第九十一話 魔王降臨!? 暴かれた真相!
“魔王”、それは世界に破滅をもたらす者。
恐るべき存在であることは説明するまでもないが、どこにいるかは皆もよく知っている。
現在、カンバー王国に隣接するジルゴ帝国は皇帝即位によって湧き立ち、王国への侵攻を企図していた。
その皇帝が“魔王”を名乗り、王国を虎視眈々と狙っている、それが“表向き”な状況であった。
だが、それは“欺瞞情報”であり、ごく一部の者は知っていた。“真なる魔王”は、この王宮の大広間にいる“アスプリク”か“マーク”であることを、だ。
ゆえに、マークを指さし、“魔王”と言い放てるのは、その裏の情報を知っている者だけとなる。
この場にいてもおかしくなく、かつ堂々とそれを糾弾の文言として言い放てる者は、“自分達を除けば一人”しかいない。
(間に合うか……!?)
ここでヒーサは伏せていた切り札を使用した。スキル《入替》だ。
本体と分身体を入れ替える効力があり、これを用いて、ヒーサとヒサコを交互に変換し、どちらをメインで動かすかを決め、色々な場面で応用してきた。
今はこの審議が行われている大広間にいるヒーサが分身体であり、王宮の外で武力介入の機を窺っているヒサコが本体となっていた。
この状態で裁判に臨んだ理由は二つある。
一つは“逃げる”ためだ。
分身体は本体と見えざる糸で繋がっており、魔力供給を受けることで体を維持している。裏を返せば、魔力供給を断ってしまえば、即座に煙のごとく消えることができるのだ。
もし、審議の席で不測の事態が起こった場合、最悪自分だけでも逃げれるようにと、すぐに消えることができる分身体での出席を行ったのだ。
もう一つの理由は“攻める”ためだ。
攻撃するには武器が必要だが、牢屋に入れられその後に裁判と言う流れでは、当然ながら武器の持ち込みは不可能であった。
それを可能にするのがスキル《入替》だ。
本体の側には必ず“女神”が存在する。そのため、《入替》で本体と分身体を入れ替えると、女神もまた同時に付いてくるのだ。
その際、手に持てる程度の荷物であれば同時に移動してくるので、その特性を生かして携えた武器を運ぶことができた。
今回もそれを狙い、女神を運び屋として、まんまと武器の運び入れに成功した。
「トウ、急げ!」
スキル発動と同時に現れた女神に枷を突き出した。
なお、こういう場面になることも考え、女神は“緑髪のテア”の麗しい姿ではなく、“赤毛のトウ”の状態で待機させていた。
〈瞬間移動〉が使えるのは“赤毛のトウ”であると、一部の人間には説明しているため、テアとトウが同一存在だと察知されないための措置であった。
「あ~、もうメチャクチャじゃない!」
悪態つきながらも、女神もまたやる事はやっていた。
トウが持ち込んだ武器は二つ。炎の剣『松明丸』と神造法具『不捨礼子』だ。
炎を吹き出す剣にてまずはヒーサの枷を焼き切り、そのまま剣を渡した。
そして、神の力が宿りし鍋を振りかざし、アスプリクの枷を叩いた。
アスプリクに嵌められている『術封じの枷』は闇属性の術式を宿らせていた。闇属性は本来禁術ではあるが、こうした特殊な枷などを作り出すために、特別な許可を得た術士のみ使用が許されていた。
闇属性を吸収する『不捨礼子』の一撃によって、枷に付与されていた闇の力が消え去り、ただの枷となった。
そうなれば、後は造作もないことであった。封じられていた魔力の流れが全身に行き渡るのを感じ取ったアスプリクはすぐに魔力を活性化させ、生み出した炎で枷を焼き切り、完全に自由を得た。
そして、即座に“あいつ”に向けて放つための術式の詠唱に取り掛かった。
さらに、トウはアスティコスとライタンにも嵌められていた『術封じの枷』を鍋で叩き、こちらの魔力も打ち消した。
ただ、ライタンは何がどうなっているのか理解できておらず、他ほど動きが芳しくなかった。
なにしろ、“魔王”について知っているのは、この場ではヒーサ、トウ、アスプリク、アスティコス、マークの五名である。
