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第五十五話  謀議! 事前計画は入念に!

 裏切り、騙し討ち、平然と顔色一つ変えずに語られる作戦概要は、まさに恐怖そのものであった。

 特にサームには、まるで“ヒサコ”がこの場にいるかのように感じられ、顔立ちも似ていることもあって、ヒーサにそれを重ねてしまった。


(なんと言うか、兄妹であるから顔立ちが似ているのはいいにしても、雰囲気や発想まで同質というのはどういうことなのだろうか)


 まるで同じ人物がこの世に二人いるような、そうした錯覚をサームは覚え、先程のマークから受けた威圧による寒気とは別物の、嫌な雰囲気を味わう事となった。

 だが同時に、詮索しても埒ないことだとも考えた。


(そうだ。私はシガラ公爵家に仕える武官なのだ。今の主君にただ忠義を尽くすのみ。余計なことなど考えるな)


 サームはただそれのみを頭の中に叩き込み、吹っ切れたかのように改めてヒーサに視線を向け、話の続きを聞いた。


「で、逮捕された者はそのまま審議の場へご招待となるだろう。色々と聞かれるだろうが、その際に最大の注意点は“絶対に嘘を付かない事”だ。これを心掛けておかねば疑念を持たれる。よって、余計な事を喋らず、偽りなく話す事、これが重要だ。だから審問を受ける者は、絶対にこれを守れ。いいな?」


「じゃあ、その、僕がカシンと同衾したって事も」


「聞かれたら、そのまま喋れ。隠し事は“良くない事”だからな」


 一番隠し事をしてそうなヒーサにズバッと言われ、アスプリクはどうにも微妙な表情になった。

 有り体に言えば、“恥ずかしい”のである。

 なにしろ、赤っ恥とも言うべき自身の醜態、赤面ものの情事の内容を、公衆の面前で披露することになるからだ。

 覚悟はできているつもりでも、いざそれをきっぱりと言い渡されると、やはりそこは年頃の女の子である。普通に恥ずかしいのだ。

 だが、やらないという選択肢は、すでに消え去っていた。


「わ、分かった。頑張って普通に話す」


「うむ、普通に話すのだぞ。素で話せ、素で」


「ううぅ、難題だなぁ~」


 情事の話を公表するなど、恥ずかしい以外の感情が湧いてこない。しかも、それを冷静に話せという注文まで出ていた。

 かつてない緊張がアスプリクを襲い、頭を抱えて悩ませるほどだ。

 そんな悶々とするアスプリクを横目に、ヒーサの視線は再びサームに向いた。


「で、コルネスに大人しく捕縛された後、サームとティースは部隊を公爵領に引き返す“ふり”をしてもらうことになる」


「ふり、ですか。と言う事は、公爵領に戻るように見せかけ、実際に引き返さないと?」


「そうだ。大人しく引き返すふりをして、途中の峠道辺りで姿をくらませる。えっと、確かこの辺にあっただろう、峠道が?」


 ヒーサは机の上に広げられた地図を指さした。

 現在地より半日ほど公爵領に戻った位置にあり、山林が生い茂る地点で、視界が悪い。もし監視がいた場合、それをごまかすのに打って付けの地点であった。

 ヒーサの記憶は正しかったので、サームも無言で頷いた。


「ここで、部隊を切り離す。平服に着替えた後、十名、二十名ほどの小部隊に分け、分散して王都を目指せ。目立つ長槍は遺棄しても構わんから、銃器だけでもしっかり運び入れるように。どうせ王城内での戦闘では、長槍は却って邪魔になるからな」


「王城内での戦闘!? それではまるで反乱ではありませんか!?」


「そこは政変と呼んで欲しいな。そもそもヒサコの息子を、正当な理由を以て王位につける事前準備なのだぞ。不逞な邪魔者を排除するだけだ」


 なお、そのヒサコの息子自体が欺瞞の象徴であり、裏事情を知る者からすれば、失笑か憤激の感情しか湧いてこなかった。

 そして、表情こそ変わらなかったが、憤激しているのがティースであった。

 元々、その幼児はヒサコの子供でなく、自分が腹を痛めて産んだ子供なのだ。正当性など何もなく、王位に就けるなど夢想でしかないが、その夢想が現実になりつつあるのもまた事実だ。

