第六十四話 バグだらけ!? 世界をどうにかできないか!?
作戦会議も終わり、魔王に関する情報交換も秘密裏に完了した。
頭の中での整理も終わり、作戦の修正が必要だなと考えつつ、さすがに情報量の多さに少しばかり疲労感を覚えるヒサコであった。
遥か彼方の出来事を、分身体を使って行ったとは言え、会話に継ぐ会話と言う事もあって、使っていたのは肉体ではなく、神経の方だ。
情報の整理と、新たな策の構築のため、少しばかり頭を使い過ぎた格好であり、そのための疲労だ。
「やれやれ。やっと終わったわね。子供のお守りが一番神経使うわ」
ヒーサの口では淑女になったと褒めつつ、アスプリクに対してはまだまだ背伸びしている子供としか思っていない有様であった。
落ち着いていると言う点では、年下のマークの方がまだマシとさえ思った。
しかし、二人が成長しているのは事実であり、そろそろ大人として扱うべきかとも考え直していた。
そうこう思案を巡らせながら顔を上げると、ヒサコの視界にはテアの姿が飛び込んできた。いつになく神妙な顔をしており、こちらも考え事をしているようであった。
「ちょっと女神様~、考え事しているようだけど、頭大丈夫?」
「ふへ? ……あ、うん、問題ない」
やはり相当深く思案を巡らせていたようで、声をかけてようやく現実に戻って来たようであった。
「……おや? 八百長云々の件で、文句を言ってきそうだったのに、反応薄いわね」
「あなたの外道っぷりには、もう慣れたしね。ヒーサの口から言ってたけど、“期限”を設定してなかったのは、私のミスだわ」
その点については、テアも大いに反省していた。神は悠久の存在であり、時間の感覚がどうにも薄い。時間の定めがある人間とは、根本的な感性が違うのだ。
しかも、この世界に松永久秀を飛ばす際、やり方は任せるとまで約したのだ。
中途なこの状況で仕様変更を求めても、却って情けなくもあり、信に関わる事だと考えていたため、文句を言い辛くもあった。
結局は目の前の英雄次第。“成り行き任せ”で行くしかないのだ。
「あら? 意外だわ。もっとこう、いつもみたく掴みかかって、ギャ~ギャ~文句言うものかと思っていたから」
「それよりも重要なことが分かったからね。今まで謎だった部分が、カシンの口から漏れ出たわ。なるほど、この世界の歪みの原因は、前回からのデバッグ不足だったのね。妙に情報の残滓が多いと思ったら、前の担当者がいい加減な仕事のせいじゃない。そっちの方が問題よ」
本来存在しえないはずの情報、カシンと言う名のイレギュラー。すべてはいい加減な仕事をした管理者たる上位存在の失策と言えた。
その尻ぬぐいと言うか、現場で苦労をしているのがテアであった。
バグだらけの機材と共に現場に放り込まれ、仕様に無い状況に苦労する現場監督と、従業員と言った感じだ。
「世界そのものの破壊か~。魔王は本来、送り込まれてきた“英雄”と戦うことは設定されているけど、世界そのものを破壊するようにはできていない。本当にバグっているようね」
「ちなみに女神様、アスプリクやマークに魔王の力を上乗せしたとして、世界の破壊は可能かしら?」
「無理ね。今あるあの世界は、表層だもの。どれだけ大暴れしても、人間で言えば皮膚を怪我した程度にしかならないわ。心臓や背骨を破壊するなんて、それこそ神の権限の内よ」
「となると、やはりカシンの言う“傷跡”が問題になるかしらね」
「そう、よね。カシンに取り込まれているであろう、かつての世界の情報。もしかしたら、魔王の力で世界の背骨をへし折る方法が導き出されたのだとしたら、あるいはってところかしら」
無論、その手段は分からない。“傷跡”の情報を探らない限りは、解析不可能なのだ。
しかし、手っ取り早い解決方法だけは即座に思いついていた。
「ねえ、ヒサコ……、いえ、松永久秀、手っ取り早い解決方法があるんだけど……」
「腹切りだ」
姿はヒサコのままだが、口調と雰囲気ががらりと変わった。
女性の演技を止めて、戦国の梟雄としての思考が如実に表れた。
