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第八話  糾弾! 「身内殺しなんて、なんてひどいことをするんですか!(久子談)」

 聴取の会場は熱気を帯びたまま、冷めやる雰囲気を見出だせぬままであった。

 シガラ公爵ヒーサの妹であるヒサコが、体調を崩した兄の代理として出席し、係争者であるカウラ伯爵ティースをものの見事にやり込めていた。

 もっとも、見た目が違うだけで、ヒーサとヒサコの中身は同じ松永久秀。スキル《性転換》で都合よく、男になったり女になったりしているだけだ。

 どうだと言わんばかりのにやけ顔でティースを見やるヒサコは、まだまだ余裕の楽勝ムード。

 一方のティースの顔からは焦りの色がにじみ出ていた。

 何度もやり取りしたがすべて返され、どころか父ボースンの死が公爵家側に殺されたと思っていたのが、公爵家側の発表通りの自殺であったことが何より衝撃だった。


(かなり動揺しているみたいね。そうね~、もう一押ししてから、切り札の投入といきましょうか)


 ヒサコは体の向きを変え、ティースの方を振り向いた。そして、苦渋に満ちたティースの顔を覗き込むように、首を傾げた。


「伯爵ぅ~、一つお尋ねしてもよろしいかしら?」


「な、なによ……」


「なぜ、軍を動かしたのですか?」


 ちなみに、この質問は憶測であった。実際に動かしたかどうか知らないのだが、当てずっぽうで尋ねたのだ。おそらくは招集をかけているだろうという予想の下に。


「そ、それがどうかしましたか? あの状況下では、軍に召集をかけ、不測の事態に備えておくのは当然でしょう!?」


 何を聞いてくるのだと言いたげなティースであったが、その返答を聞いてヒサコは会心の笑みを浮かべた。また一つ、墓穴を掘ったな、と。


「それはおかしくなくって? こちらは軍に召集をかけなかったというのに」


「え、嘘……?」


 ティースは思わず視線をヨハネスに向け、事の真偽を目で問いかけた。


「ヒサコ殿の言葉に嘘はない」


 またしても、場がざわめき出した。その場の誰しもが考えたのだ。もし、自分が当事者だとした場合、軍に召集をかけないなど、まずもって有り得ない、と。

 なにしろ、当主が毒殺され、自領が動揺している状態である。何かに備えて軍を招集し、即応体制を整えておくのが常道と言うものだ。

 あの状況で軍に動員をかけていないとなると、ヒーサが相当なバカか、あるいはお人好しということになる。前者はさすがにないだろうが、後者は十分にあり得た。まだ事態の解決を穏便に終わらせようと踏ん張っていればであるが。


「これってさぁ、伯爵家側が絶賛混乱中だった公爵領を、掠め取ろうとしてないかしら?」


「それは有り得ないわ! あくまで自衛のために召集をかけただけよ!」


 確認のため、ヒサコはヨハネスの方を振り向くが、特に反応なし。ティースの答弁は嘘ではないということだ。


「お兄様は周囲がせっついて、軍の招集をかけるように進言してきましたが、それらを突っぱねた。軍の招集は一切かけなかった」


「……今の言葉は嘘だ」


 ヒサコの言葉にヨハネスの横槍が突き刺さった。ようやくボロを出したかと、ティースはヒサコを睨みつけたたが、ヒサコは動じず、フィリク王に頭を下げた。


「申し訳ございませんでした。今の発言は言葉が正確ではありませんでした。正確には『戦闘部隊には招集をかけていない』です。歩哨、斥候の数を増やすようには指示を出していました」


「……訂正後の言葉は嘘ではない」


 ヨハネスはヒサコの訂正が間違いでないことを皆に告げ、またしてもざわめきが起こった。

 見張りは増やせど、実質的には無防備。それが事件直後の公爵領の状況であったからだ。


「ヒーサお兄様はこう仰っておいででした。『私は医者だ。人を救うことはあっても、殺生は好まない。ゆえに、話し合いで今回の一件を解決したい』とね。医術は仁術、とても素晴らしいことです」


