第八十話 開廷! 王都騒乱の真相を求めて!(4)
出だし早々から混乱はあったものの、王都での事件に関する裁判が始まった。
「では、改めて始めさせていただきます。昨今の物騒極まる事件の数々、これの真相に迫りたいと思いますので、審理に関わる者は神々に誓って誠実な審問と答弁をお願いいたします」
どこか余裕の感じるマリューの宣言により始まる裁判だったが、すぐにその場の空気は沸騰した。
審議席にいたロドリゲスが立ち上がり、そして、怒鳴りつけるように大口を開けた。
「真相も何も、そこにいる魔女が犯人ではないか! さっさと火炙りにでもすればいい!」
審議席にいる枢機卿のロドリゲスが、被告席にいるアスプリクを指さした。
審議席、傍聴席の人々の視線は、当然アスプリクに向かったが、当のアスプリクは憮然とするだけで、反省も焦燥も見せなかった。
「宰相閣下暗殺は、シガラ公爵が用意した毒酒を飲ませてこれを殺害し、追い詰められると、衛兵を焼き殺して逃亡! さらに陛下の寝所に侵入して、これも殺害するというとんでもない暴挙! これを裁かずに、正義が成せるか!」
アスプリクを責め立て、しかもヒーサへの共犯の罪を鳴らし、二人をさっさと処断するように、ロドリゲスは周囲の同意を求めた。
もし、これが冒頭で展開されていればそのまま勢いで押し込まれていたかもしれないが、今では半分が首を傾げている状態だ。
それはヒーサの行動が、あまりにも不可解であったからだ。
「なぜ、わざわざ火の中の焼石を拾うような真似を?」
これが皆が抱く疑問であった。
誰しも罪に問われる事を恐れる。しかも、宰相殺し、国王殺しともなると、本人どころか一族全てが連座しかねないほどの重罪である。
そうであれば、アスプリクを切り捨て、シガラ公爵家を守る姿勢をとるのが普通と言えよう。
ところが、ヒーサはそれをしなかった。
それどころか、アスプリクとは情事を重ねるほどの関係(でも、実は割とピュア)であると暴露し、完全にこれを擁護する姿勢を示した。
名門貴族がその門地を賭けて一人の少女を救おうとするなど、あまりにも奇妙なのだ。王族ではあるが、庶子と言う微妙な立場にあり、危機に瀕したお姫様に手を差し伸べる貴公子、という絵面にはなり得なかった。
そうなると、ヒーサがアスプリクを助けようとする理由は、常識的に考えれば二つしかない。
立場に関係なく両者の間に固い絆が生じているか、あるいは無罪を勝ち取る自信があるか、だ。
それゆえに、半信半疑と言った雰囲気が醸されていた。
事の真偽に関わらず、なにがなんでもシガラ公爵家に大打撃を与えたいと考える、一部の人々を除いて。
「まあまあ、枢機卿猊下、審理はこれからでございますし、結論を急ぐ必要はありますまい」
「急ぎもするわ! 今は戦時下であると自覚しておらんのか!?」
「それとこれとは話が別でございます。もし、適当な判決を下し、それが後に冤罪だと分かれば、結局国権の威信を低下させかねませんので、それは法を預かる者としては看過しえません。どうか浅慮な発言はお控えいただきたい」
マリューはロドリゲスの恫喝を一蹴した。
今は自分の職責の内にあり、いかに枢機卿と言えども下手な口出しはやめろと、明確に示した。
ヒーサへの援護であり、勝つ自信があればこそのケンカ腰でもあった。
「失礼。今、“戦時下”と仰ったか?」
ここでヒーサが再び動いた。
足を組み、尊大な態度をあえて示して、被告とは思えぬ太々しい風体であるが、その一挙手一投足は皆の注目を集めた。
手を上げ、発言を求めると、マリューは無言で頷いて、発言をヨシとした。
「枢機卿、あなたは今、戦時下と仰った。聴衆の皆さんもお聞きになられたでしょうか?」
「それが何だというのだ? 事実ではないか。ジルゴ帝国の侵攻が迫る中、今回の事件が起こったのだ。さっさと事件の犯人を裁くことに、何の疑義がある!?」
「仰る通りです。では、その“最前線”で戦っているシガラ公爵家を、背中から撃つ所業は利敵行為となりませんかな?」
「んなぁ!?」
予想外の切り返しに、ロドリゲスは言葉に詰まった。
現在、ジルゴ帝国の侵攻が迫っており、国境のアーソ辺境伯領において防備が固められている。それの指揮を執り、かつ資材を投じているのがほとんどシガラ公爵家であった。
前線の指揮官にしても、公爵家の令嬢ヒサコが夫の死を乗り越えて踏ん張っている状態であり、その聖女と称えられる奮戦ぶりは、国中に武名が轟くほどであった。
視点を変えてみると、今回の騒動はその帝国の侵攻を必死で防いでいるシガラ公爵家に対して、背中から槍を突き刺す行為にも取れるのだ。
ヒーサはその点を指摘したわけだが、それに気付かされた聴衆はまたざわめき出した。
「静粛に願います! どうかお静かに!」
沸騰した空気をマリューは再び鎮め、再度ヒーサに視線を向けた。
更なる追撃を促す為であり、ヒーサもヨシヨシと頷いて話を続けた。
「現在、帝国とは戦争状態にあります! しかし、これの迎撃のための援兵が、一切アーソの地にやって来ないのはいかなる理由か!?」
ヒーサの飛ばした言葉に、幾人かが顔をしかめ、あるいは視線を逸らした。
