第八十八話 審理再開! 今度こそ真相を求めて!(3)
“元”火の大神官アスプリクが異端派《六星派》に通じていた。その告白は当然ながら、とんでもない大爆発を起こし、場は騒然となった。
「なんたる事か! 厚顔無恥とはまさにこの事!」
「仮にも、火の大神官という要職にあった者が、異端派と通じているなど言語道断!」
「恥を知れ、恥を! この魔女め!」
その場にいた教団関係者は色めき立ち、これでもかというほどにアスプリクをなじった。
それは審問しているヨハネスも同様で、不機嫌さを隠すことなくアスプリクを睨み付けた。
「静粛に願います! 審議が進みません!」
マリューは騒ぎ立てる者達を宥めた。
同時に、チラリとヒーサに視線を向けた。
ヒーサは全くの無反応。何か喋るでもなく、アスプリクを庇ったり、あるいは暴発者を制したりする動きが一切見られなかった。
(と言う事は、この流れは予定の内、あるいは余裕で巻き返せる範疇だということ。ならば、こちらも動く必要はないか)
横槍を入れることはできたが、そうする必要はないと感じ、マリューは静観し、あくまで会の進行を務めるに留めた。
審議席にいるスーラも同様に、その空気を読み取り、動かずに事の成り行きを見守る事とした。
「それで、いかなる意図を以て異端派に通じたのか?」
ヨハネスとしても、目の前の見知った少女が異端派に通じていたことに怒り心頭であったが、審議席の頭の固い連中とは違い、その怒りを抑える術を心得ていた。
ここでそれを話したと言う事は、それと今回の事件に繋がる“何か”がある。それを聞き出すのが先だと、感情のうねりを必死で抑え込んでいるのだ。
「僕があちらに靡く理由くらい、説明しなくても分かるだろ?」
「まあ、それもそうだな」
アスプリクとヨハネスは揃って、審議席の法衣の集団に視線を向けた。
アスプリクは十歳の時に教団に放り込まれたが、突出した術の才能を有し、みるみるうちに頭角を現した。庶子とは言え、王家の出身でもあるし、トントン拍子に階級を上げ、入団後の僅か一年程度で火の大神官にまで上り詰めた。
だが、そこからがアスプリクにとっての“本当の”地獄であった。
半妖精にして白化個体という極めて特殊な容姿に、王家の血脈と言う本来なら犯すことのできない高貴な血筋。それらが一部の幹部の欲情を刺激した。
修行と称した愚劣な行為がアスプリクの身に降りかかり、無垢なる白き乙女は汚された。
それ以降、アスプリクは前線で亜人や、あるいは悪霊達と戦っているか、汚れた聖なる山でクズ共の欲情を満たすための贄となるか、その繰り返しの生活となった。
ヨハネスは王宮に出仕していたため、聖山での出来事は知らなかったが、知った後ではそれに対する明確な怒りを示していた。
現に、法王就任後の人事の刷新で、その愚行に携わった幹部連中は、真っ先に閑職に追いやるなど、アスプリクへの溜飲を僅かばかり下げたりもしていた。
ゆえに、アスプリクとヨハネスは“バカ共に一発かます”という点では誰よりも協力できる状態にあり、今もこうして旧態依然とした連中には、不快感を隠そうともしなかった。
「でも、僕一人じゃどうにもならないし、結局は悶々とした日々を過ごしたんだけど、すぐに転機が訪れた。三年前のアーソでの一件だ」
「三年前のアーソ……か。確か、小鬼族の大規模な襲撃があり、現地でかなりの被害が出た事件だったな」
「そう。その“裏”の事情も、もちろん調べは付いているよね?」
「うむ。前領主のカイン殿の息子イルドが亡くなり、しかも奮戦して敵を押しとどめたというのに、偶然その場に居合わせた教団幹部が、『もっと早く助けに来ないか!』と怒鳴り散らして、その遺体を足蹴にした件だな。全くもって、バカな事をしたものだと、報告を聞いた時は耳を疑ったほどだ」
ヨハネスも呆れ果てた出来事であり、アーソの住人が反発するのも当然かと思っていた。
「で、その話にはもう少し奥があるんだ」
「奥とな?」
「ああ。その怒り狂っていた僕やアーソの人達の前に、黒衣の司祭がやって来たんだ」
「む……。つまり、その際にお前やアーソの人々は、黒衣の司祭の誘いに乗る形で、異端派に鞍替えした。そう言うのだな?」
「そうだよ。それが僕らに転機をもたらしたきっかけだ」
それで、ヨハネスは状況を掴むことができた。
無論、寝返り行為を正当化するつもりはないが、同情的になる部分も存在した。なにしろ、アスプリクにしろ、アーソの人々にしろ、寝返るきっかけは間違いなく教団側の不手際や愚行に起因しているのだ。
