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第九十二話  沈黙! 神の囁きは聞こえない!

「俺は魔王なんかじゃない!」


 マークの発した言葉は、ヨハネスの耳に届いてしまった。

 ヨハネスは現在、〈真実の耳〉を発動している。耳に入って来た言葉の真贋を確認できる術式であり、これで数多の裁判での審議を執り行ってきた。

 そのヨハネスが狼狽と共にマークを見つめていた。


「マーク、お前は一体なんなのだ!?」


 何しろ、今ヨハネスは“初めて”の出来事に衝撃を受けていた。〈真実の耳〉を会得してより、神の囁きが彼に真実と虚偽を教えてくれていた。

 そして、その術が初めて機能しなかったのだ。


「沈黙……。そう、神の回答は“沈黙”なのだ。何も答えてはくれない。言葉の真贋を教えてくれる神の囁きが、何も聞こえない……!」


 それはあってはならない事だ。神の視点と思考があれば、あらゆる事象の白黒を付けれるはずである。

 人間の言葉を嘘か真かを判断するなど、神の力を以てすれば造作もないはずなのだ。

 〈真実の耳〉とは、その結果をこっそり術の使用者に神が囁く。それが術の仕様だ。

 答えが返ってこないなど、それは神を欺く何かか、神を超える何かか、とにかく超越的な力が働かないことには成し得ないはずであり、それがヨハネスを困惑させていた。


(なるほど……。神の回答は“沈黙”か。そもそも、“魔王”を誰にするかは、上位存在とやらが決めることになっている。だが、今回に限り、その権限を他人に付与し、誰になるかも神すら知り得ない。定まっていない未来、神とやらの意志が一切ない。知り得ないからこその沈黙! カシンめ、面倒事を置いていきおって!)


 ヒーサは倒れているマークに剣を向けたまま、そう結論付けた。

 結果として、マークが“魔王”かどうかは別にして、神が回答を拒否する何か得体のしれない存在であることがバレてしまった。

 存在を伏せておきたいヒーサとしては、隠しようのない失態となった。


(まったく、厄介なことになった。あれほど余計なことを喋るなと、全員に釘を刺しておいたというのに、よりによってお前が致命的な無駄口を叩くとはな)


 マークへの評価が高かっただけに、今回の失点は大きな失望を生んだ。

 最悪、このまま“処分”する事さえ考えるほどに、この失態は拭えないほどに大きかった。


「公爵、これはどういうことか?」


 当然ながら、ヒーサの所にヨハネスが寄って来た。


「これは、とはどう言う事でありましょうか?」


「審議の場に武器を持ち込んだことは……、まあ、緊急事態であったし、その点は流そう。だが、マークが魔王云々については、さすがに見過ごせんぞ」


 困惑の色は声の中に含まれているものの、ヨハネスはヒーサに不信感を募らせているのは明白であった。


「マークが魔王、という点については、ある程度、目星は付けておりました。ですが、確証を得るには至っていませんでしたので、保留と言う形を取っておりました。妻の従者、と言う事で手を出しにくかった、と言う点もありますが」


 この言葉には嘘はない。

 《魔王カウンター》で調べた時から、マークはアスプリクと並んで魔王候補筆頭なのだ。

 ここまで知られたからには、下手な庇い立てはできない。ヒーサの答弁もより慎重になっていた。

 なにしろ、まだ〈真実の耳〉が発動しており、下手な発言は言質を取られかねない危険な行為であり、嘘が無いように慎重に言葉を選んでいた。

 

「ですが、聖下のお言葉であれば、神の回答は沈黙。確定されたものではありません。魔王かもしれませんし、あるいはそうでないかもしれません」


「それはそうだ。だが……」


 このまま一思いに殺してしまえば、問題は解決するように思えた。

 神が答えぬ以上、嫌疑の段階ではあるが、魔王“かもしれない”存在が目の前にいる。そうとは見えないのは覚醒していないからであり、そうであるならば早めに処分をするのが、ある意味では現実的であった。