なにしろ、アーソの地で合流し、帝国軍を迎え撃とうというのが本来の作戦なのだが、アーソの地に援兵、あるいは補給物資を送った貴族は意外と少ないのだ。
「こっちが必死になって戦っているのにお前らは何をしている?」
こう切り出されては後ろめたい事この上なかった。
まして、シガラ公爵家は寡兵を以て戦果を挙げており、援兵を渋った貴族はますます立場がないのだ。
無論、それは教団に対してもであった。
ブルザーもロドリゲスも、これ以上に無いほどのしかめっ面を作っていた。
「じ、準備中だ! 軍勢を整えるのには時間を要するものなのだぞ!」
「ええ、まあ、準備は時間がかかりましょうな。そう、帝国と内通し、最前線で必死で踏ん張っている我らの背後を突くためにね、ブルザー殿!」
ここでヒーサは批判の矛先をブルザーに切り替えた。
軍事的な話ともなると、ブルザーを叩く材料がいくつもあり、これを逃す機会はなかった。
なお、“王都騒乱の審理”が裁判の本題であるが、この話は完全に脱線しており、そこは司会進行が方向修正を行うべきなのだが、マリューは当然のようにこれを黙認した。
「皆さん、考えていただきたい! 帝国において皇帝即位の話はすでに聞き及んでおりましょうが、そのための迎撃の準備が遅々として進まない! 兵も、物資も、全然足りていない。我らシガラ公爵家が必死でそれに備えようとも、教団もセティ公爵家も、一向に援兵を寄こす気配すらない! これは明確な利敵行為であり、国家への反逆だ!」
「言いがかりも甚だしい! 準備に時を要していると、ロドリゲス猊下も仰っているではないか!? それはこちらとて同じことだ!」
「ほほう。それほど、こちらの背を突く準備に忙しいかな、ブルザー殿?」
「それ以上の暴言は許さんぞ!」
「指摘を暴言と評せられるのは、甚だ心外ですなぁ。それに何も、一切の証拠が無く申し上げているのではありません。事実として、あなたの弟が敵方に寝返っていたのですからね、こ・う・しゃ・く♪」
このヒーサの指摘には、ブルザーも言葉が詰まった。
なお、“黒衣の司祭リーベ”の件は、完全にヒーサの情報操作の結果なのであって、事実無根なのだが、世間ではそうは思われていない。裏の事情を知るごく一部の人間を除けば、セティ公爵家当主の実弟が邪教を奉じており、魔王の復活を目論んだと思われていた。
身内の裏切り行為という、ブルザーにとって不都合な情報と、援兵を出さない現在の情勢が合わさるとどうなるか?
答えは、セティ公爵家全体が敵方に通じているのでは、という疑念が生じるのだ。
「だから、事実無根だと言っているではないか!」
「その割には、挽回しようという動きが見られませんな」
今度は審議席にいたスーラが横槍を入れた。
「セティ公爵家は“武”の公爵と謡われるほどの、武門の名高き名門貴族! しかし、このところ、戦績がよろしくないようですな」
「何が言いたい、大臣!」
「折角ですので、その“武”によって名誉を挽回すればよろしいのに、どうにも動きが鈍い。やはり、敵方と通じていると疑われても仕方がないのでは?」
「き、貴様!」
ブルザーは激高し、周囲の聴衆を押しのけて、スーラに掴みかかろうとした。
しかし、寸前のところで会場の警備に当たっていた、将軍のコルネスがこれを止めた。
「公爵、おやめいただきたい。ここは議論を交わし、審理を行う、真実追及の場であります。下手な暴力行為はこちらの職権により、あなたを排除することになります。どうか、冷静な議論をお願いいします」
「ぐぬぬぬぅぅぅ……!」
そうまで言われては引き下がらざるを得なかった。下手に排除されては、周囲の心象が悪くなる一方であるし、この後は言いたい放題に言われるのが目に見えていたからだ。
マリューにしろ、コルネスにしろ、公平を装いつつ、しっかりと裏ではヒーサに通じており、援護射撃に余念がなかった。
スーラに至っては、露骨に肩入れする姿勢を見せており、今もヒーサと打ち合わせもなしに連携して、ブルザーをやり込めた。
これでブルザーの立場も悪くなり、それに引きずられる格好で、サーディクの立場も悪くなった。
(まあ、サーディクの場合は完全な濡れ衣であるし、すぐにそれは外れる。しかし、ブルザーの方はそうはいかん。リーベの件があまりに大き過ぎて、これは容易に外せない。そこが奴の急所だ)
なお、その急所もでっち上げなのだが、そんなことはヒーサにとってどうでもいいことだ。
攻撃されたら痛い所を攻撃するのは当然であり、それを払拭する機会を逸した相手が悪いのだ。
もし、ブルザーが政治的なわだかまりを捨て、早い段階でアーソに援軍を率いて赴いていた場合、帝国領への逆侵攻において手柄を立て、名声も大いに高まっていたはずだ。
それをしなかった段階で、ブルザーはメンツにこだわり過ぎて、実を取らなかった間抜けでしかない。
少なくとも、ヒーサはそう考えていた。
(そういう意味ではロドリゲス、お前も同罪なのだぞ。お前が教団からの増援を妨害していたのも、すでにこちらは掴んでいる。それが裏目に出たな!)
次は貴様の番だと、ヒーサは審議席で渋い顔をしているロドリゲスを睨み付けた。
~ 第八十一話に続く ~
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