第六十五話 お見舞い? いいえ、これはお礼参りです!
ヒーサ達が情報共有をして、今後の打ち合わせをしていた同時刻。王都ウージェにおいても大きな動きがあった。
それは王宮への“奇襲”。
その夜、国王フェリクの寝所に、第三王子サーディクが訪れていた。
実は、フェリク王は第二王子である宰相ジェイクの死を、そのときまで知らなかったのだ。
体調が悪く、寝床から起き上がれぬほどに弱り切っていたため、周囲が後継者に指名していたジェイクの死の報に触れ、国王が狼狽するのではないかと考え、これを秘していたためだ。
だが、これに対して、サーディクが動いた。
王宮の廷臣達のみならず、法王ヨハネスも含めた大論争が王宮の広間で行われており、今後どうするのかが話し合われたが、一向に結果の見えぬ状況であった。
特に深刻なのが、ヒーサとアスプリクへの非難や罵倒であった。
ジェイクの邸宅の見聞を行ったヨハネスは、アスプリクが何者かにハメられ、ジェイクをそうと気付かずに死なせてしまったと考えていた。
しかし、反教皇派及び反シガラ公爵派の面々がこれ幸いとばかりに攻撃を開始。アスプリクとヒーサを捕らえ、即刻処刑しろと息巻く有様であった。
結果、収拾のつかない状態となり、議論は平行線を辿った。
そこで反シガラ公爵派の急先鋒であるセティ公爵ブルザーが、サーディクを焚き付けたのだ。
サーディクの奥方はセティ公爵家の出身であり、ブルザーとは親戚関係にあった。
ブルザーとしては、フェリク王の四人の子供の内、もはや王位を継げるのはサーディクだけだと煽り、早期の王位就任を狙って動き出した。
第一王子のアイクは既に無く、第二王子のジェイクも死んだ。末娘のアスプリクに至っては、今回の騒動の犯人でもあり、王位云々など論外であった。
「つまり、殿下が立たれる時が来たのです。今の混乱を抑えるためには、誠に恐れ多き文言なれど、御病床にある陛下では不適格。国を立て直すには、若き力が必要なのです」
ブルザーはそうサーディクに吹き込み、伏せていた騒動の件を話して、譲位を迫るのですと焚き付けた。
そして、サーディクはその説得を受け、フェリク王の寝所に訪れ、状況の説明を行った。
当然、それを聞くなり、フェリク王は泣き崩れた。
「ジェイクが、ジェイクが死んだだと!? それもアスプリクの手で!? ああ、ど、どうしてそうなったのだ!? どうして!?」
有能な後継者を失い、フェリク王はもう何をしていいのか分からぬほどに混乱した。
この泣き崩れる父の姿を見て、サーディクは暗澹たる気持ちになった。
病床の父にはあまりに衝撃的な話であり、いくら事態の収拾のためとはいえ、兄の死を話してしまったことを後悔した。
(だが、もう戻れないのだ、あの日には……!)
サーディクの脳裏には、兄弟四人全員が顔を揃えた、ケイカ村での一幕が脳裏に浮かんでいた。
アーソの動乱を抑えるべく、図らずも兄弟四人が久しぶりに一堂に会した最後の一幕だ。
アイクは死に、ジェイクも死に、アスプリクは今や逃亡者。自分だけが残ってしまったと、なんとも言い表せぬ無常観に苛まれた。
だからこそ自分がしっかりせねばと奮い立ち、弱り切った父に対して譲位を迫らなくてはならなかった。
しかし、そこで異変が起こった。
人払いを命じていたにもかかわらず、呼んでもいないのに国王の寝所に誰かが扉から入って来たのだ。
どこの無礼者だとサーディクは扉の方を振り向くと、そこには見間違えることのない特異な姿をした少女がいた。
白い肌、銀色の髪、赤い瞳、尖った耳、まごう事なき半分血の繋がった妹の姿がそこにあった。
「あ、アスプリク!? どうやってここに!?」
追われているはずの妹がいきなり現れたのである。驚きもするし、警備の不手際に怒りたくもなる。
だが、それ以上に“恐ろしい”のだ。
兄ジェイクを殺めているというのに、目の前の少女には一片の後悔も感じず、ただ淡々と殺した。そう言いたげなほどに無表情であった。
「〈施錠〉! 〈防音壁〉!」
パチンッパチンッと指を二回鳴らすと、スッと何かが吹き抜ける感覚をサーディクは感じた。
何かしらの術式を使ったのは間違いなく、サーディクは身構えて警戒した。
「兄上、そういきり立たないでくださいよ。助けを呼べない様に、扉に魔術的な施錠を施し、音が外に漏れ出ないようにしただけですから」
要約すると、“部屋から逃がさない”と少女は述べたのだ。
室内にいるのは三名。父と、三男と、末娘だ。
「さて、最後の瞬間の前に、少しだけお話しましょうか、“陛下”」
