第五十七話 寝物語!? 公爵と白無垢の少女は同衾す!
日も沈み、夜の帳が下りる時刻。天幕の中に寝台が置かれ、そこに腰かける男女が一組。
男は金髪碧眼の偉丈夫な貴公子で、女の方は銀色の髪に赤い瞳、白磁のごとき肌と尖った耳を持つ少女だ。
シガラ公爵ヒーサと、元大神官であり還俗した王女(非公式)のアスプリクの二名である。
年頃の男女が揃って寝所に入るとは、つまるところ“ナニ”をするためであるかは殊更言及するまでもない事だが、そうも言ってられない状況でもあった。
なにしろ、天幕の中にはこの二名の他に更に二名、男の妻と女の保護者がいるからだ。
特に何かするでもなく、寝台に腰かける二人を見つめ、棒立ちしているだけだ。
「あ、あの~、お二人さん……?」
寝台に腰かけ、二人を見上げる格好になっているアスプリクは、恥ずかしさと困惑が頭の中でせめぎ合っていた。
身内とは言え、見られているという恥ずかしさと、二人の意味不明過ぎる行動への困惑だ。
正直に言えば、さっさとどっか行けと言いたいが、言える雰囲気でもない。なにしろ、二人の瞳からは、気にせずにどうぞ、と無言で告げられているように感じたからだ。
そして、この状況を打破するのもまた、この世界で一番悪い男であった。
「いや~、この天幕の中の絢爛たる事、まるで天上の世界のようではないか! シガラ公爵家が誇る名花が三つも同時に咲き誇るなど、眩しくて目を空けていられぬほどだ。いくら私が欲張りと言えど、三人同時はちと狭いと感じてしまうぞ」
実際、ヒーサが腰かけている寝台は小さく、“四人”で寝るには手狭と言わざるを得なかった。
そもそも、今は王都に向けての行軍中であり、寝床も当然、簡易な組み立て式の物であった。普段屋敷で使っているような豪華で大きな寝台ではない。
ヒーサなりのすっとぼけであったが、効果があったのか、ティースはそこで溜息を吐いた。
「あのさぁ、ヒーサ、こういうことは別にしてもいいし、愛妾の一人や二人は気にしないとも言ったけど、あれだけ豪快な国盗り物語を聞かせて、そのまま女を寝所に連れ込むってどうなの!?」
「美女を侍らせ、酒色に耽るのは、男の夢だぞ。世情が許すなら、いつでもそうする。誰だってそうする。私だってそうする。うん、そうしたい」
「かっこいい事とか言ったり、エグい事やらせようとしても、考えてることはそれ!?」
「そうだぞ。ほれ、ティースも横に座らんか?」
「結構です! どうぞ存分に傷心の女の子を可愛がってあげて、そのまま牢屋にぶち込まれてください!」
なお、入牢の理由は“婦女子への不埒な行い”ではなく、“宰相暗殺の主犯”としてである。嫌疑の段階ではあるが、とてつもなく重い罪だ。
下手をすると、一生女を抱けない体なりかねないが、それでもヒーサは余裕綽々であった。
余裕がないのは、むしろその横に腰かけているアスプリクとアスティコスの方だ。
「アスプリク、今一度考え直しなさい。やっぱり思ったのだけど、こいつ、頭に超が付くほどの悪党だから、騙されちゃダメ!」
「ひ、ヒーサはそんなに悪い人じゃないよ! 僕には優しいし!」
「本当に優しい人は、一緒に牢にぶち込まれようとか言わないから! アスプリクは妙に純なところがあるから、ちょっと優しくされたらころりと行くような感じ、かしらね」
「だ、大丈夫、大丈夫だから。だから叔母上も自分の寝床に行ってよ」
「そうだぞ~。さっさとお邪魔な二人は、退散してくれ」
「「あぁん!?」」
ティースとアスティコスの鋭い視線がヒーサに突き刺さるが、尻込みするような態度は一切ない。むしろ、楽しんでいる風すらあった。
ヒーサの感覚で言えば、これも美女をからかう女遊びでしかないのだ。
その行動はさらに挑発の度合いを増していき、二人の前で堂々とアスプリクの肩を掴み、自分の方へと抱き寄せた。
「ん~、寝台も狭いし、相手にするのは一人で限界。その相手は、ほれ、この通り。というわけで、相手して欲しいなら、また今度な、二人とも」
「いりません!」
「願い下げよ!」
ティースとアスティコスの息の合った蹴りが、ヒーサの足に命中し、そのまま怒りをあらわにしたまま外へと出て行った。
なお、出て行く際にわざわざ布帛を降ろしていく辺り、なんやかんやでよろしくやってくれと言っているようなものではあったが。
ようやくにして訪れた静寂であるが、そこでアスプリクはようやく自分が抱き寄せられているままだと言う事に気付いた。
服越しではあるが、ヒーサの温もりを感じることができ、ゆっくりと頬を摺り寄せ、自身の腕もヒーサにしがみ付いた。
そんな可愛げのある少女を、ヒーサは優しく頭を撫でた。
だが、その顔からは先程のようなニヤけ面は消え去っていた。
「さて、邪魔者もいなくなったことだし、始めるとしようか」
「うん、そうだね」
惜しいとは思いつつも、アスプリクはパッと手を離し、ヒーサとの間に少しだけ距離を空けた。
残念なことに、これから話すことは寝物語で交わしていい内容の話ではないことを、“どちらも”認識しているからだ。
会議の最中から周囲には話辛い雰囲気が仕草から漏れ出ており、それを察したヒーサが寝所に呼び寄せた格好だ。
床入りなどはほんの口実であり、真の目的は互いに“自分達以外”には伏せておきたい情報の交換だった。
だが、その前にアスプリクには確認を取っておかねばならないことがあった。
