第六十六話 父殺し!? 白き手は燃え上がり、死が香る! (イラスト有)
アスプリクの白い手が伸び、フェリク王の首を掴んだ。
まだ大した力は込められてはいないが、老いと病によりすっかり衰えているフェリク王は、その少女のか細い手すら引き剥がすことができなかった。
「さあ、永久の眠りにつく時が来たのです。ゆっくりとお休みください」
「よ、よせ……! た、助けてくれ!」
「助けたところで、どのみち長くはないでしょう。生にしがみ付くのは、見苦しい限りですね」
アスプリクも敢えて力をそこまで込めないでいた。フェリク王が喋れる程度には加減した。
死に逝く者の断末魔を聞くためだ。
「お、お前は! 母親のみならず、父親すらも手にかけようと言うのか!?」
「おやおやおや、今更、父親面ですか? 反吐が出ますね」
無表情ではあるが、苛立ちや怒りがにじみ出ていた。“なぜか”熱くはないが、アスプリクの体から炎が噴き出し、白き体を包み込み、その手がゆっくりとフェリク王を締め上げていった。
「ぐがががぁ!」
「父親と言うのはね、子に生きるべき道を指し示した者のことを言うんだよ? 母親と違い、産みの苦痛なく子を手にするんだ。父親としての矜持と義務、それを果たして初めて父親を名乗れる」
「だはげぇ!」
「僕はね、あなたに何かしてもらったことはない。食べ物を与えた? 住む場所を提供した? まあ、十歳までは王宮にいたわけですから、何もしてない訳ではない。そうではないと言いたいかもしれません。だけどさぁ、結局のところ、僕が術の才能を有していたからこその措置でしょう、それって? なければすぐに捨てていた」
なにしろ、産まれてすぐに母親を焼き殺してしまう程の力を有していたのだ。それを捨て去るなどとんでもないことだし、教団側もそれを見ているので、欲するのは当然と言えた。
産まれた瞬間から、アスプリクの未来は定められた。術士として教団に入り、姫君として誰かに傅かれることなく、戦いに明け暮れることを宿命づけられた。
生まれ落ちたその瞬間から、この白無垢の少女は呪いを受けていた。
戦いに明け暮れることも、そして、“魔王”になることも。
「抗うことはできた。娘を助けるために、あえて教団の意向に背くことはできたはずだ。なぜなら、あなたは国王だからだ。この国で一番の力を持つ最高権力者だ。でも、それをしなかった。ああ、やはり親子だな。あなたも、兄上も!」
「ががががぁ!」
手に込める力は徐々に増していき、いよいよまともに喋る事すらできなくなり、フェリク王は苦しみからより顔を紅潮させていった。
「僕が何をされていたのか知っていた。それを助けるための力もあった。でも、僕を放置した。どいつもこいつも、クズばかりだ! ああ、イライラするなぁ。本当にイライラする!」
「が……、はぁ……」
「それじゃ、終わりにしようか。自分の行いがどれほどの惨劇を生み出すのか、噛み締めながら死んで逝け、王よ。国が、世界が、滅びゆく様を見ずに死ねることを、心の底から喜ぶがいい!」
最後の一撃。少女とは思えぬほどの強烈な締め上げに、フェリク王は泡を吹きながら事切れた。
頭部が、腕が、ぐったりとしなだれ、それがかつて生きて動いていたことを、僅かに残る体温だけがそれを伝えていた。
しかし、それもじきに消える。命の灯火は、少女の手により呆気なく手折られてしまった。
「なんということを……!」
まだ縛られて地べたに倒れ込んでいるサーディクは、目の前で行われた凶行を止められなかったことを、大いに嘆いた。
だが、それでも糾弾しなくてはならない。そうでなくては、正義も何もあったものではないからだ。
苦痛に呻きながらも、サーディクは必至で、悪鬼と化した妹を睨み付けた。
「アスプリク、お前はなんということをしでかしたのだ! 病床にあった父を、老人を、絞め殺しておいて、何の呵責もないと言うのか!?」
「ない」
アスプリクは平然と言い放ち、掴んだままであった躯を放り棄て、倒れているサーディクの方を振り向いた。
そして、サーディクは見た。目の前の妹には、後悔も悲愴もない。ただ淡々と復讐を果たした。そう言いたげな光のない瞳がそこにあった。