「あ、それにも気付いていたんだ」
「規定に則れば、そうするのが早いのは、思考を進めれば当然の帰結。英雄と魔王の戦いの場として、この異世界『カメリア』が存在するのであれば、英雄か魔王、どちらかが“退場”すればいいだけだ。なら、ワシが自害すれば、英雄側の全滅って事で世界が終わる。また作り直して、今度は残滓が残らないようにすれば、全てが丸く収まる、といったところか」
要するに、バグったから最初からやり直し、というわけだ。手っ取り早く、かつ確実に世界を救う方法と言えよう。
だが、“世界”そのものは、カシンの言葉通りであれば、滅びを望んでいる。
いくつもの古傷を抱え、神の赴くままに作り変えられ、戦いの場としての役目を負わされることに耐えられなくなってきたのだ。
「長期のメンテをするか、いっそ最初から作り直すか、微妙なラインよね」
「まあ、女神の視点で言えばそうなのだろうが、ワシはそんな“つまらない結末”は御免こうむる」
「ん? じゃあ、このまま続行って事でいいの?」
「当然。歪みが何だ。何度も言うが、そうした歪みや異形すら、風情を見出し、愛でるのが数奇者なのだぞ。茶入れに付いた瑕にさえ面白いと感じるものだ。対称? 均一? それはそれで美しいのだが、均一に整えられたものにも、自然に生じた歪にも、それぞれの味がある。それらすべてを堪能せずに、何が数奇者か。この歪んだ世界、まだまだ楽しませてもらうつもりだ」
統一された美しさも、歪みの面白さも、すべては世界を彩る一つの現象なのだ。個人の好みはあるだろうが、どれもこれも楽しいのだ。
作り直し、やり直しが利かないからこそ、人は真剣に生きる。
神と人の違いがあるとすれば、まさにそれなのだ。
「なにより、まだ魔王と戦ってもいないのに、降参しましたと諸手を上げているみたいで、いくらなんでも格好が悪い。そんなみっともない真似、できるわけがない」
「カッコよさに拘るわね~」
「立ち振る舞いや散り際、これは結構重要なのだぞ。生き続ける神様と違って、人は必ず滅びる。そこに永続性、不死性を求めるのであれば、それは忘れられない何かを史に刻み、語り継がれる事! 前の世界でもド派手に天守閣吹っ飛ばして、文字通りの意味で散ったからこそ、ワシの名は後世まで面白い奴と伝わっている」
「ああ、うん、そうね」
テアがざっとその後を見たところ、数百年先までは余裕で自爆男として伝わっている松永久秀と言う存在。長らく語り継がれていると言う点では、間違いなくある意味で不死の存在となっているのだ。
狙ってやったのだとすれば、大したものだとテアは感心していた。
「ところで、結局のところ、上位存在とやらはまだなんの音沙汰もなし?」
「ない! 完全に不通! 返信、伝言、一切なし!」
「じゃあ、あっちの思惑でも、継続一択って事じゃない?」
「でしょうね。自分の不始末をこっちに押し付けて、面白おかしく高みの見物か。あとでどんだけ文句を言ってやろうかしら!」
あくまでカシンからの情報を鵜呑みにした場合ではあるが、どこまで無責任なのかと罵声の一つでも浴びせたい気分であった。
とはいえ、逆にこれを乗り切れば、評価は鰻登りであるのは疑いようもなかった。
本来ならAランク相当の世界で、バグのせいで実質Sランクの難易度を生み出しているのが、現在のこの世界の状況なのだ。
その状況下で見事にクリアすれば、文句なしの合格だ。
晴れて、正式な神になり、世界の統治や、あるいは創造そのものを任される立場となる。
評価が高ければ重要なやりがいのある仕事を回される事も考えられる。
難しくはあるが、やってやれなくはないのだ。
そう考えると、やる気は十分と言えた。
「あなたの予測が正しいのなら、カシンはこちらの生け捕りを狙っている。でも、逆に言えばこちらもそれを狙うべきなんじゃないかな?」
「カシンの持つ“傷跡”についての情報ね。確かに気にはなるし、今後の参考にもしたい。八百長路線を継続して、隙を見てカシンを生け捕りにするか、それともさっさと皇帝ぶっ殺して、本当の魔王を引きずり出すか、悩ましいところね」
