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第七十話  重ね着!? 濡れ衣が一枚追加されましたが、特に問題はない!

 王都に向かう街道を、千名を超す完全武装の軍団が進んでいた。

 それも、“僅か二台の馬車”を前後左右、隙なく護衛するように配備しており、道行く旅人らを驚かせた。

 いったい誰を護衛しているのか、と。

 ちなみに、その中にはヒーサ、アスプリク、アスティコス、ライタンの四名がいた。


「いやはや、結構な待遇だな。これでは迂闊に手は出せまい」


 ヒーサは馬車の窓から周囲の状況を観察し、がっちりと護衛の兵士を配してくれているの確認して、ヨシヨシと頷いた。

 この馬車は先頃まで自身を運んでいた馬車だが、シガラ公爵家の馬車だと一目で分からない様に、家紋やら旗印は取り外されていた。

 しかも、四人が乗る馬車とは別にもう一台、似たような馬車まで用意しており、そちらには家紋を付けたままにしてあるので、囮としての役目を果たしていた。

 コルネスは慎重で手堅い男であるが、一度約して動き出すと、中々に徹底していた。

 こういう男であることは“ヒサコ”の目でよく観察していたので、しっかりとこちらに“寝返った”ことを確信するに至った。

 ヒーサは車窓のカーテンを閉め、車内に視線を向けたが、その空気は非常に悪かった。

 理由は簡単。移動中は人目を気にしなくていいからと、アスプリクがヒーサの隣に座し、ベッタリと張り付いているからだ。

 まるで子猫のように甘えており、小さな体をもたれかかり、愛撫を求めて何度も何度も頬を摺り寄せてくる有様だ。

 それを対面からアスティコスが睨み付けていた。姪の隣は私の場所、それを奪うな、と言わんばかりに不機嫌そうであった。

 ライタンはその光景から目をそらし、居づらそうにしながら現実逃避していた。


「さて、皆様方、いよいよ作戦は開始された。もうここからは後戻りはできん」


 ヒーサは場の空気をあえて無視し、口を開いた。

 他三名の態度も変わらない。聞いてはいるようだが、行動に変化はなかった。


「コルネスには散々に言い付けて、すでに王都には早馬が走っている。『シガラ公爵を逃亡中の暗殺犯と共に、その身柄を押さえた』とな」


「その言い方は、ちょっと癪に障るな~。まあ、事実ではあるから、反論はできないけど」


 アスプリクはヒーサに向かって甘えながらも、視線は上目遣いでその目を見据えていた。

 不本意ではあるが、兄ジェイクを殺害したのは、紛れもなく自分自身なのだ。油断が隙を生み、その隙に乗じられる形でそうなったのだが、それと気付かずにいた自分が悪いのだと悔いてはいた。

 その後の対処もまずいものばかりで、いかに自分がヒーサの下で“温い”生活に慣らされていたと、反省するに至っていた。

 だが、それは年齢に相応しくない生活であり、ヒーサの所での生活こそ、むしろ年頃の乙女としては真っ当であった。

 そう理解すればこそ、ヒーサはアスプリクの頭を撫でて、その甘えを許した。真正面から突き刺さる、アスティコスの視線を流しながら。


「すでに、ティースも、マークも、サームも、それぞれの仕事に取りかかっている。ユラユラのんびり過ごせてはいるが、王都に到着してからは、のんびりできなくなるし、今のうちに英気を養っておくのだぞ」


