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第七十一話  再会! 義妹の顔はいつも見ても不快だ!

 仇敵。辛酸を舐めさせられた憎き相手のことである。

 カウラ伯爵家当主ティースにとっては、目の前にいるヒサコがそれに該当すると言っても過言ではない。

 自身の父と兄を殺し、伯爵家をメチャクチャにして、すべてを奪い取っていった女だ。仇敵認定するには十分すぎる条件と言えよう。

 それらの一件には、実はヒーサの意志が入っていたとは言え、やはり急に方向転換するのは難しいと言うのが本音であった。

 なにかとケンカを吹っかけてきた相手であり、復讐云々を抜きにしても性格の捻じ曲がった嫌な女と言う認識に変わりはない。

 その仇敵が今、ティースの目の前にいる。しかも、ティースの心情を読み取った上で、それを逆撫でするような歓迎の意を示す笑顔と共に。


「お義姉様、お久しぶりでございます。息災でありましたか?」


 いかにもといった白々しい挨拶が、ヒサコの口から飛び出し、ティースはカチンときた。

 現在、シガラ公爵家は窮地に立たされている。王都で起こった宰相ジェイクへの暗殺、その実行犯であるアスプリクを匿ったということで、連座して罪に問われそうになっていた。

 それらはすぐに黒衣の司祭カシンの仕業だと気付いたが、そうとは知らない人間が王都には多い上に、敵失に付け込むと言う形で反シガラ公爵派が活発に動き出しつつあった。

 真実云々よりも、ヒーサをおとしめたい、報復したい輩はいくらでもいた。

 だが、ヒーサは即座に動いた。座してなされるがままに成るのをヨシとしないのもあったが、何よりこれを王位簒奪の好機と捉えたのだ。

 主だった顔触れに指示を飛ばし、自身は“わざと”捕縛されてその時を待つ、という事になった。

 とは言え、万が一の保険として、すでにヒーサを分身体に切り替えており、現在ヒサコの方が本体となっていた。

 英雄の側に女神あり。テアがヒサコの側にいるのがその証左だ。

 一方、ヒーサからの指示を受けたティースは、シガラ公爵領に戻るフリをして、途中で密かに隊列を抜け出し、ヒサコと合流するようになっていた。

 他にも、将軍のサームは率いていた部隊の一部を、偽装させて王都に密かに向かわせ、自身は擬態のために公爵領に何食わぬ顔で戻っていた。

 ティースの従者マークはその王都に向かわせた秘密の部隊の連絡要員として動いており、今は主人と別行動を取っていた。

 つまり、ティースは実にいつぶりか分からぬほどに、完全な単独行動をしているのだ。

 これまでならば、いつも側には、ナルか、あるいはマークがいた。

 幼少期は伯爵令嬢として他にも近侍の者がいたし、誰かが付き従うのが当たり前の生活であった。

 公爵夫人になってからもそれは変わらず、誰かしら側にいたものだ。

 それが今回は完全なる孤立。夫もいない、従者もいない、護衛もいない、孤独な旅路であった。

 しかも、向かう先が顔も合わせたくない義理の妹の所ときた。

 いくら作戦とは言え、不機嫌になると言うものであった。


「元気だったわよ~。少なくとも、あなたの顔を見るまでは」


 いつも通りの嫌味で返し、ティースとヒサコの目線がぶつかり合って、火花を散らせた。

 腰に帯びた剣を抜き、斬りかかってないのが不思議なくらいであった。

 無意識的にその激発を止める何かが、ティースを縛り、行動を制限していた。

 その歯止めの正体は“赤ん坊”だ。ヒサコは優雅に椅子に腰かけているが、その腕の中には寝息を立ててスヤスヤと夢を見ている赤ん坊がいた。

 まるでティースに見せつけるように抱えており、収奪の成果を誇示しているかのようだ。

 家族を奪い、財産を奪い、果ては腹を痛めて産んだ我が子すら奪った。

 人は与えられた恩義よりも、奪われた恨みをこそ忘れないものだが、ヒサコには奪われるばかりで、与えられるのは憎悪だけだ。

 ヒサコは抱えた赤ん坊をあやし、ティースの煮えたぎる心情を知った上で、敢えて見せているかのようであった。

 このままヒサコをぶった切ってしまいたいが、そうなると赤ん坊にまで刃が届きかねない。

 それは決してできない事だ。指一本触れてはいないとはいえ、この赤ん坊は紛れもなくティースの産んだ子供であるからだ。