「フンッ! 馬脚を現すとはこういう事を言うのだな! 神の教えに泥を塗り、異端派に鞍替えするなど、許されるべきことではない! 即刻処刑すべきだ!」
「へぇ~、そう言う事を言うんだ。ロドリゲス、じゃあ聞くけどさ、十歳の女の子を寄って集って嬲るのが、神の教えだって言うのかい!?」
「今はそんな事など聞いてはおらん!」
「その態度が、“根”の部分だってまだ気付かないのか! 自身の悪行を棚に上げ、それどころかさも当然のごとく傍若無人に振る舞い、人々には神の教えだなんだと言っては無理を通す! それが反発を生む原因なんだぞ! 《六星派》が一向に減らないのはそれなんだよ!」
アスプリクとしては、この件では下がるつもりは一切なかった。
反省して詫びを入れてきた兄ジェイクと違い、謝罪も反省もなく、問題を棚上げした挙げ句、逆に糾弾してくるような愚劣な連中なのだ。
こんな連中と話している事すらアスプリクには不快であり、相応の相応しい惨めな最期を遂げてもらわねば気が済まないのだ。
そんな怒り狂うアスプリクに、その荒ぶる心を宥めるかのように優しく頭に手を添えてきた。いつの間にかアスプリクの側に立っていたヒーサだ。
「アスプリク、もう十分だ。ここからは私が代わろう」
アスプリクが見上げるヒーサの顔は無表情だった。
こういう表情をするときのヒーサは、決まって憤激していることをアスプリクは知っていた。
(心の内に溜め込んだ熱量に反して、表に出る行動や態度がどんどん冷たくなる。前にいた世界でもそうだったのかな?)
怖くも感じるヒーサの雰囲気に、アスプリクは大人しく引き下がることにした。
怖いし、なによりヒーサが進んで前に出てきた以上、自分がとやかく言わずとも、相手を蹴散らしてくれそうな気配を漂わせていたからだ。
「聖下、御存じの通り、私はアスプリクやアーソの人々、つまりあなた方教団が言うところの《六星派》に与する、あるいは鞍替えした者と浅からぬ関係があります」
「そうだな。公爵の領地で、それらを次々と引き受けているからな。《六星派》の巣窟とまで揶揄する輩までいるくらいだ」
「そう、それです。それこそが教団関係者の浅慮の証拠なのです。あまりにも現地の実態を把握していないと言わざるを得ない」
ヒーサは審議席にいる教団関係者を睨み付けた。
そのあまりの気迫、あるいは震えるほどの冷淡な瞳に気圧され、思わず椅子から転げそうになる者までいるほどだ。
「貴様らが《六星派》などと呼ぶ連中、そんな者はどこにもいない! 貴様らがやっている異端狩りとは、己の影に己自身で棒を打ち据えるという、無意味な行動なのだ!」
「なんだと!?」
「邪教を有り難がり、闇の神を崇拝し、魔王の降臨を望む狂信者、それがお前らが抱く《六星派》の姿だろう。だが、私、ヒーサ=シガラ=ディ=ニンナが断言する! そんな言動をする奴は、シガラ公爵領においても、あるいはアーソ辺境伯領においても、“たったの二人”にしか出会っておらん!」
これは間違いなく本当の事であった。
カシンと“リーベ”を除けば、誰一人として魔王の復活を声高に叫ぶ者はいなかった。
なお、リーベは完全に操られてそのように喋らされていただけだが、実際に当人の口から“魔王復活”云々について話しているので、〈真実の耳〉の真贋判定をすり抜けた。
(まあ、ヒサコ視点だと、帝国領での戦場で出会ってはいるが、あくまで戦っただけで、その思想には触れておらんからな。よく分からん。が、結局、《六星派》はただの一人、カシンのみ。後は有象無象の、不平不満を抱く術士の集団、という図式が成り立つ)
これがヒーサの導き出した結論であった。
自分で自分の敵を増やし、しかもその事に気付いていない教団側が間抜けすぎるだけなのだ。
(アスプリクにしろ、アーソの面々にしろ、そうした“教団への反発心”を巧みに利用され、増幅され、異端に手を染めた、というのが流れだからな。自分の影の濃さに怯えるなど、滑稽過ぎて笑い話にもならん)
もう少し謙虚で、あるいは現状を分析できる冷静さがあれば、あるいは気付けることなのだ。
だが、悲しむべきことに、ヨハネスやライタンなど、ごく一部の教団関係者しかそれに気付けていないのだ。
それほどまでに、長い年月のうちに培われた“伝統という名の腐敗”が、深刻なほどに根を下ろしているのが現状なのだ。
まあ、せいぜいこれから起こる出来事の踏み台くらいにはなってくれ、と思うヒーサであった。
~ 第八十九話に続く ~
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