第八十二話 開廷! 王都騒乱の真相を求めて!(6)
面倒な事態になった。これは被告席の四人の共通認識だ。
教団の法理部から許可証がロドリゲスの下に届き、単なる聴取の席が、いきなり宗教裁判による異端審問へと変わってしまった。
世俗の裁判と違い、はっきり言って聖職者のやりたい放題である。マリューを始めとする世俗の司法官は手出しも口出しもできず、審理のすべてを教団関係者が行うためだ。
(さて、どうしたものかな? 少し早いが、城外の顔触れを動かすべきか、否か……)
分身体を裁判に出席させ、時間稼ぎをしながら準備を整え、本体が王都に密かに侵入させている部隊を率いて乱入する。そういう手筈であった。
だが、予定外な事に、法王ヨハネスがこの裁判に出席していなかった。
術式〈真実の耳〉を使えば、アスプリクへの嫌疑のいくつかが晴れると考えていたが、その肝心のヨハネスが不在なのは面倒であった。
(今少し時間を稼ぎたかったが、そう言う状況でもないし、兵を動かさねばならんか)
理想としては、裁判で無罪を勝ち取り、ダメ押しとして王宮の制圧をしたかったが、現実はそう簡単にはいかなかった。
武力で強引にひっくり返すことには、印象の悪化を招きかねず、後々に影響が出かねないと、あくまで“最後の手段”としての切り札と考えていた。
止む無し。そう判断してヒーサが動こうとした瞬間、ポンと肩に手を置かれた。
振り向くと、そこにはライタンが立っていた。
「公爵、ここから先は私が引き受けます。少しの間、交代いたしましょう」
「ふむ……。いいのか?」
「ええ。何と言いますか、久しぶりに前線に戻って来た気分です。あるいは、こちらの方が私には向いているのかもしれません」
「戦う者としての性質か。なら、任せよう」
「安んじて、見物していてください」
表情こそいつもと変わらなかったが、その声色には明らかな怒気が含まれていた。
あまり個人の感情を表に出さず、任された仕事を淡々とこなすライタンにしては、珍しく感情をむき出しにしていた。
ヒーサはすぐにライタンに場所を譲った。
ヒーサは分身体であるため、もし本体が部隊を率いて突撃となった場合、脳の処理が追い付かず、身動きができなくなる可能性があった。
ライタンが矢面に立ってくれるのであれば、椅子に腰かけ、楽ができる。
仮にヒサコが動くような事態になっても、対処しやすくなった。
「呼ばれもせんのに、被告は勝手に前に出て来るな!」
「黙れ、俗物」
ロドリゲスの一喝など物ともせず。ライタンは前に進み出て、堂々たる態度でロドリゲスの目の前に立った。
そして、露骨すぎるほどの見下す視線をロドリゲスに浴びせた。
当然、ロドリゲスは怒って睨み返した。
「立場を弁えろ、異端者!」
「私が異端者だというのであれば、貴様はさながら不能者といったところか、愚物が」
口調もいよいよ厳しくなる一方で、ライタンが完全に戦闘状態に入った事をヒーサは察した。
実のところ、ヒーサはライタンが戦う場面を見たことが無かった。
なにしろ、二人が出会ったのはライタンがシガラ公爵領に赴任してからであるし、そうなる机仕事ばかりその姿を拝む事となった。
術を使う場面にも出くわすこともあったが、戦闘での使用ではなく、癒しや農作業に用いたそれであって、戦う場面ではなかった。
だが、今は違う。まとう気配が完全に戦闘状態なのだ。
『術封じの枷』を嵌められているので、術式は使用不能ではあるが、気配が完全に戦う気配に代わっており、そのズバッっと吹き抜ける風のような鋭い気配に、思わず感嘆の声を上げそうになったほどだ。
(この圧力……、大したものだ。術士としてはアスプリクの一段ほど見劣りするが、アスプリクにはない経験の差がある。案外、一対一でやらせたら、ライタンが勝つかもしれんな)
初めて感じたライタンの気配に、ヒーサはいたく感心した。
なにしろ、ライタンは齢にして四十程度であるが、何の後ろ盾もない貧民出身から実力のみで、上級司祭にまで上り詰めた叩き上げである。
商人の身から立身出世を果たし、一国をも差配した松永久秀にとっては、ある種の同属なのだ。
天賦の才と血筋によって一気に上り詰めたアスプリクと違い、最前線で戦い続けて地位を勝ち取ったライタンで、どちらも実に使い出のある才覚の持ち主であった。
これなら任せても大丈夫だと安堵し、“外”の部隊の編成に集中できると考え、意識は最低限残し、のんびりとライタンの戦いぶりを観戦することとした。
「いいかよく聞け、愚物共! 私の名はライタン! 法王である!」
ここでライタンは堂々と「自分は法王です」と名乗った。
場所が場所だけに、誰しもが呆気にとられた。
なにしろ、今は宗教裁判・異端審問の真っ最中である。そんな中にあって、堂々と法王を“僭称”したのだ。
当然ながら、ロドリゲスのみならず、居並ぶ法衣に身を包んだ教団関係者から、一斉に非難の声が上げられる事となった。
「なんという不信心者か! 神を恐れぬ涜神の背信行為! もはやただの極刑では済ませられぬぞ!」
「生憎と、私を裁くことができるのはただ一つ。そして、それは貴様ではない、ロドリゲス」
相手が枢機卿であろうと容赦なし。ライタンは平然と殺意を向けた。
後方勤務に移って久しく、数年は雑務をこなしてきたライタンではあったが、思ったほど自身の隠された刃が鈍っていないことを確信した。
その証が、放った気配から感じる相手の反応だ。
