第七十五話 裏の顔!? 木の上のウサギは決して鳴かない!
ヒーサ達を王宮の監禁部屋に放り込んだ後、それを護送していたコルネスは平服に着替え、とある一軒の酒場に来ていた。
理由は良く分からないが、目立たぬ格好でそこへ行け、というヒーサの指示を受けてのことだ。
大通りに面した割と大きめの店で、看板には『木の上のウサギ亭』とあった。
樹木にウサギが丸まって乗っかるような意匠で、そもそもウサギが木の上にいるのか? などというごくごく単純な疑問を抱いたものだ。
とは言え、ヒーサがわざわざここに来るよう指示を出した以上、何かあるのだろうと考えつつ、店の中へと入っていった。
店内はさすがに込み合っていた。
現在、王都は一年に一度の大祭“星聖祭”の真っ最中である。王都近郊にある《五星教》の総本山〈星聖山〉への参拝者が、国中から集まるのだ。
そのため、王都の飲食店や宿泊施設はどこも大忙しで、一年で最も忙しい繁盛期に入っていた。
コルネスはぐるりと店内を見回すと、あちこちからやって来たであろう旅人が卓を囲み、酒と料理を口に運んではあれこれ談笑していた。
この裏で、宰相や国王が暗殺されたなど知らない者も多く、暗い雰囲気とは無縁であった。
「いらっしゃいませぇ~、お客様、お一人ですか?」
「ああ、一人……だ」
給仕係の少年に話しかけられ、コルネスはそちらを振り向くと、言葉に詰まった。
理由は、その少年に見覚えがあったからだ。
(こいつはあの時の!?)
そう、コルネスは背筋に寒気を感じた。なにしろ、この目の前の少年は、ヒーサの陣幕に入った時、背中から刃物を突き付け、脅してきた少年であったからだ。
(たしか、マーク、とか言ったな。そうか、ここはシガラ公爵家の息のかかった店か! 酒場は表向きな話で、本当は公爵家の諜報拠点になっているということか)
マークの不意な登場で、コルネスはすぐに察した。
つまり、何かあったらここで連絡を付けろ、と言うヒーサからの指示であったのだ。
「軽く食事をしに来た」
「では、あちらの空いているカウンターの席へどうぞ」
マークは隅の空いているカウンター席を指さし、コルネスも言われるままにそちらの席に着いた。
と言っても、そこは立ち飲み席であり、ゆっくり飲むと言うよりかは、しみじみと一人で飲むか、あるいはさっさと食事だけを済ませるような席であった。
そして、そこへ移動するなり、特に注文もしていないのに、なぜかなみなみと麦酒の注がれた杯と、肉と野菜の串焼きの皿に、黒パンの入ったかごが運ばれてきた。
手際の良い事だなと感心しつつ、料理に手を伸ばそうとした。
そして、コルネスはすぐに気付いた。パンかごの中に、何かのメモ書きが入っていたことに。
(本当に手際が良い。なにもかも計算ずく、ということか)
コルネスは食べる動作をしながら、“さりげなく”メモ書きを懐にしまい込み、さっさと運ばれてきた酒と料理を平らげた。
(そう言えば、こいつらは……)
チラッと眺める店内の客の内、幾人かは見覚えがった。それもシガラ公爵の陣営においてである。
(なるほど。ここを起点にして、情報のやり取りをしているというわけか。で、あの少年がそれの繋ぎ役か。つまり、公爵殿もこちらをある程度、信用してくれているというわけか)
秘密の共有は、その重要度の度合いにおいて、信頼のパロメーターとなる。
互いに知られたくない情報を握っておけば、決して裏切られる事もないからだ。
こうして、この店の“裏の顔”を拝ませてくれたと言う事は、ヒーサはこちらを信用してくれていると、コルネスは判断した。
そして、代金をカウンターの上に置き、何事もなかったかのように店を出て行った。
***
店の外に出たコルネスはササッと路地裏に回り、先程懐にしまい込んだメモ書きを取り出した。
「昼頃から日没時まで店にいます。必ず毎日来てください。ただし、時間はズラして来店するように」
これがメモの内容だ。
ヒーサからは事前に護衛の手筈を整える事は要請されていたが、それ以外の事には追って連絡すると伝えられていた。
その連絡方法があの少年を介した情報の共有と言うわけだ。
(じきにヒサコ殿も到着するようだし、本格的にな動きはそれからだろうな)
本来ならシガラ公爵の上屋敷を使えばいいのだろうが、現在は完全に敵方の監視下にあり、制圧はされていないが、見張りがウヨウヨいることはすでにコルネスも察知していた。
そんな中で下手に来訪しようものなら、たちまち情報が漏れてしまう可能性が高い。
関連施設も目を付けられているが、『木の上のウサギ亭』の周囲はそのような気配は感じなかった。
つまりは、ここなら大丈夫だと、ヒーサが太鼓判を押したということだ。
(どういう理屈で、こんないい場所を押さえれたかは知らんが、そこは流石だと誉めておくべきか。どこまで用意周到なのだ)
ヒーサにしろ、ヒサコにしろ、とにかく準備に余念がなく、気が付いた時にはとんでもない作品が仕上がっている。
そういう感覚をコルネスは感じた。
とはいえ、こちらもしっかりと働いているところを見せねば、報酬がふいになるかもしれないと考え、そそくさと自宅の方に急いだ。
とにかく、今は情報収取が優先されるべきで、敵方の動向に探りを入れるべく、コルネスもまた動き出した。
なにしろ、この働き如何で今後の自分や家族の繁栄が左右されるのだ。
干されて閑職に回されるなど真っ平御免であるし、ならば多少危ない橋を渡ってでも栄光を掴むべきだという決意が、より一層固まった。
祭りの喧騒に囃し立てられる様に、コルネスもまた、やってやると気分を高揚させた。
~ 第七十六話に続く ~
気に入っていただけたなら、↓にありますいいねボタンをポチっとしていただくか、☆の評価を押していってください。
感想等も大歓迎でございます。
ヾ(*´∀`*)ノ