父とは呼ばず、あえての陛下呼び。少女が微塵も国王の事を、父親だと認識していない証拠であった。
ゆっくりとフェリク王が横になる寝台に歩み寄ろうとするが、そこはすぐにサーディクが割って入った。
「どういうつもりだ、アスプリク!? どうやってここまで入って来た!?」
「無論、正面からですよ。ああ、ご心配なく。標的以外を殺すのは好みではないので、眠ってもらっただけですから、そこはご安心ください、兄上」
「標的だと!? まさか、ジェイク兄さんに続いて、父上まで殺めるつもりか!?」
「兄上は標的ではないので、少し黙っていてください。〈電光束縛陣〉!」
アスプリクの手から電光がほとばしり、それがサーディクの全身にグルグルと巻き付いた。
動けなくなったサーディクはその場に倒れ、どうにか輝く縄を引き剥がそうともがいた。
だが、そこから強烈な電流が発せられた。
「がぁぁぁ!」
「下手に触ると、痛いですよ、それ。引き千切ろうとすると、強烈な電流が流れますので、あしからず」
倒れた兄に一瞥もくれず、そのまま寝床で横になるフェリク王の下まで歩み寄った。
フェリク王は逃げようとするも、病気ですっかり体が衰えている上に、迫ってくる娘の気迫に恐怖が金縛りとなって体を締め上げていた。
「陛下、逃げないで下さいよ。最後くらい、潔く散ってくださいな。僕が手ずから締め上げて差し上げますので、安心して死んでください」
「あ、アスプリク、お前は、お前と言うやつは……!」
紛れもなく恐怖の対象だ。父殺しを平然と宣言し、一片の葛藤さえ感じさせない無表情を向けていた。
道端に咲く花を手折るような、そんな程度の感覚しか感じさせない冷たさがあった。
火の大神官とは思えない、氷のような眼だ。
「何を怯えておいでか? 何に怒っておいでか? ああ、理解いたしかねますね。殺されて当然のことをしたのですから、惨めに死んでください」
「や、やめろ!」
叫んだのは、床に転がるサーディクであった。
無理やり光る縄を引き千切ろうとしているため、強烈な電流がサーディクの体を駆け巡っていた。
だが、ほとばしる激痛に耐え、サーディクはもがきながらもアスプリクを睨み付けた。
「やめろ、アスプリク! これ以上、罪を重ねるつもりか!?」
「罪? 罪と来ましたか。フフッ、お笑い種ですね。偉そうに説教垂れる前に、まずは自らの罪を顧みられた方がよろしいのでは?」
アスプリクはサーディクに近付き、必死で起き上がろうとする兄に向って踏み付けをお見舞いした。
と言っても、体重も軽く、筋力もさほどない少女の踏み付けである。大した威力は無かったが、サーディクの顔面を床に押し付ける程度には十分であった。
「兄上はご存じなんだろう? 僕がどんな仕打ちを受けていたのかを」
「ああ、聞いたとも。ジェイク兄さんに教えてもらった。聖山での事は、怒って当然だ。私は最近まで知らなかった事とは言え、知ってしまったからには侘びねばならんとは思っていた。だが、だからと言って、ジェイク兄さんを殺すなどやり過ぎだ!」
「やり過ぎ? 妹が神殿のクソ爺どもの慰み物になっていると知りながら、それを放っておいてよく言うよ。詫びなんて聞きたくない。僕が欲したのは、具体的な行動だ! それをやってくれたのは、ヒーサだけだ! どうしようもないクズだよ、この一家はさ!」
アスプリクは怒りをあらわにし、もう一度強くサーディクを踏み付け、さらに蹴り飛ばした。
「僕が妾の子供だから、扱いが悪いのかい? それとも強すぎる力があるから、焼かれるのが怖いのかい? どちらにしても、それは僕を苦しめたんだ! その“ツケ”を払ってもらうだけさ!」
「よ、よせ! お前の怒りは分かるし、責められるのは当然だ。だが、それを取り戻そうとしていたのは、他でもないジェイク兄さんなのだぞ!? よりを戻そうと、必死だった! それだというのに、お前は!」
「ハンッ! 今更なんだよ! 握手を交わせば、受けた仕打ちの辛い記憶が無くなるって言うのかい? 神に祈れば、失われた純潔が戻って来るって言うのかい? どっちも有り得ないんだよ! 奇跡なんてない。ただただ辛い現実が横たわっているだけさ! だから決めたんだ。全部ぶち壊してやるって!」
アスプリクは踵を返し、改めて怯えるフェリク王に向き直った。
「さあ、十四年分のツケ払い、始めましょうか」
不敵な笑みを浮かべ、アスプリクの白い手が痩せ細った王の首に目掛けて伸びていった。
~ 第六十六話に続く ~
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