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第九十話  審理再開! 今度こそ真相を求めて!(5)

「つまるところ、ここにいる全員が黒衣の司祭が見せた幻に、まんまと騙されていたというわけだ」


 ざわめく大広間にて、嘲るようなヒーサの声が思いの外に響いた。

 同時にそれは出席者全員の神経を逆撫でする事になり、揃って渋い顔になった。


「我らシガラ公爵家は、帝国の侵攻に対して必死にこれに当たって来た。当然、これを快く思わぬのは帝国側だ。そちらに所属する《六星派シクスス》が邪魔な存在として、私やヒサコ、あるいはアスプリクを排斥しようと、今回の一件を仕組んだ。結果として、それは大成功だったと言うわけだ」


 ヒーサは手を掲げ、ジャラリジャラリと自らを縛る鎖や枷を見せ付けた。


「なにしろ、こうしてまんまと無実の罪で枷をハメられ、裁かれようとしているのだからな。いやはや大したものだな」


 もはや言いたい放題であり、審議席の面々の大半はバツの悪そうな顔をしていた。

 ヒーサとその支持者シンパを一網打尽にし、勢力を塗り替えようとしていたら、その行動そのものが異端派の仕組んだ策謀であったことが、今回の裁判において判明してしまった。

 かつてであれば、このまま押し切ってしまい、死人に口なしとばかりに、被告席の人間を処刑してどうとでもできた。

 だが、今は違う。教団は勢力を落とし、権威も権力も陰りを見せていた。

 しかも、晒し者にするためと招き寄せた貴族らがいるため、そのようなあからさまな冤罪による処刑もごまかしようがない。

 それが分かるからこそ、渋い顔を浮かべる者が多いのだ。


「だ、だが、『教団大分裂グラン・シスマ』の件はどう弁明する気だ!? あれのせいで、国内にどれほどの不和をもたらしたのか、説明したらどうだ!?」


 食い下がるロドリゲスであったが、それのヒーサに言わせれば醜い悪あがきに過ぎなかった。


「少々騒ぎ過ぎのきらいもあるが、結果として教団の“悪癖”が世に晒され、風通しが良くなったのだ。あいにくと、私はな、十歳の女の子を嬲って面白がる趣味はないのだよ、枢機卿」


「き、貴様!」


 教団幹部がアスプリクに対して行った不埒な真似は、すでに多くの人間が知るところである。

 今までであれば教団の権威を恐れ、口を紡いでいたであろうが、それに対して真っ向から糾弾する声を上げたのが、他でもない、ヒーサなのだ。

 しかも“十分の一税廃止”という、あまりに甘美な餌まで用意し、実益を伴った改革と糾弾を成し、人々の支持を得ていた。

 ここでヒーサを“無実の罪”で糾弾しようものなら、もうそれは教団の理念や存在意義を捨て去り、ただの利益団体に成り下がる事を意味していた。

 そして、それに断固たる拒絶を示したのがヒーサであり、そして、それを実際に形あるものにするのが、法王ヨハネスなのだ。

 ジェイクを欠くこととなったが、改革の意思に変わりなし。

 ヒーサはしっかりとその信念を、この場において表明した。


「待った!」


 ここでさらに食い下がって来たのが、ブルザーであった。

 またかよ、と思う者も多く、進行役のマリューも本気で御退席願おうかと考えたほどだ。


「裁判云々はこれでほぼ決着したと見ている。その点で異論はない。だが、法王聖下にお尋ねしたい議があります!」


「私にか?」


 ヒーサに突っかかるかと思いきや、まさか自分に質問が飛んで来るとは思わず、ヨハネスは首を傾げた。


「それで、いかなることを尋ねたいのか?」


「そもそも《五星教ファイブスターズ》はいかなる理由で成立し、今もこうして存続しているのでありましょうか?」


 ブルザーの質問は、あまりにも意外で、同時に無礼極まる質問であった。

 教団の最上位に位置する法王に向かって、お前達はなぜいるのか、と尋ねたようなものであったからだ。

 これにはさすがにブルザーと親しい教団関係者も眉を吊り上げ、彼を睨み付けるほどであった。

 だが、ヨハネスは冷静であった。

 そうした動きを制した上で、自らの信念のもとに、ブルザーに向き合った。


「歴史の授業を長々するつもりはないが、教団の歩みは数百年に及び、その間、王家と手を携えて、困難に立ち向かってきた。特に、各地を跋扈していた怪物達を退治するのに、教団に所属する神官、術士の活躍は語り尽くせぬほどだ。近年は図に乗って横暴に振る舞う者もいるのは嘆かわしい限りだが、基本的には脅威となる外敵を倒し、神の恩寵を世に知らしめることだと私は考えている」


 守旧派への牽制を入れつつ、当たり障りのない文言で、ヨハネスは教団についての講釈を述べた。

 とはいえ、当たり障りが無いゆえに誰も驚かないし、反応もない。そこいらの童でも知っている話だ。

 せいぜい、守旧派の一部が不快感を顔に出す程度であり、周囲の反応は至極当然であった。

 問題があるとすれば、なぜこんな当たり前の回答が来るようなことを、ブルザーがヨハネスに投げかけたのか、この点にこそ謎であった。


「聖下よりの直々の講釈、痛み入ります。ゆえにその御答えに矛盾と言いましょうか、大いなる疑問が生じるのです」


「矛盾? 疑問?」


 ブルザーが何を言わんとしているのか分からず、ヨハネスも反応に窮した。

 今口にした言葉のどこに問題があると言うのか、それが全く分からないからだ。


「では、その疑問について述べましょう」


 ブルザーはゆっくりと焦らす様に手を上げ、そして、ある人物を指さした。

 その指先が指し示す先にいたのは、“マーク”であった。

 軟禁されていたヨハネスを救出し、この場に連れてきた張本人であり、審理の場を邪魔しないよう隅の方で控えていたのだ。

 なぜ従者の少年についてブルザーが疑問を投げかけるのか、それは全員が理解しかねたが、その口より飛び出した事は事態を急変させた。


「なぜ、教団の最高位に位置する法王ともあろう御方が、“魔王”の手によって助けられたのでありましょうか?」


 その言葉がブルザーから飛び出すと同時に、弾かれるように二人が動き出した。

 ヒーサとアスプリクだ。

 どちらも椅子を蹴飛ばす様に立ち上がり、ヒーサはブルザーに向かって飛び掛かり、アスプリクは近くの衛兵に駆け寄った。

 そして、そのどちらも“してやられた!”と顔に描かれているほどの、焦りの色で埋め尽くされていた。


「さっさと僕の枷を解け! “また”逃げられてしまう!」


 アスプリクは自身にハメられた枷を差し出し、早く外すようにと催促した。

 駆け寄るヒーサ、慌てるアスプリク。そのどちらにも視線が注がれ、どういうことなのかと困惑する暇もないほどの状況の変化であった。

 そして、注意して耳を澄ませていた者は、どこかで犬の遠吠えが聞こえてきた事に気付いたが、それに気を回す余裕など、今の劇的な場の変化の前にはどうでもいい事であった。



           ~ 第九十一話に続く ~

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