 しっかりとヒーサを持ち上げることは忘れず、ヒサコはきっぱりと言い切った。

 ちなみに、これはヒーサが実際に言ったセリフであり、中身の方はデタラメであった。ヒーサは端からカウラ伯爵をはめるつもりでいたからだ。しかし、こういうことを言ってましたという説明であったため、嘘発見器ヨハネスをすり抜けることができた。

 ヒーサが“表面的”には、その態度を崩さなかったからだ。

 ヒーサはどこまでも善人。悪を成すのは常にヒサコ。転生当初からの策が、いよいよその効力を発揮しつつあった。


「しかし、伯爵家側は軍を動かした。お兄様が軍を招集しなかったのにね。これで野心を疑うなという方が無理ですわ!」


 ヒサコはビシッと指をさし、ティースを大いに糾弾した。


「ですから、それは有り得ないと、枢機卿猊下も仰ったではありませんか!」


「ええ、そうね。“あなた”の野心がないことは、すでに証明されている。でも、あなたの御父君はどうなのかしらね?」


「な、なんですって!?」


 ティースは思わずヒサコに詰め寄ろうとするが、ティースの従者が上手く割って入り、主人をどうにか押しとどめた。

 もはや、感情を完全に制御できなくなりつつある女伯爵に挑発的な笑みを今一度ぶつけてから、ヒサコは周囲をぐるりと見回した。


「ヒーサお兄様はこう仰っておいででした。『父上と兄上を亡きものにし、そうすれば家督は私に転がり込んでくる。そして、その伴侶として、自分の娘を当てる。二人の間に子でも生まれてから、私を始末すれば、幼い孫の後見役として公爵家を差配し、めでたく乗っ取り完了』だと!」


 これもデタラメであるが、ヒーサがこう言った、という体で《真実の耳》をすり抜けた。ヒーサが発言したという点では正しいからだ。

 無論、難癖やでっち上げあるが、状況的には実行可能な策である。その可能性を気付かされた聴衆はまたざわめき出した。

 今までの答弁で伯爵家側への印象が著しく落ちており、疑心が疑心を呼んでさらに痛々しい視線がティースに降り注いだ。


「そんなことない! 父がそんなことを考えるはずはないわ! 有り得ないわ!」


「では、それを証明していただきたいわ。ないということを示してくださいな」


「そ、それは……」


 ティースは言葉に詰まった。それを証明、証言できるのは死んだボースンだけであり、それゆえに証明することができないからだ。


「待て、ヒサコ嬢! 今の発言は不適切だ! “悪魔の証明”に属するものだ!」


 進行役の宰相ジェイクから鋭い声が飛んできた。

 “悪魔の証明”とは、証明することが不可能か非常に困難な事象を悪魔に例えたものである。否定の証明はまさにそれに該当するからだ。

 今回のヒサコの指摘に対する唯一の証明方法は、ボースン本人に聞く以外にない。だが、ボースンはすでにあの世へ旅立ち、嘘発見器にかけることができないため、証明は極めて困難なのだ。


「……宰相閣下のご指摘が正しいですわね。発言を撤回させていただきます」


 ヒサコは頭を垂れ、自身が発した不適切な発言を撤回した。

 だが、効果は十分であった。聴衆の思考の中に、さらにもう一つ疑心の種を蒔くことに成功したからだ。誰かしらから指摘されるのは分かっていたので、それに固執する必要もなかった。

 伯爵家側が公爵家側に仕掛けた”かもしれない”と。そういう疑念が少しでも生じれば、十分な成果と言える。悪魔の証明は、証明するのが困難であるから、指摘された後ではそのまま突っ込んでいくのは逆に印象が悪くなる。

 伯爵家側の印象をさらにもう一段下げることができた。印象操作としては、十分な効果だ。

 ここでもう一度、ヒサコはティースの表情をチラ見した。先程同様に焦っているが、同時に不安定感も増してきていた。伯爵家に対する感情、印象がどんどん落ちていることを感じているからだと、ヒサコは判断した。