「養うも何も、苛立ちしか湧いてきませんが、この感情を切り離して、窓から放り投げれる方法があるなら、是非伝授して欲しいものです」


 アスティコスも容赦がない。彼女にとっては、姪のアスプリクが全てであり、それを守る事が自分の役目であると自負していた。

 その役目を奪うヒーサに対しては、殺意に近いものを抱いていた。

 ここで飛び掛からないのは、アスプリクがヒーサに密着していて、被害がそちらに及ぶからでしかない。

 その横のライタンはますます悪くなる場の空気に辟易して、ただただ視線を逸らしてため息をはくだけであった。


「まあ、アスプリクの英気を養うのは、“これ”が一番であるからな。目を瞑って寝ておくことをおすすめするぞ」


 ヒーサの手はアスプリクの頭を撫でており、それがアスティコスの神経を同時に逆撫でしていた。

 アスプリクにとっては、ヒーサに優しくもらえることが何よりの御褒美であり、ヒーサもそれを理解していればこそ、丁重に扱っていた。

 魔王の覚醒が可能性としてある以上、アスプリクの精神浄化メンタルケアは必須であり、少女を愛でるのもある種の仕事と割り切っていた。

 その点はアスティコスも弁えてはいるが、それでも目の前で可愛い姪っ子が、汚らわしい人間の男の手で汚されるのを眺めていられるほど、スッパリ割り切れてはいなかった。

 結局のところ、理解と納得は別次元の領域なのだ。


「ああ、本当にイライラしますね。私、火の術式は苦手なのですが、今ならアスプリクに匹敵する業火を呼び出せそうな気がします」


「おお、それは楽しみだな。二人の合作で、是非あのアホ皇帝を焼き尽くしてくれたまえ」


 ヒーサは心の底からそう思い、満面の笑みを浮かべながら丸焦げの死体を想像した。

 なにしろ、皇帝の正体はかつての世界において、身の程も弁えずに反抗し、始末した室町将軍・足利義輝あしかがよしてるだと聞かされていたからだ。

 恨みのあまり化けて出たかと考えたが、そもそも自分もあちらの世界では焼き殺されたかと考え直し、今度はバカ将軍に炎の熱さを教えてやろうと、あれこれ模索し始めるのであった。


「あぁ~、でもあれですね。苦手なので的を絞れず、友軍に誤射してしまいそうですがね。その際は、あなたが丸焦げになりますけど、あしらかずってことで」


「自軍本営が炎上したら、目も当てられんな。ちゃんと狙ってやれよ」


「そうね。狙ってやるわ」


 ヒーサを睨み付けながら言い放つアスティコスの瞳には、炎がゆらめいているようにも見えた。

 本気で狙って撃って来そうなので、ヒーサはわざとらしく肩を竦めた。

 本当に勘弁してくれ、ライタンは頭を抱えて最悪な空気に耐えていた。

 ヒーサは挑発するし、アスティコスはそれを真っ向から投げ返すし、アスプリクはその光景を“楽しそう”に眺めているしで、収拾がつきそうもなかった。

 まともなのは自分だけかと考えつつ、気分を変えるために少しカーテンを開けて、車窓から外を眺めると、コルネスが神妙な顔で馬を走らせ、馬車に並走させているのに気が付いた。

 何か伝えたい事があるのだろうと考え、少し戸を開けた。


「コルネス将軍、何かありましたか?」


 ライタンはそう尋ねたが、コルネスは妙に渋い顔を浮かべるだけであった。

 怪訝に思い、ライタンは首を傾げると、意を決して、コルネスは口を開いた。


「……王都で大事件だ。今、早馬がやって来て、こう伝えてきた。『国王陛下が暗殺された』と」


「な……!」


 事が事だけに、ライタンは絶句した。

 宰相に続き、今度は国王が殺されたのである。

 だが、ライタンが振り向いた社内の他三名は、揃って反応が薄かった。

 話は聞いているようだが、三名とも「ふぅ~ん」としか思っていなさそうな、どうでもいい、興味のなさそうな表情であった。

 ああ、やっぱりまともなのは自分だけかとライタンは確信し、視線をコルネスに戻した。


「それで、下手人は捕まったのですか?」


「事が起こったのは昨夜。暗殺された当初、陛下の寝室にはサーディク殿下が訪れていたそうなのだ。そして、そこに刺客が現れたのだが、それが“アスプリク”であった、そう殿下が証言している」


「……は?」


 それは有り得ない話であった。

 なにしろ、その“アスプリク”はすぐ目の前にいるのだからだ。

 ライタンは再び馬車内に視線を戻すと、「んなわけねぇ~じゃん」と三人の顔に書いてあった。


(まあ、アスプリク殿単独で全速の〈飛行フライ〉を使えば、ギリギリ時間的には可能か)


