第五話 国盗り物語! これぞ、梟雄式魔王探索術なり!
ヒーサ達が王都ウージェに滞在して五日後、いよいよ国王臨席の下、『シガラ公爵毒殺事件』の聴取が行われることとなった。
その間、ヒーサの滞在するシガラ公爵の上屋敷には、様々な人々が来訪していた。王宮に勤める廷臣から、王都に偶然滞在していた貴族、果ては商人や旅芸人まで、身分の貴賤を問わず、公爵家新当主となるヒーサの顔繫ぎに現れたのだ。
シガラ公爵は王国屈指の大貴族であり、新たな当主とお近づきになりたいと考える者など、それこそ掃いて捨てるほど存在する。
ヒーサは分け隔たりなくそれらに対応し、噂通りの“温厚”で“理知的”な“気前の良い”貴公子として笑顔を振り撒いた。
そして、王宮への出立となったその日の朝、ヒーサは突如として倒れたのだ。テアやヒサコに支えられてどうにか寝室まで戻ると、そのまま寝台に横になって動けなくなってしまった。
これはいけないと王宮に先触れの使者を出し、ヒーサが倒れたことを告げ、代理人として妹のヒサコを聴取の席に出す旨を伝えた。
なお、これら一連の行動はすべて“茶番”である。ここ数日の来訪者全員にヒサコを紹介し、公爵の妹としての存在感を与え、代理出席しても問題ないように宣伝していたのだ。
「これから花嫁として迎えるお嬢様を、ヒーサ自身がボコボコにするわけにはいかんからな。角が立ち過ぎては、円満な夫婦関係、明るい家族計画に支障が出かねん」
これがヒサコを代理出席させる理由である。
要はティースがヒーサ及びシガラ公爵家に向けている敵愾心をヒサコ個人に逸らすのが狙いだ。夫と小姑の一人二役を演じ、夫としては妻に優しく、小姑として義姉に強く当たる。一人芝居による飴と鞭作戦、それがヒーサの狙いであった。
現在、本体はヒサコの方であり、ヒーサの方が分身体であった。《投影》の術式を用いた偽の体であり、テアが離れれば、勝手に自然消滅するであろう。もちろん、寝室には熱病が移るといけないから、専属侍女以外は立ち入らないようにと、念入りに釘を刺してから王宮へと出立した。
その王宮に向かう馬車の中には、ヒサコとトウが乗り込んでいた。
トウはテアの別の姿であり、普段の緑髪たわわメイドから、赤毛絶壁メイドになっていた。
「《投影》が使えるようになってから、いらなくなったかと思ったわよ、この姿」
「あたしの専属侍女だと、皆には紹介しておいたし、《投影》が使えない場面では、その姿になってもらうことが今後もあるかもしれないわ。テアはヒーサの侍女、トウはあたしの侍女だしね」
《投影》はかなり使い勝手の良い術なのだが、欠点がいくつかあった。まず、分身体のすぐ近くに魔力源が存在していないといけないことだ。それこそ、壁一枚隔てただけで魔力供給が途切れてしまうのだ。たとえ、扉を閉めた程度の壁であろうとも、ものの十秒も経たないうちに魔力枯渇を起こして、分身体は消えてしまうほどにもろかった。
分身体の喋りも難しく、意識をかなり集中させないと喋らせることができないため、本体と分身体が同時に話すことができなかった。
なにより、分身体が傷つけば、本体の方も傷つくため、手荒な使い方も厳禁である。
それらを加味したうえでも《投影》による分身体の生成は利用価値が高く、今後もますます使っていくことになるだろうと考えていた。
「さてさて、見えてまいりましたか、本日の戦場が」
ヒサコの目には、車窓越しに巨大な城が移っていた。
ウージェの王宮は川の中州に建てられた城だ。巨大な中州を覆う石造りの城壁が存在し、その東西にはつり橋がかけられていた。取り囲む城壁の要所には尖塔が設けられ、さらに新式の大筒までその姿を確認することができた。
「見事……。この城は力攻めでは決して落ちないわね」
ヒサコは城の堅牢さに、率直な意見を述べた。
ヒサコの中身である松永久秀は、戦国期の日本のおいて、城造りの名手としてその名を轟かせていた。戦国最大規模の山城である信貴山城、壮麗なる造りで異国の宣教師にまで絶賛された多聞山城など、数々の城造りに携わり、その技術は後世日本の城郭建築に多大な影響を残すほどであった。
織田信長ですら久秀の築城技術には絶賛し、安土城も久秀の技術を惜しみなく使うほどに吸収していた。
(まあ、それだけに、全部学ばれ、持っていかれ、最後は出涸らしの邪魔者扱い。手札を晒し過ぎたのがかつての過ち)
ヒサコの中にある松永久秀という男の魂が、古傷を突かれたような痛みを覚えていた。
武将として、領主として、茶人として、久秀は魔王にすべてを奪われた。最後に残った平蜘蛛茶釜もまた、奪われそうになった。だからこそ、己の矜持を守るために、城も、茶器も、己自身と共に炎の中に沈めた。
