第七十九話 開廷! 王都騒乱の真相を求めて!(3)
ヒーサやアスプリクらシガラ公爵家の顔触れが糾弾される場になるはずが、どういうわけか進行役のサーディクが責め立てられるばかりであった。
国王暗殺の現場において、目撃者がいなかったことを理由に、その罪をサーディクに擦り付けた。
なお、真犯人はアスプリクでもサーディクでもないため、議論は平行線を辿るのが目に見えていたが、それこそがヒーサの望む展開であった。
(一番怖かったのは、言い分すら聞き取らず、有無を言わせず罪状を言い付け、そのまま処刑場に引っ立てられること。だが、こちらの挑発に乗り、議論を始めてしまったことがそちらの失策だ)
始まってしまったら、もう後には引けなくなる。
しかも、まんまとサーディクに聴衆の疑惑を向けることに成功した。
この段階まで来ると、一方的な判決は出しにくくなるのは自明であった。
現に、サーディクは困惑し、ロドリゲスやブルザーは渋い顔をしていた。
そんな困惑と疑念が渦巻く大広間であったが、これを好機と見て動き出した者がいた。
審議席の末席に座していた、法務大臣のマリューだ。
席から立ち上がると、一礼してからサーディクに歩み寄り、今し方自分が座っていた席をサーディクに勧めた。
「殿下、大変申し訳ございませんが、司会進行役は私が代わりますゆえ、どうか席にお座りくださいませ」
「大臣、無礼であろうが!」
声を荒らげたのは、セティ公爵ブルザーであった。
こちらも審議席に座っていたが、マリューに言わせればなんの権限でそこにいるのかと、問い詰めたいところであった。
サーディクが進行役であるからこそ、その補佐としているのであろうが、好き放題させるつもりはなかった。
「無礼も何も、私としましては職責と権限の内において、それを行使しているだけでございます」
そして、マリューは無礼を承知で、ビシッとサーディクを指さした。
「御前聴取という体を取って、裁判“もどき”を行っており、そう言う意味において、サーディク殿下が進行役を勤められるのは妥当でございました。しかし、殿下に嫌疑がかけられ、それを晴らせぬのであれば、進行役の席より退いてもらうのが道理かと」
「ぬ……」
マリューの言は正論であり、法的にも理論的にも、反論を許さぬものであった。
いくらなんでも嫌疑をかけられた者が、疑いを晴らせぬままに裁判の進行役であるのはマズいと言うわけだ。
サーディクもこれには納得せざるを得ず、後ろに下がっていった。
無論、これは濡れ衣であるから晴らすつもりでいるが、自身の名声に泥を塗られたことには変わりなく、ヒーサに対して明確な不快感を示した。
数多戦場を駆けた者の鋭い眼光を向けられたが、ヒーサはわざとらしく肩を竦め、軽く流した。
「では、法務大臣としての職権において、この場の司会進行役を不肖マリューが、勤めさせていただきます」
これも正しかった。
マリューは亡き宰相ジェイクより、法務大臣に任命されており、法務における責任者という立場にあった。
この場において、進行役を勤めるべき王族がいなくなった以上、その職責においてマリューが進行役を代行するのは、同然と言えた。
ゆえに、誰からも文句もなく、すんなり受け入れた。
一部は、不満がありながらも受け入れざるを得なかった。そういう感じが表情に出ていた。
この時、マリューは素早く二人の人物と視線を合わせた。
一人は“被告席”のヒーサであり、もう一人は“審議席”に座している弟で財務大臣のスーラだ。
正直なところ、マリューはこの裁判もどきを“静観”しようとしていた。
事前に把握していた状況はヒーサに不利であり、肩入れして巻き添えを食らう事を恐れたからだ。
しかし、ヒーサからは多くの“誠意”を受け取っているため、味方をしているフリくらいはせねばと、頭を悩ませていたほどだ。
だが、その考えは会場に現れたヒーサを見て、地平の彼方まで吹っ飛んでしまった。
“共犯者”が余りにも堂々としていたからだ。一片の罪の意識も、やらかしたという後悔もなく、ただただ余興でも楽しむかのごとく、悠然とした姿を見せつけてきたのだ。
(あれは罪人、被告の態度ではない。余裕が体から溢れ出ている。こういう輩は、何かしらの“強み”を握っている。握っているのは命綱、その程度のものだとしても、何か隠し玉を仕込んでいる)
それがマリューの最終的な結論であり、動くことを決意した。
若かりし頃は地方の法務官、現在は中央の法務大臣として、数多くの裁判に携わり、大なり小なり罪人を裁いてきた。
その経験から来る一種の勘のようなものが、ヒーサは白、あるいは白に見せかける何かを持っている黒、だと判断した。
ヒーサと一瞬だが目線をしっかり合わせたのは、まさに加勢するぞという合図に他ならない。
そして、弟である財務大臣のスーラへの視線は、それを始めるぞという開始の合図であった。