あとは、それを告げてきた“ブルザーの偽者”だ。
「炎よ!」
ヒーサは剣の先から炎を呼び出し、周囲が巻き添えを食らうのもお構いなしに、ブルザーに向けて燃え盛る炎を撃ち出した。
炸裂する炎、巻き添えを食らって転げ回る人々。いきなりの阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
だが、ブルザーには命中しなかった。
ブルザーは軽やかに跳躍してかわし、重力が反転したかのよう天井に逆さまで“着地”した。
「ひどいな~。巻き添えなどお構いなしに一発かましてくるとは。シガラ公爵は今少し“自重”という言葉を覚えた方がいいのではないかな?」
天井に逆さから立つ異様な光景に、人々は驚愕の視線をブルザーに向けた。
ヒーサの放った炎から逃れつつも、視線はやはり天井に釘付け状態だ。
「迂闊であったわ! よもやブルザーの姿を借りて、中に紛れ込んでいようとはな、カシン!」
ヒーサは今一度、剣から炎を撃ち出した。
だが、カシンは天井に逆さ立ちした状態のまま、飛んできた炎を掴み、かき消してしまった。
「残念だが、純粋な術士でない君と私とでは、練度に差があるからな。単純な術の撃ち合いでは、絶対に勝てないぞ」
「なら、これならどうだい!」
今度は炎で形作られた二本の鞭がカシンを縛り上げた。炎を消すために突き出していた右腕と、さらに胴体に巻き付き、これを締め上げた。
「おやおや、もう『術封じの枷』を外したか。なるほど、やはりその鍋はこちらにとっての脅威となるな。本当にデタラメな力だよ、まったく。予定外にも程があるというものだ」
カシンの見つめる先には、トウとその手に納まっている輝く鍋があった。幾ばくかの情報を得ていたが、やはり正真正銘の神造兵器は尋常ではないというのが、目の当たりにした率直な感想であった。
「とはいえ、こちらも目的を果たした。そう、最後の“騒動の種”を撒くと言う作業がな」
「余計な事を……!」
よもやこの段階で仕掛けてくるとは、ヒーサとしても準備不足が否めなかった。
正面切って戦えば勝つ自信はあるが、こうも幻術を用いて搦め手ばかりを攻め立てられるのは、どうにもこうにも気に入らなかった。
「減らず口はあの世とやらで騒ぐこった! 炎よ!」
炎の鞭がさらに燃え上がり、縛り付けるカシンを焼き尽くそうと、さらに勢いを増した。
「クハハ! これはたまらんあぁ! あいにく、私は誰かを縛るのは好きなのだが、縛られるのは御免こうむる」
「いつまでそんな強がりが言えるかな!?」
「お~、怖い怖い。そんなに睨まんでくれよ、火の大神官よ。共に一夜の逢瀬を楽しんだ仲ではないか」
「……殺す!」
アスプリクの怒りがそのまま具現化したかのように、燃え上がる炎は広間全体を焼き尽くす勢いであった。
人々は慌てて逃げまどい、急いで部屋から出る者で扉付近が大渋滞になっていた。
あるいは、冷静に術士の側に駆け寄り、防御結界に守ってもらう者もいたりと様々だ。
ヒーサはと言うと、アスティコスやライタン、マークと共にトウに寄り添い、突き出された鍋の力で炎を防いだ。『不捨礼子』には〈焦げ付き防止〉というふざけた名前のスキルが備わっており、火属性に対する完全防御性能を有していた。
そして、それは弾けた。炎の鞭によって、焼けると絞めるを同時に味合わされていたカシンが、血飛沫のような汚い花火のごとく爆発四散した。
「……いや、まだだ!」
飛び散る飛沫を目の当たりにしながら、ヒーサは勝ちを確信しなかった。
アスプリクはそれに素早く反応し、その飛沫に向かって縦横無尽に炎の鞭を振るった。
だが、それはあまりにも数が多すぎた。
飛び散る飛沫は次々と“鼠”に姿を変えていき、四方八方へと散っていった。
「なんだ、これは!?」
アスプリクも必死で鞭を振るうが、その数は何十、何百という数の鼠である。当てるのには的が小さく、動きも俊敏であり、しかも広間にはまだ人がいるので、部屋ごとまとめて吹き飛ばすというわけにもいかなかった。
とても対処しきれる数ではなかった。