さすがにロドリゲスはそれなりに場数を踏んでいるので、平然と睨み返してきているが、その他の有象無象は明らかに気が引けていた。
それこそ、気圧されている証拠であり、ライタンは更に一段、放つ気配の勢いを強めた。
「私は選ばれて、法王になった! そこになんの後ろ暗い事はない!」
「ハンッ! 何を言い出すかと思えば、増長極まる! そもそも、法王とは、選挙によって選ばれ、それからようやく名乗る事を許されるのだ! 法王選挙を経ずに法王になった例は、教団草創期の初代法王のみ!」
「いかにもその通り! 私は、その“初代”だと言っているのだ!」
「思い上がりも甚だしい! 高々、一教区を分離させ、それを以て法王を名乗るか!」
「そうだ! だが、私はその教区……、シガラの地に住まう“民衆”によって支持されている! 貴様らのような富豪、貴族に寄生するだけの愚物とは根本的に違う! 高位聖職者の醜い足の引っ張り合いの結果としての、ギラついた珠玉の座ではなく、労働と献身の成果としての今の地位だ!」
ライタンには確固たる自負があった。
ヒーサの“奸計”に乗せられる形で法王を“僭称”することとなり、当初は頭を抱えたものであった。
とはいえ、根が真面目な事もあり、いったん引き受けたからには毒食わば皿までとばかりに、至極真面目に法王を演じることにした。
ただ、教団の法王と、ライタンの決定的な差は、“一般民衆との距離”であった。
ライタンは普段、仮の法王庁としてモンス・シガラの神殿から領内の町村に赴き、“労働”に従事したことだ。
ヒーサの提案で、農作業や工房での作業に術を用いた新工法を用いるようになって、とにかく術士の人手が欲しかったのだ。
まして、ライタンは二十年以上前線で働き、その技量は群を抜いていた。どこでも欲しがる人材であり、それによって“尊敬”を集めたのだ。
どこへ行っても民衆の歓迎を受け、今までの教団とは違う姿勢を示し続けるライタンに、これ以上に無い程の賛辞が送られ、人望も高まっていった。
山の上でふんぞり返っているだけの教団幹部への当てつけもあったが、ライタンはその真逆を行き、それが実った形となった。
さらにその流れに拍車をかけたのが、各方面からの流入者であった。
ヒーサの宗教改革宣言によって、特に大きく変わったのが、やはり何と言っても“教団による術士への管理運営”が崩されたことだ。
術士については、教団が一括管理することが古くからの習わしであり、教団に所属しない術士は一部の例外を除き、全て“異端者”として厳罰に処されるのが常であった。
その異端者は邪教の信徒、異端の宗派《六星派》と見なされた。
だが、ヒーサはこれに大きな変更を加え、教団の一括管理の原則を崩した。
アーソ辺境伯領の隠棲者がそうであったように、別に邪教を奉じているのではなく、教団への反発心からあえて異端の道を選んだ者がいたため、その教団の権が及ばぬ領域として、シガラ公爵領を全ての術士が安心して暮らせる地にすると宣言したのだ。
するとどうだろうか。その話を聞きつけた隠棲していた術士がこぞって公爵領に流入。それどころか、教団にこき使われるだけであった下級の神官達まで、持ち場を抜け出して公爵領にやって来たのだ。
ライタンには、それら流入した術士達が決して他人には思えなかったのだ。
(そう、これはかつての私自身だ。いつ果てるともない闘いの日々、いつ死ぬかもしれぬ不安から、いつも心に何かが突き刺さっていた)
幸いなことに、ライタン自身は才能が恵まれていた事と、ある程度の運気を持ち合わせていたことによって、どうにか使い潰されるだけの生活から抜け出し、出世することができた。
だが、抜け出してきた神官らは、まさにかつての自分の生き写しであり、それだけにライタンはますます精力的に働いて、彼らに多大な便宜を図った。
結果、ヒーサの想定以上に術士が流入し、かつすんなりと定着させることに成功した。
ライタンが「我こそは法王である」と自負するのも、領内の新設された教団をまとめ上げたと言う実績と、数多くの民衆や流入した術士などの支持があるからだ。
「はっきりと言おう! 貴様らは何をしている!? 戦時下だと述べながら、何か具体的に行動するでもなく、無意味な議論とくだらぬ足の引っ張り合いばかりではないか! こうしている間にも、前線では名もなき兵士が、あるいは使い潰されるだけの術士が、血と泥にまみれて戦っている! その嘆きと叫びも、高い山の上までは、どうやら届いていないご様子ですな!」
「無礼な! 我らには我らのやり方や仕事がある! 背信者にとやかと言われる筋合いはない!」
「背信結構! 神を蔑ろに、自らが神にでもなったかのような傲慢なる存在から、背信者呼ばわりされるのはむしろ本望である! 私には、シガラの民から受けた支持と信頼がある! これに背くつもりはない!」
一点の曇りもないライタンの答弁に、ヒーサは満足そうに頷いた。アスプリクさえ、称賛の拍手を贈るほどだ。
(いいぞ、ライタン。見事な“時間稼ぎ”だ。ああ、ようやくだ。ようやく“見つけた”ぞ)
ヒーサはニヤリと笑い、激論を交わすライタンをロドリゲスを見やった。
だが、意識の半分は遥か彼方へと飛ばしており、その赴く先では“ヨハネス救出作戦”が決行されているのであった。
~ 第八十三話に続く ~
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