に一発拳を叩き込みたい衝動にかられたが、そこはどうにか堪えた。
そして、いつの間にかヒーサと同じくアスプリクとトウもティースに寄り添い、そっと肩に手を置いて、その境遇に同情する姿勢を示した。
また、ライタンとアスティコスはマークの傷の治療をしており、これにてシガラ公爵家の面々は勢揃いとなった。
そう、一人を除いてである。
「この混乱を収拾するためには、そうですな、“国王陛下”の御裁可をいただくというのではどうでしょうかな、皆様方?」
ヒーサより発せられたこの言葉に、大広間にいた面々は余計に混乱した。なにしろ、ここに集まっているのは宰相ジェイク並びに国王フェリクの殺害に関しての審議のため、集まっていたからに他ならない。
死者から裁可を聞くことなど不可能であるし、どういうことかとざわめいた。
「あ~、あれです。“新しい”国王と言うわけですよ」
「新しい国王だと!?」
「そうです、聖下。では、ご登場願いましょうか、新しい我らの陛下をお出迎えするのです」
そして、兵士らに護衛されながら大広間に入って来たのは、ヒサコであった。
率いて来た兵士らによって人ごみは押し退けられ、開けられた道をゆったりと、そして、手に持つ赤ん坊を見せ付けるがごとく、ゆっくりと進んだ。
「国王陛下、御入来! 国王陛下、御入来!」
ヒーサはまるで儀杖官による呼び出しのごとく叫び、ヒサコを迎え入れた。
どういうことかと人々の間には混乱が広がったが、ヒサコを取り囲む兵士は剣や銃で武装しており、これに異議を唱えられる者はいなかった。
(おまけに、一番突っかかって喚き散らしそうなロドリゲスとブルザーも、都合がいい事に退場しているからな)
ロドリゲスはティースに殺され、ブルザーはカシンが化けていたために本物は不在。どうにもこうにも都合がいいと、ヒーサはニヤリと笑った。
「皆々方! 礼を以てお出迎えせよ! 新たなる国王、マチャシュ陛下であるぞ!」
ヒーサはヒサコに抱えられた我が子の名を高らかに叫び、王として扱うよう周囲に迫った。
マチャシュは表向き、ヒサコとアイクの間に生まれた子供であるが、実際はヒーサとティースの間に生まれた子供である。
出産時に色々と偽装を施し、マチャシュがヒサコの息子である事を誤認させることに成功した。
真実を知る者はごく僅かであり、その全員がしくじれば共倒れと言う、一蓮托生になっていた。
「やめいやめい! 双方、大人しくしていただきたい!」
ここで止まるように動いたのは、“気絶”から回復したコルネスであった。
すでに事前の台本は意味をなさなくなっており、ここからは臨機応変な対応が求められる。
コルネスはまずもって流血沙汰を阻止すべく動いた。
(よし、それでいい、コルネス。本来なら、奇襲効果を用いて広間に乱入し、強引にヒサコを赤ん坊と共に玉座に座らせる。それに反発し、突っかかって来るロドリゲスを切り捨てて、周囲も同時に黙らせる手筈であったが、邪魔者二人はすでに消えた。であるならば、まずは混乱の収拾だ)
ここからは台本が役に立たない、ぶっつけ本番の茶番劇だ。
ヒーサの頭の中では、すでに新しい台本が用意されているが、それを周囲に伝えることはできない。
聴衆の目があるし、なによりヨハネスの〈真実の耳〉がある。
いくらヨハネスが自分寄りの立場と言えど、露骨な不正を握り潰すような真似は性格上有り得ないのは、今までの言動から明らかであった。
(そう、少なくとも、ヨハネスが黙認できるギリギリでなければならない。さあ、下剋上の舞台劇、その演目の“くらいまっくす”と行こうか!)
ヒーサとヒサコで紡いできた下剋上。国盗り物語のその終幕。
最後の大舞台がいよいよ最大の盛り上がりを見せる場面が来たと、戦国の梟雄・松永久秀は満を持してトリの部分に取り掛かった。
~ 第九十五話に続く~
茶人・松永久秀の息子の名前は抹茶臭(笑)
とまあ、冗談はさておき、マチャシュは中世ハンガリーの王様で、そこから名前をいただきました。
お茶っぽい名前で真っ先に浮かんだのだ(笑)
マチャシュは中世ハンガリーの最盛期を築いた王様で、ラテン語読みのマティアスの方が日本じゃ通っているかな。
水戸黄門みたく身分を隠して国内を放浪し、人々を救ったと言う伝説的な王様。
ハンガリー通貨『フォリント』の1000フォリント札の肖像にも用いられるほどの傑物です。
そして、『ドラキュラ』を作った男でもあります。
『ドラキュラ』はブラム=ストーカー先生の作品ですが、そのモデルとしたのがワラキア公ヴラド=ツェペシュ=ドラクルです。
そのヴラドを騙し討ちで捕らえて幽閉し、ドラキュラの下地になるレベルにまでヴラドの悪名を拡散させたのがマチャシュ王です。
つまり、マチャシュ王がヴラドを徹底的に貶めたことにより、後世『ドラキュラ』が生み出される下地が出来上がったと言うわけです。
その辺りの話を踏まえて書いた自分の小説『ボサボサ赤毛の眼鏡姫と吸血鬼になった少女』、もしよかったら読んでみてください(宣伝)
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