第六十二話 もう一つの未来!? “IF(もし)”こそが本来の道筋だ!
共犯関係にあるとは言え、共有する情報にはズレがある。ヒーサのわざとらしい喋り方から、アスプリクはそう判断した。
うっかり口にしないよう、改めて気を引き締めた。
「で、時系列を大幅に戻る話だが、もし私が家督簒奪などという手っ取り早く力を手にする手段を用いず、医者ルートで魔王討伐を企てた場合、マークにはどんな影響があると思う?」
「ヒーサが公爵じゃなくて、医者になった場合、か」
存在しえなかった“IF”のルート。歴史に“あの時こうしていれば”と考えてしまう場面は色々と存在するが、個人の話としてもそれはある。
しかも、今をときめく公爵が、全くの別人として過ごすことになる場合など、大きく道が逸れることは十分に考えられた。
(そう言えば、カシンも言ってたっけ。ヒーサがこの世界に来て、即座に“やらかした”って)
それは『シガラ公爵毒殺事件』のことだと、アスプリクはすぐに分かった。
公爵家の次男坊にして、歴代最速で医大を卒業した天才的な医師。おまけに美人の婚約者までいる。普通ならば、そのルートに乗る形で話を進めていくだろう。
だが、目の前の男は、松永久秀は、それとは違った道を選択した。
父や兄を殺して家督を奪い取り、その罪をまんまと他人に押し付け、さらには花嫁の実家すら収奪の対象とし、すべてを手にした。
しかも、慈悲深く聡明な貴公子、という仮面を外すことなく、奥底に潜む強欲の権化を見破られずに成し遂げたのだ。
それが無かった場合はどうなるのか、興味が尽きない。
それゆえに、それを考えて見ろと言われたアスプリクは、真剣にそれを検討してみた。
「そうだね……。ヒーサが医者になるなら、ティースはその助手ってところか。他に、テア、ナル、マークもそれに加わる形になるだろうし、あと、専属侍女が一人いたっけ?」
「リリンだな。あの娘も《六星派》に入団することもなかったであろうにな」
なお、これはヒーサの皮肉でもあった。
毒殺事件の身代わり人形として、異端派との関係を押し付けられたリリンだが、当人はそのつもりが一切ない、完全な濡れ衣だ。
入団云々は死人に口なし状態での押し付けであり、ヒーサはかつての情婦を嘲っているのだ。
「まあ、その顔触れで、流れの医者をやりながら、魔王を探す旅をしていたのではないかな?」
「そうだね。そうしたら、僕ともどこかで出会う。多分、ケイカ村辺りじゃないかな?」
「ああ。新婚旅行でそこへ行く計画もあったしな。王都、聖山、前線を行ったり来たりしていた当時のアスプリクなら、旅先で出会うこともあろう」
「それがあり得なかった、もう一つの道ってわけか。いや、むしろ、そっちが正規のルートか」
そこで“英雄”と“魔王候補”が揃い、事件が始まる。
それこそ、神が企図していたイベントの大枠ではないか。それが“IF”なのだ。
「まあ、さすがの神様も、初手暗殺からの家督簒奪は予想外だったってわけか」
「乱世ではむしろ、当然の判断なのだがな」
「いや、この世界は少なくとも、“前線以外”は平和だったからね。混乱を呼び込んだのは、間違いなくヒーサの一手だよ。魔王側よりも早く、世界に混沌をもたらしたからね」
「なるほど。テアが私を魔王と断じたのは、そのためかな」
「まあ、舞台裏を見てると、どうみても常人の発想じゃないし、魔王と誤認するのも仕方ないかも」
実際、アスプリクも目の前の男と出会った時には、その悪辣ぶりには驚かされたものであった。
当時は心の闇を抱えていたからすんなり計画に乗ってしまったが、よくよく考えて情報を精査すれば、魔王側に完全に与したとも取れなくもない。
