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第七十四話  初手毒殺!? 出されたスープは附子(ぶす)の味!

 王都ウージェに到着したヒーサ達は、そのまま王宮に護送されていった。

 王宮は王都の中では最も強固な守りを誇り、護送されてきた四名と接触する人数を制限するのに、最も適した建造物と言えた。

 また、貴人用の牢屋が存在することも理由の一つに上げられた。

 外部からの施錠とのぞき窓のある部屋であり、それ以外は貴族の寝室と言っても遜色ない程のしつらえになっていた。


「いやはや、結構な待遇だな」


 ヒーサは用意された寝台に転がり、呑気に鼻歌までさえずる始末だ。

 どこまでも余裕をふかしており、何の心配もないと言いたげであった。

 なお、ヒーサの横に添い寝しようとしたアスプリクは、しっかりとアスティコスに止められていたりする。


「それでこれからどうなさいますか?」


 ライタンは椅子に腰かけ、少々不安げに尋ねてきた。

 なにしろ、着いて早々に敵方が“仕掛けて”きたからだ。

 部屋の中にある机の上には配膳されてきた食事が四人分あるのだが、ヒーサが食べた分を除けば、汁物スープに手が付けられていなかった。

 理由は簡単。“毒”が仕込まれていたからだ。

 ちなみに、ヒーサが毒見と称して出された料理をまず食べて、汁物スープが怪しいと判断。他全員もそれに同意し、汁物スープだけ手を付けなかったのだ。


(まあ、私はスキル《毒無効》があるから、こういうときには便利だわな)


 毒が効かないだけで、毒の味は多少感じるので、こういう時には便利なスキルであった。


「そもそも、僕ら全員術士だよ? こんなのすぐバレるって」


 そう言ったのはアスプリクだ。

 そもそも術士は常人とは違う感覚を持っており、毒や呪いへの違和感と言うものを自然と感じてしまうものなのだ。

 ましてや、この部屋の中にいる四人は、そもそも《毒無効》を持っているヒーサに加え、国内で十指に入る凄腕の術士ばかりである。

 毒を仕込んだとしても、すぐに気付かれるのがオチだ。

 アスプリクがカシンの仕込んだ罠にハマったのも、あくまで油断が生んだものであって、現在のような警戒態勢にある中では、誤魔化すなどまず不可能であった。


「まあ、裁判やら聴取が始まるまでは、のんびりすればいいさ。もちろん、実力行使に出てきた場合は、それ相応の反撃はするがな」


 実際、すでに裁判なしで処断するために毒まで仕込んできたが、それも失敗に終わった。

 事を荒立てたくないという段階ではなく、大事になろうとも消しにかかる、という段階まで王宮が騒がしくなっていることの証であった。

 コルネスが色々と手を回してくれているだろうが、それも万全ではないということだ。

 なにしろ、今回の毒入りスープにしても、厨房の料理人か、あるいは配膳の給仕を一人、買収でもしておけば済む話であり、それまで全部防ぎ切るとなると、コルネスとその手勢だけでは手が足りていないのは明白であった。


「お待ちください! この先は立ち入り禁止でございます!」


「うるさい! どけ!」


 何やら急に部屋の外が騒がしくなってきて、口論が始まっていた。

 どうやらどこかの誰かが“面会”をしに来たようだが、望ましい客人ではないのはすぐに分かった。

 監禁部屋の前にいる衛兵はコルネスの息がかかった兵士であり、それに止められているということは敵対する勢力の要人だというのは察しがついた。


「構わん! 丁度退屈していたところだ!」


 ヒーサは部屋の外まで響く大声で叫び、そして、寝台から起き上がった。

 “声の主”には聞き覚えがあったので、“毒”で死んだかどうかの確認に来たのだろうと踏んだのだ。

 ならば、元気な姿を披露せねばと、その場の四人は実にリラックスした姿勢でこれを迎え入れることに決めたのだ。

 そして、扉に備え付けられたのぞき窓が開くと、予想通りの顔が視界に飛び込んできた。


「お久しぶりですな、ロドリゲス枢機卿。お元気そうで何よりです」


 嫌味たっぷりな言い回しをしながら、ヒーサはゆっくりと扉に近付いた。

 ロドリゲスは法王選挙コンカラーベで敗れた後、王宮詰めの枢機卿になっていた。

 最高幹部たる枢機卿は合計で五名いるのだが、そのうち一人は王宮に入り、王族に関する祭事や、聖山との伝奏がその役割であり、以前は現法王のヨハネスが就任していた。

 ヨハネスは自分が法王になったために王宮詰め枢機卿が空席となり、それをロドリゲスに当てて、なにかと口やかましい存在を聖山の外へと出したのだ。

 結果、聖山におけるロドリゲスの派閥は大きく後退し、ヨハネスがいよいよ教団の抜本的な改革に乗り出す機会が訪れた。

 しかし、その矢先にヨハネスの後ろ盾であった宰相ジェイクが暗殺されてしまい、足元が一気に覚束なくなった。

 そこからがロドリゲスの巻き返しが始まり、今もこうして政敵であるヒーサを葬ろうと、あれこれ手を回していた。


(さて、合戦前の掛け合いだ。せいぜい、面白おかしく笑いを取ってやろうぞ)