「そう。では、さっさと作戦会議を開きましょう。少々、忙しくなりそうですから」


 そう言って、ヒサコは側に控えていたテアに合図を送り、ティースが腰かけれるようにと椅子を用意させた。


「あなたも色々大変ね。こんなのに付き従うことになっているんだし」


 ティースはテアにそう言うと、見目麗しき侍女がその要望に相応しくない苦笑いを浮かべた。

 席に座り、改めて悪役令嬢ヒサコ公爵夫人ティースは睨み合った。

 空気の悪さは相変わらずだが、現状を打開するためには協力し合う必要があり、ひとまずは矛を下げねばならなかった。


「さて、忙しくなりそうと言ったけど、それには理由があるの。密偵からの報告で、王都で国王陛下が暗殺されたわ。しかも下手人がアスプリクって事になっているわ」


「陛下が!? それにアスプリクが犯人って、ありえないでしょ、それ!?」


 大抵の事では驚かないティースではあったが、この情報にはさすがに驚かざるを得なかった。

 いくら病床にあり、先も長くないと思われていたが、この時期での崩御、それも暗殺と言う形での死は完全に予想外であった。

 跡取りとしていた第二王子にして宰相のジェイクが死に、自身もまたその後を無理やりに後追いされたのだ。

 しかも、下手人がアスプリクと来た。娘に殺されたとなると、ますます浮かばれない話である。

 これではより一層、宮中が騒がしくなるのは必定であった。


「ですが、これは却って好都合。いなくなった席には、誰かが座らねばなりません。志尊の王冠を戴き、栄光ある玉座に座る者が、ね」


 自国の王様が殺されたと言うのに、眉一つ動かさずに淡々と話すヒサコに、ティースは改めて嫌悪感と、それと同量同質の恐怖を覚えた。


(この図太さだけは見習わないとね)


 常に冷静沈着であり、それでいて馬鹿げた行動に隠されたえげつない策謀。ティースが真似できない力を持っており、その点だけは認めていた。

 感情では動かず、常に最善手を目指して行動する。自分にもそれがあればと思うこともあったが、かといって人間性は最悪であるので、手本にはしたくない複雑な感覚を味わっていた。


「……予定より、かなり早くなるけど?」


「構わないわ。遅いか早いかの差であって、この子が座るのは確定していたもの」


「でも、順当に行けば、サーディク殿下がこのまま王位に就くわよ?」


「大丈夫。お姉様と初めてお会いしました思い出の場所で、すべてをひっくり返してみせますわ」


「初めて会った場所……、ねえ」


 嫌な記憶を呼び起こされ、ティースはまた顔をしかめた。

 二人が初めて出会ったのは、王宮の大広間であった。

 『シガラ公爵毒殺事件』の真相を取り調べるため、シガラ公爵家、カウラ伯爵家の双方から人を呼び、国王臨席の下、御前聴取が行われた。

 当初は公爵家から当主に暫定的ながら就いたヒーサが出席予定であったが、体調を崩して出席を見送り、その代理としてヒサコが出席した。

 そして、伯爵家の暫定当主であったティースと対面し、初めての二人の対決が行われた。

 結果は、ティースの完敗であった。

 情報の不足もあったが、なによりヒサコの手八丁口八丁にまんまとしてやられたのだ。

 なお、その後の“答え合わせ”の結果は、ティースが正しかったことが証明された。

 感情的に答弁し、ヒーサ・ヒサコが犯人だと考えていたら、案の定であった。

 ヒーサが仕組み、ヒサコが動いて事を成した。

 それが事件の真相なのだ。

 だが、世間は未だに異端宗派《六星派シクスス》の陰謀と言うことになっており、ごく一部の人間しか本当の真相を知らなかった。

 ティース自身も最近になってようやく気付いた事であり、すでに絡め取られて真実を広めた場合の不利益の方が大きくなっていた。

 ダメ押しとばかりにナルを失う事となり、次いで自らの子供すら生贄に捧げた。

 もう後戻りはできず、ひたすらに前進して、お家再興を果たさねば、散ってしまったナルに顔向けができない。

 それだけが今のティースの行動原理であった。

 こうして顔を会わせたくもないヒサコと会話を交わしているのも、そのための忍従の結果でしかなかった。



           ~ 第七十二話に続く ~

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