「で、ここからがマークの話になるが、マークの心に闇はない。少なくとも、魔王に変じるほどのものはないとする。だが、その闇が膨張する切っ掛けがあるとすれば、それはなんだ?」
「ティースとナルが死ぬ。それもなにかしらの理不尽な理由で」
「そう。マークの精神の支柱はその二人だ。その二人が正当とは思えぬ、少なくともマーク自身が納得しかねる理由で“殺された”場合は、暴走の原因としては十分だ」
「だね。う~ん、その理由になりそうな事って……」
「異端審問」
ズバッと言い切るヒーサに、アスプリクはハッとなった。
すっかり慣らされていたとは言え、元々は教団関係者以外の術士は異端者扱いなのだ。
「そっか! ヒーサが医者の道を進んだ場合、宗教改革は起こらない! つまり、マークは身バレすれば、異端者として審問にかけられる立場にある!」
「そういうことだ。そして、件のケイカ村には身バレの条件が整っている」
「あ! 悪霊黒犬と、リーベだ!」
「そうだ。黒犬は通常の攻撃は通用せず、術士でなければ対処は困難だ。そうなると、一行の中であれに対処できるのは、マークだけになってしまう」
なお、黒犬を術士なしで倒せたのは、『不捨礼子』という神の奇跡が詰まった鍋を持っていたからである。
咄嗟の思い付きとは言え、よく倒せたものだと、ヒーサは今でも感心していた。
だが、それがなかった場合はどうなるのか?
術士に頼らざるを得ず、それを成せるのはマーク唯一人。
追い詰められれば術を使う必要に迫られる。
そこにリーベが居合わせれば、身バレの条件が整ってしまうのだ。
ゆえに、“IF”こそが正当なるルート。マークが闇落ちする条件が転がっていた。
「で、その姿をリーベに見られて、異端認定ってわけか」
「人助けのために奮戦し、それで罪を問われたら、そりゃブチギレるだろうよ。リーベは堅物、というか視野が狭いから、その辺りの事情を汲まずに、隠遁の術士である事のみを問題視するだろうからな」
「で、それを庇い、マークを逃がそうとして、ティースとナルが捕まり、そのまま処刑って流れか」
「心の闇を醸すには、十分な理由ではないかな?」
「納得。人助けをして、主人と義姉を理不尽に奪われたら、教団への恨みは計り知れない。本気で《六星派》に走るに決まっているね」
マークの闇落ちしそうな話は整った。
本来有り得た医者のルートであれば、十分に心の闇を熟成させ得る可能性はあった。
「でも、その可能性は摘み取られた。教団に属さぬ術士が異端であるとするならば、その前提条件そのものをひっくり返してしまえばいい。そのための宗教改革ってわけかい?」
「まあな。これにより、マークが罪を問われる事はなくなった。堂々と陽の下で暮らせるようになった。そして、アスプリク、お前を“還俗”させる下地も整えることができた。術士の活用云々については、実のところ“ついで”だったというわけだ」
「はへぇ~、そこまで考えてたんだ」
相変わらず、発想がぶっ飛んでいて、詳しく説明を受けてようやく理解できるほどであった。
打算や欲望まみれに見えつつ、しっかりと“魔王への対処”を考えているところが、深すぎる知性の表れとも言えた。
だからこそ、アスプリクはヒーサに惚れていた。回り道や意味不明な行動もあるが、回り回って結果として自分を助けてくれていたからだ。
この教団の件にしても、魔王に対処するための組織が、魔王復活の原因になると分かると、傷物にして弱体化させるという荒業に打って出た。
魔王という最悪の破壊をもたらさないため、魔王に対処する組織を潰す。端から見ればとんでもないことであるが、事情を知ればなんと言う事はない。実に合理的な判断の上での行動だったと言うわけだ。
「そう考えると、本当に例外中の例外だったんだね。ティースに裏の事情を見破られたことと、カシンとかいう馬鹿げた存在が現れたことが」