 囚われの身だというのに、ヒーサは余裕であった。

 むしろ、扉の向こうにいるロドリゲスの方にこそ焦りが生じていた。

 さあ、何を話そうかと、ヒーサは意地悪く考えるのであった。


「貴様も元気そうだな、公爵。とっくに死んだものかと思っていたぞ」


「ここに来て、最初の食事に毒を仕込むとは、いやはや枢機卿はせっかちでいらっしゃいますな」


「……なんのことか、分からんな」


 ロドリゲスのすっとぼけ方がいかにもと言った感じであり、もはやこの世界では“演技”の達人と化したヒーサに言わせれば、素人も同然であった。

 もう少しからかってやるかと、食べ終わって空になった食器をこれみよがしに見せつけた。


「悪くない食事でしたぞ。他の三人は小食ゆえ、汁物スープは残してしまいましたが、私は健啖家でありますゆえ、ほれこの通り」


 空っぽのスープ皿をひっくり返し、しっかりそれを食した事を強調した。

 途端、ロドリゲスは、どうしてだ、と言わんばかりに目を見開いた。


「ば、バカな!? なぜ生きていられる!?」


「あいにくと、私は医者でございますからね。死なない程度に毎日毒物を摂取し、おかげですっかり耐性が付いてしまいました。あの程度の量の附子ぶすでは、刺激的な調味料でしかありませんな」


「なん、だと……!?」


「次に入れるのであれば、ヒ素をお勧めしますよ」


 勝ち誇った顔を見せるヒーサに、ロドリゲスは怒りで握り拳を作り、それでドンドンと何度も扉を殴打した。


「やはり、貴様は生かしてはおれんな。すぐにでも縛り首にしてやるわ!」


「公爵たる者を、いかなる罪状を以て処断すると言うのですかな?」


「無論、国家反逆罪よ! 国王、宰相を暗殺せし、白の鬼子を匿った。良からぬ企みを以て、お二人を害し、国を乗っ取ろうと言う算段であろう!?」


「何の証拠もありませんな。今少し、推敲なさってから、冒頭陳述をなさった方がよろしいかと」


 二人を害したのは他人であるが、“国を乗っ取る”の下りは大正解であった。

 無論、その手段はまだロドリゲスに察知されていない。すでに本体ヒサコは潜伏済みで、ティースと共に機を計っている段階だ。

 分身体ヒーサとアスプリクに目が行き、そちらまで気が回っていないのは、ここでのやり取りで察することができた。

 ヒーサを始末すれば丸々納まる。そう言う態度がロドリゲスからにじみ出ていた。


(こうなると、ブルザーの方も似たようなものだろうな。すでにこちらの身柄を押さえ、勝った気でいるのだろうが、そうはいかんのだよ。まあ、体面を気にせず、軍勢を以てこの部屋になだれ込まれたら、さすがに困るがな)


 もちろん、それはないことも確信していた。

 ロドリゲスにせよ、ブルザーにせよ、かなり外面を気にする性格で、それだけに大っぴらに暗殺などと言う手段には出てこないのだ。

 こそっと毒を盛って、気が付いたら死んでいた。これくらいの着地点を狙っているのが見え見えであり、今少し大胆に攻めて来いよと思うヒーサであった。


(そう、かつて将軍の御所を襲った時のようにな)


 京の都で軍勢を動かし、世間の目など気にせず室町将軍を弑逆した。松永久秀の悪行として特に出される一事であり、天下に悪名を轟かせた出来事だ。

 だが、この世界ではそんな大胆かつ、“悪名を恐れない”輩は見受けられなかった。

 この世界には、自分と悪名を競える相手がいない。余裕で事態の推移を見ていられる所以である。


「フンッ! 明日にでも処断してやるから、今のうちに首でもしっかり磨いていろ!」


「あまり強い言葉を発しない方がいいですよ。却って弱く見えます。枢機卿と言う要職にある身なのですから、今少しドシッと構えていた方が貫禄が出ます」


「抜かしおるわ。その減らず口、明日も叩けるものなら叩いてみろ!」


 ガシャンと荒々しくのぞき窓を閉じ、荒ぶる足音と共にロドリゲスは去っていった。


「ん~、やっぱヒーサの方が口は達者だね。あれじゃ相手にもなんないよ」


 静かに見守っていたアスプリクではあるが、ヒーサの相変わらずな口達者な挑発に拍手を送った。

 まして、相手はあの鬱陶しいロドリゲスである。見ているだけで気分爽快であった。


「結局のところ、力任せ、数任せのゴリ押しが一番強いのだが、今の状況では誰も世間体を気にして動かない。お行儀よく“裁判ごっこ”に興じるつもりらしい。中途半端に毒盛って、それで策士気取りとは呆れてしまう。ちゃんと一撃で屠る覚悟で攻めて来い、っといったところかな」


「お~お~、さすがヒーサ! 君の発言は一家言あるね。経験かな?」


「いいや。血肉に刻み込まれた“習慣”だよ」


 寝ても覚めても、寸土を求めて切った張ったを続けてきたのが、“武士”という存在だ。

 松永久秀もまた、その生き方を踏襲し、奪い奪われを繰り返してきた。

 この世界でヒーサと名前を変えようとも、その基本姿勢は変わらない。欲しいものは奪ってでも手に入れる。それだけの話だ。


「さてさて、どういう設えで裁きの場を彩ってくれるか、少しは期待したところだな。そうでなければ、ヒサコとティースの大芝居が、過剰演出になってしまう」


 そう言うと、ヒーサは再び寝台に横になり、大きくあくびをした後、目を閉じて眠ってしまった。

 毒を盛られ、盛大に脅迫を受けたと言うのに、この図太い態度はさすがだな、とアスプリクも感心した。

 そして、彼女もまたヒーサに倣い、気持ちを楽にして自分の寝台に横になって寝入ってしまった。

 まだまだ王位の簒奪劇は始まったばかりであり、体力の温存を図る二人であった。



            ~ 第七十五話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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