第八十五話 法廷の裏側! 攫われた法王を取り戻せ!(3)
ヨハネスは自分の不甲斐なさを悔いていた。
まさか法王である自分を幽閉するなど考えてもおらず、まんまと虜となってしまったことについてだ。
年に一度の大祭“星聖祭”。その締めの挨拶として、王都近郊の教団総本山である『星聖山』に戻り、最後の祭事を務めた。
七日間続いた大祭もようやく終わり、王都における騒乱の方にようやく集中できると、気持ちを切り替えた矢先の出来事だ。
王都では祭りの最中に宰相ジェイクが暗殺され、次に国王フェリクまでもが殺されてしまった。
一般人にはそこまで情報は広まってはいないが、すでに貴族や高位聖職者の間では、隠しきれないほどに情報が拡散し、騒然となっていた。
ヨハネス自身、これを収拾するために祭事と並行して、方々を駆け回ったが、“アスプリク犯人説”を事実の如何に関わりなく固定させ、以てシガラ公爵ヒーサへの攻撃材料としたい者が、貴族にも聖職者にもかなりの数が存在した。
一筋縄ではいかないなと感じつつも、さすがに祭事と並行するのにも限度があった。
祭りが終わり、それから徹底的に審理を行い、事態の鎮静化を図ろうというのが、ヨハネスの考えだった。
だが、沈静化を“してほしくない”輩の手回しで、現在のような不自由な状況を強いられる結果となった。
朝一で聖山を出立し、王都で開かれる予定の裁判に出席しようとしたら、まんまと馬車の護衛が買収されており、街道から少し離れた屋敷に押し込まれてしまった。
抵抗しようとした側近らも捕らえられて、別の場所へと移送されており、ご丁寧に『術封じの枷』までハメられて、逃げる手段を一切失ってしまった。
(これは非常にマズい。ロドリゲスめ、よもやここまで手段を選ばんような行動に出るとは!)
最初から真面目に裁判するつもりなどなく、こちらの口を塞いで上で強引に押し切り、さっさと処刑して事後承諾という流れに持って行く。
一連の動きから、それを察するに十分すぎる状況が積み重なっていた、
それは自身の破滅をも意味しているだけに、ヨハネスは頭を抱えた。
(そもそも、三頭政治の実態は宰相と公爵の二人がいて、初めて効力を発揮するのだ。私には法王としての権威しかなく、改革を推し進めるには、二人の後押しがあって初めて成立する。その二人を失っては、私は完全なる孤立無援。教団は再び改革前に逆戻りし、ロドリゲスがしたり顔で舞い戻ってくる)
そして、自分はお飾りの法王として飼い殺しとなる。それが現在のヨハネスが思い描く、拝みたくもない未来の姿であった。
今少し注意を払っていれば、こんな無様を晒すこともなかったであろうが、やる事があまりにも多すぎて、足元が疎かになっていたのは失策も失策であった。
(話せば分かる、などというのはどうにも都合が良すぎたか。このままでは)
すべてが台無し。それどころか、侵攻してくる帝国軍を相手に、あれほど奮戦していたシガラ公爵軍を抜きで戦うことになるのだ。
そんな単純なことすら“政争”の前では考慮に入らないとは、あまりにも度し難いと暗い気持ちが精神を染め上げていくかのようであった。
その時だ。急に監禁されている屋敷の外周部に、荒々しい魔力の流れが不意に現れた。
完全な不意討ちであり、その魔力が膨れ上がるまでは、ヨハネスも一切感じることができなかった。
よく訓練された術士のやり口ではあるが、魔力の活性化から実際の攻撃に移ったと思われる一連の流れが、あまりにも滑らかで無駄のない動きに感じた。
これらの動きから、相当な手練れが、それも“二人”もやって来たのだと感じたが、同時にそれは『互いに血を求めない』という鉄則を破ったことを意味していた。
これはこれは後々荒れると感じつつ、ヨハネスは出立の準備を始めた。
腰かけていた椅子より立ち上がり、少し硬直していた筋肉を動かして体をほぐし、いざとなれば走れるようにと準備運動に余念がなかった。
そして、体が解れたと感じたところで、扉一枚の向こう側に、なにか禍々しい者がやって来たことを感じ取った。
ところが、そんな気配とは裏腹に、扉をぶち破るような真似はせず、丁寧に鍵を開けてノブを回し、素っ気なく入って来た。
なお、入って来たのは少年ではあったが、黄色の法衣は元より、手も、顔も、いたるところに返り血の跡があり、肉片すらこびり付いている有様であった。
誘拐されて捕まっている状況でなければ、大慌てで逃げ出しているであろう装いだ。
もちろん、それは屋敷に押し入って来たマークであった。
「聖下、お迎えに上がりました」
「随分とまあ、物騒なお出迎えだな」
「それはあなた様をここに閉じ込めた輩に言ってください」
「同感だな」