「ところでさ、ヒーサ。“アレ”はいいの?」
アスプリクは自身の背後を指さしながら尋ねた。
なにしろその指さす先、天幕越しの外側には露骨なほどに、人の気配がしていたからだ。
「ああ、マークだな。ティースめ、とんだ変態であるな。十二歳の少年に、男女の睦み合いを盗み聞きさせるなど、教育上よろしくない」
「なにやってんの、あれ? バレバレにも程があるわよ」
「わざとバレるように、気配を消してないだけだ。ちゃんと聞いているぞ、と言う無言の威圧だ。下手な事を喋れば、即ティースの耳に入るんだぞ、とな」
「主従揃って、良い性格してるわね」
「性格上、どちらも“むっつり”だからな」
そう言うと、ヒーサは何やらゴソゴソと側に置いていた袋に手を突っ込み、中から一冊の本を取り出した。
「なにそれ?」
「私が著した性に対する指南書だ。ナルに言わせれば、春画本なのだがな。内容は挿絵付きで、しっかり描かれている」
そう言って、ヒーサはその本をアスプリクに差し出した。
本を開いて中身を確認すると、確かに“性”に関することがぎっしりと書き込まれており、中には男女がまぐわう精巧な挿絵付きのページまであった。
興味を覚えつつも、そこはやはり年頃の女の子である。顔を真っ赤にして、パタンと本を閉じた。
「あのさぁ……、こういうの、女の子に差し出すの、どうかと思うけど!?」
「だが、興味はあるだろう?」
「それは否定しないけど、時間と場所を弁えてよ!」
アスプリクは本をヒーサに返すと、なんだか急にドッと疲れが全身から噴き出した。
王都での暗殺騒ぎからこの方、緊張の連続であった。追われ、逃げ、そして、ようやく信用の置ける相手の所に身を寄せることができた。
ところが、だ。事態が逼迫しているというのに、その頼りになる相手は真面目なのか、おちょくっているのか分からない状態ときた。
しかも、寝所で二人きりになりながら、いきなり春画本を取り出すという暴挙だ。
今少し真面目になって欲しいし、あるいは優しく抱きしめてそのまま押し倒して欲しいとも期待していたら、春画本での講義が始まった。
そんな非常識すぎるヒーサの行動に、張り詰めていた気が緩んだ分、アスプリクは体に溜め込んでいた疲労が吹き出してきたのだ。
困惑と疲労感に沈むアスプリクの頭を撫でて、気持ちを宥めた後、ヒーサは腰かけていた寝台から立ち上がり、天幕の裾を摘まみ上げた。
地面と幕に僅かな隙間ができ、その隙間に本を差し入れた。
「マァ~クゥ~、前に言っていたと思うが、例の本だ。それをやる。まあ、今回の報酬とでも思ってくれればいい」
気配から、放り出した本に何者かが飛びつくのが、手に取るように分かった。
工作員として、このあけすけな行動はどうなのだろうかと、アスプリクはなんだか心配になって来た。
腕がいいのは知っているが、マークも所詮は十二歳の思春期男児である。バカバカしい失敗を犯さないかと、不安が積み重なっていった。
「にしても、春画本が報酬ってどうなの!?」
「十二歳児には破格の報酬だが?」
「刺激が強すぎるわよ! てか、実践するのも先じゃない!?」
「なんなら、お前が筆下ろしを手伝ってもいいんだぞ」
「冗談やめてよ。あ、いっそのこと、ルルと引っ付けよう。公爵領じゃあ、仕事で一緒になる事も多かったしさ」
「お前の発想も大概だな。だが、悪く無い案だ」
ルルはアスプリクと同じく術士として農場や工房で働いており、実に忠実かつ腕のいい術士として重宝していた。
まだ若い娘で、年も十六歳であったとヒーサは記憶しており、マークと引っ付けるのも悪くはないかと考えた。
「ヒーサもさ、折角こうして二人きりになれたんだし、もう少し雰囲気考えるとか、真面目にやるとかできないのかな!?」
「私は常に大真面目なのだがな。あと、厳密にはマークも薄布一枚の向こう側にいるから、二人きりとは言えんな」
「真面目にやった結果が春画本!?」
「布教活動の一環だよ。手書きになるので、量産には時間がかかるのが欠点だがな」
「若き英雄たる公爵様はご乱心だわ」
ボケとツッコミの応酬に、アスプリクは更に疲労感を増していった。
そこをヒーサが再びすぐ横に腰かけ、そして、その顔から笑みが消えた。
今まで散々バカなやり取りをしていたのに、一瞬でそのお茶目な公爵様が消え去り、乱世の梟雄に変じていた。
あまりの突然の変化に、アスプリクもたじろいだほどだ。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。これを聞いているのは、私、アスプリク、マークの三名のみ。これで話し合うことはただの一つしかないわな」
「……魔王」
アスプリクの口から重々しい単語が飛び出した。
この世に破滅をもたらすとされる魔王。それが今この場にいることを、アスプリクは黒衣の司祭カシンから聞かされていた。
「アスプリク、マーク、果たして、本物の“魔王”はいずこかな?」
すでに目星は付けてあるらしく、ヒーサは堂々と名指しで出してきた。
アスプリクは緊張し、寝耳に水であったマークはより緊張した。
薄暗い夜、他に誰もいない中、“英雄”と“魔王候補”二人のやり取りが静かに始まった。
~ 第五十八話に続く ~
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