 我が子を王として崇め、それでいて親子の情を一片でも出してはならないという制約もある。

 それがティースの苛立ちの原因ではあるが、この非道な計画に乗ったのもまた自分自身だ。

 ゆえに、感情を押し殺して、平静を装わねばならないと、自分を言い聞かせるのに必死であった。


「さて、ティース」


 不意にヒーサからの声掛けに、ついビクリと肩を震わせたが、軽く呼吸をして気持ちを落ち着け、それからヒーサに視線を向けた。


「なんでしょうか?」


「ここからの動きが重要だ。ティース、マーク、此度の成功の如何は二人にかかっていると言ってもよい。気張っていけ」


「気乗りはしませんが、お聞きしましょう」


 ティースとしては、厄介事を避けたいのが本音ではあったが、そうも言ってられないのも現状の辛さであった。

 我が子と自分自身を賭金チップとし、賭場に繰り出したのだ。逃げるという選択肢は端から無く、何が何でもシガラ公爵家の勝利をもぎ取らねば、自分の身も再興を願うカウラ伯爵家も終わりなのだ。

 決意は揺らがない、それを示す鋭い眼光をヒーサに向けると、それに満足したのか、ヒーサもまた頷いて応じた。


「先程も述べたが、サームとティースは部隊を率いて撤収する。そして、途中の峠道で分離させる。ただし、五百名の人員全員が消えるのは相手の目を引き過ぎるので、サームは三百名と共に公爵領へ、残りの二百名は祭り見物の平民に偽装しつつ、王都を目指す」


「途中、検問などが設けられると思いますが?」


「そのために、私がわざと捕まるのだ。宰相暗殺事件の主犯と実行犯を同時に捕えて、王都に護送するのだ。検問を張る意味がなくなり、警備も緩くなる。なんの決定もなされていない以上、事件をあまり大きくしたくない連中は多い。いつまでも検問を設けて、剣呑な雰囲気でいることは嫌がるだろうよ。なにしろ、年に一度の祭りの最中だからな」


「その王都に潜り込ませた小部隊は?」


「そのまま潜伏。その際、公爵家と係わりを気取られぬため、関係施設の利用を禁じる。時が来るまでは、あくまで祭り見物の一般人として過ごす」


「部隊間の連絡は?」


「そのためのマークだよ」


 そう言って、ヒーサはマークに視線を向けた。


「マーク、部隊を分離する前に、各小隊の隊長格の名前と顔をしっかり記憶しておけ。従者としてではなく、工作員として働いてもらうぞ。部隊間の連絡は、すべてお前を介してやることになる」


「……ティース様と離れて行動しろと?」


「他になり手がいないのでな。そういう訓練を受けている年少者、条件的にはお前しかいない」


 マークは齢にして僅かに十二歳である。こんな少年が手練れの術士にして、工作員だなどと、誰も考えないであろう。

 しかも、ティースの従者としての活動が主であったため、顔と名前がほとんど売れていないというのも、この際は有利に働く利点であった。


「今、王都は暗殺事件のゴタゴタで警戒はされているであろうが、基本的には祭りの見物客でごった返している。つまり、よそ者が紛れ込んでいても、怪しまれないと言う事だ。だが、二百人もまとまってしまうと、さすがに目を引く。十人前後の小部隊に分散するのはそのためだ」


「で、俺にその部隊間の連絡役をやれ、と」


「動く際には一斉に動かねばならんが、呼吸を合わせるには密な連絡がいるからな。王都にいる公爵家所縁の連中は、おそらくは目を付けられているであろうし、今回は動かせない。よって、怪しまれずに動けて、かつ少年と言う事で誤魔化しの聞きやすいお前が適任なのだ。引き受けてくれるな?」


 有無を言わさぬ圧のある声がヒーサより発せられたが、それで怯むほどマークも軟弱ではない。平然と睨み返しつつ、ヒーサの横にいるティースをチラリと見た。

 あくまでティースの従者である以上、行動の決定権はティースにあるからだ。


「マーク、構いません。その仕事を引き受けなさい」


「……承知しました」


 主人よりの命が下された以上、マークとしてはそれに抗することもできなかった。

 本心を言えば、従者として主人より片時も離れないつもりでいたが、その主人からの命である以上、それには従わねばならないと考えた。

 本来、こういう時はナルが動いていたのだが、そのナルはすでにいないのだ。

 主人の警護を疎かにはしたくないが、動かせる駒が無いのも辛い現状であった。



           ~ 第五十六話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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