「フハハハハハ! ここでの仕事は終わった! では、また会おう、諸君!」
あちこちから声が響き、“どの”鼠が発したか分からぬ高笑いがこだました。
だが、ここでマークが飛び出した。
アスプリクが振り回す炎の鞭も掻い潜り、一目散に“それ”に向かって突っ込んだ。
持ち前の俊敏さはチョロチョロ動く鼠の速度さえものともせず、飛び付き、そして、掴んだ。
「見つけたぞ、間抜けめ!」
マークが掴んだのは一匹の鼠。ただし、周囲を走り回る鼠より、一回り程大きい個体であった。
そして、周囲の鼠の群れは一斉に“逃走”から“迷走”に変じた。
「な、なんだと!? あの数の群れから、“私”を見つけ出して掴んだだと!?」
「そう言う風に訓練を受けている。迂闊だったな、黒衣の司祭!」
マークは掴む手に力を入れていき、鼠を握り潰さんとした。
「ま、待て! ここで私が死んでは、計画が……!」
「知った事か! 俺は……、俺は……、魔王なんかじゃない!」
込められた力が許容限界を超えたのか、鼠はぐちゃりと握り潰されてしまった。
べっとりと血肉がマークの手にこびり付き、指と指の隙間から床へと零れ落ちた。
だが、その“勝利の余韻”に浸る時間すら与えてはもらえなかった。
まさに一瞬の出来事。
“ヒーサ”が“マーク”に向かって剣を繰り出し、斜め上から勢いよく本気で振り下ろしてきたのだ。
咄嗟の事ではあったがマークはこれをかわしたが、そのまま剣は軌道を変えて横に払われ、足を斬られてしまった。
これで自慢の俊敏さは損なわれ、床に転がってしまった。
「この愚か者! まんまとカシンの奸計にハメられおって!」
床に倒れたマークを見るヒーサの表情は、失望と怒りの入り混じった複雑なものであった。
そして、気付いた。先程握り潰したはずの手から、“鼠”の血肉と不快な温もり、その一切が消えてしまっていることに。
そう、これもまたカシンの作り出した幻。マークを誘き出すために、それっぽい偽者を作り出し、“わざと”掴ませたのだ。
だが、ヒーサの怒るところがマークには分からなかった。何をそんなに、しかも斬り殺さん勢いで攻撃されたのか、いまいち掴めなかった。
「マーク、お前……」
そう呟いたのは、側にいたヨハネスであった。
そこでマークは気付いた。
「俺は魔王なんかじゃない」、この台詞を〈真実の耳〉に拾われた事を。
(や、やられた! やらかした!)
マークは愕然として、斬られた痛みなど吹っ飛ぶほどに打ちひしがれた。
普通ならばまず分からないほどの“それっぽい鼠”を用意し、マークの目の良さを利用して誘き出す。
その上でマークにわざと捕まって、勝利を確信させる。
怯えた演技をして図に乗せ、相手を勝利に酔わせ、同時に“計画”という一部の“真なる魔王”を知る者だけが察する言葉を用いて、魔王を意識させる。
そして、否定。恐怖から来る無意識の吐露が、魔王を否定する言葉を紡ぎ出した。
勝った、片付いた、そう思い、油断してしまったマークの失策であった。
「フハハハハハ! 今度と言う今度こそ、“全て”片付いた! では、本当に退散させてもらう! 小僧、覚えておくと良い。“勝った!”と思った瞬間こそ、もっとも隙が生じるのだよ!」
反響する高笑いと共に、カシンの気配は消えていった。
もはや走り去る鼠の群れを追走するのは不可能であった。四方八方に散らばり、いよいよ紛れ込んだカシンの姿を捉えれなくなった。
なにより、マークに注がれた疑惑の視線が、場の混乱に拍車をかけており、もはやどうすることもできない状態となった。
「て、敵襲~! 敵襲だぁ!」
少し離れた見張りの櫓から、城内全域に響き渡る警告が発せられたが、その叫びに気を回せる者は、大広間には“ほぼ”いなかった。
誰も彼もがマークと、それに剣を向けているヒーサに注目し、それどころではなった。
~ 第九十二話に続く ~
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ヾ(*´∀`*)ノ