「それとも、マークをいっそ殺しますか? 嫌疑の段階で、あなたの命の恩人を殺してしまいますか?」


「待て、公爵! それとこれとは話が別だ。個人的な感情と、王国全体の危機は、離して考えねばならん」


「さっさと殺せ!」


 そう叫んだのは、ロドリゲスだ。


「なんとも本能的に気に入らん奴だと思ったら、よもや魔に属する者であったとはな! それも魔王か! とんだ食わせ者だ!」


「猊下! それはあまりにも短慮な判断! なにも確定するべき材料がありません!」


「黙れ! これは貴様の監督責任だぞ、公爵!」


 むしろ、こちらが本命の事情であった。

 マークを処断し、その責任者としてヒーサに巨大な首輪を嵌める。現状、シガラ公爵家を制御下に置くための唯一の手段だと、ロドリゲスは考えた。

 下手な処分をして王国の大幅な戦力低下となれば、帝国軍の侵攻に対して苦戦を強いられる形となるのは必至であった。

 ゆえに、シガラ公爵家の処分を抑え気味にしつつ、自分の影響下に置いておく必要があった。

 少なくとも、影響力を削ぎ落し、ヨハネス共々勝手な振る舞いを抑え込むための材料が欲しい。

 マークの件はまさに、いきなり天から降り注いだ幸運とすら感じ取れた。


「魔王こそ、教団最大の敵であり、神の名において倒すべき相手だ。それを知りませんでしたと、助けてもらったとは滑稽ですな、法王!」


「なんだ、その言い方は! これみよがしに文句を垂れおって! そもそも、お前が招き入れたセティ公爵が黒衣の司祭であったとは、これこそ説明を要するのではないか!?」


「魔王と言う大事の前には、その程度のことなど小事ですな」


「確定している事象より、あやふやな情報に踊らされるとは、いささか見識を疑うな」


 法王ヨハネス枢機卿ロドリゲスの口論が始まり、周囲はただただそれを見守る事しかできなかった。

 その裏でヒーサは周囲をぐるりと見回し、“条件”が整ったことを確認した。


(カシンの乱入のせいで、かなり台本の書き換えが必要になったが、どうにかならなくもないか)


 倒れたまま呆然とするマーク、すでに束縛から解放されてただ立っているだけのアスプリク、アスティコス、ライタンと、それを開放した女神トウ

 そして、なにより重要なのは、先程の戦闘に巻き込まれて吹き飛ばされた、地面に転がって気絶している“ふり”をしているコルネス。

 形としては、“成った”のだ。

 そして、喧騒が近付いてきた。先程の騒動でこの場には気付いていない者も多いが、もう武装蜂起クーデターは始まっていた。


「ロドリゲス猊下! マークを殺す事だけはなりません!」


 口論に割って入り、かつ広間の外にまで響き渡るほどの大声でヒーサは叫んだ。

 まさにその瞬間であった。

 銃や剣で武装した数十名の集団が広間に乱入してきた。

 しかも、その先頭に立ち、真っ先に突入してきたのは、ティースであった。

 何事かと思うが、武装して乱入してこられたため、怖くて何もできない者が大半だ。

 こういう時のために警備兵を配置していたのだが、その警備主任であるコルネスは都合の悪い事に床に倒れ、“気絶”していた。


「ロドリゲス猊下! マークを処断することはなりません! どうかご寛恕の程をお願い申し上げます!」


 妙にマークの助命を、これみよがしに言い放つヒーサに、周囲は怪訝に感じた。

 だが、それは前振りに過ぎなかった。


「お前かぁ! マークを殺そうとしたのは!」


 剣を握っていたティースが、怒りをあらわにした形相でロドリゲスに向かって突っ込み、その走り込む勢いのまま、煌めく刃でロドリゲスの体を貫いた。

 あまりに突然の出来事に、誰も割って入る事が出来ず、事を成してしまった。


(台本は書き直した。ティース、予定通りロドリゲスを始末してくれたな。これで成ったぞ、下剋上は)


 力なく崩れ落ちるロドリゲスを見ながら、ヒーサはニヤリと笑った。

 息絶え絶えに走り込んできた麗しの妻を抱き締め、その労をねぎらってやりたい気分であったが、まだその時ではない。

 玉座をきっちり手にするまでは気を緩めない。ヒーサはそう思いながら、剣を握り直し、愛でるべき伴侶に向かって剣を振るった。



           ~ 第九十三話に続く ~

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