「でも、魔王って言っても、アスプリクか、マークなんでしょ?」
「……そうね。もし、アスプリクが覚醒すれば、完封できる自信はある。『不捨礼子』があればね」
神の鍋『不捨礼子』は、全力で力を使えた頃のテアの力で生み出されたので、その能力は絶大である。《焦げ付き防止》などとふざけた名前の力が備わっているが、それは火属性の完全制御でもあるのだ。
火属性の術式を使うアスプリクにとっては、自身の得意な術式を全部防がれてしまう事を意味していた。
また、アスプリク自身がヒーサに惚れ込んでいることもあるから、八百長の持ちかけも受ける可能性が高い。
つまり、英雄側からすれば、仮にアスプリクが魔王になったとしても、全く脅威とはならないのだ。
「結局、マークが魔王化した場合の方が危険って事よね」
「そうよ。マークの使う術式は、極めて汎用性が高い上に、当人も工作要員としての力量も高い。アスプリクのような大火力が無い反面、個人戦や奇襲に特化した性能になると踏んでる」
「どっかの英雄様も、暗殺とか、奇襲とか、騙し討ちとか、得意よね」
「それを相手も仕掛けてくるんだもの。しかも、こっちは『不捨礼子』以外の戦力なし。黒犬による奇襲も、察知されるだろうからまず不可能」
「どう足掻こうとも、一人なら勝ち目無しってことよね」
本来なら、英雄は四組存在するはずなのに、バグのせいでどうなっているのか分からない状況なのだ。
そのため一人で対処する方法を求められるが、それだと絶対に勝てないと言うのが、ヒサコとテアの結論であった。
「マークに関しての対処法は、覚醒させない事。これに尽きるわ」
「で、その引き金になるのは、“ティースの死”よね」
「と言うわけ、これから義姉上を可愛がります」
「手遅れに決まってんでしょうが!」
なにしろ、ヒサコがティースに対して行ってきた所業の数々は、どう考えても限度を超えていた。
ティースの父と兄を殺し、御前聴取の席では散々やり込め、ヒーサとの結婚初夜をぶち壊し、事ある毎に小姑としていびって来たのだ。
しかも、腹心の部下であったナルを殺し、腹を痛めて産んだ赤ん坊すら奪ったのだ。
裏事情も全て知られた今となっては、「これから仲良くしましょうね♪」と言っても、殴り飛ばされるのがいいオチである。
ギリギリ殺し合いに発展していないのは、赤ん坊を間に挟んだ王位簒奪の共犯関係にあるからに他ならない。
何かの拍子に、いきなり血みどろの闘争が始まってもおかしくはないのだ。
「と言っても、ティースは前々からちゃんと可愛がっていたんだけどな~」
「ヒーサとしてね。でも、裏を知られた今となってはね~」
「博愛主義者として、これは由々しき事態だわ」
「抜かしおる。ティースに聞かれて、ぶっ飛ばされなさい! 博愛主義(美女限定)の間違いでしょ?」
「ゆえに、女神も愛でる対称に入っているわ」
そう言うなり、ヒサコは手を怪しく動かしながら、ゆっくりとテアとの距離を詰め始めた。
意図を察したテアも、詰めるヒサコに合わせるように距離を取ろうとした。
「こっち来んな! さっきさぁ、戦を前の行為は気が萎えるとか、言ってなかった!?」
「男の体と、そうでしょうよ。出すもの出したら、気が萎える。でも、女の体だと、その限りにあらず!」
「ふひぃ!? 赤ん坊への健全な教育はないの!?」
「眠ってるから、見てないわよ。起きたら起きたで、それもまた教育の一環よ」
「歪むわ! 性格も、性癖も!」
こうして、騒々しい夜は更けていき、今後の方針もおおよそ決まった。
陰謀渦巻く王都に向けて、ヒーサ・ヒサコは知略の限りを尽くし、簒奪の逆転劇を胸に抱き、行動を開始するのであった。
~ 第六十五話に続く ~
気に入っていただけたなら、↓にありますいいねボタンをポチっとしていただくか、☆の評価を押していってください。
感想等も大歓迎でございます。
ヾ(*´∀`*)ノ