「それさえなければ、悠々自適に遊んでいられたんだがな~。ティースの件はこちらの完全な見落としだが、カシン=コジの出現は神とやらの大ポカだな。神の分際で、人間の行動予想が出来ぬとは、寝ぼけて呆けていたとしか思えん」
「神様って、ろくな事しないな~」
「同感だ。挙げ句、カシンという本来有り得ない存在を生み出して世界に干渉させ、しかも結果として世界そのものを危機に陥れるなど、本末転倒も甚だしい。そりゃ英雄側も魔王側も八百長を考えるというものだ」
図らずも、英雄側も魔王側も、神のやり方に懐疑的であり、その点では考えが一致していた。
ただ、ヒーサとしては八百長は企図しても、“最終的な勝利”を譲るつもりは一切なく、“どこで”八百長を打ち切って攻撃するかについては、思案のしどころであった。
そもそも、魔王側とて世界の破壊を目論む以上、その準備が整うまでの時間が欲しいだけで、永遠の闘争などを望んでいるわけではない。
(仮に八百長が成立したとしても、手切れとなるのはその準備とやらが整う直前辺りであろうかな)
そう考えつつも、すでに先方は仕掛けてきているのが実情だ。
王国を混乱させて弱体化を図り、皇帝と言う名の偽魔王と、王国内にいる魔王の苗床にちょっかいをかけて発芽を狙うという明確な敵対行動。
思いの外に準備が進んでいるのではと、疑う材料が提示されていた。
「生け捕りにされつもりはないし、この世界をまだまだ堪能しておらんからな。全力で阻止させてもらうぞ、カシンめ」
あくまで遊興に耽るための時間が欲しい。こうした駆け引きも楽しくはあるが、やはり道楽と言う意味においては“茶の湯”に勝る者はないというのが、ヒーサの考えだ。
戦国乱世にあっては、ろくに楽しめなかったことを、この世界で体現する。そのための時間を削るような真似だけは、決して許容できないことであった。
「まあ、アスプリクも、マークも、魔王の苗床としては、すでに使いにくくなっている。新たな苗床を用意するか、あるいは無理やりにでも発芽させにくるか、そのあたりは相手の出方次第だ」
「ヒーサも結構行き当たりばったりだね」
「機に臨みて変に応じるのみ。私とて、全部を見通せる目を持ちわせてはおらんからな。己の経験と知識から、どうにか先読みして予測を立て、事前に策を用意し、状況を作っているに過ぎん。相手がそれ以上の何かを用意してきたらば、対処できずに敗れることもあろうて。無論、此度の戦は負けるつもりはない」
「道楽のために?」
「そう、道楽のためにだ。私が笑って暮らせる世界を作る。あと、手の届く範囲の者達くらいは、笑えるようにしたい。それだけだ」
そう言って、ヒーサはアスプリクの頭を撫でた。
手の届く範囲にお前も含まれている。そう示す為であり、その心意気が嬉しく感じるアスプリクは自然と微笑んでいた。
「と言う事だ、マーク。お前もまたアスプリクと同様に魔王の苗床だが、ナルに託された主君への忠義を忘れぬ限り、決して魔王になる事はない。その点だけは心しておけ。そして、私はティースを無碍に扱うつもりはない。私の今世における妻であり、欠くべからざる共犯者でもあるのだ。だが、私のことを信ずる必要はない。私の私自身への欲望に対する誠実さのみを信じよ。それだけは絶対に“裏切らない”!」
+
欲深いからこそ、捨てない、裏切らない。自分の欲しいもの全てを欲する強欲さ、それだけは絶対に曲がらない。
ヒーサはそう断言した。
しばらくの沈黙の後、天幕の外側にあったマークの気配が消えた。わざとらしく足音を立て、立ち去りますと無言で伝えてからの撤収であった。
~ 第六十三話に続く ~
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