事前の打ち合わせでは、ヒーサへの態度をどうするかで意見を交わしていたが、実際に会場でヒーサの状態や、会場の雰囲気を見てから判断すると取り決めていた。
その結果、マリューはヒーサ側に加担する事を決め、スーラもそれに倣うことにした。
審議席の末席に座していたが、ここで全力でヒーサを擁護する立場に回った。
「マリュー大臣、殿下に失礼であろうが!?」
そうした兄弟の雰囲気を察し、流れを断ち切ろうと声を荒げたのはセティ公爵ブルザーであった。
ブルザーは傍聴席側に座してはいるが、横槍を入れる気満々なのか、あるいはヒーサが無様を晒す場面を見たかったのか、審議席のすぐ近くの最前列に陣取っていた。
サーディクへの批判と嫌疑は、縁者である自分へのそれになり得るので、断じて認められるものではなかった。
「失礼も何も、嫌疑をかけられた者が、司会進行を行うのが不適当であると申し上げたまでの事。疑惑が晴れれば元に戻りますし、今はお控えられるのがよろしいかと」
「まったくの濡れ衣ではないか!」
「それを確かめるための裁判であり、審理でもあります。恣意的に国家の重鎮を処断し、それが間違いでしたでは済まされませんぞ!」
こうだと決めた以上、たとえ相手が三大諸侯の一角であろうとも、マリューは引かなかった。
むしろ、下手な恫喝は印象が悪くなるだけだと判断できない、ブルザーの思慮の無さこそ糾弾されるべきだとさえ考えた。
「あぁ~、よろしくありませんな公爵殿」
ここですかさずスーラが横槍を入れた。
「公爵殿は審議する側ではなく、傍聴席に座しているただの聴衆の一人でありましょうに。下手に口出しをされ、裁判に横槍を入れるような真似はお控えいただきたいものですな」
「なんだと!?」
「まあ、政敵の失策に付け込みたいお気持ちは察しますが、今は口を噤んでおいた方がよろしいかと申し上げておきます」
「だから、殿下の件は完全な濡れ衣だと!」
「ですから、それを審理するのがこの場なのです。お判りいただけますかな? 《六星派》に内通していたセティ公爵家の当主様」
このスーラの発言が場をさらに沸騰させた。
ブルザーの実弟であるリーベは、邪神を奉じる黒衣の司祭として処断された。
それゆえに、セティ公爵家の威信が大いに低下し、それをまだ引きずっている状態なのだ。
それを今一度呼び起こし、聴衆の心象を悪化させる狙いであった。
スーラは元々、徴税請負人という職に就いていた。役人に代わり、各所から税を徴収してくるのがその仕事である。
役所から既定の金額の税を徴収してくる仕事だが、その規定額を超える徴収を行った場合、その内の半分を懐に収めてもいいという役得があった。
そのため、徴税請負人は赴く先々で徹底した調査を行い、粗を見つけては徴税額を引き上げることが常態化していた。
人々からは大いに嫌われる職業ではあるが、その役得があるため、腕前次第では一代で巨万の富を築くことができた。
スーラがまさにそれであり、兄の引き立てと自身の財力を武器に、今では財務大臣にまで上り詰めていた。
相手の粗を探し出し、それをほじくり返すなど、スーラにとってはいつもの事であり、相手から凄まれる事もあったが、それもまた手慣れたものであった。
「それこそ濡れ衣だ! 私は未だにリーベがあのようの暴挙に出たなどと信じられん!」
「おや? 王国の法務局も、教団の法理部も、そうだと認めた案件に口出しなさるとは、やはりあなたもそうなのですかな?」
「濡れ衣だと言っている!」
「でしたらば、わざわざ声を荒げて否定なさることもありますまい。真実が明らかになれば、サーディク殿下の名誉も、あなたの名誉も、戻るのですからな」
もはやどっちが審理される側なのか分からなくなってきて、場はますますざわついた。
「皆様、静粛にお願いいたします。これでは一向に審理が進みません。あくまで聴取席の中は聞くだけでございまして、野次や質問などは認められておりませんので、その辺りはどうぞご考慮なさっていただきたい。しつこい違反者には、私の権限によって御退席を強制いたしますので、その点をお忘れなく」
スーラが引き付けているうちに、マリューはサーディクを隅に追いやっており、ちゃっかり司会の座を占めるに至っていた。
相も変わらず見事な兄弟の連携と抜け目のなさに、ヒーサも思わずニヤリと笑ったほどだ。
(さて、これで状況的には五分くらいにまで持ち直したか。だが、ヨハネスの姿が見えない点が、やはり気になる。状況が判明するまで、今少し時間を稼がねばならんな)
熱気渦巻く大広間にあって、なおも冷静沈着に事態を観察するヒーサは、次なる一手のため、台本の修正に取り掛かっていった。
~ 第八十話に続く ~
気に入っていただけたなら、↓にありますいいねボタンをポチっとしていただくか、☆の評価を押していってください。
感想等も大歓迎でございます。
ヾ(*´∀`*)ノ