 あとは、“わざと”失策を犯しておく必要があるとも考えたからだ。あまりに冷静沈着、かつ嘘のない答弁を続けては「言葉を選んでいる」という印象を与え、隠している重箱の隅を突かれる恐れがあるからだ。

 どうでもいい場面や言葉で失敗し、“人間性”を見せることでその手の印象を薄れさせ、質問されたくない脇道に逸れるのを抑える意味合いもあった。


(よしよし。下準備はこれくらいでいいかしら。では、そろそろ切り札の登場といきましょうか)


 ヒサコは今こそ一気呵成に攻めかかるときだと判断した。


「さて、お集りの皆様、ここで重大な事実を私の方からさせていただきます」


 ヒサコがもったいぶるように言い放つと、全員の視線がヒサコに集中した。今まで以上に重大な話とは何なのか、聴衆の注目が集まったのだ。

 その視線を心地よく浴びながら、ヒサコは口を開いた。


「宰相閣下が述べられた事件のあらましでありますが、決定的に違う点が一つございます。伯爵家嫡男でありますキッシュ殿のことです」


 これを聞いたティースはしまったと思った。兄キッシュに関することには大きな誤りがあり、それを指摘する機会を先取りされたからだ。

 真っ先にその点を指摘してもよかったのだが、より劇的な場面でと考え、後回しにした。結果、ヒサコの“嘘”のない口八丁にやり込められ、その機会を逸してしまっていたのだ。

 あるいは今こそそれを発するべきであったかもしれないが、気が動転していたこともあって、機を見るに敏なヒサコに先を越された形となってしまった。


「先程のお話では、キッシュ殿は“落石事故”でお亡くなりになったということでしたが、それは事実ではありません。なぜなら、それは故意に引き起こされたものであり、事故ではなく、他殺性のある事件だということです!」


 今度という今度こそ、集まっている聴衆全員が驚きの声を上げた。


「それは本当か!?」


 玉座にいるフェリク王ですら、驚きのあまり声を漏らし、視線をヨハネスの方に向けた。

 他の聴衆もそうだ。ヒサコの発言に信憑性はあるのか、全員がそれを知りたがったのだ。


「……今のヒサコ殿の発言に嘘はありません。少なくとも、ヒサコ殿は他殺であると考えておられるようです」


 ヨハネスの言葉にいよいよ会場全体が抑えきれぬ熱気を帯び始めた。

 まさかこの期に及んで伯爵家側の人間が殺されたとは、誰も考えていなかったからだ。

 公爵家乗っ取りのために伯爵家が仕掛けた策謀と考える者も出てきた中で、あろうことか伯爵家側の方が謀殺されるなど、思いもよらなかったのだ。

 あるいはティースが父兄を殺し、家督を奪うためにという発想もできなくもないが、ティースの野心は先程の答弁で否定されており、それも有り得ないのだ。

 なお、父兄を殺して家督を奪うという野心は、ヒーサ、ヒサコの方であり、考え自体は間違っていなかったのである。向いている矢印の方角が違っていただけだ。


「静粛に願います! 会の進行に支障が出ます!」


 ジェイクは大きな声を張り上げ、静かにするように促した。そして、どうにか会を続けれるほどに鎮まってくると、ヒサコに対して答弁を続けるように示した。

 ヒサコは軽く一礼した後、話を続けた。


「キッシュ殿がお亡くなりになられた付近を公爵家の手の者が調べた結果、崖上には明らかに何者かの手によって石が集められた痕跡が残っておりました。それゆえに、これは他殺であると断じたわけでございます」