すべてを魔王に奪わせないために。
(しかし、それがこんなことになるなんて、世の中不思議なこともあるもんだわ)
ヒサコの視線の先にはトウがいた。
女神テアニンのこの世界における仮の姿であり、松永久秀をヒーサあるいはヒサコとしてこの世界に転生させた張本人だ。
依頼された仕事の内容は、世界のどこかに潜む魔王を見つけること。
今はその前準備として、公爵位を簒奪し、財や人手を手に入れている段階だ。
そして、それももうすぐ決着がつく。この城で行われる『シガラ公爵毒殺事件』の聴取。国王自ら臨席するその会合において、できうる限り貴族や廷臣らを味方につけ、公爵位の正式な継承と、係争者であるカウラ伯爵ティースから財産、領地、そして伯爵自身の身柄を頂く。
前者の方は問題なく、聴取が終われば、そのまま国王承認の下、公爵位の継承が認められる。
後者の方はまだ流動的だ。かなりの高確率で成せるとは考えているし、そのための下準備も行っていて、後は芽が出るのを待つだけであった。
もちろん、御前聴取の席でのやりとりも重要なものとなる。いかに自分に好印象を、逆に相手に反感を、聴取の列席者から植え付けれるか、そこが勝負の鍵となる。
(幸い、ここすうじつの顔繋ぎは上手くいっている。事前の調査でなるべく近付いておきたい人物との渡りはついた。マリューやスーラのように、“誠意”の通じる相手もいた。幸先はいい)
合戦にしろ、評定にしろ、重要なのは“事前の根回し”である。
どれだけ我意を通すのに準備を重ねたか、その帰結が“勝利”や“締結”に集約されると言ってもよい。
そして、自分はそれを誰よりも理解し、努力を惜しまなかったとも自負していた。
「戦わずして人の兵を屈するは善の善なり、よね」
孫子の兵法の一節をヒサコは口ずさんだ。
何事も交渉ごとによって有利に進めるのが最良である。
兵を使うのは人も金も消費する。
それを知るからこそ、自分の三枚舌には黄金の価値が含まれている。そう自負しながら、ヒサコは今日の手順を再び頭の中で思考するのであった。
そして、ふと大きな不安要素がある事に気付いた。
「トウ、ちょっと聞いておきたいんだけどさ。あたしが時空の狭間でスキルカード貰って、特殊技能を身に付けたわけだけど、ああいうのをこの世界の住人が持っていることはある?」
「あるわよ。主に《五星教》の教団関係者ね」
トウがパチンと指を鳴らすと、白、赤、青、緑、黄、黒、六色の球体が現れた。
「この世界の魔術をざっくり説明すると、火、水、風、土の四元素、それに光と闇を加えた六種の属性から成り立っているわ。ごく稀に生まれる魔力持ちが訓練を受けることによって術士となり、教団に所属するようになる。ま、実際のところは教団に所属しない術士は異端者として狩り立てられているから、教団関係者以外の術士はほとんどいないってわけなんだけどね」
「それでは反発が生まれるだけじゃない? 術の便利さは身を以て体験しているから、独占したい気持ちはわからないでもないけど」
「だから、異端である《六星派》が伸びてきているのよ」
トウは馬車の中に浮かぶ六種の球体の内、闇を表す黒の球体を掴んだ。
「《五星教》にしろ、《六星派》にしろ、信奉する神の名と経典は同じ。ただ、闇の解釈が違うだけ」
「というと?」
「《五星教》の経典解釈だと、『世界に光が生まれ、それと同時に世界は四元素に包まれ、今の形を成した。行き場を失った闇など、隅っこで大人しくしていろ』という考え。一方で《六星派》は『原初の世界においては、闇こそすべての支配者。後から生み出された光と四元素はその従属品に過ぎない』という考え。要は“闇”を最底辺に扱うか、逆に最上位に祀るか、その差が両者の対立の理由なのよ」
「うん、バカの極みだわ」
経典の解釈の差でここまで盛り上がれるのも、場外から見ている分にはただの喜劇だが、大貴族にとては教団との関係を考えねばならず、自然と巻き込まれていくことだろう。
できることなら、お近付きにはなりたくないが。
「でも、結局のところ、教団のやり方に反発する奴が《六星派》に集まらない?」
「実際集まっているわ。教団が術者の八、九割を確保していて、残りはあなたみたいに上手く擬態しているか、あるいは人との接触を避けて僻地で暮らすか、教団に対抗するため《六星派》に身を投じるか、そのいずれかね。教団を恐れず、教団に反発している奴ばかりだから、数は少ないけど実力や教団への敵愾心は本物よ」
「勧誘したい」
「うん、そう言うと思った。だから、尋ねられるまで黙ってた」