 アスプリクがヒーサとの合流が遅くなったのは、負傷したアスティコスを抱えていたからに他ならない。

 単独で動いたならば、かなり素早く移動は可能であった。

 もちろん、アスプリクが叔母を見捨てるなど有り得ないし、そもそも昨夜はすでに合流済みで、ヒーサと同衾(実はしてない)していたはずなので、犯行は絶対不可能。

 それがライタンの下した結論であった。


「……公爵殿、作戦はこのまま続行と言う事でよろしいので?」


 少し躊躇い気味にコルネスは尋ねてきたが、彼とて博打に近い行動をしているため、いささか不安であった。

 このままサーディクが王位に就けば、間違いなく干される身の上である。閑職か前線送りが目に見えており、好ましい状況ではなかった。

 そこでヒーサより提案された策に乗り、逆転を狙っている最中なのだ。

 ここでヒーサがコケる事があれば、それの巻き添えを食らい、それこそ巻き返しようもない人生が、今後に待ち構えている。是が非でも成功させなくては、未来が存在しないのだ。


「コルネス殿、心配無用だ。少し手順は変わるが、大まかな流れに変更はない。大船に乗ったつもりで、そのまま続行だ」


「……承知しました」


 ヒーサの余裕の態度に多少は安堵したのか、コルネスは了承したと頷いて応じた。

 そして、ライタンが再び戸を閉めると、ヒーサは少し考え事を始めたのか、腕を組み、上を向いた。


「……なあ、アスプリクよ、一応聞いておきたいのだが」


「何についてだい?」


「国王についてだ。あれは一応、お前の父親だし、死んだと聞いて思うところはあるか?」


「ない。強いて言えば、この手で屠れなかったのが残念なくらいだ」


 アスプリクにとって、父親とは嫌悪の対象でしかない。何一つ親らしいことをしてもらった記憶はなく、優しい笑顔も、あるいは逆に厳しい叱責もない。

 ただただ、避けられるだけの存在として、王宮に置かれていただけだった。

 十歳になる事には神殿に放り込まれ、あとは完全に係わりが無くなった。

 たまに式典などで王宮に戻ることもあったが、特に何かあったわけでもなく、その付き合いは親子のそれではなく、事務的で、義務的な仕事上の関係だけであった。

 それがいなくなったとて、アスプリクは心が揺れることなど一切ないのだ。


「では、これから発する国王への発言も、許容すると言う意味でいいな?」


「許容するもなにも、国王の発言は全て戯言で、ヒーサの発言は福音みたいなもんだよ」


「そこまで大したものではない。特に今回のはな」


 そう言うと、ヒーサは隣に腰かけるアスプリクに視線を向け、そして、ニヤリと笑った。


「今回の件は、どう考えても下手人はカシンだ。おそらくは、幻術でアスプリクに化けて、殺したんだろうな。ご丁寧に、目撃者付きで。こちらがまだ王都の外にいて干渉できないでいるうちに、もう一枚濡れ衣を着せてきたわけか」


「だね。あんにゃろうめ、人の楽しみ、奪いやがって。あとで、国王がどんな無様な死に様だったか、聞き出さないといけないね」


 死者への敬意は一切なく、父への弔意も微塵も感じさせない二人の会話に、さすがのライタンも眉をしかめた。

 二人はそれを感じつつも、お構いなしに会話を続けた。


「しかしまあ、あれだな。カシンのやつめ、焦ったのか、あるいは調子に乗り過ぎたのか、まんまと墓穴を掘りやがったな」


「ん~? あ、そっか、国王が死んで、王位が空く。つまり、ヒサコの子供が、そこに予定より早く滑り込めるってことか!」


「そう言う事だ。カシンの奴め、混乱を誘い、かつ濡れ衣を重ね着するのを強要したつもりでいるだろうが、今回ばかりは裏目だぞ。目の前にいたら、『この間抜けめ』と煽っているところだ」


 ヒーサもアスプリクも気勢を上げて、“国王”が死んだことを喜んでいた。

 ライタンとしてはこの二人が、まともな感性の持ち主ではないなと思いつつも、自分もすっかり巻き込まれて、お仲間になっていると言う自覚があった。

 正直に言えば、さっさと騒動を終わらせて、ケイカ村で温泉にでもゆっくり浸かりたい気分で心が占められていた。

 叶わぬ事と思いつつ、嬉しそうに騒ぎ立てる二人の会話を流しながら、後ろに流れゆく車窓から眺めで現実逃避するライタンであった。

 それぞれの思惑を旨に、四名は厳重に護送されながら、王都へと急いだ。



            ~ 第七十一話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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