マークの姿から、屋敷の見張りを殺して、無理やり突入してきたことは明白であった。
『互いに血を求めない』という不文律は失われ、教団内部でも殺し合いが始まりかねない危うい状況となった。
なお、マークは教団関係者ではないので、厳密には不文律は破られていないのだが、聖職者もお構いなしに殺しているため、これはこれで異端審問の材料となり得た。
「それで、シガラ公爵の手の者か?」
「いいえ。カウラ伯爵の従者にございます」
「ああ、花嫁の方か。どちらにせよ、手段を選ばん夫婦だな」
二人の結婚式を執り行ったのはヨハネスだが、よもやこんな形で“ご恩返し”が来るとは思ってもみなかった。
人生、何があるか分からないなとしみじみと思うヨハネスであったが、のんびりしている時間が無いのも事実であった。
「それで、状況はどうなっている?」
「すでに裁判は始まり、当初は公爵の機先を制した口車が功を奏し、ロドリゲスの顔面を殴り付けるに等しい攻撃を加えました」
「それは重畳。……と、言いたいところであるが、ここまで強硬手段に出た以上、逆転されたな?」
「はい。今やあの裁判の場は“公式”な異端審問の真っ最中です」
その言葉を聞くなり、ヨハネスは眉を吊り上げた。
当たり前の話だが、法王として異端審問の権限をロドリゲスに与えた記憶などなかった。
「あやつめ……。本当になりふり構わずと言わんばかりに仕掛けて来るな」
「おそらくは、教団の法理部に手を回して、文章の偽造でも行ったと考えられますが?」
「だろうな。どいつもこいつも、なぜ真面目に審理しない? あるいは、帝国の脅威を安く見積もる? ここでヒーサやアスプリクを処断したとして、誰が帝国と戦い、皇帝を討ち取るというのだ?」
シガラ公爵家は帝国軍に対して一歩も引かず、赫々たる武功を上げており、アスプリクもまた今は前線より退いているとは言え、かつては火の大神官として暴れ回った実績がある。
これが欠けるだけでも王国側としては大損害であるし、危機に際して味方の有能な存在を“嘘の捏造”によって処断しようとするなど、利敵行為としか思えなかった。
「では、急いで審理を止めて、やり直しをせねばならんな」
「はい。馬を用意してありますので、それに乗って急ぎましょう」
屋敷にいた有象無象は、すでに皆殺しにされていた。
一切の証人を残すことなく、自分以上に“黒犬”の存在を消しておく必要があると、実に計算高く感じ取ったからだ。
そして、二人が屋敷の外に出ると、そこはまさに地獄絵図。無数の引き千切られた死体が散らばり、足の踏み場がない程に血や肉片が大地にこびり付いていた。
その中を悠然と立っている“黒くて大きな馬”がそこにいた。
黒犬の擬態術の応用であり、犬から馬へと化けたのだ。
「随分と大きな馬だな」
「ヒサコの愛馬だそうですよ」
マークの説明通り、実際にヒサコはこの黒い馬に乗って移動していたこともあり、あながち間違いでもなかった。
「……彼女も来ているのか?」
「いざとなったら、武力介入する気満々です」
「どいつもこいつも、法廷を何だと考えているのか……」
「自身の正義を示す場です。ただし、お互いに不正をしていますが」
「皮肉か、少年よ?」
「事実ですよ。聖下が真面目過ぎるのです。手を汚さないのは結構ですが、なりふり構わない相手には、虜となるだけだと自覚していただきたい」
マークの言葉はヨハネスにとって、耳に痛い話であった。
現に、ロドリゲスにしてやられた。買収、誘拐、文書偽造、これが正義を示す法廷で繰り広げられている戦い方なのだ。
一方、ヒーサもヒーサで武力介入するための部隊を既に展開済みであり、合図一つで王宮になだれ込む手筈になっていた。
結局のところ、“真面目”に裁判をしようとしていたのは、幽閉されて口を無理やり塞がれた、ヨハネスただ一人だけなのであった。
他全員、真っ黒であり、あるいはマークのように朱に染まっている状態なのだ。
「秩序を取り戻す、それは容易ならざることだな」
「誰にとって都合のいい秩序ですか?」
「いちいち耳に痛いな、少年よ」
ヨハネスは苦笑いしつつも、黒い馬に跨った。鐙も鞍もない裸馬であるが、悠長に準備をしている暇もなく、ただしがみ付くだけであった。
「急げよ。そのまま一気に王宮へ!」
マークが黒馬の尻を引っぱたくと、嘶きと共に走り始めた。
地響きを感じるほどの巨躯の馬の疾走と、それに追随するマーク。ヨハネスは振り落とされまいと必死にしがみつき、二人と一頭は王宮へと急ぐのであった。
~ 第八十六話に続く ~
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