これ以上厄介事を増やさないで、トウとしては当然のことを忠告した。
「何度も言うけど、魔王探しが仕事なんだから、闇の勢力を崇める《六星派》と手を結んだら、それこそ教団が牙を剥くわよ。あいつら、《六星派》に関しては、本気で殺しに来るからね。公爵が手を組んでたなんてことになったら、国家挙げての大戦争になりかねないわ」
「でも、実力者揃いなんでしょ?」
「質は高くても、数が違い過ぎるわ。衆寡敵せず、言葉の意味はわかるでしょう?」
その言葉は身に染みるほど理解していた。圧倒的兵力を誇る魔王の軍勢に押しつぶされた経験を幾度も味わってきたからだ。
(だからこそ、欲しいのよ。大軍勢を跳ね除けられる、最高の城砦を、最強の兵士を……。そしてなにより、信頼するに足る臣下を、ね)
最高傑作である信貴山城が落城したのも、部下の裏切りによる統率の崩壊が原因だと考えていた。いかに強固な城郭と言えど、内部からの攻撃だけは防ぎようがなかった。
今、目の前のあるウージェの城砦とてそうだ。城壁は高く、装備も設備も整っている。つり橋を上げさえすれば、誰も落とすことなど叶わないだろう。しかし、もし中に裏切り者がいて、上がった橋を下ろす者がいれば、難攻不落ではいられないであろう。
心を“一”にしなくては、難攻不落は生まれない。これがかつての世界で学んだ最後の教訓であった。
そのための条件は揃いつつある。スキル《大徳の威》がまさにそれだ。前世では身に付けようもなかった圧倒的な人徳が備わり、人々の心を掴んできている。今は公爵家の臣下だけに留まっているが、いずれは領民全員を心服させ、公爵領それ自体を巨大な城塞として機能させる。
そこに、粒揃いの《六星派》を流し込めば、一大勢力となれるであろう。
公爵領民からは忠誠を、《六星派》は《五星教》への反発心を、これらを結集させて、独立した“国”を作る。
(まず、闇の勢力のための居場所を作る。そして、流れ込んだ闇の中に、おそらくは魔王も紛れ込んでくるでしょう。なにしろ、世界の闇を集結させるんだから。あとは目星をつけて、女神の《魔王カウンター》で調べればおしまい。ま、あと二回しか使えないから、しっかりと厳選しないといけないだろうけどね)
それがヒサコの思い描く、おおよその計画だ。闇雲に探すよりも、むしろ、魔王そのものを手元に呼び寄せる。その方が効率的だと判断した上での未来絵図だ。
だが、それを成すのに、手札が全然足りていないのだ。シガラ公爵領を“国”と認識した場合、カンバー王国との国力差は、ゆうに三十倍はあるはずだ。これでは勝負にならない。それに堪えられるだけの城砦も要害もない。
(そう、闇の勢力を引き寄せつつ、国力を増大させ、しかも、表向きは王国に忠誠を誓いつつ、睨まれないようにしながら、下剋上の準備を進めなくてはダメ)
難しい。でも、楽しい。これこそ、“国盗り物語”の醍醐味なのだ。
魂の中に疼く梟雄の性が表に飛び出し、ヒサコの顔に歪んだ笑みを浮かび上がらせた。
「ま~た悪い顔してるよ、この人」
やれやれと言わんばかりに、トウはため息を吐いた。こういうやり取りは何度となく繰り返してきたが、未だに自身が選んだ転生者の突飛すぎる行動に振り回されているのであるから、やむを得ないことであった。
「戦国ゆえ、致し方ないわよ」
「だから、戦国の作法をこの世界に持ち込まないでよ~」
「茶でも飲んで、一服したら、気分も変わるかもね」
だが、この世界に来てからというもの、のんびりする時間はまったく取れていなかった。
休めるとすれば、目の前の王宮より抱えられぬ手土産を持ち帰った後になるだろう。
そして、馬車は吊り橋を渡り、王宮の玄関前で止まった。
「さあ、行きましょうか、女神様。前の戦は奇襲、闇討ち。今度こそ、正面決戦の初陣よ♪」
「で、その初陣とやらで刈り取る大将首は、自分の花嫁候補、と。なんかおかしくない?」
「そりゃあ、あたしはお兄様の完全無欠な大徳の君主を演出するために作られた、罪を背負うべく生み出されし“悪役”の御令嬢なんですから。存在自体がおかしいものよ。大徳の君主と悪役の令嬢、二役演じるのは結構大変だわ。いや~、乱世乱世」
「少なくとも、シガラ公爵領以外は割と平和なんだけどね、この世界」
「え? そう? 公爵領も平和だと思うけど?」
ヒサコはニヤリと笑い、トウと一緒に馬車から降り立った。
堂々と胸を張り、自信満々に人々の見守る中、王宮へと足を踏み入れていった。
~ 第六話に続く ~
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