「……嘘はない」


 次から次へと飛び出す衝撃の事実に、皆が驚きを隠せなくなってきた。再びジェイクからの抑制の声が飛び、どうにか鎮まった。

 よしよしと思いつつ、ヒサコは再びティースの方を向いた。


「伯爵、この件はそちらにもお伝えしたはずですが、なぜそのことをご自身でし指摘なさらなかったのでしょうか?」


 ヒサコが鋭くティースを指さし、聴衆の視線もティースに集中した。あまりの勢いに、ティースは思わず一歩後ろに下がってしまった。


「そ、それは……」


「よもやとは思いますが、兄君を殺して、家督の相続者になるなどとお考えだったのでは?」


「…………! それだけは絶対にありません!」


 簒奪者ヒサコ被害者ティースを一方的に糾弾する展開となってきた。ヒサコの指摘通り、兄の死因を真っ先に訴えていれば、ここまで事態が悪化することはなかったであろうに、手順を間違えただけで現在の苦しい立場を生んだ。

 これは完全にティースの手抜かりであり、ヒサコとしても儲けものの敵失であった。


「ティース殿の言葉に偽りはない。やはり、伯爵には野心がないのではないかな?」


 見かねたヨハネスが助け舟を寄こし、ティースの野心は否定された。

 ヨハネスとしては、あくまで自身は話の真贋を確かめる役目であって、追及する立場ではないと考えていたのだ。自身の言葉を疑ったティースに対しては憤りを覚えたが、あくまで立場は中立の審査を心掛けていた。

 だが、他の聴衆は違った。一度芽生えた“疑心”の根は心に深く浸透していき、どうにもこうにも信用する気が起きなくなりつつあったのだ。


(なんで、どうして、こんなことになるのよ・・・)


 ティースの心にはいよいよ絶望の二文字が浸食を始めつつあった。

 なにしろ、自分は“正しい”答弁をしているはずなのである。にも拘らず、聴衆の心象は悪くなる一方であるからだ。

 逆に、目の前のヒサコの答弁は怪しいものばかりだ。しかし、疑惑はするりとすり抜け、逆にこっちの立場を悪くする答弁に終始した。

 ティースにしてみれば、追及する立場のはずが、逆に追い詰められる結果となってきていた。これでは公爵家への憤り以上の絶望を抱かざるをえなかった。

 だが、ティースは勇気を振り絞り、そして、とうとう口にした。


「あなたの言うことは何もかもでたらめ! あなたがすべて仕組んだのね!?」


 ティースはヒサコを指さし、絶叫した。

 そして、それは“大正解”だったのである。

 もし、ここでヒサコは「そうです」とでも答えれば、今回の一件はすべて解決。目の前の悪役令嬢が罪を背負いて火炙りにでもされ、片付く話であった。

 だが、そんな“真実”の前に膝を折るような、生易しい性格ではなかった。

 例え、強烈な爆弾を投げつけられようとも、それ以上の爆弾を投げつけて、爆風を相殺してやればよいだけだ。そうヒサコは考えた。

 ヒサコはティースの指を無視し、ゆっくりと前に進みて、ヨハネスの座る席の前に立った。


「なにかね、ヒサコ殿」


「枢機卿猊下、まずは何も言わずにこちらをご覧ください」


 ヒサコは袖口に潜ませていた“切り札”を取り出し、それをヨハネスの前にある机に置いた。

 それを見るなり、ヨハネスの顔がみるみるうちに険しくなった。眉は吊り上がり、口は明らかに力強く食いしばり、怒りをあらわにしていた。

 差し出された物、それは“六芒星のお守り”だ。《五星教ファイブスターズ》の異端である《六星派シクスス》の用いる聖印ホーリーシンボルであった。

 ヨハネスからしてみれば、仇敵の象徴がいきなり差し出されたわけである。心穏やかでいられるわけがなかった。


「どういうつもりだ! これを私に見せつけるなど!」


 ヨハネスの怒声が会場のざわめきを打ち消すほどに響き渡り、憤怒の感情が目の前のヒサコに突き刺さった。

 よし、飛びついた。ヒサコは表情には出さずに、会心の笑みを心の中に浮かべた。

 状況は整った。切り札も絶好の場面で出せた。あとは詰めていけば終わる。もうヒサコは自身の勝利を疑うことはなかった。



            ~ 第九話に続く ~

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