「僕が今まで受けた仕打ちを思えば、このくらいどうと言うことはない。父親らしいことを何もせず、ただ逃げてばかりで、最後は命乞い? ああ、イライラするなぁ。ほんとイライラする」
言うべきことは言い、やるべきことは終わった。そう感じたアスプリクは歩き出し、閉じていた窓を開け放った。
熱気に満たされた部屋に涼しい夜風が入り込み、火照る体を涼ませた。
「では兄上、ごきげんよう。父と兄、二人の葬儀を盛大に開いてくださいな。そして、血塗られた玉座に座し、砂上の楼閣に君臨なさるがいいでしょう。〈飛行〉!」
アスプリクは軽やかに窓から飛び降りると、術で体を浮かせ、王都の郊外に向けて飛んでいった。
***
眼下の城下町は不夜城の賑わいを見せていた。
なにしろ、年に一度の大祭“星聖祭”の真っ最中であり、一週間通しで行われるのが慣例だ。
「五つの星の神々は、世界を七日間にて作り上げた」との聖典の記述に則り、それに合わせた七日連続の祭りというわけだ。
国内各地から巡礼者、あるいは流入する人々を相手とする行商などが入り込み、眠らない街を作り上げた。
だが、今回ばかりは勝手が違う。
なにしろ、この祭りの最中に宰相ジェイクが暗殺され、それが人から人へと渡り歩き、噂が噂を呼ぶ結果となった。
祭りどころではない騒ぎなのだが、法王ヨハネスを中心に必死になってそれを抑え込み、事件の捜査をしながら祭りも例年通りに敢行するという離れ業をやっていた。
だが、それも今夜までだ。
まだ祭りは半分が終わろうかと言う段階であるが、もうどうしようもない事が先程、王城で発生した。
すなわち、国王フェリクの暗殺である。
国王フェリクが死に、跡取りであった第二王子にして宰相ジェイクも亡くなった。
もはや誰も止められないほどに争いが争いを呼ぶであろうことは、疑いようもなかった
父親殺しを完遂したアスプリクは、郊外にいある森に着地すると、一仕事終えたとばかりに安堵のため息を吐いた。
「やれやれ。少女に化けるのは慣れておらんから、少し疲れたな」
そう吐き捨てると、その姿はたちまち漆黒の法衣に身を包んだ男に変わった。
黒衣の司祭カシンであった。
「さて、これでアスプリクに罪状一つ追加だな。しかも最上位のな。幻術の炎を見せ付け、これでもかと印象付けもしておいたし、ここからが楽しみだ。国王殺し、これで逃げ場がますますなくなったぞ」
現在、カシンの視点で見た場合、アスプリクは行方不明なのだ。
恐らくはヒーサかヒサコの所へ駆け込むはず。そうであろうと予測できていた。それゆえの、鬼のいぬ間の洗濯である。
あちらが干渉できないのをいい事に、ここぞとばかりに更なる悪名を着せ、追加の騒動を狙っての行動であった。
得意の幻術を用いて王宮に入り、まんまと王の寝所まで辿り着くと、今度はアスプリクに姿を変えて室内に乱入した。
しかも、サーディクと言う国王殺害現場の証人がいるのを見計らっての犯行である。
アスプリクへの更なる追及に加え、空席となった王位を巡って最大級の混乱を迎えるのは容易に想像できることだ。
上手く行けば、そのまま内乱と言う事も考えられた。
そうなってくれれば隙だらけの国境を越えて、帝国軍が暴れ回り、ヒーサ・ヒサコを追い詰めていけばいいのだ。
そうあるべきだし、そのための努力を惜しまなかった。
そして、それが実りつつあるのが今だ。
それがわかっているからこそ、自然と笑みがこぼれてくると言うものだ。
「さて、じきにヒーサもヒサコも王都に到着するだろう。だが、その壁の内側は、もはやお前らにとって、敵地に等しい場所なのだぞ。さあ、この危機をどう乗り切る? どうやって白無垢の少女を救ってみせるかな? 存分に拝見させてもらうぞ」
森の中に、カシンの高笑いが響き、それはまるで王国崩壊の先触れであるかのように、どこまでも不気味に響き渡るのであった。
~ 第六十七話に続く ~
イラストをいただけまして、折角なので掲載しておきました。
描いていただきました、四則 さん にはお礼申し上げます。
第十部のキーキャラクターである、アスプリクですね。
赤い法衣と火のエフェクト、アルビノのハーフエルフ、見事に描かれています。
感謝です!
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